第41話-メイドの事情

 タオルを落とした素っ裸のフレンダに驚愕の視線を向けられる。

 すぐにそれが座った目つきに変わる。


 叫び声をあげられることはなさそうだと思い、口を押さえていた手をゆっくり離す。


「……あなた私の部屋に忍び込むのが趣味なの?」

「ご、ごめん、侵入したら偶然またこの部屋で……」


 フレンダが落ちたタオルを自分に巻き直し、腰に手を当てて私とリンを交互に見る。


「はぁ…………で? 今度は何処から逃げてきたのよ?」

「……えっと話せば長くなるんだけど――」


 私はあれからのことをフレンダに語っている間、フレンダは手早くメイド服に着替えながら私の話に耳を傾けていた。


「だから、フレンダのおかげで私は今こうしてここに居ることが……両親にも会えて……うぐっ、ありがとう……フレンダ……っ」

「……」

「……むぐっ」


 メイド服姿に変身したフレンダが私を両腕でそっとで抱きしめ「頑張ったわね」と一言だけ溢した。


「うぅぅ〜……」


 たったその一言だけで、ギリギリ保っていた私の涙腺が崩壊する。

 私はフレンダの胸元に顔を押し付け、息を殺しながら泣きじゃくった。



 ◇◇◇



「ごめん、服汚しちゃった……」

「いいわよ、メイド服は汚れてもいいような服だし。それで? そっちの子とか、あなたのその服装とか何するつもりなの?」


 フレンダに抱きしめられて嗚咽を溢すこと数分。

 その間、フレンダはずっと背中をさすってくれていた。


 落ち着いたあと、リンのことをフレンダに紹介してから、私を嵌めた人物を捕まえるために穴を掘って忍び込んだらここに出たんだと簡単に説明した。


「……あなたね、この国で一番警備が厳しい場所なのに、なんとかなると思ってるの?」

「それはなんとかする……できると思う。それで、フレンダはここで何か仕事をしているの?」


「私? ただの監獄棟担当のメイドよ」


 腰に手を当て、あっけらかんといているフレンダだが、後ろにいるリンから念話が届いた。


『カリス、その子なんだかおかしい』

『おかしいって……なにが?』

『カリスが魔法を使っているときみたいな感じがする』


『それって……』


 リンは魔法は使えないが、魔法に対する感覚は強い。他人の発している魔力が耳にピクピクとくるらしい……と、前教えてもらった事がある。

 私は【魔力透視クレアボヤンス】を使い、フレンダを改めて観察する。


「……!? フレンダ……あの、それ」

「…………あなた魔法使えるんだわね」

「うん……」


 フレンダの両手両足からうっすらと立ち昇る黒い魔力。

 それは私にも施されていた、呪印だった。


「ちょっといろいろあってね」


 フレンダはそう言いながら苦笑する。

 あまり思い出したくないような、考えたくないようなそんな表情だった。


「フレンダ、よかったら教えて? 今度は私が助けるから」


「あなた、なにも知らないくせに何様のつもり?」

「そ、そんなことは……」


 フレンダがその目に浮かべていたのは、はっきりとした拒絶の意思。


「なにも知らないくせに首を突っ込まないで」


「……ごめん……なさい」

「あ……ごめん……私も言いすぎた……」


 二人の間になんとも言えない空気が流れる。


「まぁまぁ、フレンダだっけ? 私、リン・カネーションっていうんだけど――」

「――っ!?」

「だから話してみて? 力になれるかもよ?」


 リンがフルネームを名乗ると明らかにフレンダの空気が変わる。

 フレンダが少し俯いてどうしようか悩んだそぶりを見せ、ぽつりぽつりと話し始めてくれた。


「……父さんがね、ちょっとしくじって私が人質みたいな感じで……去年からここに半ば幽閉みたいなことになっているの」


 フレンダが人質……?

 お父様の話ではオーガスト辺境伯の三女だと聞いていたのだけれど、そんな人物を人質にしたりする事ができるのだろうか。


 しかしそんな疑問もあっさりと判明する。


「騙されて違法な契約をさせられたと言っていたわ。それを履行しない交換条件で色々と……あいつが……」


 フレンダが握りしめる手に力が入り、その拳から一筋の血が滲んでいた。


「フレンダ……【治癒ヒール】」


「あなた回復魔法を……!?」

「……なんだか必死になっていたら使えちゃったの」

「使えちゃったって……そんな簡単な魔法じゃないのに」


 フレンダが驚くのも無理はない。

 だけれど今はそんなことよりフレンダの事情の方が優先だった。


「その……騙されたって誰に?」

「証拠はないけれど……法務大臣のリックと、男爵のエイブよ」


 法務大臣のリックというのは、リック・フランバールというこの国の侯爵のことだろう……。

 昔お父様に紹介されたことがあるが、あまりいい印象が無い。

 というよりも、殆ど覚えていない。


「その、エイブって言うのは……?」

「エイブ・フォン・ホド男爵よ。フランバール家の子飼のね」


「――ホド男爵!?」

「知ってるの?」


「そいつがカリスを嵌めた主犯だってさ〜」

「私たちはホド男爵がここに隠れていると聞いて捕まえるために来たの」


「……なるほど。でもただの公爵家の娘にそんなことできるの? 相手は男爵本人だし、第一忍び込んだ事に突っ込まれたら勝てないんじゃないの?」

「そこは大丈夫〜」


 リンが胸元から、マルさんに預かった巻物と書類を取り出す。


「それは?」

「どこでも捜査していいよ〜っていう国王さまの許可状と、ホド男爵の逮捕状だよ〜」


「準備はできてるってわけね」


「それでフレンダ……何処に居そうかとか分かったりしないかな?」

「分かるわけないでしょ……と言いたいところだけど、先月から法務大臣の部屋へ届ける食事の量が倍になったわ」


「それって……」

「食べる人が増えたんだろうね〜」


「……最上階の中央の部屋よ。でも下から上がるには途中に検問所があるわよ」


「それで、ちょっとフレンダにお願いがあるんだけど」


 私は考えていた作戦の一つをフレンダに打ち明け、協力してくれないか頼んでみることにした。

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