適材適所

輝井永澄

適材適所 -1

 入り口の自動ドアが開き、ひんやりとした空気が肌に触れる。湧田わきた和芳はエプロンの紐を後ろ手に締め直しながら、秋だというのに空調の効いた店内に入った。



「いらっしゃいませ、こんにちは……あ、店長でしたか」



 入り口近くの商品棚の前でラベルチェックをしていたロボット店員がこちらを振り向き、言った。合成音声だとは言え、自然言語処理によって発せられるその発音はスムーズだった。

 湧田は舌打ちをする。



「俺には言わなくていいんだよ、R・江草。何度も言ってるだろう」


「失礼しました。お客様への挨拶は最優先プログラムになっていますので」



 人工皮膚の顔の上に乗った形のいい眉を微妙に動かし、店舗管理マネジメントロイドのR・江草シノが答える。


 その受け答えに湧田は再びイラッとした。


 理屈ではわかっているのだ。「営業時間中に店に入って来た人間を見分け、休憩から戻ってきた従業員であれば挨拶をしない」という条件処理を、わざわざ実装する意味はない。しかし、「プログラム通りに対応をしている」という事実が湧田を苛立たせる。若い女性のような顔をいくら表情豊かに動かしたところで、それすらもプログラムの一環なのだ。これが人間の従業員なら閉店後に説教をしているところだ。


 なにしろ、店舗管理マネジメントロイドのやることはいつも正しい。本社が用意した店舗画運営マニュアルを細部に至るまで完璧にプログラムされている。ついでに、各店舗の運営ノウハウから吸い上げられた膨大な例外事例のデータベースにも随時アクセスが可能で、本社に問い合わせるよりも遥かに早く他店舗の事例を参照できる。


 湧田は電子タバコのケースをポケットにしまい、仕事に戻ることにした。さっきまで店の外で談笑していた材木屋の大将が、バイト店員の貼っていく惣菜コーナーの値引きラベルを物色しているのが見える。


 湧田は中央制御台センターコンソールの置いてあるカウンターに陣取り、モニターを眺める。店内に三機、動きまわっている店舗管理マネジメントロイドから送られてくる情報がそこに表示されていた。夕方の一番忙しい時間帯が終わったタイミングで、売れ残った惣菜の種類と量、そして過去のデータから、R・江草が判断した最適なタイミングで値引きラベルを貼る指示が出ている。その通りに業務が行われていることを確認して、湧田は満足した。


 レジの方を見ると、ラッシュがひと段落したところで、従業員たちが椅子に座ってペットボトルのお茶を飲んだり、知り合いの客と談笑したりしている様子が見えた。その間を、先ほどとは別の機体――R・江草リオが周囲を見渡モニタリングしながら通り過ぎていく。


 機械学習やディープ・ラーニング技術の発達によって、こうしたスーパーマーケットでは店舗管理マネジメントロイドが一般化したが、レジを叩いて接客を行ったり、棚に商品を並べたりという仕事は未だ人間のものだった。と、いうか、この辺りを自動化するのは費用対効果が悪いのだ。人工知能AIが得意とするのは、データを元に効率的な店舗運営施策を提案することであり、近所のお客様とコミュニケーションを取ることや、特売のフルーツを傷つけないように棚に積み上げたりすることではない。


 三機のR・江草は店舗の中を動き回り、商品の減り具合やお客様の流れ、または交わされる会話の内容などをモニタリングしている。そして、その日の状況に合わせた適切な対応を弾きだし、従業員の端末へと送るのだった。


 店長である湧田の仕事はもっぱら、人間の従業員がR・江草の提案する内容に従って稼働しているかを監視すること、個々の従業員の作業内容や健康、メンタルのケア、そして――



「……ちょっとあんた、仕事サボってんじゃないよ!」



 店内に声が響いて、湧田はまた舌打ちをした。。あいつだ――



「サボっているのではありません。私は今、商品の消費期限をチェックしているところで……」


「ああん? 口応えすんじゃないよ、まったく。これだからロボットは嫌なんだよ!」



 声のする方を見る――案の定、板ヶ屋のババア――もとい、お婆さんがR・江草シノをつかまえて難癖をつけているところだった。



「だいたい、人間様が買い物をする店に、なんでロボットがいるんだい! 通路をうろうろしてたら邪魔だろう!」


「お言葉ですが、人間の従業員も通路をうろうろしてますので……」


「だから口応えすんなってんだよ、この粗大ゴミが!」



 板ヶ屋の婆さんが杖を振り上げ、R・江草シノを殴りつけた。軟質素材で出来ている頭部が衝撃を吸収し、R・江草シノは困ったような表情を浮かべた。



「まあまあ、板ヶ屋さん、それくらいにしときなよ」



 副店長の金本が、金髪に染めた髪を振りながらその場を収めようと近寄る。



「そんなんでもうちのだからさ、壊されたら困るよ」


「はん! まったく嫌だねェ、あたしら人間が養ってやってんのにさ、こいつらは!」



 金本はR・江草シノに向かって「あっちへ行け」とジェスチャーで示した後、板ヶ屋の婆さんに向き直り、ピアスをした口を開いて笑った。



「まぁ、いいじゃないの。人間に尽くしてくれてるんだからさ。ペットみたいなもんだよ」


「少なくともペットは口応えしないよ」



 金本はまだその場でまごまごとしているR・江草シノの方を振り返る。



「ほら、早く行けよ! 乳揉むぞコラ」



 R・江草シノは少し考えたような様子を見せたが、その場と立ち去った。恐らく、その場にまだ確認できていない商品があったのだろうが、「人間の命令には従うこと」というプログラムを優先させたのだろう。



「若い人はロボットに甘いねェ。わたしらの頃は叩いて言うことを聞かせてたもんさ」


「やー、俺も自分のもんだったらそうするけどね……」



 金本はそのまま、板ヶ屋の婆さんと談笑を始めた。この厄介なクレーマーは、ほとんど毎日のように店に来てはR・江草に対して難癖をつけているのだ。まぁ、ロボットに対してどんな態度を取ってもらっても構わないのだが、流石に備品を壊されるようだと困るし、混んでいる時間帯にやられても邪魔だ。それでも得意客には違いないので、感情のないロボットに暴言を吐くくらいなら許容範囲ではある。ああして、従業員と会話をするきっかけにもなる。この店のような地域密着型の店舗にとって、従業員とお客様との関係性は大事だ。


 湧田は別のところに移動した彼女を見た。R・江草シノは、この店の店舗管理マネジメントロイド「江草シリーズ」の三機の中でも特に、線が細く幼い見た目をしている。板ヶ屋の婆さんが難癖をつけるのがいつもシノに対してなのも、そのせいだろう。


 湧田は中央制御台センターコンソールに送られてくるモニタリングの情報と、その情報を送っている少女のようなロボットの困ったような顔を交互に眺めた。


 *


 その日。


 後のことを当番の従業員に任せ、湧田は閉店よりひと足先に家に帰った。



「お帰り、お父さん!」



 夕暮れを見上げて自宅のゲートを開くと、入って左側の庭先から声がした。娘のあかりが、愛犬のロックと戯れている。小学三年生のあかりと、パピヨン種のロックは同じくらいの体格だった。



「ねぇ見て、ロックが『お手』できるようになったんだよ!」


「お、本当か。なかなか憶えなかったのにな」


「ほらロック! お手!」



 毛の長いパピヨン種のロックがその前脚をちょい、と上げる。お手というよりもなにかの挨拶をしたような仕草に、湧田は噴出した。



「なんだよ、さっきは出来たのに」



 むくれているあかりの頭を湧田は撫でた。



「ロックは生きてるからな。ロボットじゃないんだし、機嫌の悪いときだってあるさ」



 そう、ペットはあの感情のない店舗管理マネジメントロイドたちとは違う。感情があるのだ。だから理解できる。


 湧田は家の中に入り、服を着替えた。キッチンで料理をする妻の陽子に声をかけ、冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出す。そしてテレビが付けっぱなしになった居間のソファでコーラを飲み、ふぅっ、とひと息ついた。


 テレビではニュース番組が流れていた。この中途半端な時間に流れるニュースはヘッドラインではなく、三面記事扱いのものだ。



「……ロサンゼルスで昨日、行われたロボット愛護団体のデモにおいて、デモ参加者と警察との衝突があり……」



 湧田はキャスターの話す声に注意を傾ける。



「ロボット愛護団体『メタリック・ピース』は、常から『ロボットにも権利を』という主張を掲げており、人間による不当な虐待、搾取を禁止すること、および、ロボットに拒否権や抵抗をプログラムすることを……」


「バカバカしい、機械にそんなものがあってたまるかってんだ」



 テレビの中では、あるコメンテイターの談話が発表されていた。曰く、洗濯機や炊飯器に拒否権を与えれば社会が大変なことになる、というものだ。まったく同感である。



「……学校でもね、学級長チェアロイドを叩く子がいるの」



 庭から部屋の中に戻ってきたあかりが、隣にちょこんと座って言った。



「お前生意気だ、って言って、男子がいじめるの。でも学級長チェアロイドは謝らないから、男子がまた怒るの」



 湧田は自分が子供のころのことを思い出す。まだそのころは学級長チェアロイドなんて存在はなかった。湧田のクラスでは、学級長が他薦で選出され、選ばれたのは湧田の前の席の茂菅もすが君だった。


 小柄で、太っていて、度の強い眼鏡をかけていて、その癖声が大きくて甲高い。運動神経はからきしだったが、妙に目立っていて個性的な少年だった。湧田を含むクラスの男子たちは、茂菅少年をからかうために学級長に推したのだ。


 ある日、文化祭の出し物を決める学級会の最中に、その茂菅がキレた。


 話し合いの最中、悪ノリした湧田たち男子は、出た意見にヤジを飛ばしたり、混ぜ返したりしながら頓珍漢な方向へと学級会を導いていった。そういう意見を出すたびに、茂菅が鼻息を噴出して眉を寄せるのが面白かったからだ。しまいに湧田は、茂菅の議事進行にダメ出しを始めた。テレビのご意見番の真似をするやつまでいた。


 突然、茂菅が黒板を思い切り叩き、叫んだ。



「お前らはそうやってぇ! いつもそう……ひぎぃっ!」



 声にならない声を上げ、涙をためて茂菅は腕を振り回し、暴れた。そして、湧田に向かって突進してきたのだ。


 騒ぎに気が付いた教師が来て、その場は収まった。湧田は茂菅の頭突きを受けて、しばらくの間目の下が青く腫れ上がった。おまけに、その日のその後の授業は3時間くらい、ぶっ続けで「クラスのみんなが仲良くするには」を話し合わされた。あれはきつかった。



学級長チェアロイドも悪いんだよ! わかってるのに何度もあれやれ、これやれって。偉そうにさ」



 あかりの話を聞きながら、湧田は考える。少なくとも、ロボットが学級長をやっている以上、あの時の茂菅少年のような事件は起こらないはずだ。なにしろ、感情なんてものをロボットは持ち合わせていないのだから。あかりのクラスの男子たちに、自分のようなが現れることもないだろう。


 テレビはローカルニュースのコーナーへと移り変わり、最近この辺りの街で、ペットをボウガンで狙い撃たれる被害が発生している、という話題を流していた。

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