第8話 シギズムンドの家

 村の広間を通って、少し小高い場所にある大きめの家が村長シギズムンドの屋敷だ。


 彼は先代の村長が亡くなって、跡を継ぐ形で今の立場になったが、元々は別の職業を営んでいた。


 職人の多いこの村を纏めるのは大変だが、村長にしては些か若い33歳と言う年齢の割に彼は優秀であった。


「てなわけでシギズムンドはちょっとだらしないところもあるが、村長としては良くやってるよ。それにあいつの趣味は奇異だが特殊能力とも言える便利なスキルも持っている。今回みたいなケースではやっぱり頼りになるのさ。」


 シギズムンドの家に向かう道すがら、タマナは彼の説明をしていた。


「今回みたいなケースって?」


「あんたの健康状態さ。俺にはあんたのことがわからない、だから調べる必要があった。」


「ああ、あの検便。話ってそれのことなのね。」


「まあな。他にも用はあるけれど、主なのはそれだ。」


「俺、村長に会うの久しぶりかもしれない。」


「まあ引きこもりだから仕事の時くらいしか人前に出てこねえしな。」


 シギズムンドの家に着くとタマナはノックもせずに入り叫んだ。


「おーい!シギズムンド!例の件で話に来たぞ!」


 すると2階からボサボサの頭でメガネをかけた猫背の痩身の男がのそりと降りて来た。


「やあ、タマナ、良く来たね〜。ジーンも久しぶり、なんかまた大っきくなった気がするよ。そちらは例のお嬢さんかな、初めましてオトハさん、僕はシギズムンド、この村の村長をやっているよ。」


「初めまして村長さん。今日はよろしくお願いします。」


「うん、とりあえず客間で待ってて、お茶を入れてくるよ。」


 廊下を左手に進むと客間があった。

大きな暖炉、壁には本棚があり、中央には立派なテーブルとふかふかな二人がけと一人がけのソファーがそれぞれ二つずつ並んでいた。


 ジーンとオトハは一緒のソファーに腰掛け、タマナは向かいの二人掛けに腰を落ち着けた。


 程なくしてシギズムンドが茶と菓子を持って部屋に入って来た。

三人にティーカップを配ると、自分は一人掛けの一脚に座り茶を啜った。


「皆さんも良かったらどうぞ〜。」


「いただきます。あ、美味しい。ちょっと甘い香りと舌に残らない程よい渋みで。」


「気に入ってくれて良かった〜、僕のお気に入りなんだ。」


「どれどれ、ってこりゃ俺んところの茶じゃねえか。」


「タマナのところはお茶もタバコも美味しいよね〜。」


 そう言うとシギズムンドとタマナはあらかじめ巻かれたタバコに火をつけて紫煙を薫せた。

ジーンとオトハもマドレーヌのような菓子を美味しそうに食べてはお互いに目を合わせて笑っている。

和やかな空気に包まれたところでタマナが口を開いた。


「それで、どうなんだこいつの状態は。」


「疲労だと思うよ。」


「そうか、病気とかじゃないなら良かった。」


「そう楽観していいものじゃないけれどね。どうも慢性的な寝不足などはあったみたいだけれど、それ以上に神経や脳に急激な負担がかかっている。疲労の仕方そのものは魔法使いに良く見られるものだけれど、負荷の掛かり方がその比じゃない。元気になったなら良かったけれど、場合によっては命に関わっていたよ。一体何をしたんだい?」


「こいつが巨大な鉄の壁を生成したんだ。今の説明の感じだと多分その反動だろうな。」


「え、あの鉄の襖って私がやったの!?てっきりタマナが魔法を使ったのかと思ってた。」


「おいおい、自覚なかったのかよ。それに俺は魔法を使えねえよ。魔法を使うには先天的な資質が必要なんだ。魔法使いは魔力を操る代わりに全員何かしら特殊な肉体的特徴がある。それは獣のような耳であったり、筋肉の作りが違っていたり、栄養吸収に人間の血液を必要としたり。その特徴はピンキリで、デメリットを持つものから、メリットしかないものまである。多くは遺伝により親から受け継がれるもので、それ以外で突然生まれるのは非常に稀なんだ。」


「あの、そう言うのって、もしかして差別とか、あるの?」


「いや、その逆だよ、魔法使いの多くは高貴な血筋が多い、と言うのも魔法は特殊で強力な能力なので国に優遇されており、王城勤めの人間や成功者が多いんだ。」


「この村にも一人魔法使いがいるよ〜、女性の人でね〜。」


「良かった、私が魔法使いとわかった今、やっぱりどんな立場になるか気になったんだ。」


「いや、あんたは魔法使いじゃあないぜ。」


「え!?違うの!?だってさっき村長さんが魔法使いに良く見られる疲労だって。」


「僕も彼女の便を食べた限り、あの消耗は魔法使い特有のものだと思ったけれど。」


「は?え?食べ?何?」


「魔法ってのは特定の現象を普通とは違うプロセスで実現する方法なんだ。例えば火を起こすのには摩擦を行って温度を上げて可燃性のものを燃やすみたいな工程が必要だろ?魔法は詠唱と魔力で火を起こしたり、特定の素材を組み合わせて混ぜたりすることで火を発生させたりできる。逆に言うとそう言う工程やレシピがないと魔法は発現しない。」


「いや、待って、今このクソ眼鏡、私のうんこを食べたって。」


「ところがあの鉄の壁は違う。魔法的なプロセスを一切介さずに突然発現した。また、発生した壁の状態を確認した限りあれには魔力が関与していなかった。魔力も反応がなく、魔法の手順もなく発生したものはさすがに魔法とは言えないだろう。あれは消耗の仕方こそ似ているが、魔法とは非なるものだ。」


「ねえ、私のうんこ?」


「兎に角あんたは魔法ではない能力を持っていて、それは使用にリスクが伴うものだと思った方がいい。あの鉄の壁を調べた感じ、空間に対して作用させる体積に比例して大きく消費するようだ。あの規模で命に関わるのだからあの力は慎重に考えて使用すること。と言うかできれば使わねえ方がいい。」


「うん、食べたよ、久々の若い女性の便、とても濃厚だった。」


 シーンと部屋が静まり返る。


 タマナは観念したような疲労感を先取りしたような渋い顔をしている。


 オトハは一瞬一体何を言われたのか理解できかねるといった風な無表情と脱力に見舞われたが、次第に堪え難い羞恥心と怒りが湧き、わなわなと体が震えてきた。


 シギズムンドはと言うと悠々と茶を飲んでおり、まるで落ち着いている。


「こ、こ、こここ」


「ココアが飲みたいのかな?」


「こここ殺してやるぅううッ!!!この変態クソ眼鏡!!!その眼鏡をケツにぶっ刺してボコボコにしてぶっ殺してやるッ!!!!!」


 オトハが勢いよく立ち上がるとジーンが慌てて彼女を羽交い締めにして止めた。


「落ち着いてオトハお姉さん!村長は変態クソ眼鏡だけれど、悪い人じゃないんだ!」


「僕は変態だけど、これがお仕事でもあるんだよ〜。」


「そうだぞオトハ、こいつは人の便を食うマジでしょうもない変態クソ眼鏡だが、その診断は実に正確なんだ!特に俺はあんたを診断できない、シギズムンドを頼る他なかったんだ!許せ!」


「でもね、普通の患者さんは便の提出が必要なく正確な診断をできるタマナの戸を叩くんだよね。だから商売上がったりでさ〜。」


「うおおおお!!そんなこと知るか絶対に殺してやる!!無残な方法でバラバラにしてやるぅうう!!!」


 暫くそういった問答を繰り返し、オトハが一通りジタバタとすると少し落ち着きを取り戻した。

ジーンが上手く抑えてくれたおかげで茶の一滴も溢れることなく場は収まり、タマナも胸を撫で下ろす。


 オトハは興奮状態が治ると今度は何だか泣けて来て、さめざめと涙を流すのだった。


「私の、貞操……。」


「いや、君の貞操は傷ついていないよ。これはそう、医療行為だから。」


「うっうう〜。お嫁に行けないよ……。」


 そう言うオトハの背中をジーンは優しく撫でて落ち着かせていると、タマナが切り出した。


「ところで、もう一つ話があるんだ。」

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