第38話 追跡
この二人の情報を整理して衝撃を受けた。
まず坂本涼介。リトルリーグでは中田や崇士の面倒をよくみていたらしい。坂本からすれば、元彼女には色々と疑惑があった。
やったこともないインスタグラムだやSNSで、彼女の行動や生い立ちを載せていると、妙な言い掛かりをつけられて一年前に振られている。
コイツの性格からか、下手な言い訳をすることはなかった。誤解を解くスキルが無かったので言い訳すら出来なかったというほうが正しいが。
――西野晴香が何者かに狙われている。
彼女を助けることが出来れば坂本にとっても誤解を解くには絶好のチャンスである。汚名返上するため、そのストーカーを捕まえるチャンスを伺っていたというわけだ。
そんな坂本を本物の男として頼りにしたのが狂犬中田である。
中田雅彦。元スティグマというチームに在籍していた不良で、学年は俺の一つ下の高校一年だ。
中田が言うには西野晴香に近づいたのはスティグマの幹部から連絡がきたからだという。定期的に状況報告するように指示されていたのだ。彼氏気取りの行動も、近況を手短に把握するためにとった行動だったというわけだ。
彼女は佐竹勇武の孫だった。つまり、俺達がたった三か月前に刑務所送りにした男の孫娘である。厄介者の血縁者を持ったせいで、彼女がよからぬ嫌がらせにあっていた可能性は高い。
ストーカー行為の背景にあったのは、解体した麻薬密売組織が関係しているのではないか。つまり裏金が絡んでいるのではないか。
ならば薬品を嗅がせる化け物みたいな女アンドロイドは裏社会の存在。スティグマの残党、あるいは敵対組織――そいつにさらわれた西野ターミーが無事か気がかりだ。俺達四人は坂本の運転する中古のトヨタで変装したルシエル・ターミーを追うことにした。
河本は考え事をするような顔付きで、俺への尋問を始めた。
「あんまり驚いてないってことは、何か知ってたんじゃないの?」
「……するどいな」
河本はとがめたてるような目で俺を見た。付き合いの長い友人というのは五感を超越した感覚を持ちはじめるようだ。
「西野晴香が佐竹勇武の孫娘だというのは、知っていた。調べるまでもない事実だ」
「黙っていた方がいいと思ったの!? 僕や崇士くんに」
「ああ……タイミングが無かったんだ。お前の好きな晴香ちゃんは、お前と付き合うことはないと思うぞ。何故なら、晴香ちゃんの血縁上のお爺さまを刑務所に放り込んだのは、お前自身なんだからって言うのは……親切だと思うか?」
「でも、あのスティグマのボスの孫娘だったなんて……何て言うか、逆によく黙っていられたもんだね。まるで、ロミオとジュリエットじゃないか」
「シュールレアリズムの『シュール』の用法が日本語訳によって、現実と隔離された非現実的な事象と考えるのは誤解だぞ。これは現実的な問題であって哲学的な問題だったら、どれだけ楽か……戯曲なんかと一緒にするな」
河本は半分目を閉じて、考えを振り払うように頭と両手を振った。何が何でも文句を言いたいという仕草は想像以上に気持ち悪かった。親友でなければ殴ってしまいたくなる。
「僕に黙ってそんな危険なストーカー探しを引き受けたってことは、現実的な問題じゃないのか!? 知ってたら僕だってドナルドダッグのスウェットで千葉まで来てない」
「そうやって非難の声を受けることも厭わず、みずから信じた良心に殉じようと真面目に生きる俺を、いつまでも責めたてればいいさ。そのスウェットは似合ってるぞ」
「……他に隠してることは?」
このタイミングで晴香の母親、西野典子は佐竹のいる刑務所へ向かったようだが、本人から面会を断られたそうだ。何か引っかかった俺は、京都にいる兄貴に相談した。
電話口で桐畑篤士は、直接佐竹に会って探りをいれると言った。同時に西野典子にも接触し、ストーカー問題とスティグマの問題に何か接点があるのか探ることにした。
その時は余計な心配で終わればいいと思っていた。西野親子が何者かに狙われているとすれば、警察に駆け込めばいいと思っていたから。
予想より急な展開になっているが、それは今も変わらない。俺の思惑通り、西野の母親は俺の兄貴、西野晴香は俺の弟が守っている。俺のやるべき行動は、問題の根底を引っ掻き回して浮き彫りにすることでいい。
やると決めれば、さっさと片が付くと思っていた。俺たちにはルシエル・ターミーという頼りになる相棒がいたから。
坂本の運転する助手席から中田が後部座席を向いて言った。
「正直、河本さんは一番に怪しいと踏んでいたっす。すんませんっ」
「実はボクらも、君たちに謝らなきゃならないよ。候補に入れてたから」
俺は携帯でルシエル・ターミーの位置情報を呼び出した。
清田の目が離れたすきに、河本ターミーに変装するように指示をだしていたが、その後の指示はしていない。
「とにかく、直ぐに追い付いて西野晴香に変装したルシエルを救出する。あの調子乗ったチャラけたオッサンは、俺がぶん殴って首を絞めてやる」
坂本はハンドルを固く握りしめてうなずいた。
「あの薄気味悪い顔した女のほうはどうする?」
「…………」
誰も返事はしなかったので、俺は答えた。
「……頼んだぞ、狂犬中田」
「ええっ、俺っすか!?」
お互いに素性の割れた俺たちはしばらく、頭を整理する時間が必要だった。
逮捕歴のある不良、狂犬・中田雅彦。
彼女の経歴をSNSにあげる変態・坂本涼介。
天才一家の次男でパニック障害を持つ、オタク・桐畑悟士。
そして河本叡智。
「キツイよな」坂本がぼそりと言った。
「俺達って、これからもこんなレッテルを貼られて生きてくことになるのかな。変な眼で見られて、からかわれたり馬鹿にされたりするのかな」
「……待ってよ。僕はもともと河本叡智だ。キミらにはこう言いたいね。河本ワールドにようこそって」
「ぶっ……あっはっはっは」
「アハハハハハハハ」
「ふっ、ふははは!」
俺たちは、笑い飛ばすしかなかった。勝ち目のない追跡は始まっていたのだから、当然前を向かなければならなかった。
それが幾ら無謀な前進だとしても、無力なメンバーだろうと、乗り合わせてしまったのが河本ワールドだろうと、誰も俺たちを止められはしなかった。
アスファルトに照らされた流れる世界を見て、まるで時が高速に流れていくように感じた。
時が流れていき、他人が変わっていき、自分が変わっていくような感覚だった。同じ場所に留まっていないというのは重要だった。
留まっていれば、時間と人生だけが過ぎ去っていくことに耐えられなかっただろう。世界と成長に置き去りにされた自分を偶然が救い出してくれるのを待つだけだった。
俺たちは自分たちの英雄的な決断に酔いしれ、妙な一体感を得ていた。坂本の運転する車に乗り、彼のかけたオフスプリングのハードな音楽に乗り、スピードに乗り、調子に乗っていた。青春ドラマのようなテンションを味わっていた。
――そんな根拠のないハイテンションは、長く続かなかった。趣味も共通点もない俺たちの会話も、まったく続かなかった。
そこがまた青春っぽい現実なのだが、河本ワールドとは一体何だろうと考えると、消し去りたい記憶の集大成のような気がして笑えた。
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