第20話 カウガール・ブルース


 その喫茶店から見える国道には〝京都まで二十キロ〟の文字が見えていた。河本はハンバーガーを三個頼んで、ゆっくりと味わっている。


 ダブルベーコンバーガーとバーベキューチキンバーガーが並べられており、現在てりやきチーズバーガーを完食しようとしている。


「君が食べられないのが残念だよ、ルシエル」

《ありがとう、河本様。とっても美味しそうですね》


 長男はカプチーノを飲みながら、ネット・ニュースを見ている。隣に座っているレディは、ルシエル・ターミーのカウ・ガールバージョンだ。


 せっかくの美少女が台無しレベルに統一性のないファッションをしている。これは兄弟とオタクがバラバラに買い物をした結果であった。


 まずショッキングピンクのウィッグから、河本が用意していた別の黒髪ショートのカツラを付けている。


 一瞬、弘瀬すずが現われたのかと腰を抜かすほどの可愛らしさではあるが、バランスが悪い。

 

 安物のカツラなので前髪が短いし、横の髪の毛は浮いて見える。これは返品してアマゾンでちゃんとしたものを買おうと言ったが、もちろんそんな時間はない。


 問題の『レオタ見せ衣装』は封印したのだが、手元にあった着れる洋服はたかしのジーパンとTシャツだけ。それも男物のためサイズが大きいようだ。


 何故、ジーパンほどの定番アイテムがダサいのか。ジーパンがダサいのなら、他に何を穿けというのだ。


 なるほど……下膨れ感だと、俺は気付いた。股間のしわの寄り方だ……サイズのあっていないジーパンはダサい。


 そして色の明るいデニムは貧乏くさい。この大発見はひけらかさなくても皆が知っているっぽいので黙っておくことにした。


 途中で見つけた古着屋で、俺は慌ててターミーに帽子を買った。時間を掛けられないのは、仕方がなかった。


 バランスの悪い髪型を隠すためと、なんとなく美少女キャラと行動しているのはバツが悪かったため、男っぽいテンガロンハットを選んでしまった。

 

 これが鬼ダサい! いかにトータルバランスが大事かと教えてくれる。時代の先端から足を踏み外したフォルム。


 その後兄貴が買ったのはミリタリー・ブーツだった。たしかにピンクのハイヒールとテンガロンハットの組み合わせは、悪い感じに目立つ。と、いうより何がおきたのかと目を疑うレベルである。


 独特なファッションがオシャレだと言うなら最先端かもしれないが、ブティック桐畑は一日で閉店になるに違いない。

 

 長男は、実用的な行動に支障があると考えたのであろう。この選択はありだとなった。俺も仕方がないとフォローしていたが、現実的にミリタリーブーツを履いている女を見たことが無かったので、何が正しいのか分からなかった。


 なめし皮のワイルドなチョッキを買ったのは、たかしだ。一気にボヘミアンなスタイルに変わってしまっている。


 単独で見るとカッコいいし、後々自分が着るつもりなのかもしれないが、ルシエルは木こりHGに見える。


 河本が、最後に手を加えた。首と体の接合部を隠すため明るいペイズリー柄のスカーフを巻いているのだが、畑帰りにしか見えない。

 

 丈の長かったジーンズはハサミで裾を切っているのだが、左右のバランスがうまくいかず、結果的に太もも膝上で切られている。


 黒い素足には網目のタイツがのぞいている。ワイルドだろ? と問いかけてくるような長さだ。


 何故か昭和の感じがしてダサいし、かなり目立っている。とにかく冷や汗が止まらない。


 俺は向かいのショーウィンドウのマネキンから適当なものを一式買ってこようかと真剣に考えている。もともとの素材は美少女なのだから、アパレル系に詳しくなくてもすぐに解決する問題である。


「ルシエル・ターミー、自分で着る服を選べるか?」


《可能ですが、みなさんが買ってくれた服を気に入っています》


 文句を言わないのは誰も洋服のセンスに自信がないうえに、元の寸胴なデフォルト・ターミーに戻すことには抵抗を感じているからだ。議論が始まれば、公平に元の姿に戻すという選択が生まれるに違いない。


 そんなことは避けなければならない。見た目が代わるだけで対応のしかたが全く違うというのは、どうかと思うが。


 俺たちは、あの歓声に包まれたルシエルの姿を誇りに思っていた。そして誰の意見も素直に、公平に聞き入れてくれる彼女の存在は心地よかった。


 

 目の前で問題集を開いている弟を見ながら、コーヒーを置いた。


「たかし、内申点ゼロのお前が急に、受験勉強を始めても手遅れだ」


「ああ、知ってる」


「じゃ何で今更、入試問題なんか解いてるんだよ?」


「こんなの簡単だって、兄貴たちに見せつけてる。この問題も簡単だ」


「……問題はお前だ」


「ターミー、答え合わせして」


《はい。見ますね。全問……正解です。すごいですね》


 怪しいジャンキーと武装したバイカーは、あの夜以来見かけていない。俺達が見過ごしてた謎の出来事。それは山車に乗って移動したにも関わらず、ターミーからは何の警告もなかったことだ。


 ――そう、ルシエル・ターミーは歩いていない。


 つまり、人力で動かす荷車や台車はセーフだったということだ。


 だとしたら自転車の後部に乗せて走っていくことも可能だったわけだ。俺達は順番にルシエル・ターミーを四台の自転車に乗せて滋賀県を駆け抜けた。


 原則、二人乗りは都道府県の条例違反に該当する場合がある。ルシエルが人間であれば条例違反の警告ブザーが鳴らされていたところだ。


 途中に各自が慌てて勝手な買い物をした結果、カウ・ガールバージョンのターミーが生まれたという訳だ。


 初めから色々な方法を試さなかった自分達の愚かさが悔やまれる。しかも、名古屋から県外に出て一泊するまで誰もこの事実に気が付かなかったという始末。


 相談したり協力したりする気持ちが無かったのは事実だ。俺達にとって、ある種の罰だったと思うほかない。


 この事実に気付いたのは、たかしだった。


「兄貴たちって、意外とバカだよな」


「そう言いたいのは分かるけど、あのタイミングで気付いたことは少しも自慢にならない」


 俺はおかわりのコーヒーを置いて続けた。


「手紙には、二足歩行型アンドロイドを、乗り物を使わないで運んできて欲しいと書いてあったんだ。親父のひっかけ問題にやられたんだよ。競争心やエゴが正しい判断を曇らせたことが問題の根底にあって、バカという皮肉のこもった中傷を受けるいわれはない」


「……俺が指摘しなかったら、今でも滋賀県を歩いてた。他に指摘しなくても、どういうことか分かると思うけど?」


「ああ、お手柄だよっ。お前は立派な弟だ」


 弟は鼻で笑いながら顎をあげた。


「知ってる、それが不思議なんだ。どうして俺はあんなに勉強が嫌いで、兄貴たちに引け目を感じてたのかってこと。つい最近までこんな問題集が解けなかった。どういうわけか、今はすらすら解けちまうし……楽しいんだ」


「ふーっ、いいじゃないの。僕もハンバーガーがめちゃくちゃ美味い。どうして僕はあんなに運動が嫌いで、イケメンに引け目を感じていたのかって思ってたんだ」


 河本は既に食べ終わろうとしていて、最後の一口を手にしている。


「コンプレックスが邪魔をしてたのかな。あるいは有酸素運動でシナプスが活性化したことによる脳機能の向上か、危機的状況を乗り越えるために脳が変化を欲しているとでも言おうか……生存に関わる事象に人間は効率よく反応するからね」 


「でも河本の運動能力は向上していない」俺は言った。


「食に対する欲求が増加しただけだ。引け目を感じていたのなら、そっちが正常だ」


「ぶっは……冷静な分析に感謝するよ」


《あははは》


「おい、今……」


 俺達はルシエル・ターミーを見て顔を見合わせ笑った。変化をしているのは俺達だけではない。明らかにターミーのAIは変化している。


「どうでもいいだろ? これ見ろ」長男はそう言って、地図の移ったパッドを軽く叩いた。


 水口から草津を抜け、残りは二十キロ。二十二日をかけ、新橋から約五百キロをほとんど徒歩でここまで来た。


 何発か攻撃をくらっていた兄貴と俺は、肉体的にも精神的にも限界にきていた。兄貴は祇園白川、四条通り、三条大橋を指し、手を止めた。


「行こう。ゴールは目の前だ」


「ああ、行こう…」


「その前に、前の店のショーウィンドウの洋服、ルシエルに一式かってこようか」


 たかしの意見に全員が、顔を合わせた。


「うん……それがいい」

「ああ。それがいい」

「そうだね。それがいい」


《それがいい……みたいですね》


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