第2話 逆襲の白氷
「西」のタイトターンにギャラリーが集まっている。前世紀さながらのレースシーンを見られるわけではないので最近は
「来たぞ」
薄い膨張管の呼吸が大きくなる。手加減がないのは音だけで分かる。
「速い」
視界に飛び込んできた純白のNSRはカウル底部を覗かせ
「見たか?」
「見た、容赦がねぇ」
そのNSRは長く束ねた髪が尻尾を想起させるため白豹と噂されていた。しかし機械の如く冷徹に正確なラインを描き、膝も擦らずに呆れる程のバンク角を保つことから薄氷と呼ぶ者が現れた。綱渡りにも似たコーナリングを表した借字だ。やがてそれは白氷へと変わり、峠に
「よぉ白氷」
「やめてよ、恥ずかしい」
いつか生意気さが残ると形容した人物がガレージに遊びに訪れた知をからかう。
「で、どうだった?」
「いいよ、前より全然いい。上も吹けるし中速のトルクもある」
「そら良かった」
「ねぇ、教えてよ、キャブセッティング」
「
「パワーを、速さをくれ」とせがまれチャンバーを用意したのは失敗だったかも知れない。店主は少しの後悔と罪悪感を抱いたが後の祭りだ。
「お前、毎日、西に行っているらしいな」
「あぁ、暇だからね」
はぐらかしても無駄だ。奴との再会の為に腕を磨いているのは明らかだった。
「西」に拘る理由も知っている。奴はそこに現れるからだ。
奴。言うまでもなく灼眼の小刀、バーニングアイを指す。
「植物園で待ち受けて上りでやれよ」
「それこそ嫌だよ、パワーアドバンテージだけで勝っても意味がないわ」
翌日も知は
「待たせてくれたわね」
知はあの日と逆に道を譲る。また先に出て
奴は「分かった」とばかりに追い越し際に知の方を向いた。知もシールド越しに視線を送る。
前方にポジションを取ったカタナがブレーキランプを二回、灯す。合図だ。二台が時を同じくしてスロットルを開いた。
高度にチューンされたクォーターマルチの高周波と出力制限を
「深い」
並のカタナがこれほど寝ることはない。やはり脚も車体下も計算
奴も膝を擦らない。バンクセンサーは脳に内蔵されている。
コーナーへの進入では知は奴に勝てない。重量差をも埋めるブレーキングテクニックは年の功だ。だが立ち上がりではパワーに勝るNSRに分がある。
追いつ追われつの攻防が続く。
「いつもと違うぞ」
「フォーストか?」
近付く咆哮にギャラリーが騒めく。
先頭を切って姿を見せたのはカタナだった。
「灼眼!」
「白氷が追ってる!」
息を飲む観客。劇場のスクリーンをテールトゥーノーズで紅白のバトルが抜けていく。研がれた
短いストレートから中速コーナーへ切り替わろうとした時、知の感覚が「行け」と告げた。
「斬り返す!」
インを刺す知。抑え込もうとするカタナ。サイドバイサイドで次のターンを迎える。
「未だか」
ブレーキを操らないカタナに知は恐怖を覚えた。しかし引くわけにはいかない。
「ここだ」
二車同時にブレーキングを行う。間髪入れず倒し込む。
「なにっ!?」
カタナのテールが僅かだが流れた。アウト側に位置した知は
「やられた」
知の逆襲は完敗に終わった。
負けたはずなのに笑みがこぼれる。クールダウンした知は植物園の玄関に
それだけでいい。今、この場で話さずとも良い。
スーツの襟を緩めた知は428を南へ下る。街の喧騒が帰ってくる。時間も早いので店主の機嫌を伺いに赴く。
「どうした、嬉しそうだな」
無愛想な人間が発する言葉とは思えない。
「負けたんだよ!」
「そうか」
その夜のガレージは他の客も集まってパーティーの賑わいとなった。コンビニからファーストフードから「ご馳走」が持ち寄られる。ただ一つ、普通の宴会と異なるのはアルコールが出ないことだ。
宴が終われば皆で天覧台を目指すのだから。
(注意) 当然ですが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。
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