第34話 切れない糸

 崇士は彼女から聞き出した人名のメモを俺に見せた。三人の名前が書いてある。実際にはもっといたらしいが脅迫文の内容や元野球部の情報を頼りに話し合い、削ぎ落おとした三人だそうだ。


 元少年野球ピッチャー 坂本涼介 大学一年


 異母兄弟 清田晃 高校二年


 不良 中田雅彦 高校一年


 俺はメモをテーブルに置いて崇士に言った。 


「坂本なら知ってる。爽やか野球バカなだけで害のある男じゃない」


「告白されて付き合ったらしいんだ、二ヶ月くらいらしいけど。詳細なデート日記をインスタに載せて彼女の生い立ちにも触れた」


「そりゃマズい。一番やっちゃいけないパターンだろ。黒歴史を作って何になる。お利口な野球バカだと思ったら、ただの真正バカだったのか」


 俺の口の悪さに西野さんと崇士が若干引いているようだ。


「失礼……バカっていうのは、いい意味で言っている。憎めないとか温かい目で見守りたくなるとか、そういう意味だ。振られたことを根に持っている可能性があるんだろ」


「まあ、そういうこと」


 二、三質問をすれば白黒付きそうなものだが、体育会系は物事の限度を知らない可能性があるので慎重にあたるべきだろう。


 また体育会系だ。清田晃である。


「千葉県民だろ。よその高校で甲子園目指してるやつは外していいだろ」


「兄貴は知らないだろうけど、小学生のときに練習試合があってさ。西野さんに掴みかかったり、いやがらせをしたんだよ」


「異母兄弟をストーカーするほどのバカなのか。同じような遺伝子で、そこまで性格が悪いなんてショックだな」


「……兄弟は選べないからね」


 崇士はうなずきながら腕を組んで横眼に俺を見た。


「そのセリフにはトゲがあるな」


「何か刺さったなら、謝るよ。別に深い意味はあるけど。清田なんだけど、最近は練習を休んでるらしいんだ。それがここ一ヶ月ってことは……可能性あるだろ?」


 かなり有力な候補だといえる。間違いだったとしても、清田を追い詰めて復讐してやるつもりなら反対する理由もない。


「ほう、あと一人。なんでジャンキー中田が出てくるんだよ。よくあんな害虫が高校に入れたな。失礼……害虫っていうのはそのままの意味だ」


 つい先日まで、崇士を舎弟扱いしていた不良。酒、たばこ、麻薬にまで手を出していたヤツが少年院に送られなかったのは、周りの人間が寛容だったからに過ぎない。


「少年野球で四番打者だったから、何か勘違いしてるんだ」


「だからバット持ち歩いてたのか。伏線多いな」


「何度か自分が彼氏みたいな態度で電話してきているらしい。元気か? 最近変わったことないか? たまには遊びに連れて行ってやるぜ、みたいな」


「勝手に彼氏気取りしてたんなら、そうとうヤバいやつだな」


 付き合ってもいないのに、まるで彼氏のように話し出す男は確かにいる。これがイケメンであれば何故か許されてしまう。それどころか、女子から絶賛されてしまうのだから困るのだ。

 

 このような軽率な行動は、いかにして法で対処していくか国家がしっかりと方針を出すべきだ。しかし、この場合イケメンを弾圧するような法案は生まれず、当然のように不細工を保護する法案しか生まれないのがこの社会全体の問題であろう。


「お前ってさ~みたいに、何でも知っている感じで話しかけてくるらしいよ。何も知らないくせに」


 ルシエル・ターミーが崇士の会話を遮った。


《駐車場から真っ直ぐ、こちらに向かってくる人がいます》


 崇士が窓際に走りみると、スキニージーンズと紺のジャケットを着た金髪男が、向かってきていた。


「あれ、元エンゲルスの清田選手じゃね? こっち来るよ」


「……やだっ! 会いたくない」


 彼女は口に両手をあてて後退りした。

「とって喰われるわけじゃないだろ」俺は即座に言った。「でも今更、何しに来るんだよ」


「……いやっ! いやよ」


「落ち着いてくれるか、西野さん。俺達がついてる」

 

 西野さんの呼吸が乱れていた。これだけ人をコントロールする能力に長けた女性がである。恐らくは、キャッチャーという仕事が彼女の性格に強く影響をあたえていたに違いない。


 男をリードすることの出来る女性が、自分の父親が現われたとたんにコレである。


 ――俺は自分の家庭が崩壊寸前だったときの感覚を忘れていた。身内にこそ感じる怒りと苦しみがあることを。


 それは平穏な日々を簡単に奪い、並大抵では修復不可能なほど厄介に絡みつく。


 血の繋がりは切れない糸だ。救ったり、守ったりするには充分な代物だが、扱い方を間違えば危険な刃物に姿を変える。


 否定され、無視され、負の感情により何倍にも膨れ上がった血の糸は、彼女の胸を締め付け苦しめていたのだ。


 ややこしく、難解で複雑な絡まり方をして、手の付けられなくなったくせに断ち切ることは絶対に出来ない。


 桐畑家がかつて修羅の国だったように、西野家は今まさに修羅の国だった。


「うん、もう大丈夫よ」


「……君は何でも上手くやるようだけど嘘は下手だな」



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