第7話 お姫様は観察中

 一行は次第に下町に向かっていく。道中の屋敷の塀が石壁から木製に変わり、そのうち塀もなくなった。建物の規模も次第に小さくなっていく。


「小さくてかわいらしい建物だわ。これはなにかしら」


 イザを見上げてみたが、当たり前のように答えは返ってこない。ノワールも完全に寝てしまって、姫君は自分で観察してみるより他なかった。

 石造りではなくレンガを積んだ小屋や瓦ぶきの屋根、庭先で飼われている羊や鶏。姫君はその物珍しさに、目を輝かせる。


「動物がたくさんいるわ。牧場かしら」


 そっと呟いてみたが答えはわからない。なにか手がかりはないかときょろきょろしていると、鶏がコッコッと鳴いているのがおしゃべりの声として耳に入ってきた。


「いやんなるわ、もう。毎日毎日、地面ばっかりつつかなきゃいけないって。隣の家のやつはトウモロコシを食べさせてもらってるっていうのに」


 イザが駆る馬が進み隣の家の前に来ると、確かにその家の鶏は庭に置いてある平桶からトウモロコシの粒をつついていた。そのまた隣の家の庭には動物はおらず、老人がイスに腰かけてパイプをふかしている。何軒も見ているうちに、姫君はこれが住居であることに気づいた。


 家並みはさらに密集して、建物は狭く、平屋から二階建て、三階建てが増えてきた。道行く人も多くなり、商店が並びだす。

 彩り豊かな野菜が並ぶ店、ざるだけを扱う小屋、数えきれないほどの布を積んでいる荷車。なにもかもが物珍しく、姫君は目を輝かせた。


 通行人にとっては姫君の存在こそが物珍しい。騎士の一団に女性が混ざっていることなど常にはないのだ。好奇の目にさらされて姫君は首をかしげた。


「なんで皆、私を見ていくのかしら」


 これにも答えは返らなかった。


 街を抜けると雑木林があり、その向こうに高い壁が見える。城と街を囲む壁は巨大な岩を切り出したもので、どっしりとかまえて力強い。

 道の先、壁に穴が開けられ通行できるようになっていた。衛兵が四人立ち、通行する人たちを監視している。騎士たちが近づくと、衛兵はぴしっと姿勢を正して敬礼した。


「ご苦労」


 隊長が短く声をかけ、一行は衛兵に見送られて壁の外へ出た。

 途端に道幅は、ぐっと広くなった。あたりは一面、麦畑だ。まだ青い穂が風に揺れている。その中をまっすぐに道は進み、山脈に向かっている。馬を進めると畑仕事をしている人たちが立ち上がって、物珍し気に姫君を見つめた。姫君も農民たちを見つめ返す。


貧しいことが窺える粗末な服だ。街の人たちが着ていた色とりどりの布など縁遠いのではないかと思えた。姫君が与えられた城の下働き用の服よりもずっと質の悪い感じがする。

 畑の向こう、森との境にぽつぽつとこれもまた粗末な小屋が建っている。木造で屋根は藁葺きだ。姫君は初めて見る建物に夢中で見入った。


 そのうちの、一軒の家から出てきた少女が騎士の一行に向かって駆けてくる。


「騎士様! お城の騎士様! 王様に伝えてください、税金をこれ以上増やさないでくださいと。どうかお願いします!」


 隊長は馬を止めて少女を見つめた。


「それは我々ではどうにもできない話だ。まずは村長に話を通し、それから……」


「何度も何度も、村の大人たちが役所には行きました。でも誰も話を聞いてくれないんです。これ以上、税金が上がったら、私たち生きていけません」


 姫君は少女の必死さに応えようと、二人の会話に口を挟んだ。


「そのことは私がきっと伝えるわ。お城に戻ったら、必ず」


 少女は不思議そうに姫君を見上げる。


「あなたは、誰ですか?」


「私は……、私よ」


 いぶかしげな表情で少女は黙ってしまい、隊長は馬を進めた。姫君はまた答えられなかった問いを呟いた。


「私は、誰?」


 それがわからなければ、誰も自分を信用してはくれないのだと姫君は気づいた。何者でもないものを人は疑い、怪しむ。

 身分を明かさないということは、自分のなかに人には告げられない秘密を抱えているのではないか。それは悪事を働こうとしている目論見ではないか。

 そんな疑念が湧くのではないだろうか。


 姫君は自分の心を取り出して皆の前で広げてみせることさえ出来れば、そうすれば自分が何者であろうと敵意も悪意も虚偽もないとわかってもらえるだろうにと、悔しい思いで唇を噛んだ。

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