第23話 オトハの能力

「刃物、ジーンが持っていたようなシンプルな方の短剣。」


 短剣の形状、触り心地、鋭さ、冷たさを順番に想像していく。

すると鍵がカチリと嵌るような感覚を覚えた。


(これだ、この感じだ。私も上手くなって来てるかもしれない)


そう感じながら目を開けると、テーブルの上にカッターナイフの芯がカチャリと落ちた。


「できた!?」


 ナイナはカッターナイフの芯を拾って眺める。


「これが短剣?なんだか薄くて軽くて頼りないけれど、柄もないし。」


「これはこう言うものなんです。カッターナイフって道具の付け替え刃で。」


「でもイメージしてたのは短剣なのよね?」


「は、はい……。そう言う意味では違うのができちゃってますけど……。」


「ってことはやっぱりイメージの部分で上手くいってないのかもしれないわね。魔法でもそうなんだけれど、イメージがちゃんとできないと、思った通りの効果を得られなかったり、強すぎちゃったり弱すぎちゃったり、適切なコントロールができないの。そう言う状態に近いのかもしれないわ。」


「どうしたら改善できるでしょう。確かにこれがちゃんとできないと役に立たないと言うか……。」


「魔法の場合は回数をこなしてイメージと効果の差異が出なくなるように調整していくわね。ただ魔法は決まった効果だからイメージしやすけれど、オトハちゃんのは自由度が高いから苦労しそう。」


 それまで考え込んでいるようにしていたタマナが突然話に割って入る。


「あー、今オトハが能力を使っててわかったことがあるんでいいか?その能力が発現させた時の世界への働き、何かに似てると思ってたんだけれど、わかったわ、突然発生だ。」


「突然発生って、あのいきなり国が現れたって言ってたアレ?」


「そう、それだ。発現時の影響の仕方がそっくりだ。もしあんたの能力が突然発生を強制的に起こす能力だとしたら、その自由度は好きな物質を出現させるとか言うのの比にならないものになる。現象や概念にまで影響を与えることができるからな。一層イメージするのが難しくなっちまうかもだが。」


「え!ちょっと待って、スケールが大きくてついていけない!なんでもできるってこと!?」


「まあ、ざっくり言うとそうなんだが、消耗そのものは非常にデカいから規模の大きなことはできない。だからまあ、実際に可能な範囲で考えれば、ちょっとした魔法と変わらないといえば変わらないかもな。」


「ところでオトハちゃん、さっき言ってたけどシギズムンドに診断受けったってマジ?」


「何で今の流れぶった切って今更そんなこと聞くんですか!!タマナが勝手に依頼してたんです!」


「いや〜、気になって。しかも年頃の女の子があんな……。」


「本当に思い出したくないんでやめましょうこの話!変な形の魚の話とかにしませんか!」


「いや、能力の話に戻れよ……。」


 ナイナはお酒を継ぎ足そうとしたが瓶は空になってしまった。

飲み足りないのでキッチンから新しいお酒とグラスを3つ持って来ると栓を抜く。

甘い香りと強いアルコールがふわりとする。

オトハもそのお酒を頂くと、アニス酒のような風味がする。


「あ、強いけど好きな味だ。いただきます。」


「オトハちゃんは能力をコントロールできるようになりたいのなら、先ずはイメージを絞って想像通りの効果が得られるまで繰り返しやってみるのがいいかもね、それでイメージの成功体験を身に付けていけば応用が利くようになるだろうし。」


「やっぱりそれが一番良さそうですね。すごくシンプルだけれど、とにかく繰り返し練習する。どんなものにも共通するやり方ですね。良かった尖った岩の上で片足で生活するみたいな特殊な修行が必要とかじゃなくて。」


「オトハちゃんの中で魔法使いってどんなイメージなのかしら……?」


「いや、これはその、特殊な修行の一般的イメージであって、魔法使いのイメージではないです、決して!」


「とりあえず、これで方針が整ってよかったな。ただ練習しすぎてぶっ倒れないように気をつけろよ。限界を理解するのも重要だからな?」


「わかってるよ!大丈夫、やれる気がするのです!自在に使えるようになったら、村の皆の役に立てるかな。楽しみだな。」


 日はまだまだ高いが、3人とも酔いで良い気分になっていた。


 ナイナはオトハにイメージをする際の自分なりのコツなどを伝えている。


 タマナはそれには参加せず、窓の外をぼうと眺めながらタバコを喫んでいる。


 こう言うのんびりした日が一番良いものだとタマナは思う。


 オトハは逆に異世界であるこの日々に非現実を感じてそれを楽しんでいる。

非現実であるが故に自分の人生をまるでフィクションを見るかのように俯瞰して感じることができる。

それが楽しいのである。


 タマナは長く生きた分、波乱やイレギュラーに疲れており、凪いだ時間を好んでいる節がある。

それでも2人は同じ時間を共有しながら、同じく楽しみを感じていた。


「そろそろお暇するぜ。ナイナありがとな、相談も料理も。」


「気にしないで。いつもはこちらが相談に持ってもらっているのだもの、たまには役に立たせてちょうだい。」


「ナイナさん、ありがとうございます。また遊びに来ますね。」


「またね、オトハちゃん。能力のコントロール、上手くいくと良いわね。」


 2人はナイナの家を後にすると帰路へついた。

オトハは千鳥足とまでは行かないまでも、足取りはふわふわしていた。

タマナの方はと言うと、酔った気配を感じさせない。

きっとお酒には強いのだろう。

オトハの楽しそうな後ろ姿を見て軽く微笑む。


 タマナは途中何人かの村人に呼び止められ相談をされるがそれを丁寧に答えたりして対応いる。


 家につく頃には日は傾き、山肌を照らす斜陽が美しい。

タマナは庭の様子を少し見てから家に入ると、シーシャに火を点けて休む。


「今日一日は本当にのんびりと過ごしたな。」


 そう呟き煙を吐く。

煙はしばらく辺りを漂ってからかき消えていく。


 目を瞑り、オトハのことを考える。

彼女は元の世界に戻れるのだろうか。

もし戻れたとしたらと思うと、少し寂しい気持ちになる。

この2週間ほどでこれほどまでに思うようになるなんて、とタマナは自分の情の移りやすさに苦笑いをする。


 オトハはそんな気も知らずコーヒーを入れている。

彼女の頭には帰る方法など今はあまりなく、能力を使ってルスリプの役に立つのを楽しみにしていた。


「よーし、今日から練習するぞ~!そしたら私にも村の依頼を手伝わせてね。」


「あ~、まあ、そうだな。考えておくよ。」


 魔法が魔力を消費する際に消耗するのに対して、あの能力は何を消費しているんだろうか、多分、イメージ云々は作用の仕方が似ているだけで、決して使い方が似ているわけではないと思うのだが、本人がやる気ならあまり言っても仕方がないし、納得するまでやらせよう。

そう思うタマナであった。

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