5-3 腐った町を放置できない善人

 特に抵抗をすることもなく詰所へ同行する。

 エルペルトが怖いのだろう。衛兵たちが遠巻きに囲って来る中、気にせずに待っていると、細身なチョビ髭の男が現れた。


「あーなたたちが町の中で妙ーなことを聞いていた人たちでーすか」

「誤解があるようですので、説明を」

「誰が話していーいと言いましたーか?」

「……」


 たぶん偉いやつなんだろうということは分かっており、仕方なく口を噤む。

 男は満足そうに頷いた後、椅子へと座り、ティーカップを傾け……渋い顔をした。


「ぬるっ」


 思わず吹き出しそうになったが我慢する。エルペルトも横を見ながら震えていた。

 しかし、他の衛兵たちは笑いもせず、ピタリと止まっている。訓練の賜物か、慣れているのか。


「なーにを笑っていーるんですか?」


 ジロリと睨まれ、笑顔で返す。


「いえ、先日に似たようなことがあったので、思い出し笑いをしていただけです。ちょっとした子供のイタズラだったのですがね」

「なーるほど。子供にーは困ったもーのです」


 割と話が通じそうな相手だな、と思う。

 しかし、男がカップを机に置いて言った一言で、イメージはガラリと変わった。


「そーれで、子供には罰を与えたーのですか?」

「……子供のしたことですから」

「ダーメですよ。子供とはいえ、しーっかり躾なーいと。立派な大人になーれませんよ?」

「……そうですね、検討しておきます」


 男は笑顔を見せ、俺も笑顔を向ける。今は情報がほしい。そのためには、男の意見はできるだけ肯定しておくべきだろう。

 非常に不愉快ながら、男に合わせて話を進めていく。


「わたーしの名は、キン=ベルンと言いまーす。カンミータの町の警護を指揮していまーす」


 王都から派遣されたと偉そうに言うキンは、短いヒゲをいじりながら、薄く笑う。


「とても、わたーし忙しいでーす。できればー、話は手短に終わらせたーいです」

「分かりました。我々は」

「違いまーす、そうじゃないでーす」


 キンは指を一本立てて左右に振った後、人差し指と親指をくっつけた。

 金を出せ、便宜は図ってやる。そう言っているのである。


 なるほど、先ほどまで感じていた違和感の答えが分かった。

 町は平和でありながら、治安については顔を曇らせる。

 村々から人が訪れるため、金回りが良いはずの町にも関わらず、町民たちに裕福さは感じられなかった。そして、逆に金回りが良さそうな衛兵たち。

 どういうことかなんて、少し考えれば分かることだった。


「……我々は、金を稼ぎたいと思ってカンミータの町を訪れました。無いものを出すことはできません」

「そーうですか。なら、もう結構でーす。一晩ぶち込んでおきなーさい。朝にーは釈放です」

「なにもしていないのにですか?」

「他国の人間が、町の治安を調べーていた。そういうことにしてもいーいんですよ?」


 恐らくだが、金の無い相手に時間を割きたくない。ついでに、自分たちが下だと思われたくもないので、一晩牢に入れて力を見せつける、ってところか。

 あまりにも下らない考えだが、ここで揉めて、町の中で追われ続けるのはもっと下らない。素直に従い、牢に一晩ぶち込まれることにした。


「立場を弁えーてますね。明日からはー、日用品の買い物くらいなーら見逃してあげーますよ」

「ありがとうございます」


 ティグリス殿下に書状送ってやろうと心の中で決めた。



 ジメジメしており、まるで衛生的ではない石牢。置かれているベッドも座るだけで軋む作りで、上には所々が破れている薄い布が敷かれているだけだった。


「臭い」

「牢ですからな」


 ここで一晩過ごすのかと、鼻を摘まみながら肩を落とす。

 しかし、色々と情報を得られたところは良かっただろう。

 まず、この町の衛兵たちはクズだ。町民から金を巻き上げ、治安を維持しているような顔をしている。町民が逆らえないところから、暴力に訴えている可能性が高い。

 だが、王都に書状を送れば解決する話だ。


「治安はどうにかなるとして、金を稼がないとなぁ」

「……それなのですが、少し気になることがあります」

「ん?」

「衛兵たちが、高価な装飾品の類を身に着けていたのは気づきましたか?」

「あぁ、町民から巻き上げたんだろうな」

「それにしては、数が多すぎると思います」


 確かにエルペルトの言う通りだ。詰所内で見かけた衛兵たちも、誰もが皆、良い身なりをしていた。いや、それだけではない。詰所内に置かれている調度品も、普通では手の出せない物ばかりだったように思える。


「……正直、審美眼には自信が無いんだ。高そうな感じはした、と思っている」

「そう言われますと、私も自信が……」


 二人で頭を悩ませていると、月明かりの差し込んでいる小さな窓から声が聞こえた。


「もうちょっと自信を持っていいと思いますよ? 間違いなく、ありゃ高いもんです」

「ジェイか?」

「どうも、遅くなりました。スカーレットの嬢ちゃんに話を聞いて、オレだけ来たんですが……。とりあえず情報交換といきますか?」


 良いところに来てくれたなと、静かに頷いた。



 どっこいしょ、と地面へ腰を下ろした後、ジェイは話し始めた。


「まず、カンミータの町のキン=ベルンと衛兵たちはファンダルと通じていました。砦と町が通じているわけですからね。そりゃ、色々悪いことができたみたいです」

「なるほど。王都に協力者がいることは分かっていたが、近隣の町も抑えていたわけか。言われてみれば当然のことだな」

「はい。それで、キンたちはファンダルの金で楽しくやっていたんですが、急に金を回してもらえなくなり、連絡まで途絶えてしまいます。しかも、ティグリス殿下がいらっしゃるという連絡まで届き、彼らは大いに慌てました」

「あー……、嫌な予感がする」

「さすがセス司令。彼らは考えました。ファンダルがなにをやっていたのか知らない。自分たちは仕事をしっかり行っていた、と報告をしなければならない。……結果として行ったのが、山賊たちと手を組むことです」

「なんで!?」

「ずっと放置していた山賊を退治することは大変だが、協力関係になることは難しくない。山賊を退治したことにし、報告を行いました。残る問題は、協力関係となった山賊たちに払う対価です」

「すでに頭が痛いんだけど……」


 先を聞きたくない気持ち全開なのだが、ジェイは気にせず話を続ける。


「お察しの通り、あらぬ罪を押し付け、町民から絞り出すことにしたのです。今や彼らは町の治安を守らず、乱すことで富を得ています。投獄を恐れた町民たちは、町の悪い噂を口にしないようになった、ということですね」

「あたま、いたい」

「ダイジョウブ?」


 オリーブに心配されながら、もう一つだけ残っている問題について聞く。


「なら、高価な装飾品は?」

「……これはまだ噂なんですが、訪れようとした行商がよく山賊に襲われるらしいです」

「確実に情報を流してるだろ! 代わりに金品を受け取ってるってか!?」


 そんな、いつかは足がつくような頭の悪いことをどうしてするんだ。もう少し悪賢く稼ごうとは思わないのか。

 頭を押さえながら何度か振る。いくら悩んでも、答えは一つしか出せなかった。


「あぁくそ! 山賊を退治して金品を押収し、持ち主に返す! その後にカルトフェルンの名を出して、キン=ベルンたちを拘束!」

「金稼ぎはどうするんで?」

「三日で終わらせて、三日で金稼ぎをする! 無理だって? 知ってるよ! でも、町の人を助けないわけにいかないだろ!?」


 なんでこうなった。あれか? 4、5、6の目が出たのか? そうに違いない。全部、死神のせいだ。

 このジメジメした床へ崩れ落ちそうになっていたのだが、なぜかエルペルトとジェイは嬉しそうに笑っていた。

 たぶん、疲れで頭がおかしくなったんだろう。俺も同じ気持ちだよと、乾いた笑いを上げておいた。

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