第35話-犬も食わぬ
私たちは竪穴から出てすぐにミケさんとお母様に洞穴であったことを報告した。
「うーん、その情報って正しいの?」
「セシリー様、あのファウストでしたら、恐らく信用してもいいかと思われます」
「クリスはどう思う?」
「私も……多分信用してもいいかと思います」
あの去り際に「監獄棟」としか言わなかったが、私はファウストが嘘を言ったとは思えなかった。
「なぁお母ちゃん、監獄って行ったことがないんだけど~貴族が隠れるような場所ってあるの~?」
「うーん……」
ミケさんは「直接知らないけれど」と教えてくれた情報によれば――
監獄棟の二階には看守用の宿泊部屋がある。
三階は隣の騎士団宿舎との渡り廊下があり、鍛錬所や医務室が用意されている。
四階には監獄棟の責任者である法務大臣の執務室。
それとティエラ教会大司教の執務室がある。
なぜ監獄にティエラ教会の人間用の執務室があるのか?
答えは単純だ。
死刑を執行される囚人に対して祈りを捧げるためだ。
しかし四階に立ち入れるのはごく一部の人間だけのため、他にどういう部屋があるのかどうかわからないそうだ。
「ん~ホド男爵がティエラ教会の~執行部? だっけ? その人達と繋がっているなら~そこに隠れててもおかしくないよね~」
「たしかにそうよね……でもどういう関係なんだろう? ドルチェさん何か知ってますか?」
エアハルトと三人で並んで話を聞いていたドルチェさんに尋ねるが、以前話した以上のことは知らないという。
つまり、『執行部の上層部である誰かがホド男爵の親戚』という情報である。
「う~ん……やっぱり直接お父様とマルさんに情報渡したほうが良いよね」
「でもリン?」
「なぁに~お母ちゃん」
「お父ちゃん首都に居るから、行くなら急いだほうがいいんじゃない~? 自分を探してるなんてことに気づかれると逃げる可能性があるんでしょ?」
「あ~そうか~……」
お父様たちは首都でティエラ教会を調べると言っていた。
ホド男爵を直接探す役割はエアハルト達にまかせてあるが、監獄でホド男爵が隠れているのなら自分を探しに来たと思い逃げ出す可能性が高い。
「じゃぁ私、首都までひとっ走りしてくるよ~」
「私も! 私も連れて行って」
「カリス、だいじょうぶ~? 怖くない~?」
「う、うん……大丈夫」
大丈夫――そう言葉にするが、あの監獄に居たときのことが頭をよぎる。
私が危うく自分というものを失いかけた場所。
そしていま現在、まだ私はお尋ね者なのだ。
……兵士に見つかれば捕まる……場合によってはその場で殺されるかも知れない。
「でも、リン達が動いてくれているのに私一人で安全な場所にいるなんて出来ないよ」
「……」
「だから、私も行きたい。自分の身は自分で守るから」
「カリス……ダメ」
「えぇっ」
まさかのリンからダメ返答。
「どうして……?」
「カリスは魔法も使えるし強いと思う」
「……」
「でもどうしてカリスは行くの?」
「えっ……それは、私が……お父様達が殺されかけたから?」
「自分でホド男爵を見つけて恨みを晴らすために殺したい?」
「――っ!?」
殺したいか?とリンに言われ身体がビクッと跳ねる。
「わっ、私は……」
私はどうしたいんだろう。
ティエラ教会の急進派に攫われ、ホド男爵に騙され殺されかけた。
お父様達が馬車で襲われたのも恐らくホド男爵の手のものだ。
この村だって襲撃されてリンの家族たちも危険な目にあった。
エアハルトだって殺されかけた。
――けれど
「……私は、ホド男爵を捕まえてちゃんとした形で罪を背負ってほしい」
殺したいかと聞かれれば、多分それは違うだろうと思う。
「そっか。見つけた瞬間、魔法を打ち込んで殺したいのかと思った」
……リンは私のことをどういう人間だと思っているんだろう。
そこまで野蛮ではない……と思う。
「ん……私は突然置かれた立場から逃げるために必死だったから。誰かを憎んだり、殺したいほど恨んだりとかは無いよ」
「ほんとに?」
「もしそうなら、ドルチェさんもマルさんもこうやって私の後ろに並んでくれていないから」
「あはは~確かにそうだね。ごめんね~カリスが結局どうしたいのか良くわからなかったからさ~」
リンが言うように、私は状況に流されるまま自分の命を狙う敵を返り討ちにしながら生き延びてきた。
だから、こちらから打って出るような動きは初めてだ。
でも犯人を見つけたあと、私がどうしたいのかなんて考えたことがなかった。
リンに言われて初めて、考えた。
「うん、ありがとうリン。私は犯人を全員見つけて法の元でちゃんと裁かれてほしいと思ってる」
――だからこれは私の本心だ。
「じゃぁ、カリスも一緒に行こ?」
「ありがとうリン」
そして、その足で私とリンは首都首都スルートへと向かうことになった。
向かうのは移動速度を考えてリンと私の二人だけ。
エアハルトたちは後から合流する手はずとなった。
「クリス、これをもっていきなさい」
「私のもわたしておくわ」
お母様とマルさんが一枚ずつ羊皮紙のようなものを差し出してくる。
それは「セシリー・フォン・ガメイ / カリス」「ミケ・カネーション /カリス」と書かれたネームカードだった。
「えっと」
「貴女が今持っている身分証はカリスになっているのよね? いざというときのためにもっておくと良いわ」
「あっ、ありがとうございますお母様、ミケさん」
私は二人からネームカードを受け取り胸ポケットに大事に仕舞った。
「はいこれ、リンちゃんにもわたしておくわ。一応これでも伯爵家だからいざというときは遠慮なく使って?」
「ありがとうございます~」
リンもお母様のネームカードを受け取ると、大事そうに仕舞った。
「……今何処にしまったの」
「ん~? ここだけど」
リンはそう言いながらシャツの間から見える谷間をムニっと広げてみせる。
「わわっ、ごめん見せなくていいから!」
バッと目をそらすと、後ろではエアハルトがドルチェさんとナルさんに両手で目潰しをしていた。
「ぎゃーいてぇ! エアハルトの兄貴! 何するんです!」
「いたたたたっ――【
「あっ、すまんつい、人の嫁を変な目で見ようとしたか――」
「――あぁ?」
エアハルトが二人に言い訳を言い終わる前にお腹に響くような低い声が背後から聞こえた。
(ビクッ――)
私は身の毛がよだつような感覚になり、声の主に目を向ける。
「エアハルト君? 今なんて言いました? 嫁?」
先程は何処から声を出したのか不思議なほどの猫なで声でミケさんがエアハルトへ詰め寄っている。
「いえっ――いや、そのこれは! その、言葉のあやと言いますか」
「言葉のあや……?」
今度はリンがキレたときのような声を絞り出す。
「リ、リンっ」
動揺しまくりのエアハルトが後ずさるがすぐに壁によって阻まれる。
「エアハルト君?」
「エアハルト?」
ミケさんとリンが腰に手を当てながら、三白眼でエアハルトへと詰め寄る。
さすが母娘というか、行動がよく似ている。
このままでは出発が遅くなると思い、私はエアハルトへ助け舟を出す。
「リン……ミケさん……無意識だと思うんですが……それ以上押し付けちゃうと、なんといいますか」
エアハルトは目を泳がせたまま真っ赤な顔になっていた。
二人共それなりに――いや、女性の私から見ても良いものをお持ちの二人だ。
詰め寄っているつもりなんだろうけれど、二人の立派な物がエアハルトの胸元に押し付けられている。
ムギュッと形を潰している四つの柔らかいゴム毬のようなもの。
エアハルトは必死に見まいとして目をぎゅっと閉じている。けれど逃げるわけには行かないのか必死に堪えていた。
「――っ!!」
「あっ ごめんねエアハルト君、こんなおばさんが失礼しました」
「い、いえっ……その、ミケさんお綺麗ですよ、おばさんだなん――」
「(プチッ) エアハルトぉぉぉっっ!!」
「ぐあっ――っっ!!」
そんなに広くない室内を見事な音を立てて転がっていくエアハルト。
果たして蹴られたエアハルトに非はあったのだろうか……。
(リン的にはあったんだよね、そう思っておこう)
ちょっと幸せそうな表情で気絶しているエアハルト。
「リン、夫婦喧嘩は犬も食わないっていうからそのへんで……」
「カ、カリスっ!?」
今度はリンが真っ赤な顔でバッと振り返った。
そしてミケさんが今度はリンに詰め寄る。
「リンちゃん? さっきの話、あとで詳しく聞かせてね?」
「う、うん……お父ちゃんも居るときに……」
「うふふふ、そうかーリンちゃんもついにー」
ミケさんは賛成なのか反対なのかどっちだろう。
多分まだ正式にそういう話になっていないから、娘の口から出るのは嬉しくても男から聞くのはダメなんだろう。
(あとは当人に任せよ……)
とりあえず私はまだ床で転がっているドルチェさんとナルさんをおいて、寝室に装備を取りに戻るといってお母様と二人で部屋を後にした。
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