第28話 ノーマン辺境伯との対談(1)

 月山雑貨店のバックヤード側から店内へと向かう。

 すると――、やはり異世界とは12時間の時差があるからなのか店の窓側から入ってくる陽の光で、店内は明るい。

 カウンターに向かい柱に設置されているシャッター開閉ボタンを押す。


 低い機械音と共にシャッターが上がっていき外の様子がハッキリとガラス扉越しに見えてくる。


「――さて、いくか」


 店内から出ると、10人ほどの兵士が立っていた。

 誰も見知らぬ顔ばかりで知っている人間は誰一人いない。


「ゴロウ様ですか?」

「そうですが……」


 話しかけてきたのは、ナイルさんと同じ格好をした兵士。

 同じ格好と言っても、領主の兵士の服装は規格が統一されているからなのか鎧の形から下の服まで見た目は区別がつかない。

 ちなみに話しかけてきた兵士は、まんまヨーロッパ人と言った感じであった。

 

「いま、ナイル様は近くの詰め所に行っておりますので少々お待ちください」

「わかりました」


 兵士達が、一人――、南の方へと走っていくのを見送ったあと、俺はナイルさんが来るまで待つことにする。

 まだ俺の異世界での立ち位置がハッキリしない内は余計な事を言う必要は無いと考えているからだが……。



 

 しばらく待っていると二人の兵士の姿が人込みの中でもハッキリと見えた。

 鎧の下に来ている衣服が赤色というのは分かりやすい点だろう。

 ちなみに、ナイルさんを待っている間に何百人もの人間? と思わしき人物が目の前を行き交っていた。

 中には、耳の長い人間もいたのだが――、おそらくは、それがエルフか何かなのだろう。


 そういえば、エルフには気を付けてくださいとナイルさんが忠告していたことがあった。

 話を聞いたかぎりではサキュバスなのか? と思わしき内容の話であったが――。


「ゴロウ様、お待たせしました」

「――いえ、こちらこそ。時間と日付を決めるのを忘れていましたので――」

「たしかに……、そうでしたね。それではノーマン辺境伯様のお屋敷までご案内いたしますで、すぐに馬車を用意させます」

「君、すぐに馬車の手配を――」

「はい」


 ナイルさんの指示で、隊列を離れていく兵士。

 それから5分も経たずに馬車が目の前に到着する。

 いつも通り、馬車に乗った後はナイルさんと共に、ノーマン辺境伯の屋敷まで向かう。

 

 規則正しく鳴り響く車輪の音を聞きながら、外を見ていると何人もの年若い女性が乗った馬車が通り過ぎた。


「あれは……」

「奴隷商の馬車ですね」

「奴隷商――」


 奴隷なんてものがいるのか……。

 

「ゴロウ様、ノーマン辺境伯様は奴隷――、つまり人の売り買いは禁止しております。人の尊厳を売り買いするような下賤な真似はするなという御達しなのです」

「なるほど……、それで――、あの馬車は一体どこに? 他領で?」

「いえ。領主様の取り決めを破り商売をした者には厳しい罰則が与えられるのです。彼女達は、奴隷からの解放をされるため、法魔院へ移動している途中ですね」

「法魔院?」

「はい。それぞれの領地を管理している領主は、自領で発生した魔法絡みの問題を解決するために魔法を得意とする者を集めた組織を運用しているのです。それを法魔院と呼んでいるのです。奴隷が法魔院に連れていかれるのは、奴隷には主人の言う事を聞かせる制約が掛けられているので、その解除のためですね」

「なるほど……」


 ――良かった。


 さすがに人身売買をするような人間とは、例え祖父であったとしても付き合いを考えないといけない所だった。


 そう考えている内に、馬車はノーマン辺境伯邸に到着。

 馬車から降りて建物を見上げる。

 いつ見ても大きな建物だ。


 規模から言ったら日本国の首相官邸くらいの広さはあるのではないだろうか?

 辺境伯邸の中――、前回の応接室内に通される。

 

「おお、ゴロウ――、よく来たな。待っておったぞ」


 先に部屋の中で、ノーマン辺境伯がソファーに座りながら待っていた。

 顔色を見る限り、元気そうに見える。


「ノーマン辺境伯様、お久しぶりです」


 数日ぶりだったことから、お久しぶりという言葉が適切かどうかは不明瞭な点であったが――。

 ノーマン辺境伯の表情を見る限り問題はないように見受けられる。


「うむ。――積もる話もある。まずは座ったらどうだ?」


 進められるままに大理石のテーブルを挟んでソファーに座る。

 すると、メイドのアリアさんが、絶妙なタイミングで二人分の紅茶を注ぐとティーカップをテーブルの上に置く。


 ノーマン辺境伯が紅茶を飲んだのを確認してから、俺もティーカップに口をつける。

 正直、紅茶の良し悪しが俺には分からない。

 市販品のティーパックの紅茶よりも、若干味が薄いなと思うくらいだ。


「――さて」


 俺が一息入れたのを見計らったかのようにノーマン辺境伯は俺を見てくる。


「まずは、ゴロウも気になっている事から話をするとしよう。私の病だが――、完治しておる」

「そうですか」

「うむ」


 それは良かった。

 都筑診療所で対応しなくても良くなったのは大きい。

 それよりも――。


「さて、理由はだが――、森の中のエルフ――、つまり結界を作った者に確認をした所、互いの世界の病や呪い等を入れない為に、妖精からエクスカリバーと言う物を儀式で借りたあと互いの世界が繋がった結界の楔として利用しているようだ。そして、そのエクスカリバーの鞘――、つまり……、ゴロウの店が鞘となっており、その店に入ろうとした場合のみ病や呪いを消し去る力が働くと報告を受けている」

「なるほど……」


 つまり、精密機器を作る工場の区画――、クリーンルームに入る時に、塵などを除去するように、異世界に行くためには病などを取り除く術が使われていたという事か。


 ――それなら安全だな。


「それと、これは異世界から来る者も含まれるそうだ」

「――と、言いますと?」

「エルフの話によれば異世界と我が領内の特異点が繋がる際、莫大な魔力が消費されるそうだ。その魔力は、異世界と我が領内とを繋げた者が消費するそうだ」

「つまり……、この世界と異世界が繋がる為には、その魔力が必要だと……、そういう事ですか?」

「うむ」

「……」

「……」


 二人して無言になる。

 そして俺は首を傾げる。


 いま、ノーマン辺境伯は言った。

 異世界と繋げるためには莫大な魔力が必要だと。

 そして、その魔力は繋げた者が消費すると……。


「あれ? もしかして……」

「うむ。ゴロウが異世界と我が領内を繋げる際に莫大な魔力を消費している、つまりそういうことだ」


 俺が疑問に思っていたことを、ノーマン辺境伯はバッサリと考慮の余地も無いほどに答えてきた。


 ――ただ……。


「自分には魔力という物が良く分かっていないのですが……」


 今の俺の表情は、おそらくだが――、引き攣っていると思う。

 そもそも、俺に超常的な力があるようには思えない。

 さらに言えば40年以上生きてきて、一度も幽霊なども見たことが無い。


「まあ自覚が無いのも仕方ない」


 ノーマン辺境伯が頷きながら最初からソファーに置いてあったのだろう。

 以前に、俺が血縁関係だという証拠を知らしめた白い石板をテーブルの上に置いた。


「この石板はな。持ち主の魔力に反応して色が変わるということをゴロウ、お主には教えたな?」

「はい」


 俺は頷きながら同意する。


「それでだな。青の色は貴族の魔力だが――、色の濃さに応じて魔力量が変わってくるのだ」

「ゴロウ様。ノーマン様は、エルム王国では知らない者が居ないほどの方なのです。元は、エルム王国で宮廷魔法師を纏めていた方なのです」


 俺の後ろで控えていたナイルさんが遠慮がちに語り掛けてくるが、いきなり宮廷魔法師と言われても、どれだけ偉い人間なのか俺には分からない。

 もう少し分かりやすく説明をしてほしい。

 そもそもエルム王国の規模が、どの程度であるのかすら俺は知らないし……。

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