第18話 ルシエル・ターミー
「……なんて、なんてクオリティだ!」
運動公園の一部に、オリジナリティある山車や神輿の準備に集まったレイヤー達は、雄叫びを上げて俺達を歓迎した。河本が造った美少女キャラクターに人々が群がっている。
PCから直接アバターの数値を取り込み、ターミーが変装しているのだからゲームのキャラそっくりなのは当然だ。本物と言っても過言ではない。
衣装は明るく透け感のあるオパール加工されたレオタード。意図的にレオタードを見せる為の上着はピンクのフリル付き改造エプロン。
『レオタ見せ衣装』と呼ばれる現代の義務教育で成長した女性は絶対に着用しない組み合わせである。
河本が自ら購入してきたものを細かく修正した特別性。ピンク色のショートカットのカツラはハイヒールの色と揃っており、何故か上品なイメージでまとまっている。黒いボディはカラータイツで覆っている。
《こんにちは、みなさん。わたしはルシエルです》
「おおおっ、しゃべったぞ! すっげぇ可愛いい!!」
変装中の呼称はアシスタントの設定から複数追加が可能だったため、ターミーはルシエルとして挨拶や御礼をしてくれる。呼びかけには、どちらにも対応している。カメラを持った男たちがルシエルを囲んでいた。
「可愛い、ルシエル!」
《ありがとうございます》
「おおおっ、なんて礼儀正しいんだ」
「ぱっと見だと、人間にしかみえないよ!」
徳川家康の甲冑を着た貫禄ある男は、河本に握手を求めた。
「……あなたが、本物のルシエルだね」
「ああ、はい。ばれましたか」
「拙者が案内いたそうか?」
「もしかして、そのじゃべり方。君は……ヴェルファーレの戦いで二百匹のヴィネイスを倒したサムライ・ビースト・マスター〝ハウス〟かい?」
「ああ、戦友よ!」
家康とゴブリンは、抱き合おうとしたが衣装が邪魔をして、ぎこちなく胸を付き合わせただけだった。家康はにこやかに笑って言った。
「本物のソード・ダンサーズ・マスター〝ルシエル〟に会える日が来るなんて、思わなかったよ。マジシャン・ヒップホップ・マスターやナーゴヤ・キッサテン・マスターを紹介してもいいかな」
河本は何人かのマスターと挨拶を交わしたが、あまりキャラクターのイメージを崩したくないという理由で紹介を丁重に断っていた。プリティ・ゴブリンのコスプレのおかげで、元から不細工なのは気にならない様子だったが。
中途半端にゲームに参加していた俺は、アバターの剣士キリタとして黒い衣装を着て山車の綱を引いていた。兄貴は灰色のタオルを巻いてカンテラを下げただけの隠者のスタイル。
弟のたかしは、普段から来ているオレンジと黒のジャンパー姿のままだが、頭にタマネギの形をした帽子をかぶっている。
「さと兄……このダサいかぶり物、なんなんだ? たくさん見かけるけど」
「知らないのか? タマネギ兵士のヘルメットだ。初めてログインする研修生に支給される初期装備で、籠城しているサースタントの部隊へタマネギを届けるミッションがあるんだ。そこで研修生たちは飢えに苦しんでいた兵士を助け、職業を選択することになる。目的を定めずにタマネギ兵士のままプレイするスタイルもあってだな」
「……いや、もういいよ。興味ないから。低レベルの象徴ってことはよく分かった」
「ネギー・ナイフもちゃんと装備しておけ」
「いいってば…」
ゲーム関連の神輿の他にも、アニメ関連の神輿、ミュージシャン神輿や男装女子神輿、ラガーマンやレスラー神輿なんていうものもあった。徐々に、前のグループから市街地にスタートしていく。
ルシエル・ターミーは、オンラインゲーム山車の一番上に立たされ、観衆に向けて手を振り続けていた。
当初の予定でメインに飾ってあったのは手作り感たっぷりのからくり人形だった。ルシエルと似たようなキャラクターで色違いの姉妹のようだった。
畑しかないような静かな道から、市街地に入ると急に観衆が増えていき、祭りが盛り上がっていくのが分かった。
前を進んでいるアニメ系の山車には、この祭り最大級のからくり人形、もといモビルスーツがそびえ立っている。
オフィス街やコンビニの横を、この山車が通り過ぎていく姿は、どこか混沌とした不思議な光景である。
「しかし、ルシエルは本当にすごいクオリティだね。河本さんが参加してくれて、うちの山車の人気も格段にあがったよ」
「あのとなりの人形は、ハウスがつくったのかい?」
「ああ、ミシエルだ。ルシエルと並べてあげたくってね」
ハウスと河本は俺達の前を歩きながら語り合っていた。このゲームは単なるオープンワールド系のアクションロールプレイングとは違い、研修生から選抜ミッションをくぐり抜け同期生との友情をはぐくみ、どんな地味なイベントでも手を抜かず、NPCの笑顔と幸せを一番に考える。そんな下積み時代が重要であると言っていた。
まるでアイドルでも目指しているような会話だ。恋愛禁止条例は必要ないが変態禁止条例は適応すべきだ。
「ソロプレイと協力プレイのバランスが絶妙なんだよ」
「そうそう、オンラインゲームのくせに何十時間も人と会わないことがある。あれは運営のミスなのかと思ったけど、違ったね」
「ハウスも気付いたんだね。あれは、孤独を知るための試練だって。初めて出会ったプレイヤーは、出会い自体に喜びを感じるしかけだ」
その後も下克上ミッションの魅力、先輩ハンターの偉大さを見せつけられる協力ミッションや伝説の武器を複製する究極魔法など、裏の設定についての会話が続いた。兄貴やたかしには死ぬほど退屈な時間だったに違いない。
――ミシエルというキャラクターは引退したらしい。
ルシエルとミシエルは同じようなシルエットでユニットのようなダンスでゲームを盛り上げたそうだ。騒然とした戦場に勇気を与えるアイドル的な存在が現れるのが、このゲーム最大の魅力だそうだ。
「引退理由は聞いてるのかい?」ハウスが聞いた。
「うん。ミシエルは素直で優しい子だった。口下手な僕は彼と組むことで本物のアイドルになれた。ああ、中身は男の子だったんだ。ネタバレしてごめん」
「いや、全然問題ないよ。話してくれ」
「ミシエルの兄さんがプロボクサーだって聞いたことがあるんだけど、目をやられたらしくて引退を余儀なくされたと言っていた。ミシエルはずっと兄弟を応援してたから、ショックを受けていたよ。そのとき、自分はもう何も出来ないって言ったんだ」
「……病気か何かだろうか」
「うん。詳しくは聞けなかったけど、もう戻らないことは分かった。ミシエルはもう戻らない。戻りたくても、戻れないんだ」
ミシエル――彼は幼い頃から病気と戦っていた。だから誰も彼を叱りつけたり殴ったりすることはなかった。
彼を見る人の目は高いか低いかのどちらかだ。
まあ可哀想、はやく元気になってね。出来なくて当たり前、無理はしないで困ったことがあったら言いなさいという上からの目線。へえ、大変だね……不自由だから同情するよっていう下からの目線。
同じ目線に立つことが出きるアバター同士のやりとりが、彼にとって新鮮だったのは間違いない。世間知らずの彼が、ワガママでも無礼でもなかったのには理由がある。
兄の存在が大きかったそうだ。彼の病気を治すには莫大な費用が必要だった。
彼の兄は、プロボクサーを目指し、賞金を手に入れることを彼に誓った。家族関係までは、聞けなかったが、もしかしたら兄弟だけで暮らしていたのかもしれない。親や他の家族の話しを聞いたことはなかった。
まだネットゲームをやる前。ある日、彼は病院を抜け出し近くの公園に行った。誰でもいいから病気の自分でなく、本当の自分を見て欲しかったのかもしれない。
そこで見つけた年上の子に向かって初めて喧嘩をうった。その子は一緒に遊んでくれ、とても親切な子だったから、ありのままを話したそうだ。
兄は僕の為にボクサーになって、お金を貰うんだ。だから、殴ったり殴られたりするのが、どういう事なのか僕は知らなければならない。
『ボクは知らなければならない。殴ってくれ』
運が良かったのか、悪かったのか……彼は、この喧嘩の意義を理解した。そんな申し出を理解する小学生がいたとは思い難いが。
行動しなくちゃ何も分からない。自分が何者で、何が好きか、何を嫌いと感じるか。とにかく彼は、生まれて初めて人から殴られ鼻血を出した。
「ふふっ、運は悪かったみたいだね」ハウスが言った。
「いやあ。すかっとして面白くもなんともない世界が、変わったそうだ。すぐにお互いの兄弟が駆け寄ってきて、ひどい殴り合いになったらしい」
ハウスは答えなかった。まるで貴重な自叙伝か体験談を聞くように、注意深く沈黙をまもったまま河本の話しを待っている。
「そこでボクサーの兄貴が大活躍する姿を見て思ったそうだ。誰かを応援する興奮、そして殴ってくれた年上の子の気持ちや、その子の兄弟が自分の兄弟とまったく同じように助けにくる姿に、この世界の本当の素晴らしさがあると感じたんだ……感じることって人それぞれなんだよね、きっと」
聞いたような話だと思いながら俺達は歩き続け、空は真っ暗になっていた。伊勢大橋と黒く広い川が見え、ひらけた場所へとたどり着く。
横風にあたり前を進んでいたアニメ系の山車がガタガタと音をたてていた。橋の前でスピードダウンした神輿や山車で、道は人ごみで溢れている。
突然、前の山車に立っているモビルスーツの足が、ぐにゃりと曲った。辺りは騒然とし、人々の叫び声が聞こえた。
――うわあああああっ!!
――きゃあああああああっ!!
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