デマゴーゴスの失敗

夢路 鳳蝶

デマゴーゴスの失敗

 少し昔のことである。

 とある国にデマゴーゴスという悪徳商業者が居たという。

 デマゴーゴスは、いつも気の弱い人達や騙されやすそうな人を探していて、見つけると。

「ねぇねぇ、ちょっと。良い話があるんだが、聞いてみないかい?」

 と言って、狭い小屋にその人を押し込む。押し込まれた先には、他にも沢山の人が居て、皆訳が解らないと言うように首をかしげている。すると、デマゴーゴスが前に備え付けてあるステージに登って、ステージの中心に置かれた台にガラクタを乗せる。

「さぁさぁ!ここに集まった皆様に聞かせたい良い話とは、コレのことでございます!」

 そこから、デマゴーゴスの話術が始まる。

 時には声をひそめて皆にささやき、時には腕をまくって力拳を天に突き上げながら堂々と、またある時は小芝居を演じる。

 そうこうしているうちに、連れてこられた人達は、そのガラクタが何だか本当に貴重に思えてきてしまう。

 ソコをデマゴーゴスは見逃さない。

「ではでは、コレを欲しい方は幾ら出しますかな?」

 ここからが本番。デマゴーゴスの口車にのせられてしまった人達は、次々に声を張り上げて金を払う。

 所謂オークション状態だ。しかも、皆はコレが高価な品に思えてるからたちが悪い。彼はただ眺めてるだけで、値段はドンドン膨れ上がっていく。

 そして、誰も出なくなった時に一押しする。

「さぁ、もう誰もいないんですかい?このお宝を皆さんの手元に私が送り出すチャンスは、これっきりですよ?」

 そう言って、特別感をデマゴーゴスは出してくる。すると、皆はグヌヌとうなって考える。そうすることで、また金額が伸びていく。

 もしもうならなかったら、売り付ける。

 デマゴーゴスはこうやって、人にガラクタを売り込んでいた。時には、全くうまく行かない事もあったが、そんな時にデマゴーゴスは金で雇った用心棒を使い、無理矢理にでも買わせるのだ。

警察を呼べばいいとは言うが、デマゴーゴスは仮面をつけており、逃げ足も早いため、誰も彼の足跡を追うことすらできなかった

 そうして、いい売り上げが出る度に、彼は友人に報告した。

「なぁ、聞いてくれよ!」

 という言葉から始まるが、彼の自慢話の癖だった。


 しかし、そんなある日のこと、デマゴーゴスは逮捕されてしまう。

 呼び込んだ客の中に、コッソリ警察が紛れ込んで居たのに気づけないで、悪徳商業を始めてしまったからだ。

 彼は、すぐさま現行犯逮捕されてしまった。

「私は無実です!」

 と主張しようにも、彼はあろうことかその警察にガラクタを売ってしまっている。

 言い逃れなどできないまま、彼は留置所に置かれた。


 それから少し月日が経ったある日。

「………はぁ、外に出たい。」

 と格子がめ込まれた窓から空を眺めながら、デマゴーゴスはボンヤリしていた。

 すると、後ろからガンガンガンと扉が叩かれる音がする。

「デマゴーゴス!!」

 続けざまに聞こえたのは監視官の怒鳴り声だった。

 彼は慌てて立ち上がって、扉に駆け寄った。

「はい、はい、居ます居ますとも!」

「貴様の刑が決まった!外に出ろ!」

 彼は、裁判で刑を言い渡されなかった。それを不思議に思っていたが、ついに刑が定まったことを喜んだ。

 さっさと刑を受けて、こんなところおさらばしてやろう。

 そう考えたが、慌てて考えを改めた。

 いや、もしかしたら拷問かもしれない。私は沢山の人を騙してきた。その分だけキツイ系が待っているかもしれないぞ。

 と考えた彼は、なんだか不安になってきた。

「早く出ろ!デマゴーゴス!」

「は、はい!」


 牢屋から出たデマゴーゴスは、自分にはどんな恐ろしい刑が待っているのだろうと不安になり、オドオドしていた。

 すると、すぐに彼は車に乗せられて何処かへ連れていかれた。

 ガタガタと車が走る中、彼は冷や汗が止まらなかった。

 もしかしたら自分は、何処かの森の奥に連れていかれて猛獣の餌にされたり、海に島流しにされるのではないかと考えた。

「あ、あの、監視官さん。私の刑はなんでしょうか?」

 彼は隣に座る監視官に尋ねてみたが、監視官は冷たくあしらった。

「現地についてから説明する。黙っていろ。」

「は、はい。」

 彼は、一抹の不安を感じながら、車に揺られていた。


 車が止まった。

「デマゴーゴス、降りろ。」

「……はい。」

 デマゴーゴスは、恐れながらドアを開けると共に、ドアの外に拡がるその光景に度肝を抜かれた。

「ぁ、あの、監視官さん。ここは……。」

 ソコは、街だった。

 遠くに見える赤レンガで出来た時計塔が特徴的で、それに連れるように町全体も赤レンガで造られた建物が多かった。

 また、街の人達の笑い声が遠くから聞こえてきては、近くに海でもあるのだろうか?風が吹くと潮の香りがした。

「デマゴーゴス、貴様の刑を伝える。」

 ハッとして、彼は振り返った。

 街の雰囲気に呑み込まれて、彼は自分が罪人であること、また監視官が居たことも忘れていた。

「は、はい!」

「デマゴーゴス、貴様はこの街で暮らせ。」

「…………へ?」

 彼は自分の耳を疑ったが、それだけでは終わらなかった。

「もう一度言う、貴様はこの街で暮らせ。その中で、幾ら悪徳商売をしようと一切罪には問われない。」

「え?………えぇ!?」

 彼には理解できなかった。どういうことか詳しく話を聞こうとしたが、監視官は車に乗って何処かへ行ってしまった。

「…………えぇ。」


 その日から、デマゴーゴスの生活が始まった。

 まず解ったことは、この街はローゼという名前で、主に海産物と赤レンガが特徴でいつも潮の香りがしているということだけだった。

 他に監視官が紛れているとか、警察官が紛れているとか言うことは解らなかった。

 だから、彼は悪徳商売をしていなかった。

 いや、する勇気がなかった。

 もしかしたら、どこかで監視官が隠れていて私が再び悪徳商業に手を出したのなら、すぐに私を捕まえに来るかもしれない。

 そう考えていたが、次第に彼の心に怒りがこみ上げ始めた。

 ふざけるな、馬鹿馬鹿しい。何が監視官だ警察だ。私は私のしたいようにするだけだ。それに、私に悪徳商業をしてもいいと言ったのは彼らではないか!

 憤慨した彼は、さっそく外に出ると、適当な人を一人捕まえた。

 まだ12歳くらいの男の子だった。

 彼はその子を家に無理矢理押し込むと、適当な食器一つを棚からつまみ出して、机の上に置いた。

「あ、あの?」

 混乱しているらしい街の子を皮切りに、デマゴーゴスはいつもの悪徳商売を始めた。


 それから数ヵ月経って、彼は困惑していた。

 いや、悪徳商売は成功しているし、監視官も警察官も彼を捕まえる様子はない。

 しかし、どうにも彼は釈然としなかった。

「デマゴーゴスさん、ありがとうございます。あんなにも綺麗で高価な坪を安く売っていただいて。」

「ぇ、ええ。」

 マカロニという名前のこのお婆さんは、つい二週間前に金メッキが張られた坪を買わされた。

「あー!デマゴーゴスお兄ちゃん!お母さんが夢の茶碗ありがとうだって!」

「あぁ、そ、そうかい。」

 昨日、彼は今話しかけてきた子供の母に、それにご飯をよそおい食べれば、必ず夢が叶うとうそぶいて売り付けたのだ。

 ――そう、この街の人々には嘘が通じない。つまり、悪徳な売り付けをしても誰も疑わず、騙されていると気づきもしない。

 その事が、彼を悩ましていた。

 嘘を見破らないということは、嘘が嘘としての本質を発揮しない。今まで、彼の世界では騙された人は憤慨し、彼を血眼で探しては暴言は当たり前、暴力や武力にうってでることもあった。

 なのに、ここではそれがない。まるで、人間の世界に似たどこかのようだった。

 それが彼を混乱させ、困惑させていた。

 街の人からはありがとうと、ひたすらに礼だけを言われてきた。

 すっかり、彼は街に宝を持ってきてくれる面白いお兄さんだと印象がつけられて、気がつけば街の人に囲まれるようになった。


「なんなんだ、ここは。」

 彼の家の机の上には、沢山の街の人からの日頃の感謝の品が山積みになっていた。

 彼は、疲れてしまっていた。

 訳が解らない街に放り込まれ、嘘も通じず、あげくの果てにはもっと嘘をついてくれとせがまれる。

 まるで地獄だった。

 そして、またこの日から、彼の心に初めて罪悪感が浮かんできた。

 あんなに疑わない人達を騙し続けることに嫌気がさし始めたこともあり、彼は頭を悩ませていた。

 そして、ある日のことである。

 彼はついに我慢ができなくなって、街の人達を時計台の前の集合場に集めた。

「皆さん、その、私は………嘘つきです。」

 彼の懺悔が始まった。

 今まで彼がしてきた悪行の数々。それを全て吐き出して、彼は悪行を始めてから初めて自身がしたことに頭を下げた。

 すると、街の人達が示したのは――。

「正直に言ってくれてありがとう。」

「私達に夢を見せてくれてありがとう。」

「なぁんだ、でも、楽しかったよ!ありがと!」

 ―――感謝の念だった。

 彼は泣いた。すまなかったと、謝り続けながら泣いた。


 数年後、デマゴーゴスの悪徳業者の友人に手紙が届いた。

 内容は、彼がローゼの街で悪行から足を洗って幸せに暮らしているということだった。

 友人は、どうしてそんな風になったんだと頭を抱えた。

 そして、気がついた。

「あぁ―――そうか。デマゴーゴスは、自分のやり方をされたんだ。」

 デマゴーゴスは、ターゲットになる人をある場所に押し込んで、自分の言動でターゲットの心を揺さぶり、自分のガラクタを売ってくれるように誘導した。

 それと同じなのだ。

 ローゼという場所に、デマゴーゴスを押し込んで、ローゼの街の人々の言動で彼の心を揺さぶり、自分達がなってほしい道徳的な人間になるように誘導した。

「あぁ――。」

 と、友人は座り込んだ。

 その時、友人の家の開いた窓から風が入ってきた。

 その風は、潮の香りがした。




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