5-2 初めての逮捕

「六日間、同行するのは三十人。町の近くで野営させます。指揮はオレがとります。砦のことは、シヤとリックに任せました。いいですね?」

「ご、ごめん……」

「そんなしょげないでくださいよ。確かにシヤはいっぱいいっぱいで泣いてましたけど、良い結果を報告してやれば元気になりますって」

「うむ……」


 昨日は本当に大変だった。名案だと思っていたが、考えが足りな過ぎたのだろう。話をしたら、どこにそんなお金があるんですかとシヤに泣かれたのだ。そりゃもう、胸が痛くなるほどに。

 取りなしてくれたのはジェイで、いざというときのためにと隠しておいたお金も、今回のために捻出してくれた。ジェイさまさまである。

 自分の無能さをここまで見せつけたのだ。へこむのも仕方無いと思うが、切り替えねばならない。


「名誉挽回の機会だ。気合を入れないとな」

「……名誉挽回? 名誉返上? 汚名挽回? 汚名返上?」

「名誉挽回! 汚名返上!」


 俺の独り言を聞き、どちらが正しいか見失っていたスカーレットに正解を伝える。

 彼女は、あぁ! と納得していたが大丈夫だろうか。

 ギシリ、としがみ付いているオリーブが音を立てる。


「カエロ? カエロ?」

「無理せずに砦へいていいよって言っただろ? 今から戻るかい?」

「イッショ? モドル?」

「いや、俺は戻らないけど」

「ナラ、イク」


 いい子にしていてくれよ? と注意事項をオリーブへ伝えているうちに、カンミータの町は目の前に迫っていた。



 カンミータの町は、オリアス砦から二日のところにある町だ。大きさはそこそこで、近隣の村に住む人たちは、この町を訪れるらしい。

 兵たちを残し、エルペルト、スカーレット、ジェイ、オリーブと共に町の中へ入る。ただし、オリーブをこのまま連れて行けば大ごとになることは分かっており、擬態してもらうことにした。


「オリーブ大丈夫かい?」

「ダイジョウブ。メ、トジテル」


 手に持っている杖へ話しかけると、落ち着いた反応が返って来たのでホッとする。

 人間を見たら大変かも、と自分で言うだけあり、オリーブは目を閉じているようだ。


「それにしても、形や大きさを変えられるとは思わなかったわ」

「大精霊ともなると、色んなことができるもんですね」

「オリーブ、スゴイ」


 そもそも、大精霊は人に似た姿をとっているだけであり、実際の姿は違うらしい。オリーブも、アネモスも、本来は人型では無いようだ。

 ではなぜ人の姿をしているのか? と聞けば、人の姿ならば歩くこともできるし、掴むこともできる。魔力の消耗を抑えるのに適した姿なのだと言っていた。

 人の形とは、長い年月を経て至った姿と言われているが、それも嘘では無いのかもしれない。


 しばらく町の中を散策し、いくつかの店で水蛇の素材を買い取ってくれないかと交渉を行う。

 だが、残念ながら誰もが首を横に振る。不思議に思っていると、どうやらカンミータの町では商会長の許可なく、高額な取引を行ってはいけないらしい。


「不正な取引などを抑止するためには良いのかもしれないなぁ」

「しかし、商売の幅が狭くなってしまうのではないでしょうか?」

「うーん、たぶんだけど、それだけの金を持っている、稼げる人は、王都などに移動するんだろう。良いとは言えないが、悪いとも言えないかな」

「釈然としない気持ちもありますが、ここに居を構えているわけでもありません。納得するしかないということですな」


 カンミータの町のやり方に口を出すつもりはないが、困ったことになったのも事実だ。水蛇の素材を金に換えられない以上、俺たちは別の方法で金を稼がなければならなかった。……そう、悪人退治だ。

 通りがかった町人に、町の治安、周辺のことについて聞くことにする。

 薄汚れた服の老人は、どこか固い笑みで答えてくれた。初対面だし緊張しているのかもしれない。


「魔獣ねぇ。この辺りに魔獣が出るって話はとんと聞かないよ」

「なら、山賊とかは……」

「あんた知らないのかい? この間、虎将軍が来ただろ?」

「えぇ、ティグリス殿下がいらっしゃっていましたね」

「近隣の山賊だけでなく、悪人共はこぞって逃げたらしいよ。そりゃ、殺されたらたまらんからねぇ」


 やはり、問題は抱えていないようだ。

 うまくいかないもんだなと頭を掻くと、ジェイが口を開いた。


「なら、町の治安はどうなんです?」


 ティグリス殿下を恐れて、町の中にいた悪人も逃げ出したのだろう。俺はそう思って聞かなかったのだが、男は渋い顔で周囲を見回しだした。


「……いや、治安はいいですよ。カンミータはいい町ですからね。もういいですか? 仕事があるんで」


 急に立ち去った老人に違和感を覚える。あれでは、町の治安に関してはなにかあります、と言っているようなものだ。

 もう少し話を聞いてみようと、俺たちはその後も何人かに話しかけたのだが……反応は似たようなもので、どこか怯えた顔で「治安は良い」と言われるばかりだった。


「……セス司令。ちょいとオレは、馴染みの情報屋に会って来ようと思います。野営地に戻っていてくれますか?」

「あぁ、よろしく頼む」

「では、また後程」


 頼りになる男だなぁとジェイを見送り、3人+1で町の外を目指す。

 なにか食べるものでも差し入れたいところだが、元手となるものがない。すまない、野営地の兵たちよ。

 肩を落としていると、スカーレットが言った。


「そういえばセスって、全然顔が知られてないのね。カンミータの町に入ってから、一度も気付かれなかったじゃない」

「俺は部屋からほとんど出なかったからね。顔を知っているのは同じ王族と、陛下の側近。後は使用人や、すれ違ったことがある人とかかなぁ」

「じゃあ、セスの名前を出して、金持ち商人に援助してもらうってことはできなさそうね」

「そんな知名度があればなぁ。兵たちに酒でも差し入れてやれたのに……」


 さらに肩を落とすと、背中をポンポンと叩かれる。この親子に慰められるのにも慣れたものだ。

 時間は残り五日。もうちょっと明日は考えて行動しないとなぁ。


「いたぞ!」


 そう、町の妙な空気の理由とかを見つけて……いたぞ?

 目を向けると、町の衛兵たちの姿がある。数は五人。物々しい感じから、事件でも起きたのだろうか。

 しかし、なにかここの衛兵たちは妙だ。彼らは衛兵のはずだが、チラリと見える腕や首、指には高価なアクセサリが見える。良い商人に伝手でもあるのだろうか?

 不思議に思っていると、衛兵たちが俺たちを取り囲んだ。


「お前たちだな! 町の中で、魔獣や山賊のことを聞いて回っていたというのは! なにを企んでいる!」

「あぁ、そういうことか。別になにも企んではいない。ただ、困っていたら助けになり、お金を稼げればと考えていただけだ」


 確かに誤解を受ける行動だったかもしれない。

 しかし、事情を話せば――。


「大人しくついてこい! 吐くまで帰らせんぞ!」

「……いやいや、話を聞いていただけで、俺たちはなにもしていないぞ?」

「うるさい、犯罪者どもが! 従うのか、それとも逆らうのか! さっさと決めろ!」


 過剰な反応に眉根を寄せる。離れていく町の人を見るに、衛兵に怯えている様子が見受けられた。

 本来ならば、町を助ける存在である衛兵が、町の人に恐れられている? そういった話を読んだことがあったな……。


「セス殿下、いかがいたしますか?」

「ぶっ飛ばせばいいんでしょ? 大丈夫、殺さないわ。腕の一本は失うかもしれないけどね」


 二人はやる気満々なのだが、気になることが多く、ここは従ってみることにした。


「うーん……。いや、投降しよう。スカーレットは逃げて、ジェイに話を伝えてくれ」

「……分かったわ。なにか考えがあるんでしょ」

「もちろん」


 スカーレットは一つ頷き走り出す。衛兵たちはそれを見て、やはり怪しい輩だと、俺とエルペルトを槍の柄で殴ろうとした。

 しかし、そんなことを許すはずがない。瞬時に剣を抜いたエルペルトは、槍の柄を真っ二つに斬り落とした。


「なっ!? て、抵抗する気か!?」


 ニッコリと笑い、両手を開く。


「いやいや、なにか誤解があるようでしたので、攻撃を防いだだけですよ。我々はこの通り、素直に同行いたします」

「な、なら身に着けている物を――」

「まだ、犯罪者と決まったわけではないですよね? 話をするだけならば、身に着けている物を預ける必要は無い」

「そんな理屈が!」

「通らないと言うのならば、少々抵抗しますがよろしいですか?」


 エルペルトが剣を一度振る。

 少し遅れて衛兵のバイザーが落ちて、カランと音を立てた。


「どうします?」

「……そ、そのままで良い! ついてこい!」

「分かりました」


 いざとなればカルトフェルンの名を出すこともできれば、エルペルトやスカーレット、ジェイや兵たちによる実力行使にだって及べる。

 安全は十分に確保されており、相手の中へ入り込んで情報を得られる方が大きいなと、エルペルトと共にほくそ笑むのだった。

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