第14話-二人の旅路

 脱獄から十七日目――。


「ふぁ…むぐっ……」


 少し眠れたかな? と思い目を覚ますと眼の前に立派な双丘が横たわっていた。


 むにっと柔らかそうな形で良い匂いがする。

なるほど男はこれに夢中になるのか――とか、寝ぼけた頭でよくわからないことを考える。


「り、リン……おはよう?」

「ふぇ……………?」


 目をこすりながら兎のセリアンスロープであるリンがキョロキョロとあたりを見回す。そしてボケっとしたまま私に焦点が合ったところで、パッとなにかを思い出した様な表情になる。


「……眠れた?」

「カリス、おはよぉ……少し眠れたわ~」

「ん――よかった」


 まだ口をふにふにと動かしながらリンは起き上がりグッと伸びをする。

 私は自分の胸元を見下ろし「そんなに悪くないよね?」とひとちる。


「そういえば~カリスって、魔法使いなの~?」

「えと、使えるけど魔法使いじゃ無いの」

「そっか~。強い魔法使ってたし、冒険者とかしている魔法使いかと思った〜」


 リンは私が作った保存食の魚の干物をもしゃもしゃと齧りながら聞いてくる。

 冒険者というのは、いわゆる魔獣とかを退治してお金をもらうような職業なのだろう。クリスわたしの記憶的にもそれで合っているような感じだった。


「私はまだ見習いだけど~斥候役なんだ〜……昨日は寝ているところをあっさり捕まっちゃったけど……」

「あはは、でも斥候ってすごいね! シーフってやつ?」


「シーフ?」

「えっと、盗賊……とは違うけれどなんていうかなー。罠とか仕掛けたり解除したりとか」

「あぁ〜うん、そういうことも習ってる〜。でもメインはこの弓かなぁ」


 リンがずっと枕元に置いてあった小さな弓を渡して見せてくれる。

 かなり使い込まれている木で出来たような弓だった。

 和弓というより、ボウガンのような形をした弓で、使い込まれた感じから結構年季が入ったもののようだ。


「それで、カリスはスルツェイまで行くのよね〜?」

「うん……でも」

「あぁ、私のことは気にしないで〜魔法使いは一人なら飛んで行った方が早いって言うし〜」

「でも……」


 確かに一人で飛んだほうが遥かに早く着くだろうなと思う。


 けれどリンは見たところ戦闘に関しては強くなさそうだ。

 あんな事があったし「じゃぁね」と別れて一人にするのもはばかられる。


「いや、やっぱり一緒に行こ? 私と一緒だと逆に危険かもしれないけれど……」


 リンはぱぁっと表情を明るくした後、「どうして?」と視線を向けて来る。


「……ちょっとね、追われてるんだ私」

「そうなの〜? じゃあ私が索敵担当するよ〜」


「でも……」

「大丈夫〜今度は私に守らせて〜。お返しって訳じゃないけど〜」


 なんてことのないようにリンが言うので、私はここまでの経緯を掻い摘んで説明することにした。


 冤罪で捕まり脱獄をしたこと。

 手配を受けて追われていること。

 隠れて逃げて、なんとかここまでやってきたこと。

 行方不明の両親を探しに行く途中だということ。

 捕まれば処刑されることを伝えた。


 リンは私の説明を聞きながら徐々に涙目になり、最後は自分の事ではないのに、わんわん泣き出してしまった。


「でも危なくなったら見捨てて一人ででも逃げてね? これだけは約束して?」

「う〜ん、素直にハイって言えないけど、言わないと話が進まなさそうだから、分かった〜って言っておくよー」


「……じゃあ、よろしく、リン!」

「こちらこそーカリスよろしくね〜」


 私は改めてリンとギュッと握手をして、「本当に危なくなったら逃げてね?」と言い聞かせた。

 それから二人で身なりを整えて、海岸沿いを歩いて向かうことにした。


――――――――――――――――――――


 脱獄から二十二日目――。


「カリス右上」

「任せて!【氷槍アイスランス】っ!」


 ――ズシャッ! と、音を立てて氷の槍が大きな狼型の魔獣、魔狼マロウへ突き刺さった。


「ふぅ、これで全部かな?」

「うん〜これで気配はないよ〜」


 リンと出会って五日。

 私たちはなるべく海岸沿いの開けた場所を選んで歩き、スルツェイへと向かっている。


 リンは意外にも体力があり「軽く走って偵察してくる!」と駆け出すと、私には到底追いつけない速度で見えなくなった。

 そのスピードで二時間ぐらいは走れるそうだ。


 このままでは私が逆に足手まといになりそうだったので、途中から【浮遊フライ】を使い走っているリンの隣を飛ぶようにした。


 この五日間で何度か魔獣と戦った。

 最初はグダグダだったが、徐々にリンとの連携が上手くなった。


 それに、リンは素材の剥ぎ取りも上手だった。

 聞けば、父親にかなり教え込まれたと苦笑しながら教えてくれた。


「この調子だと明日には着くかな?」

「そうね〜明日の夕方には到着かな〜。私の村はスルツェイの向こう側だから街で一泊だけどね〜」


「そうなんだ、じゃあ一緒に泊まる? その方が安くつきそうだし」

「そうしよっか〜」


 私たちは剥ぎ取った魔狼マロウの肉と毛皮を蔓で縛って一つに結ぶ。


「段々荷物増えてきちゃったね」

「でも、カリスの魔法が優秀で助かるよ〜」

「リンの索敵能力も助かってるよ! 私一人だとあたふたしちゃって、怪我の一つでもしてそうだし」


 私は荷物に【浮遊フライ】の魔法をかけ、風船のように浮かせる。


「荷物にその魔法使って運ぶっていう発想だけでも凄いんだけど〜?」


 ふよふよと浮かんでいる素材が入った大きな塊を、垂れ下がっている蔦を握って引っ張るように運ぶ。


「でも楽だよねこれ!」

「遠くから魔獣と勘違いされて攻撃されたりして〜」


「フラグ立てないで……」

「フラグ……?」

「ええっと、この場合、冗談で言った事が本当になっちゃう……みたいな?」


 私たちは二人で談笑しながら海岸線を南下する。

 一人の時よりかなり気が楽だ。


 思い返せば、私がこの世界の人とこんなに深く話をするのはリンが初めてだ。

 女の子同士というのもあるだろうけれど、色々とお喋りをしながらここまで来た。


 リンが珍しい種族だということ。

 スルツゥェイの先に保護自治区があって、そこに同族がたくさん住んでいること。

 冒険者になって世界を見て回りたいという夢まで、色々話を聞かせてくれた。


 逆に私はあまり昔の話ができない。

 フレンダの話やマイクさんの話は既にした。


 最近になってとてつもなく魔力が増えた話は、リンが魔法が使えないのであまりピンとこなかったようだった。


「でも〜カリスが優秀だって事はわかるわよ〜」

「えへへ、ありがとうーリン」


 冒険者になったらこんな感じなのかなと思いながら、二人で今日の寝床を探す。

 主にリンが地形などを確認して、魔獣や人が通らなさそうな場所を探し、私が魔法で整地する。


「よし、じゃあ今夜はここで! 【地殻クラスト崩潰 クラプス】!」

「その魔法、何度見ても面白いね〜」

「畑仕事してる人には助かるかもね」


 硬くなってしまった地表と地中の柔らかい土を入れ替える地属性の魔法だ。

 この魔法で寝床の土を慣らす。

 柔らかくなった土を足で踏み固めて木の葉を敷けば、かなりマシな寝床ができる。


「カリスは詠唱とかしないの?」

「詠唱……というと呪文みたいなもの?」

「そうそう〜昔の人はちゃんと属性を司る神の名を称えて魔法を使ってたっておばあちゃんが言ってたのよ〜」


 リンが口元に指を当て、んー?と考えながら何かを思い出すように教えてくれる。


「あ、学園で歴史の授業で習ったかも。でも今では正しく詠唱できる人は居ないって」

「そうなんだ〜」


 そんな他愛もない話をしながら、途中で手に入れた魔獣の肉を火で炙って食べる。

 水は余り美味しくないけれど、魔法で出したものを飲む。


「じゃあ今日も早いけど寝ようか。明日には到着できるし!」

「そうね〜明日はお風呂入れるわね〜」


 明日にはようやくスルツェイに到着する。

 つまりリンとの短かくも楽しい二人旅が終わる。


 ――そして、両親の手がかりを探して……それで……それで……。



 ――――――――――――――――――――



 昨日考え事をしながら寝てしまったらしく身体が妙に重い。


(頭痛い……)


 思い目蓋を開くのを躊躇われるぐらい頭痛がする。

 風邪をひいたかなと、隣のリンにくっつこうと身を寄せるが、そこに誰かが居る気配がしない。


(――っ!?)


 とてつもなく嫌な予感に襲われ、なかなか開こうとしない目蓋を無理やり開けた。




 ――草原の岩陰で眠っていたのに、両手両足を縛られ木の板を敷いた倉庫のような場所に転がされていた。


「――むぐっ!!」


 口には猿轡を嵌められているようだ。

 声も出せず何がどうなっているのか、わたしは自分の状況が理解できなかった。

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