寂しいから壁に話しかける

韮崎旭

寂しいから壁に話しかける

 壁に話しかけてばかりいるのは人間が怖いからだが、話しかけるのは話しかけたいからであり、文語を習ったが最後言語体系の特有の形態への偏執がはじまり年々強まっている。邦画はあった。だがそれは俺が植字工をしていたころの話でね。私は確認した。私の説明を。何をもってかをわからないことを。私は女を定義できないがゆえに自身の性別を定義できない。何を満たせば女であるといえるのか。何を欠き、何を持てば? 判断はしかねる。俺はこいつの中身がなんであるかわからないと、だから言うことはできる。しかしこと私において生物学的性別に随って行動する限りにおいて不便は起こらぬ。よってそうする。頭がレタスであるとか。気を抜くと料理の話ばかりするが香辛料に関して明らかに履修し損ねた項目を多く持つと思っている。つまり風味と名称の対応関係が習得されていない。おらず、雨はまだ降っていなかったので、俺が植字工をしてた頃同僚のアレクサンドルが日がな一日健康管理の如何について語り続けるんで職場の誰もが健康管理に嫌気がさし、おかげで肺がんの有病率が同社のほかの職場に比べて有意に高いともっぱらの評判だったよ。比喩だと思うか?見てごらん、これが夾竹桃の元本さ。でも、でも、そこにはない、あるべきであり希求されたものが、なぜかを知ればおのずと自発性が失われるはずだろうよ、なあ嬢ちゃん、そう思わないか?「は?」案の定ラテンアメリカ文学の作者名が分からなくなった。無学に加えて文盲まで加わるやも知れぬと思い始めていた。何せ字が書けないのだから。いまだってなぜかはわからない吐き気が井戸の底から見つめているのはそれが彼岸ではないとなぜ言い切れようか? 俺は文字にかかわりすぎた、人間はおよそそういう運命だろう、それが活字であるか音韻であるかの個体差はあるだろうがね、たばこを吸ってもいいかい、失敬、え? ああそう、じゃあちょっと席を外させてもらおうか、どうもね、俺は文字と煙草に取りつかれて……人間の運命なんてろくなもんじゃアないから関わり合いにならないことだね……。席を外したので私は文庫本を開いた。模様から読み取れる怪異の色鮮やかさに目を奪われる。実のところ昼間は光が強すぎて出歩けないので非常に困った。私は視覚的に異常なのか?だがなにせ、できるかがわからない。

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