第26話 10トンの塩
――問屋の藤和と契約を結んだ翌日、セミの声が聞こえる中、俺は縁側で寝そべっていた。
理由は、店を始めるにあたって商品の仕入れを「一括で行います!」と、力説してきた藤和一成さんに任せた事でやる事が無くなったのが大きい。
そもそも――、田舎に来てからという物、俺は常に気を張っていたと思う。
失敗は出来ない。
何故なら、失敗は姪っ子と共に露頭に迷うことになるからだ。
一人の時とはまったく異なる重圧を、無意識ながらも感じていたのだろう。
店の目処がある程度、立ったところで俺は肩の荷が下りたのを感じて少しだけ休むために縁側でゴロゴロとしているのだ。
簡単に言うならば戦士の休息というやつだな。
「おっさん! プリン食べてもいいのか?」
「好きにしろ」
俺は縁側で横になりながら、太陽を直視しつつ朝から遊びにきている和美ちゃんに言葉を返す。
それにしても、昨日の夜にプリンを10個ほど作っておいてよかった。
もしかしたら和美ちゃんが朝から来るかも知れないと予想していたが、本当に遊びにきたからな。
しかも、今回はトラクターに乗らずに3キロある道のりを、歩いて遊びにくるとか子供の遊び心とはすごいものだ。
思わず感心してしまう。
――ただ、一つ言わせてほしい。
朝7時から来るのは早すぎるから、もう少し遅く来て欲しいと――。
縁側で横になりながら横目で居間の方を見ると、姪っ子の桜と和美ちゃんがプリンを食べている姿が見える。
テーブルの上には空になった8個の容器。
そして、残り2個を二人で仲良く食べていた。
「――って! おい!」
俺は思わず立ち上がる。
「どうしたんだ? おっさん?」
「どうしたの? おじちゃん」
「おっさんでもおじちゃんでも無いからな! お兄さんだからな!」
とりあえず先に訂正しておく。
「俺のプリンは?」
「だから言ったじゃん! 聞いたじゃん! プリン食べてもいい? ってさ――」
和美ちゃんが、少し怒った様子で俺に詰め寄ってくる。
「食べちゃだめだったの……」
対して、桜は目に涙を浮かべながら掻き消えそうな程、小さな声で聞いてくる。
そんな目で見られて駄目と言えるわけもなく……。
「――い、いや……、食べすぎると体に悪いからな。別に食べたらいけないとは言っていないぞ……」
俺の言葉に桜は、「うん、わかった。気を付けるの」と答えてくる。
対して、和美ちゃんは「仕方ないな、ほら! 口移しで食べさせてやるからさ!」と、ませた子供のように口を近づけてきたので額に手を当てて近づいてこないように牽制する。
「一体、誰に習ったんだ」
溜息交じりに俺はベランダに座りなおし外を見る。
夏だというのに、今日は涼しい。
「おっさん! 幼女の口づけはレアもんだよ!」
まったく、こやつは――、もう少し桜を見習ってお淑やかに出来ないものだろうか。
しばらく横になっていると――。
「桜ちゃん、ゲームしようよ! ゲーム!」
和美ちゃんの――、そんな声が背後から聞こえてきた。
「どうしたんだよ?」
「……」
「――っ!? わ、分かった――、もう手を出さないから……」
「分かったならいいの。私の……、 ――に手を出すなら友達の縁は切るの」
和美ちゃんの声は大きいから聞き取りやすいが、桜は声量を意図的に落としているのか所々、聞こえない部分がある。
もしかしたらプリンでも食べられたのかもしれない。
そう考えていると、家のインターホンが鳴る。
「来客か?」
今日は、とくに来客が来るような予定はなかったはずなんだが……。
立ち上がり、居間の方へと視線を向けると和美ちゃんが正座している姿が目に入った。
それと同時に、俺に桜がニコリと笑顔を向けてくる。
そして――、テーブルの上にはプリンが入っていた空の器が10個置かれているのが目に入った。
どうやら、現状から見てプリンで桜が怒ったわけではないようだが……。
女の子は、良く分からないからな。
やはり色々とあるのだろう。
「桜、玄関に行ってくるからな」
「うん」
最初に来た時とは、まったく別人かと思うほど桜は元気になったように見える。
返事も、ハキハキとしてきたし。
二人を居間に残し玄関までいく。
「藤和さん?」
「おひさしぶりです」
「お久しぶりも何も、昨日ぶりですよね?」
「はい。先にご要望のあった塩が用意できましたので――」
塩が用意できた?
たしか多少は在庫があるとは言っていた。
だが、さすがに10トンは用意するのに時間が掛かると藤和一成さんは俺に説明してきていたのだが……。
まぁ、俺の方としても塩は早めに入手しておきたかったから問題はない。
「見せてもらってもいいでしょうか?」
「はい」
案内されたのは店の駐車場。
駐車場には、リフォームをしてくれている踝さんの所の車も数台停まっていた。
どうやら総出で棚を設置してくれているようだ。
そして、駐車場の車両の中でも一際大きいトラックが停まっているのが目に入った。
「よく、これだけの車体で畦道を通る事ができましたね」
「運転してきたのは私ではありませんので」
「そうですか」
運転席から降りてきたのは、厳つい顔をした運転手。
身長は俺よりも若干低いくらいだが、体つきはしっかりとしている。
「堂本さん。トラックの側面を開けてもらえますか?」
運転手は、藤和さんの言葉に無言でコクリと頷く。
すると慣れた手つきで車の側面を開けていくと――。
塩と書かれている段ボールが大量に載っているパレットが見えた。
重ねられた段ボールは、倒れないようにビニールで巻かれている。
藤和さんは、すぐにトラックの荷台に上がると段ボール箱から1キロの塩を取り出して俺に渡してくる。
受け取った塩は、どこにでも売っているような食卓塩。
「なるほど……」
「どうでしょうか?」
「いいと思います」
さすがに袋を開けて舐めるような事はできない。
「それにしても、よく10トンもの塩が集められましたね。時間、掛かると昨日言っていたような……」
「全力で頑張らせて頂きました」
「なるほど……」
藤和一成という人物は、どうやら俺の所をお得意さんだと思ってくれたようだ。
俺としては、店で扱う商品を【問屋 藤和】に丸投げしてしまっているので、かなり心苦しいのだが……。
普通なら、「え? そのくらいはやってくださいよ!」とか、言いそうだが――、店で扱う商品は、全部! 問屋の藤和で頼むと言ったところ二つ返事してくれたのだから、かなりいい営業マンなのだろう。
「それでは、全部頂いても?」
「はい。こちらが仕入書になります」
――10トンで70万円か。
ということは、1キロ70円……、思ったよりも安いな。
1キロ100円で販売すれば、一袋あたり30円の売却率になると……。
「――ん?」
「どうかしましたか?」
「いえ、それでは10トンを購入しますので、お金を持ってきますのでお待ちください」
「はい。それでは店の中へ移動するということで宜しいでしょうか?」
「宜しくお願いします」
トラックの荷台から運転手が台車を下ろすと無言で塩が入った段ボールを載せていく。
それを見たあと、俺はお金を取りに家へと向かうが――。
「よくよく考えてみれば金の加工――、手間賃で3割取られるってことは……、塩を1キロ100円で売ってもプラスマイナスゼロだよな?」
つまり、金の加工を頼むのは非効率というか、利益が上がらないということになる。
前回は原価が掛かっていなかったから良かったが、今後は原価が必ず存在するのだから、金の加工を安易に頼むのは良くない。
「ノーマン辺境伯に、同じ重さの貴金属で支払ってもらえるかどうか確認してみるか……」
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