第39話-潜入準備


「よし~この辺りから上に戻れば~建物の下だと思う~」


 ずっと横に向けて穴をほっていたリンが唐突に掘る方向を上に変えた。


 ここまで、土を削り取る。

 土を集めて壁に塗る。

 全力で蹴り固める。


 その繰り返しだったがスピードが尋常じゃなく早かった。


 途中で「疲れたかな?」と思って一度【治癒ヒール】を使ったが、リンは延々と同じペースで掘り進めてきたのだ。


 リンが天井に手をかけ、まるで砂の城を崩すように一気に土を落としていく。


「わわっ……」


 ドサーっと落ちてくる土に埋もれたリンだが、すぐに土から出てきて再び天井へと手をかける。


 またしても同じ作業の繰り返しだが、確実に穴が上へ上へと広がっていく。


 そこから五分ぐらい経っただろうか。

 突如リンが「あっ」と小さく声を出し下に降りてきた。

 降りたついでに溜まった土を足で踏んで固めている。


「上まで着いたみたいだよ~」

「……うん、リンご苦労さま、ありがとうね」

「えへへ。でもここから一番危ないからね~ちょっと身体洗いたいんだけど~」


 リンがそういって、ドロドロになったシャツとズボンを服を脱ぎだす。


「こっ、ここで?」

「ここしか無いよ~カリス~お願い~」


 あれよあれよという間に靴下も靴まで脱いだリンが、耳についたドロを手で落としている。


 少し恥ずかしさを感じながらも【水球アクアボール】で水の塊を作り出し、もう片手で【火球ファイアボール】を出して水へとぶつける。


 ジュッと音がなりふわふわと浮いている水の塊から湯気が上がる。


「うわ~カリスすごい~」

「そんなことないよ~水を火で温めただけだから、リン、ほら」


 私はリンの頭から少しずつシャワーのようなイメージで温くなった水をかけ流していく。

 リンは両手で耳や髪の毛を両手でガシガシとこすりながら、顔を拭き肩をこすり胸元から足まで綺麗に泥を落としていった。


「リン、これ」


 私は足元に近くにあったなるべく平たい岩を置く。

 リンはそこへ乗って足の裏も綺麗にしていった。


「ふぅ~すっきりしたぁ~カリスありがとう~」


 流れた泥水は徐々に地面へと染み込んでいく。

 最後に【風球エアボール】を近づけて風で髪を乾かしてあげる。


「えっと、カリス~私のリュックに着替えがあるからとってくれる~?」


 リンが指差すところにおいてあった革袋を広げる。


「えっとどれ? この黒っぽいやつ?」


 リンが着ていた服はすっかりドロドロではあるが、動物の革を併せた綿で出来たシャツと短パンだった。

 しかし革袋から顔を出したのは、絹のような手触りの青く薄い生地の服だった。


「そうそう~それそれ~カリスの分もあるから着替えて?」

「え、私も?」


 そう言われ、革袋からその服を取り出して広げると――。


「こ、これ、メイド服?」

「そうそう~お母ちゃんが使ってた仕事着なの~」

「仕事着……あれ? ミケさんってメイドさんだったの?」

「違うよ~潜入用」


 そこまで言われて「なるほど」と納得してしまった。

 ミケさんはホワっとした感じのリンに似て可愛らしい女性だったけれど、やはりその容姿を生かしてそういう仕事をしていたらしい。


(メイドに変装して情報収集――なんかかっこいい)


 リンは手渡したメイド服へ手早く着替え、ローファーのような革靴を履いた。


「あ……れ? リン、下着は?」

「えへへ、忘れた~」


 まさかのノーパン。


 色々と飛んだり跳ねたりすることがないように祈ろうと思う。


「蹴りとかしちゃだめだからね?」

「気をつける~エアハルトに怒られちゃうし」


「…………そうね」


 なんとも言えない感じになったので、私も革袋から取り出したメイド服に着替える。


 村を出るときにお母様に借りてた厚い目の薄青のシャツのボタンを外していき、ズボンのホックを外す。


「リン……誰も居ないの解ってるのだけど、恥ずかしい」

「気にしちゃ負け~」

「リン……これブラ見えるんじゃ」


 リンが着たメイド服をよく見ると、胸元から肩口までパックリと開いている。

 ちなみにこの世界、ちゃんと女性用の下着がある。

 流石に記憶にあるようなちゃんとしたものではないが、一応この邪魔なものを支えるように立体的に編み込まれたレースで出来た下着が主流だった。


「上だけ外しちゃえばいいよ~」

「……」


 ここで駄々をこねても仕方がないと思ってズボンを脱いで、ブラだけ外してメイド服に袖を通す。


「う~……このデザイン、ミケさんほんとに着てたの?」

「らしいよ~コロッといけるから重宝したって~」


 まったく世の男どもは世界が変わっても同じらしい。

 そして女の武器も変わらないらしい。


 私は恥ずかしさを何とか抑え、メイド服に泥がつかないように気をつけながら竪穴の下へと移動する。


「リンはどうやってあがるの~?」

「カリスが魔法で~?」

「えぇっと、そっか【光灯ライト】を消して二人に【飛翔フライ】を使えば良いんだ」


「ん?」

「え?」


「そのままでも使えるんじゃないの~? さっき明かりを付けたまま水の魔法と火の魔法使ってたじゃない」


「――っ!?」


 リンに指摘されて身体に衝撃が走った。

 確かに先程、【光灯ライト】を使ったまま【水球アクアボール】と【火球ファイアボール】を使った。


「……トリプル……そんな……」


 二重魔法ダブルキャストは魔法使いがもっている魔法ではなく、研鑽による技術であると言われている。

 だからこそ宮廷魔導師と呼ばれている人たちは、二重魔法ダブルキャストを使えることが最低ラインなのだ。


 それが三重魔法トリプルキャストとなるとどうか?

 一般使えるものは居ないとされている。

 歴史書によれば、かつて五つの魔法を同時に操ったと言われている魔法使いが居たそうだ。

 しかし数多の魔法使いたちが挑戦したが五つどころか三つですら、同時に魔法を行使することは出来なかった。


 そのため、三重魔法トリプルキャスト以上については魔法でも技術でもなく『固有能力ユニークスキル』という、その人しかもっていない能力であると結論付けられたのだった。


「私……本当に三つも同時に……?」

「え? 私に聞かれてもよく判らないんだけど~違うの~?」


「ちょ、ちょっと試してみてもいい?」


 私はリンに断りを入れ杖を構える。


「【光灯ライト】!」


 それなりに魔力を込めたため、蛍光灯のような明かりが天井付近に現れる。


「【風球エアボール】!」


 右手に風の塊が現れ、私の前髪を揺らし始めた。

 天井に目をやるとまだ【光灯ライト】の光が灯ったままだった。


(ここからだ)


 私は右手の【風球エアボール】から徐々に意識を逸らす。

 そよ風のような優しい風だけが顔に当たる。


「――【氷壁アイスウォール】!」


 ――キンッと音がなり、入ってきた方の横穴が分厚い氷に覆われた。

 右手の【風球エアボール】も天井の【光灯ライト】も変わらずそこにある。


「……使えた……」

「おおーカリスすごい~! ……すごいの?」


 魔法の使えないリンが、頭をナデナデしてくれるがイマイチ解っていないようだった。


「えっと、うん、私が三つ同時に魔法を使えるのがバレると面倒なことになるレベルで」

「おーさっすがカリス~」

「このことはマルさんにも黙っててね?」

「わかったよ~」


 三重魔法トリプルキャストを操ることができる魔法使いの話は聞いたことがない。

 バレれば今の私の立場でなくても、研究機関などに捕まってしまう可能性があるレベルだ。


(……嬉しいけどまた厄介な悩みが)


 それは世の魔法使いが聞けば殴りかかってくるレベルで贅沢な悩みだろうと自分でも思う。

 風属性と炎属性を同時に使いながらも、結界や回復魔法を使うことができるのだ。


 戦いにおいては非常に有利な立場を取れることは間違いがなかった。


「そっか……私、魔法使いなのに【治癒ヒール】まで使えるんだ……」


 私はそっちの事実にも気づき、危うく地べたに膝を付きそうになる。


「わっ、カリス」


 スカートの裾が地面につく前に、我に返り慌ててリンに捕まる。


「きゃっ」

「あっ、ごめんリン」


 リンが少し赤い顔でずれてしまったメイド服の胸元を上げる。


(裸は恥ずかしくないのに、あれは恥ずかしいんだ)


 恥ずかしがるポイントは人それぞれだと思っておくことにして、私達は改めて竪穴を見上げる位置に移動する。



「じゃぁ、行こうか」

「カリス~気をつけるのよ~危なかったら一人で窓を割って逃げてね? 私は隠れるの得意だから」

「あ、そうか……」


 リンに言われて一つの作戦を思いつく。


「どうしたの~?」

「ちょっと試してみたいこと思いついたから、建物に入れたら言うね」

「は~い」


 私は自分とリンに【浮遊フライ】を使い、竪穴をゆっくり登っていった。

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