1-4 働かない日々は遠い

 部屋を出ると、想像通りに至る所で戦いが始まっていた。

 片方はファンダルの配下で、もう片方は……。


「こっちにも二人いるぞ! 女以外は殺せ!」


 俺を守ろうとエルペルトは前に出たが、女以外という言葉で確信を持ち、懐から紙片を取り出した。


「ジェイの仲間だな。俺は、彼の友人だ」


 紙片に書かれた”J”の文字を見て、男たちの様子が変わる。

 エルペルトは不思議そうに俺へ問うた。


「セス殿下。一体どういうことですか?」

「大した話じゃない。あのジェイという男は、ファンダルの副官だった男だ。ホライアス王国へ放逐された仲間を集め、叛旗の機会を窺っていたのだろう」

「なぜそれが……」

「大した話じゃないと言っただろ? ジェイの本名はジェイク=フォルン。一度だけ城で見かけたことがある。それだけだ」


 ジェイの狙いはおおよそ分かる。ホライアス王国側から侵入し、カルトフェルン王国側へ逃げられないようにする、ってところだ。

 口で言うのは簡単だが、一つ大きな問題がある。ホライアス王国側は簡単に抑えられるが、カルトフェルン王国側はシヤたち頼みということだ。

 向かう先を定め、エルペルトへ言う。


「カルトフェルン側の門へ向かうぞ。そこが一番マズいはずだ」

「それでは、ファンダルがホライアス側へ逃げてしまう可能性があるのでは?」

「ホライアス側のことは、ジェイたちに任せておけばいい。俺にとって大事なのは、本国へ連絡が行かないことだからな」

「はっ」


 門まで辿り着くと、シヤたちが激戦を繰り広げていた。ホライアス側から逃げられないと知った兵たちが、せめてカルトフェルン側へ逃げようと考えたためだ。

 シヤたちもよく頑張っているが、数に差がありすぎる。このままでは押し切られるのも時間の問題に思えた。

 その展開は都合が悪いため、手に入れたばかりのカードを切らせてもらう。


「エルペルト、頼めるか? 彼女たちの後ろへ回り込みたい」

「この老骨にお任せください。私から離れぬようお願いいたします」


 老骨と言いながら、エルペルトは凄まじい速度で駆けて行く。室内で細々と鍛錬をしていただけの俺とは大違いだ。

 ヒィヒィ言いながら後を追いかけ、鬼神のように敵を斬り伏せて行くエルペルトと共に、シヤたちの元へ辿り着く。


「セス殿下! ご無事でなによりです! しかし、これは一体どうなっているのですか? 突然、

ジェイク様が顔を出し、こちらの門を守るように言われたのですが……」

「あの野郎! しっかり事前準備をしたと思っていたのに、いきなり作戦を開始したのか! 道理で、俺に逃げろとかそういう指示が無いわけだよ!」

「は、はぁ」


 えぇい、怒っていても仕方ない。エルペルトが10人ほど斬ったので、ファンダルの部下も距離を取ったまま近づけないでいる。今のうちに動かなければならない。


「いいか、シヤ。この反乱は、砦内で終わらせなければならない。本国へ連絡が行けば大変なことになるからな!」

「ジェイク様もそのようなことを言っておりましたが、しっかりと報告を行うべきなのでは……?」

「バカ野郎! そんなことになれば、ジェイクたちは全員死刑だぞ!」

「っ!?」


 例えどのような理由があろうとも、報告が届き増援でも来れば、ジェイクたちは全員死刑になる。ファンダルさえ殺せれば、それで良いと考えているに違いない。

 しかし、それは困る。俺はあの男と部下を、砦の警備へ戻し、静かに暮らさなければならないのだ。


「で、ではどうすれば……」

「このままでいい」

「えっ」

「門の守備を維持。怪我人は下がらせて治療。空いた穴はエルペルトが埋める」

「了解しま……エルペルト? もしかして、先代の剣聖エルペルト殿ですか!?」


 エルペルトはニッコリと笑い、周囲を蹴散らしに駆けて行った。

 剣聖の称号を持つ者は、国に一人しかいない。つまり、エルペルトは一時の間、我が国で最強の一人だったわけだ。

 しかし、剣聖は代々誰かに仕えたりはせず、自由気ままに生きているという話だったのだが……。まぁいいか。その辺りについては、今度聞いてみることにしよう。


 この後は消化試合だ。俺は自分にできることをし、エルペルトは向かって来る者を斬り殺し、シヤたちは援護に務めた。

 逃げ場を失ったファンダル一味は砦の中を逃げ回り、それをジェイたち反乱軍が追い回し始める。

 全てが終わるころには、空が白んでいた。


「死にたい……いや、寝たい……」


 疲労も手伝い、眠気がひどくなっている。

 たまに敵が襲って来たりもしたが、剣聖を要しているこちらに負けは無かった。

 頭をフラフラさせていると、肩を叩かれる。


「セス殿下。ファンダルたちを捕らえたジェイが現れました」

「……おぉ」


 水を一口飲み、頬を両手で叩いてから立ち上がる。この下らない戦いも、ようやく終わりが近づいていた。

 ファンダルたち残党の数は十人少々。それに対し、ジェイたちは100を超えているようだった。残りがどうなったかは想像に容易い。

 ジェイは仲間たちを止め、一人、俺の前まで進み出て片膝を着いた。


「セス殿下にお願い申し上げます!」

「よくやったジェイク=フォルン! 諸君らの働きのお陰で、ファンダルたちの反乱を押さえることに成功した!」

「……は?」

「しかし、報告を行えば功績だけとはいかないのが現状だ! 赴任早々、砦内で反乱が起きたなど、とても報告することができない! 苦渋の決断ではあるが、本国への報告は行わない! ファンダルたちについては、牢へぶち込んでおけ!」


 よし、これで話は終わりだ。

 部屋へ戻り休もうと思ったのだが……そうはさせてくれなかった。


「お、お待ちください! オレは、オリアス砦の警護をクビになり、反乱を起こした! なにも無かったなんてわけには――」

「その通りだ、この罪人たちめ! す、すぐにワタクシを解放しなさい! そうすれば減刑を嘆願してあげましょう!」

「てめぇ……!」


 ジェイはファンダルへ殴りかかろうとしていたが、それを止める。

 悪鬼のような表情を浮かべていたが、渋々従ってくれた。超怖い。

 立場が逆転したとでも思っているのか。ニヤニヤと笑うファンダルの前で、一つ咳払いをした。


「ファンダル元副司令」

「先ほどのことは誤解です、セス殿下! えぇ、全てはこやつらを炙り出すための芝居であります!」

「ジェイク=フォルンたちを罪人と言っていたが、そのような報告は一切受けていない。それどころか、彼らがクビになったという記録も残っていない。違うか?」

「……あ」


 ファンダルも思い出したのだろう。自分が今まで、どのような報告を行っていたかを。

 オリアス砦の兵は300。減らしたという報告はなく、その分の金を着服していた。

 よって、彼らは現在もオリアス砦の兵であり、反乱を治めた勇敢なる兵である。

 しかし、報告を行えば、余計なことが明かるみになる。そうなれば、ファンダルの余罪も追及できるが、ジェイたちの死罪は免れない。


「――ということで、この一件は内々に片付けさせてもらう」

「ですが、オレは……」

「ジェイを明日から副司令とする。副官はシヤだ。女性兵の意見にも耳を貸す、良き上官であることを望む。反論は一切認めない、以上だ」


 話を終わらせ、今度こそ部屋へ向かって歩き出す。

 俺の背に、ジェイの声が小さく届いた。


「……ありがとうございます」


 なにも答えず、片手だけを上げる。

 こうして、ファンダルの反乱は秘密裏に片付けられたのだった。



 ――翌日以降。俺はダラダラと過ごして……はいなかった。


「な、なぁエルペルト」

「はい、セス殿下」

「どうして! 毎日! 剣の稽古をするんだ!?」

「この老骨、セス殿下に光を見ました。独学でここまで鍛えられたのであれば、後に剣聖となることも夢ではないかと」

「やってられるか!」


 そんな理由で鍛えられてたのかよ! 自衛のためかと思ってたわ! と、木剣を放り捨てて立ち去ろうとする。

 しかし、エルペルトがひどく肩を落としていたので、仕方なく戻って拾い直した。


「セス殿下……!」

「健康のためだ! 程々にだからな!」

「仰せのままに!」


 まるで信頼できぬ特訓は、日課となるのが目に見えていた。

 ……あれから、ジェイク副司令の元、オリアス砦は徐々に正常な形へ戻り始めている。副官に付けたシヤも有能らしく、良い働きを見せてくれていた。

 ファンダルについては尋問が行われている。彼と繋がっている貴族、ホライアス王国の人間を聞き出せば、いざというときに良き関係が結べるだろう。いい弱味を握ったものだ。


 こうして俺は無事に手柄を立てることもなく、王位継承の争いにも巻き込まれず、もう少しで働かない生活を――。


「セス殿下、お手紙が届いております」

「誰だよ。……ゲッ、陛下じゃねぇか」


 とてつもなく嫌な顔をしながら封を開き……固まった。

 俺の異常に気付いたのだろう。エルペルトが顔を覗き込んで来る。


「セス殿下?」

「……オリアス砦の様子を確認するという名目で、第三王子が視察に来るらしい」

「あの武闘派で有名な……む?」


 エルペルトも気付いたのだろう。彼は眉間に皺を寄せながら、恐る恐る言った。


「十日で、オリアス砦の兵は補充が可能でしょうか……?」

「できるわけねぇだろおおおおおおお!?」


 俺は半泣きになりながら、手紙を放り捨てるのだった。

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