第2話

 今年のイタリアの夏は例年になく暑かった。

 そんな猛暑の中でもミラノで開かれたバイオリニスト黒田律子の演奏会には沢山の人々が来て拍手喝采の中フィナーレを迎えた。

 しかし日本へ向かう飛行機の中で眼下に見える地中海を見ながら律子は、今回の選曲について満足を感じていなかった。

 すべて自分の故郷にいた少女時代に書上げたものだ。

 その頃自分を突き動かした様々な原動力を曲の中に残しながら東京青山のスタジオで何度も編曲を繰り返した。

 完成した曲はスタッフ関係者からは絶賛されたが、律子は心の中では何かが足りていないと感じていた。

 故郷を思って編曲した曲だが、その中に何か失われている半身がある様に感じていた。

(この感じは自分が故郷を出てしまった喪失感から来るのだろうか・・・)

 そしてそれは日を追うごとに大きくなっていった。

 横を見ると女性のスタッフが寝息をたてていた。

 機内灯は既に消えていた。

 室内は暗かったが徐々に明りが差し込んできた。

(あれは・・・?)

 律子は窓の外を見た。

 深い青と黒が混ざった暗闇の中に月光に反射した雲がはっきりと見えた。

 少し上を見た。

 雲を照らす月が見えた。

 月の縁をおぼろげな光が包んでいる。明るいのはそこだけだった。あとは深い暗闇が広がっていた。

(美しい月光の世界・・、月がまるで冷たい氷の世界に輝く太陽のよう・・)

 飛行機の翼が雲にぶつかった。

 雲の塊が流れていく。

 律子は腕時計を見た。

 まだ空港を離陸して数分しかたっていない。まだ長いフライトが始まったばかりだった。

(私も少し眠ろう。起きる頃には東京に着くだろう)

 そう思って月を背に瞼を閉じた。 

(だから私は、故郷に向かう・・そして失くした半身を探す・・)

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