第8話-寝床完成!

浮遊フライ】を使い空に浮かび上がる。

 なるべく森から高く飛びたいが、高すぎると気流に流されてしまう。

 推進力が無いこの魔法は本来、谷や壁を越えるぐらいにしか使えないのだ。


「あっちの山から水が流れているところを探して、下流に向かえば海に出るはず」


 あとは海岸線を進めばいつか港街に辿り着けるだろう。

 川の途中に町があるかもしれない。


 自分を嵌めた男爵家とやらを突き止めて、罪を暴きたい気持ちはあるが、今の私は後ろ盾も何もない脱獄犯だ。

 危ない橋は渡らず、身分を隠して他の大陸へ逃げるという手もある。


「それで、他の大陸で身分を手に入れて……」


 そんなことをぐるぐると考えながら森の上を飛行しながら移動する。

 この魔法、慣れれば半分は滑空すれば良いため、落ち着いて飛べば魔力消費は少なくなるのだった。


「川……川……あった!」


 森の上を飛ぶこと一時間ほど。

 鬱蒼と広がる森の一部がパッかりと割れているような部分を見つけた。


 上から見ると、切り立った崖になっていてその下を川が流れていた。

 後ろを振り返ると遠くに首都の一部がうっすらと見える。


「だいぶ距離は稼げたけど念のため」


 わたしは崖を超えて反対側に着地する。

 崖上から下を眺めると、高さは五十メートルぐらいだろうか。

 川の両側に歩けそうな岸はなく、この谷の上を歩くしかなさそうだ。


「水中の魔法は知識だけあるけれど……」


 水の中を進む魔法はあるが、とことん効率が悪い上に使ったことがない。

 それは最終手段として私は崖の淵を下流に向けて歩くことにした。


 ◇◇


 日が傾き始めあたりが赤く染まりだす頃、首都がある側の崖に大きい穴を見つけた。


「……というより大きい岩が落ちた窪みかな」


 それでも身を隠して寝ることができそうな場所だ。

 今夜はあそこで眠ようと思い【浮遊フライ】でそこに降り立った。


「ここから落ちた岩は……あれか」


 川を覗き込むと大きな岩が川のど真ん中に落ちていた。

 周りの水流も先ほどよりかなり緩やかになっている。


「お魚居るかな」


 私は岩の上に着地して水面を見つめると、何匹かの魚影が見えた。

 岩の近くは殆ど水流がなく腰ぐらいの深さのため川に入っても大丈夫そうだった。


「【昏倒雷スタンボルト】」


 私は足を水面に入れ、躊躇なく昏倒用魔法を使用する。

 昨日、蛇を倒した時からちょくちょくイメージトレーニングをしていた甲斐もあってちゃんと足で魔法が使えた。


 しばらくすると水面に魚が浮かんでくる。

 それを手掴みでカゴの中へ放り込んでゆく。


 それなりに大きな魚が五匹。

 火を起こすのは躊躇われたので、全て内臓を取り出し、川の水で洗って天日干しにしようと思う。


「ちょっとボロボロになったけど……あっ」


 魚を取るのに夢中になっていたけれど、足元を流れる水を飲めば良いと気付く。


「(んぐっ……ごく)――っぷはっ」


 手ですくってお腹いっぱい水を飲んで、ついでに服を脱いで川の水で洗う。

 外で裸になるのは少し躊躇われたけれど、どうせ誰もいない。


 川の水が泥色に変わるがすぐに流れに乗って、元の澄んだ水に変わる。

 魚の入ったカゴを持って崖まで戻った私は、服を絞り、岩に乗せて乾かす。


「――くしゅん……さむい」


 流石に崖のど真ん中で素っ裸は寒かった。

 少しだけ乾いた蛇の肉を手掴みでかじり、お腹を満たす。


「あー寝る時どうしよう……」


 このまま寝ると風邪をひきそうだ。

 私は仕方なく、崖の上まで浮かび上がり、崖から顔を出して辺りをキョロキョロと見回す。


 崖の上はすぐに森になっており、岩肌から上に生えている木の根がはみ出ていた。


 私はそこから木の幹に着地し、垂れ下がっている枝に手を伸ばし、なるべく葉が生えている枝を五本ほど折って寝床まで戻った。

 枝を置いて、もう一度上に戻って地面に落ちているふかふかの腐葉土を両手いっぱいに持って下に運ぶ。


「こんな感じかなー」


 何度か往復して腐葉土を敷き詰め、その上に枝から葉をちぎって地面に並べた。

 そこに寝転んで、残った枝をかぶるとそれなりに暖かい寝所が完成した。


「はぁぁ〜ちょっとチクチクするけれど気持ちいい」


 これで今夜はゆっくり眠れそうだった。


「……念のため」


 今日の朝のことが脳裏に浮かんだ。

 地面に埋まって眠っていたのに見つかったこと。

 偶然かもしれないが、必然の可能性もある。


「えっとなんだけっけ……【魔力透視クレアボヤンス】!」


 私は自分の手首に、魔力を判別する魔法を唱える。

 すると片目の視界の色が消え、自分の体の周りにうっすらと赤黒い湯気のようなものが纏わりついているのが見える。


「……やっぱり」


 問題の手首からは真っ黒な湯気が細い糸のように立ち上っていた。


「これでバレたんだ」


 幸いそんな遠くからは見えないような細さなので、処置して止めるなら今のうちだ。 私はズボンの裾を石器でちぎり、それを手に川まで降りた。


◇◇◇


「ぅぅっ……怖い……でも……(ごくり)」


 岩においた手の甲側の手首に石器を当て、ズボンの切れ端を奥歯でしっかり噛む。


「ううっ……ぐぅぅぅ――っ!!」


 そうして石器で呪印が浮かんでいる部分の肌を削った。

 なるべく薄く、広く、血が出ないようにしたつもりだが、所詮は石を割っただけの石器だ。手首からは真っ赤な血が溢れ出す。


(いたい、いたい、いたい――っ!)


 歯を噛みしめ、手首を川で洗いズボンの布でギュッと締め付ける。


「はぁ、はぁはぁ……でもこれで――【魔力透視クレアボヤンス】」


 改めて魔力を確認すると、先ほどまで細く立ち上っていた赤黒い魔力が消えていた。


「はぁぁ……」


 寝床に戻り、ジクジクと痛む手首をギュッと上から押さえながら、私は明日からのことを考える。


(とにかく七日はここで大人しくしてよう。その間は保存食作りかな)


 私は裸のまま腐葉土と木の葉で作ったベッドに潜り込んだ。


(ゲームの世界だと思っていたんだけど、完全にこういう違う世界なんだろうな……)


 ずっと頭の片隅にあった疑問。

 まるで遊んでいたゲームの続きのような場面で目を覚ました。


 この世界では、自分の名前や記憶、第二王女、そして彼女たちの死亡とゲームと同じような箇所が多々ある。


 でも王女の殺害や、嵌められたという自分。

 ゲームでは描写されていない今の状況を考えると、ここはあのゲームの世界じゃなく、あのゲームの世界によく似ている異世界なんだと思う。


(偶然同じ状況が揃ったからこの異世界に引っ張られたとか……?)


 結論は出ない――。


(戻る方法とかあるのかなぁ……帰りたい……なぁ……)



 ◇◇◇



 翌日。脱獄をして三日目。

 もう三日。まだ三日。


 私が目を覚ますと既に辺りは明るく、太陽の位置を確認すると真昼近い時間のようだった。


「んんん――――っっ……久しぶりによく寝たぁ~……」


 こんなに良く寝たのはいつぶりだろう。


 見つかる心配も少なく、食料もある。それなりに温かい寝床もあり、私はこっちに来てから初めて熟睡できた気がした。


 もそもそと寝床から這い出て、干したままの服を着る。

 少し湿っているが、裸よりマシだ。

 服の隣に干してあった魚は、ちゃんと一夜干しのようになっていた。


 一度川に降りて、顔を洗って水を飲む。

 そして寝床に戻って、魚を一匹と蛇の肉を生のまま頬張った。


「んぐ……はむっ…………ふぅ……ごちそうさまでした」


 お腹も満たされた所で、私は川まで降りる。

 しばらくの間の食糧を手に入れるため、昨日同様に魚を取る。


(昨日飛んでて思ったけれど、とんでもなく魔力が増えている気がする……)


 脱獄の時に繰り返し魔力を枯渇させていたこともあるだろうが、昨日まで魔法の出力を制限する呪印があった。


 そんな中で消費魔力の多い【存在希釈エクシテンス ディリュージョン】を使いまくっていたことも大きな理由だろう。


(と言うことは、これを繰り返せば魔力がかなり凄いことになるんじゃ……)


 その日から私の日課は時間つぶしを兼ねて、魔力を枯渇させて寝て起きての繰り返しとなった。


 考えなくてはならないことは沢山あった。

 でも今は何かに集中して余計なことを考えたくなかった――。

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