第22話 壊れた絆
軍事利用――もしかして、と思っていた。
ターミーの名前はターミネーターが由来なのではないか。黒スーツの男たちは、意識を失って膝をつき、どんどんと倒れていく。ルシエル・ターミーの後ろに道ができ、俺達はついていくだけでよかった。
突然、道路の正面からヴァンが走ってきた。ヘッドライトを浴びた河本が恐怖に叫び声を上げる。速度を増した車にルシエルは麻酔銃を撃つが、フロントガラスで弾丸は止まっている。
ルシエルは路駐してあったバイクに向かって腕を振り上げる。手首からワイヤーを伸ばし掴んだかと思うと、横倒しのバイクを向かってくるヴァンの前輪に滑りこませた。
アスファルトに火花が散り、車は斜めに飛び跳ねた。
耳をつんざくような衝突音。ガードレールに衝突したヴァンは、横倒しに倒れたままボンネットから煙を吐いた。
焦げたタイヤの匂いがして、周囲の一般人から悲鳴が聞こえる。フロントガラスは蜘蛛の巣のように粉々に割れて、助手席側のドアにめり込んでいた。足元に転がっている黄色と赤の割れたライトカバーを見て、たかしが俺に言った。
「こ……こんなにルシエルが強かったら、初めから頼っていればよかったね」
「初めからこんな大惨事になってたら、誰もここまで来れてないだろう」
俺が兄貴に振りかえると、背後に背の高いスポーツ刈りが立っていた。
振り下ろされるショットガンに気付いていなかった。あつ兄の体が右に二メートルすっ飛んだ。
「えっ!?」
頭が一瞬、空白になった。
どうして警告音が鳴らなかったんだろう。
たかしの声が聞こえた。
「ルシエル! ルシエル! ターミィー!」
アンドロイドの左腕はどこからか狙撃され、パチパチと音を鳴らしぶち壊されていた。腕だけじゃなかった。銃声が鳴り響き、ルシエル・ターミーはガクンと斜めに姿勢を崩した。
足は引きずられ、まともには歩いていなかった。何十、何百発も弾丸を撃ち込まれて、その全身は蜂の巣になっていった。腕の関節が反対に曲がり、重ね着していたエンジ色のチュニックがするりと落ちた。
真っ白だったブラウスとベージュのパンツは引きちぎられたようにズタズタになっていた。
ただ、かろうじて立っていた。そして一歩でも前に進もうと、もがいているように見えた。傍らに立っていた弟のたかしは身じろぎひとつしなかった。目の前で起きている惨劇をただ見つめていた。
足元には、たかしの選んだアンクルブーツが片方だけ、落ちていた。
「ひゃっはは、やっとお前らをぶち壊せるぜ!」
「遠藤紀之、お前はいったい……」
ショットガンに目を向けた瞬間、腹部に蹴りを喰らった。映画やドラマで見慣れていた〝銃〟という代物に怖気づいていた。身体が鉛のように重たく、動きが制限された。
持ち上がった胃から酸っぱい味がしたと思うと、ショットガンの台尻で顔面を叩きつけられた。二発、三発と、続けざまに殴られる。
遠藤はニヤニヤと笑いを浮かべ、俺を執拗に殴った。
「くそガキが! ボクを負け犬呼ばわりしたな! 思い知れ」
左右の道にヘルメットが走っていくのが見える。でかでかと書いてある文字はSWATと読める。こんな短期間に、まさか黒服のエージェントの次が現われるとは思わなかった。
こいつらは容赦がない。
――たかしは? ――河本は?
俺は焦燥に駆られて、周りを見た。駆け寄った河本の喉元に遠藤の蹴りが入る。白目をむいた河本は、前倒しにへたりこんだ。やっぱり少しも戦力にならないんだな。
「その場を動くな!」
俺達を囲むように、何十人もの武装したSWATが銃を向けている。
意識が遠のいていく。たかしが泣いているのが分かる。
守ってやらなくちゃ……。
「もう、歩かないでいいんだよ。ターミー。がんばったよな、一緒に五百キロ、俺達ずっと一緒に歩いてきたんだ」
たかしは俺達ほど強くない。ボクシングは教えてないんだ。お前だけでも、逃げてくれ。
「ダービー。ぐすっ、ぼう、あるがなぐでいいよおぉお。やずんでぐでよぉお」
アンドロイドは火花を散らし、ゆっくりと片膝を着いた。あれほどの銃撃を受けても倒れなかったのは、偶然とは思えなかった。ウィッグがずり落ちると、頭部には配線の詰まった機器が詰まっていて、そこに少女の姿は無かった。
俺達が三銃士だとしたなら、ルシエル・ターミーはダルタニアンだった。誰とでも話し相手になってくれたし、平等に従ってくれた。初めはただのお荷物だと思ったが、荷物を運び続けてくれたのは、あいつのほうだった。
ルート検索やホテルの予約まで文句のひとつも言わず、なんでもやってくれた。そして三人がどこに居るか、安全か、ずっと見守っていてくれた。俺たちの選んだガラクタを身に着け、とても気に入っているとまで言ってくれた。
姿かたちが変わろうと、ずっと一緒に歩いてきた仲間だった。あいつは、兄弟の絆そのものだった。
ターミーが居なければ、この旅は続けられなかった。あいつが変わらなければ、俺達も変わらなかった。あいつは一緒に歩き、走り、自転車に乗り、守り、守られ、共に戦い、笑った。
動かなくなったターミーをたかしが抱きしめた。見ていた俺の目にも涙が溢れてきた。
「ターーーミーーーッ」
※
眩しい。そこら中からライトを向けられて、俺はくらくらとしていた。何台もの回転灯を付けた警察車両が並んでいて道を塞いでいる。地面からアイドリングしてるエンジンの鼓動が感じられる。
「やりすぎだぞ、遠藤! 殺しちまう気か」
誰かの声が聞こえ、遠藤の上司らしい男が駆け寄った。俺の肩を抱き上げて、その白髪のまじった男は名乗った。
「麻薬捜査班の、菅田だ」
「……………」唇が切れて声が出なかった。
あつ兄も、無事だったようだ。頭を押さえて俺の横に連れられてきた。河本は、しゃがんだ姿勢で体を揺らしている。
パトカーのヘッドライトが白い車体に反射して眩しい光を返している。SWATと警察が大がかりに道路封鎖を始めているようだった。
たかしは? たかしは無事だったのか――たかしの声が、そばに聞こえる。
「うっぐ、えっぐ、ターミー……」
泣き崩れていた弟は、年配の捜査官が保護してくれてるようだ。目が霞んで朦朧としていたが、声は聞こえた。
「ひっく、聞いていい? 菅田さん」
「ああ、君は? 桐畑家の末っ子か」
「そう、桐畑たかしだよ」
「もう、大丈夫だからね」
毛布を掛け、背中をさすってくれる菅田という捜査官。たかしは菅田のシャツを軽く引っ張ると耳元ににささやいた。
「……あなたが汚職警官じゃないなら、司法取引がしたい」
白髪の男は驚いたように眉をあげた。少年は本当には泣いていなかった。ずっと泣いたふりをして、辺りを伺っていたのだ。
その中で自分を選んだ。年をくっているが親切に毛布をもって駆け寄るベテラン捜査官である、自分を。
「何を警戒している……なにを探してるんだ?」
「スティグマのスパイがいる」
菅田は少年を庇うように人払いをした。脇腹に突き付けられているのは、冷たい銃口だった。黒服から取り上げたか拾ったのかと考えたが、違った。見たことの無い形状の銃だった。
……あのアンドロイドの左腕に装備されていたショートバレルか。
「わたしはスパイじゃない」
「ああ、だから話しかけた。これは念の為だ。さっき遠藤を引き留めてくれただろ、ピンときた」
「……え、遠藤がスパイだっていうのか」
「あいつと話してるSWATもそうだ。封鎖してないだろ、裏道のほう。見ないでいい」
菅田はずいぶんと考え込んだが、やがて笑い声をあげた。
「わたしは……お人好しじゃあないんだが……面白そうな話だね」
「じゃ、さっさと信用できる警官を集めてくれ」
※
俺は夢を見ているのかと思った。引け目を感じて中途半端にいきがっていた頃の弟には見えなかった。堂々と、俺達の前に立ち、ハッキリした口調で言った。
ほんの数分後、たかしは警官の前に立ち、裏通りの対角線にいる黒塗りの車を指さしていた。
「あの車に乗っている男と話がしたい。その男がこのデータチップを受け取ったら逮捕してほしい。スティグマのボスだから、悪い話しじゃないはずだ」
「……どういうことだ?」
「駐車違反、銃刀法違反、アンドロイド破壊幇助、殺人未遂、殺人教唆、メタンフェタミンの製造、違法ドラッグの製造、違法取引、逮捕できるだろうけど?」
「………」
「いや、大事なのを忘れていた。メスの流通網を記録したデータを隠蔽しようとしている」
俺には弟のたかしが、何をしようとしているのか分からなかった。たかしが交渉に持ち出したカードは、踏み入れてはならない入場証ではないかと感じた。
ただの片道キップだ。退出まで保証されているカードとは、到底思えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます