『まるせい短編集』
まるせい(ベルナノレフ)
バレンタイン(エレーヌ・シンシア・ステラ×直哉)『13番目の転移者』
「シンシアちゃん、そこで温度を下げるんだよ」
薄い赤髪の少女エレーヌは必死な様子で目の前の物質の変化を読み取ろうと目を凝らしている。
「了解……。です」
淡い金髪の少女シンシアは薄く開いたエメラルド色の瞳でそれを見ると精霊に温度の調整を命じた。
「もうっ! 2人とも、汚したら片付けてくださいよねっ!」
そんな2人にエプロンを身に着けた栗毛の少女ステラは文句を言いつつも自身もシャカシャカと何かをかき混ぜている。
「だって、早くしないと間に合わなくなっちゃうんだよ」
「です。です。です!」
「はぁ……全く。教えるんじゃ無かったです」
なぜ3人がこのように切羽詰まっているのかというと…………。
「明日はバレンタインなんだよ!!」
ステラが元の世界のイベントについて口を滑らせたからだった。
「…………トードーさんに食べて貰いたい。です」
シンシアはぽそりと呟くと目の前の物質――チョコレートを凝視していた。
「本当に二人とも御主人様のこと好き過ぎじゃないですかねぇ」
呆れた言葉を漏らすステラだったが……。
「じゃあ、ステラちゃんの分は冷やさなくていいの?」
「うっ……それは嫌ですけど」
エレーヌの魔法の恩恵を受けて自身もチョコレートを作っているので口を噤むのだった。
※
「おはようー」
翌日になり直哉が現れるとその場を緊張が包む。
「おはようございます。御主人様」
そう言ってまず動いたのはステラ。
彼女は直哉の起床時間を完全に把握しているので、用意していたモーニングをテーブルへと並べると……。
「御主人様。寝癖が立ってます」
「そう? まあ別に今日は出掛ける気がないからいいけど……」
「駄目ですよ。私が気になりますから。ちょっとじっとしててくださいね」
そう言うと櫛を持ってきて透かしはじめた。
「どうですか。痛くないですか?」
「ん。気持ちいいよありがと」
ステラにされるままに直哉は眠たげな様子でパンを食べていると。
「す、ステラちゃん。わ、私が変わってあげるよっ!」
「し、シンシアがやる。です」
焦りを浮かべたエレーヌとシンシアが立候補をしだした。
「もう終わったので平気ですよ」
ステラはそう言うと勝ち誇った様子で笑った。
「そう言えば、今日は2人とも出かけないのか?」
エレーヌもシンシアも普段ならこの時間は外出しているはずなのだが、今日に限ってはテーブルについている。
「きょ、今日はいいのっ!」
「……です」
「ふーん」
コーヒーに手を伸ばした直哉を3人は見つめている。
それと言うのも本人の口から「今日は予定がない」と聞いているからだ。
「ね、ねえトード君。暇だったら今日は私と――うひゃああああああ」
「ウンディーネ。アイシクル。です」
エレーヌが直哉を誘おうとした瞬間、シンシアはウンディーネに命じてそれを妨害する。
「ううう。ちべたいよぉ……いったいなんな――」
「トードーさん。デートする。です」
「えっ? 今から」
「はい。です」
「構わないけど……」
「そんなっ! ずるいっ!」
抗議をするエレーヌだったが……。
「早い者勝ち。です」
シンシアはブイサインをするのだった。
※
「トードーさん。こっち。です」
公園に植えられた花畑でシンシアは嬉しそうに笑っていた。
その様子はまるで妖精のようで、見ていた直哉も自然と頬を緩める。
「あんまりはしゃいで転ぶなよ」
直哉がそう声を掛けると……。
「きゃっ!」
言ってる傍からバランスを崩したシンシアは花畑に転がっていた。
「大丈夫なのか?」
近寄って手を伸ばすと――。
「えいっ。です」
「うわっ!」
シンシアは直哉を引っ張り倒すと自身は直哉の胸板に顔を埋めた。
「良い匂いがする。です」
首筋に鼻息がかかりくすぐったい。
「まあ花の匂いが強いからな」
そんな事を言っていると……。
「トードーさんこれあげる。です」
シンシアが袋を取り出すと直哉に渡す。
「ん、これって……チョコレート?」
「です」
「ありがとう。でもどうして?」
「トードーさんに食べて欲しい。です」
シンシアの要望に直哉はこたえた。
「…………美味しいよ」
一口食べ終えた直哉はそんな感想を言う。
「う、嬉しいです」
次の瞬間、シンシアが蕩けるような表情を直哉に見せた。
それは誰もが見惚れる程に愛らしく直哉も一瞬で赤面して見せた。
「ずっと、こうしていたい。です」
シンシアは直哉に身体を預けて眠たげに目を閉じる。そして頬を近づけるとスリスリと頬ずりをしはじめた。
「ちょっと恥ずかしいんだけど……」
周囲のカップル達が微笑ましいものを見るような視線を向けてくる。
直哉がそんな場の状況に照れくささを感じていると……。
「はっ! 殺気。です」
シンシアが突然目を開くとそんな事を言った。
「えっ? 何も感じないけど?」
突然起き上がるとキョロキョロと周りを見渡す。そして――。
「シンシアは離脱する。です」
脱兎のごとく居なくなってしまった。
「なんだったんだ……?」
取り残された直哉が不思議な顔をしていると……。
「トード君みーっけ」
「うおっ! 重いっ!」
背中からエレーヌに抱き着かれた。
服越しに感じるムニュムニュと形を変えるエレーヌの胸に直哉の動悸が早くなる。
「おいっ! 離れろっ!」
「やだよー。ここからは私のターンなんだからっ!」
エレーヌはまるで子供のように抱き着いている。
「はぁ……飽きたら離れろよ?」
言っても無駄と思った直哉はされるがままにするのだが…………。
「うんうん。トード君成分補充完了なんだよ」
頬に艶をだしたエレーヌは直哉の正面に立った。
「トード君あーげる」
胸元から取り出した袋を直哉に渡すと……。
「なんだこれ……って、またチョコレート?」
「えへへへ。私の気持ちだよっ!」
食べて欲しそうにまとわりつくエレーヌに直哉は……。
「溶けてるけどな」
「うそっ!」
人肌で保管していたのなら当然だ。
「ううう。折角頑張って作ったのにぃ……」
涙を浮かべるエレーヌ。そんなエレーヌをみた直哉は……。
「…………うん。美味いぞ」
「トード君?」
そう言うと頭を撫でた。
「トード君。口元にチョコついてるよ」
「えっ? 本当に?」
溶けたチョコレートを食べたせいか、口元についてしまったようだ。
「私が取ってあげるから動かないでね」
エレーヌはそう言って顔を近寄らせて来ると…………。
「ちゅっ……ペロッ」
「ななななな……!」
舌で舐めとると顔を真っ赤にした。そして…………。
「うううう。恥ずかしいよぉ」
そして先程のシンシアのように逃げ去って行った。
「……だったらやるなよな」
置き去りにされた直哉は暫くの間そこで熱を冷ますのだった。
※
「それで、二人からチョコレートを貰えたんですよね」
夕方になり帰宅した直哉を待っていたのはステラだった。
「その言い方。今日の事知ってたのか?」
あの二人の突飛な行動は今に始まった事ではないが、行動するときには何らかの影響を受けている事が多い。
直哉は今の状況からしてステラが一枚噛んでいるのだと予想した。
「単にバレンタインについて教えてあげただけですよ」
「……バレンタインって」
直哉の顔が歪む。
「好きな異性にチョコレートを贈る日だって教えてあげたらそれはもう必死になって作り始めて。本当に二人とも可愛かったんですから」
その時の様子がありありと想像できる。エレーヌもシンシアも直哉のことになると真剣そのものなのだ。
「もうすぐ夕飯の用意が出来ますけど、チョコレートを食べ過ぎて今日は必要無いですかね?」
そう問いかけてくるステラに……。
「いや、普通に用意してくれ」
「わかりました」
それから程なくして料理が運ばれてくる。直哉は次々に食事を摂って行くのだが…………。
「そう言えばステラは誰かにチョコ上げたりしないのか?」
ふと疑問を口にした。
「私は今の所誰かを好きになるという事はありませんから」
「ふーん、そっか……」
そう答えて目の前の食事に向き合っているのだが……。
「だけどそうですね。今日は特別にデザートを用意したんで食べてくれると嬉しいです」
そう言って運ばれてきたのはチョコレートケーキだった。
「ひ、日ごろの感謝の気持ちですからね。他意は無いですから」
じっと見られている事を察したステラは咄嗟にそう答えた。
「わ、わかってるから」
だが、直哉は気付いていた。そう答えたステラの耳が真っ赤になっていたことに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます