第9話 ルイズ辺境伯領
頬を抓るが――。
「夢じゃない……」
いや――、落ち着け。
よく考えろ。
そもそも、ガラスの外に見えるのが映像ではないという確証がどこにあるのか?
科学全盛の世の中なのだ。
外に見える異世界風なのは実は映像で、外から入ってくる明かりも映像が見せるLEDとか、考えれば全ての辻褄が合う。
「ふう……、俺としたことが取り乱してしまった」
さすがに店の外が異世界に繋がっているような非現実的な物が存在するわけがない。
カウンター近くの柱に近づき、シャッターを開けるボタンを押す。
シャッターがゆっくりと上に開いていく。
シャッターが開いて外が見えれば、俺の完璧で隙のない理論が実証されることだろう。
外に見える光景は、結城村の――、日が完全に沈んで夜の帳に包まれた田畑の風景になるはず。
――ガラララララ、ガシャン!
完全にシャッターが上がるのを確認してから、月山雑貨店の両開きのガラス扉を開けて外に出て、周囲を確認してから扉を閉めてからシャッターを閉めた。
「ど、どどどど、どうなっているんだ!? け、景色が変わらないぞ?」
太陽も、空に昇っていたのは確認できた。
さらに言えば、街並みは中世の世界観を忠実に再現したような物。
歩いている人々も、とてもリアルで存在感があった。
「わからん。どういうことだ!? そ、そうだ! 親父の日誌に何か書かれていないか?」
急いで実家に戻り親父の日誌を開き中を確認していく。
「特におかしい箇所は……」
――あった……。
「『7月10日』 この世界の東京では自動販売機と言うのが設置され始めたようだ。」
朗読しながら、日誌の一部がおかしい事にようやく気がつく。
最初に日誌を見たときは、何とも思わなかった。
だが――、今にして思えば――、月山雑貨店の日誌に、【この世界の】と言う単語を使うのは明らかにおかしい。
「駄目だ。他の日誌に関しては何も書いてない」
ただ一つ分かることはある。
親父が使っている【この世界の】という言葉。
ここに全ての答えはあるのではないだろうか?
問題は……、本当に別の世界が存在しているかどうかだが……。
これから、ここに住んで雑貨店をやっていくのだから、問題ごとはハッキリとしておいた方がいい。
実家から出て、バックヤードに繋がるドアを開ける。
それと共に鈴の音色が鳴る。
「なるほど……、少しずつ分かってきたぞ」
俺の推測に過ぎないが、おそらくだが――、正面のシャッターが閉まっている状態でバックヤード側から店内に入ろうとすると鈴の音がなるのだろう。
――そして。
「だよな……」
ガラス窓を通して外には、中世の街並みやファンタジー世界の姿をした人々が歩いている姿が見える。
――という事は……。
一度、バックヤード側から外に出る。
もちろん鈴の音色が鳴る。
そのまま正面のシャッターまで外を歩いて向かう。
外から正面のシャッターを見るが周辺は暗闇に包まれていて誰一人いない。
シャッターを開けてから、店内に入りシャッターを閉めるが店内は暗いまま。
「ふむ……」
そのままバックヤード側から外に出るが――、鈴の音色は鳴らない。
そして、再度――、バックヤード側に扉を開けて入ると鈴の音色が鳴る。
「これで確定だな」
外のシャッターが閉まっている時だけ、バックヤード側の扉を開けるとシャッターの外の景色が変わる。
次に、外の景色が中世に変わっている時に、シャッターを開けてから、バックヤードを通って正面のシャッターに向かう。
「シャッターは閉まったままか。つまり、外の景色が変わっている時に、店内からシャッターを開けても、こっちは変化はしないということだな」
だいたいのことは分かったが――。
あとは、外の景色は一体何なのか? という点だ。
――気は進まないが調べないといけない。
俺が居ないときに、もし姪っ子が、バックヤード側から店内に入ったら?
そして、その世界が危険のある世界だったら?
店のカウンターの下にもブロードソードがあったのだ。
安全な世界とは言えないだろう。
バックヤード側のドアを開け、バックヤードを通って店内に入ると俺は眉を顰める。
外へと通じるドアの外には人だかりが出来ていた。
それだけじゃない。
3人の男が店前で何やら叫んでいる。
彼らは、全員が黒を基調とした統一された服を身に纏っていた。
「……服装が統一されているということは、どこかの組織の人間だよな?」
とりあえずカウンターの下から錆びたブロードソードを取り出す。
一瞬、シャッターを閉めようとも思った。
だが、姪っ子の安全を考えると先送りするわけにもいかない。
右手にブロードソードを持ったまま外へと通じるガラス扉を開けると「リュウジ様ですか?」と、40代の男が俺に語り掛けてきた。
――その名前は、俺の父親の名前。
何と答えるべきだろうか……。
まさか、いきなり話しかけられるとは。
「何の用でしょうか?」
相手が何を求めているのか分からない以上、嘘をつくのは得策ではない。
だが――、本当の事を口にするのもよくはない。
「自分は、ルイズ辺境伯の衛兵を務めているアロイスと言います。ここ数日の間、何度か他世界とゲートが繋がったと報告を受けずっとお待ちしておりました」
「なるほど……、ちなみに俺は月山五郎ですが?」
「ツキヤマ? ――と、いうことは……」
「隆二は父親ですが何か?」
「そうでしたか。――それでリュウジ様は?」
「もう他界しております」
「他界とは?」
「死んでいるということです。それで、待っていたということは何か話があるということですか?」
「――あ、はい。じつは――、私が仕えておりますルイズ辺境伯領を治めておりますノーマン様が、リュウジ様とお会いしたいという事だったのですが……」
アロイスと言った男が肩を落としながら話してくる。
まぁ、親父はすでに他界しているのだ。
諦めてもらうしかない。
「それではゴロウ様!」
「何でしょうか?」
「リュウジ様の代わりに、ノーマン様に会っては頂けませんでしょうか?」
「自分がですか?」
「はい! ぜひ! お願いします」
アロイスが切羽詰まった様子で頭を下げてくる。
正直、ことを荒立てるのは今後のことを考えると止した方がいいだろう。
「わかりました」
「ご協力に感謝します」
店の扉を閉め鍵を掛けた後、馬車に乗せられて移動する。
時間としては10分ほどだろう。
煉瓦つくりの壁が視界に入ってくる。
高さは5メートルほど。
「こちらはルイズ辺境伯領――、ノーマン様のお屋敷になります。あと少しで入口に到着いたします」
一緒に馬車に乗り込んでいるアロイスが丁寧に説明をしてきた。
「なるほど……。そのノーマンと自分の父はどのような関係なんですか?」
「それは、ノーマン様から直接お聞きください」
ふむ……。
父親が、日誌に地球のことを『この世界』と書いていたことから、思い当たるのは――、この世界が父親が生まれ育った世界かも知れないということだ。
こんな事なら両親の馴れ初めをキチンと聞いておくべきだった。
正門と思わしき場所から、長く続いていた壁の中へと馬車は入る。
そして1分ほど走ったところで馬車は停まる。
馬車から降りると目の前には、2階建ての部屋数50は下らない巨大な屋敷が存在していた。
「ノーマン様に、リュウジ様のご子息をお連れしたと報告してくれ。ご子息は、応接室に連れていく」
「分かりました」
近くにいたメイドが指示を受け屋敷の中に入っていくのが見える。
「それでは、ゴロウ様――、応接室までご案内致します」
屋敷に入るとまず目についたのは大きなフロア。
そしてフロアの真正面には大きな階段があり2階へと繋がっているのが見える。
フロアには、いくつもの彫刻が並んでいて一目で金持ちの屋敷だというのが分かってしまう。
「ゴロウ様、こちらへ」
案内された部屋は、フロアの右手にある部屋。
室内は、多くの調度品などが置かれており、壁際の棚の上には黄金色に輝く細工物がいくつも置かれている。
「それでは、こちらでお待ちください」
アロイスに勧められるままソファーに座ると、すぐに応接室の扉が開く。
室内に入ってきたのは、80歳近い老人で俺を見るなり。
「おお、リュウジに――、いや息子のゲシュペンストに似ておるな!」
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