それでも加賀の獅子は舞う
中田 斑
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スマートフォンの呼ぶ音がして、僕は布団から這い出した。見ると、ミユキが朝から怒涛のようにLINEを送って来ていたようだ。画面をスワイプさせていくと『この馬鹿』『返事しろ!』『早く気づいて』『まだ寝てる?』という言葉が流れていって徐々にボルテージが上がっていった様子が見て取れた、しかし要件は一向に分からない。
本日一番初めのコメントまで来て、ようやく分かった。
『暇だったら獅子舞でも見に行かない?』
年が明けて三日目の朝、と言うよりもう昼になろうとしていた。晴天に太陽が高く昇る、しかし風は冷たく、僕は肩を震わせ足早に歩いた。雪が積もってないだけマシだと思った。ここ金沢でここまで雪が降らないのは数十年ぶりのことらしい。
待ち合わせ場所として指定されたのは近所の神社だ。ようやく僕がそこに着くと、鳥居の下にミユキがいた。花柄のあでやかな着物に白いモコモコしたマフラー姿。僕が「あけおめ」と言うと、ミユキは「遅いっ!」と返事した。
「今、何時だと思ってるの? 朝からライン送ってるんだからもっと早く連絡寄越しなさいよ」
「スマン。ずっと寝てた」
「こっちは早起きして支度したのに」
「寝正月は僕の伝統行事だ。堪忍してくれ」
「そんな伝統、あってたまるもんですか」
プリプリしたミユキをなだめながら、僕たちは境内に向かった。
この地方の獅子舞は『加賀獅子』と言い、『殺し獅子』とも呼ばれたりする。大きな頭と体を持つ獅子に『棒振り』と呼ばれる人たちが刀や薙刀を持って挑む様子を披露するのが特徴である。
保存会の人たちが獅子とともに町内を練り歩き所々で舞って見せ、最後に神社で奉納してクライマックスとなる。そういえば寝正月でも獅子舞だけは毎年見ていたっけか。
境内を囲うようにして人だかりが出来ていた。どこか見易いところは無いかと人混みの隙間を探していると、笛の音が聞こえ始めた。
「ほら、もう始まっちゃった。」
誰かさんのせいでねと、ミユキは口を尖らせた。
「悪かったよ。でもギリギリセーフの範疇だろう?」
「まあね。それにどうせ勝敗は決まってるんだし」
ようやく良い場所に落ち着いて、今年初めての獅子舞にありついた。
獅子が右へ左へと首を振り、大口を開けて威嚇する。棒振りは白髪交じりの長髪を振り、掛け声を発し、一人は薙刀、もう一人は鎖鎌を踊るように操っている。
「勝敗は決まっている」と言ってのけたミユキの言葉には感心した。この儀式をそんな風に見る発想は僕には無かった。これは獅子と人間の異種格闘技戦なのだと思ってみると新鮮で面白く思われた。
その時である。僕の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
まだ子供っぽさを残した男である。眼鏡をかけ、髪は短く、ぽつぽつとニキビができ始めている。何か嫌なことでもあったのか全体的に陰鬱である。そんなことより、この顔面を僕は幾度も目にしている。どうしてこのタイミングで思い出されたというのだろう。
それはまごうことなく僕の顔であったのだ。
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