第十五話 幸せの芽

「これはどうするんですか?」

「ああ、これは……」


 朝日に質問しながら道具を使う。

 翌朝から、私は嫁として、家事をしながら、朝日とともに神社の仕事や農作業などの仕事をして生活することになった。

 元王女で、そのような作業は主に召使いが行ってはいたが、普通の女の生活にあこがれて自分でもやっていたため、一通りできるようになっていたので、朝日から道具の使い方の説明を受けたり、この村での食事の、主な調理方法を学んだりして、新しい生活に慣れるように協力してもらうことになったのだ。

 主に、かまどや囲炉裏、火の起こし方、農作業の道具の使い方などだ。

 今までは魔法に依存して家事や研究をしていたが、魔法がないこの地で生きる以上、魔法を使わずに生きていったほうが、不都合がないと考えたからだ。


 こうして、朝日に教えてもらいながら、二人で作業し、食事をして、一緒に寝る。

 そうして、二人でともに歩むことに決めた。

 しかし、障害になるかもしれないことが、私たちの様子を見に来たお義父様からいきなり告げられた。


 昨日、リベルたちを殺した際の魔法に、村人が巻き込まれ、一瞬のうちに山が更地になったことに、恐怖におののいていたというのだ。

 私はそれを聞いて、血の気が引く。


「桜空?」


 朝日が私の様子に気付いて呼びかけるが、それに反応できないほど打ちのめされていた。

 気づけば、体が震えていた。


「あ……、朝日。

 わ、私……、罪もない人を……」

「桜空は悪くありません」


 私の自白を、朝日はさえぎる。


「で、でも、あの程度の連中なら、あるいは……」


 それでも私は、自らの過ちを、後悔することしかできない。

 罪もない、関係ない人たちを、巻き込んでしまったのだ。

 赦されることではない。

 しかし、朝日は私を抱きしめる。

 私の思考が止まり、二の句が継げない。


「桜空は、悪くありません」


 再び朝日は繰り返した。


「そもそも、桜空が退けなければ、余計に被害が出ていたのかもしれません。

 村人が巻き込まれたのは残念ですが、それ以上に、桜空が守ってくれたのですから、感謝しなければいけません。

 それに、桜空の追っ手だったのですから、……桜空が殺されていたのかもしれない。

 そんなのは……、嫌です。

 だから、そんなに、自分を責めないでください」


 朝日の言葉一つ一つが心にしみる。

 おかげで、冷静になることができた。


「……落ち着きました?」

「……はい。ありがとうございます、朝日」


 しかし、問題が残っていた。


「ただ、村人が不安なのはまずいと思います。もう敵はいないのですから、取り越し苦労になって、疲れるだけ。悪影響しかありません」


 朝日も頷く。


「確かにそうですね。何か対処法があればいいのですが……、桜空は何か思いつきませんか? 私は一つ思いついたのですが」

「まずは朝日の考えを聞いてもいいですか?」


 まだ村人のことも知らないのに、無責任に考えることはできないので、ひとまず朝日の考えを聞いてみた。


「えっとですね、桜空には悪いんですが、魔法でみんなの恐怖を除いてもらうことはできますか?」


 魔法。

 朝日に見せたが、それで思い立ったのだろう。

 この場合は、精神に作用させるので、黒魔法になる。

 しかし、懸念すべきことがあった。


「……可能だとは思いますが、危険ですよ。最悪の場合、皆、廃人になってしまいます」


 精神に作用はするが、とても複雑なもので、予期せぬ副作用を起こす可能性があり、主に敵にしか使わないほど、危険な魔法だ。

 そのようなリスクをとるのと、現状では、私なら、現状の方がましだと思った。


 ただ、魔法を使うというのはいい考えかもしれない。

 精神に作用させなくとも、魔法を使うことで、神が降臨してくれたと勘違いして、安心してくれるかもしれない。

 そのように朝日に言うと、朝日は疑問を呈した。


「いいかもしれませんが、どのようにしますか? 神というからには、神様である、『サクラ』の為した御業ということにしますが、それ相応の衝撃がないと神と信じないと思いますよ」


 私はそれを聞いて笑みを浮かべる。


「それに関しては大丈夫です。

 私の魔法で、更地になった山を蘇らせます。一気に緑に覆われれば、嫌でも神の御業と信じてしまうでしょう? それくらい、私ならできますので、安心してください」

「……わかりました。では、お願いします、桜空」


 こうして、明日、山を蘇らせることになった。

 そのためにも、ある作業を済まして、その日は休んだ。



 ※



 翌日、更地になった山を見渡せる場所に村人が何人か集まった。各々農作業などをしなければならないので、ここに集まったのは各家の代表者だ。

 一同を率いるのは、朝日だ。

 朝日が棒に白い紙をつけた道具を、十回ほど振ったところで、私が魔法を使うことになっていた。

 朝日が村人に説明しているのだろう、声は届かないが、村人に身振り手振りで、神であるサクラが降臨して、山を蘇らせるように祈ることを説明しているのが見える。

 やがて、道具を取り出し、振り始めた。

 私を祓ってくれた時もそうだったが、とても厳かな雰囲気が漂う。

 そして、十回ほど振ったところで。


「……フラッシュ」


 私は懐から杖を取り出し、黄魔法で、もう一つの太陽ができたような眩い光を放つ。

 まるで、神が降臨したかのような、神々しさを携えているように見えていることだろう。

 朝日の儀式の厳かさも相まって、本当に神が降臨したように思ったのか、村人はみな畏れおののいている。

 それをよそに、私はそのまま次の魔法を唱える。


「ゲート」


 空間魔法で、昨日のうちに集めた、植物の種や、栄養のある土を山の至る所に撒く。

 先日の戦闘で、山にある木々や種が燃え尽き、土も痩せてしまったと考えられたからだ。


「グロウイング・プラント」


 そして、緑魔法を唱えると、次々に芽を出して、あっという間に成長し。

 気づけば、その山は、緑に覆われていた。


「き、奇跡だ!」


 それを見た村人は、驚き、歓声を上げる。

 互いに手を取り合い、涙を流しているものもいる。

 神であるサクラが降臨し、奇跡を起こしたと思っていることだろう。

 口々にサクラへの感謝を伝える祈りが紡がれているのが、離れている私にも伝わってくる。

 もはや、村人の顔には暗い影がなかった。

 こうして、村人の不安を取り除くことに成功した。



 ※



「ありがとうございます、桜空」


 家に戻るなり、朝日が感謝の言葉を贈ってくれる。

 ただ、まだ私にはある不安があったため、朝日にある提案をすることにした。


「いえ、村人の不安がなくなったようでよかったです。

 ……それで、朝日、このことを、書物に記しませんか?」

「なぜですか?」


 朝日は首をかしげる。


「一つは、村人を安心させるためです。いくら村人が見ていたとはいえ、やがて見た者はいなくなります。そのとき、村人が一瞬のうちに山が更地になった事実だけが伝わって、それにどのように対応したか残っていなかったら、村人が再び恐怖におののくかもしれません。

 ……ただ、これは建前です。

 実際の理由は、この山が急に更地になった頃合いで、私が急に村に現れたことで、私が疑われるのを恐れたためです。また、それに伴って、朝日たちが巻き込まれるかもしれない。将来、私たちや、……子供、が、疎まれるかもしれない。

 それを防ぎたいのです。

 少しでも、平穏に、幸せに暮らすために」


 それを聞いて、朝日は考え込むが、やがて私に向き直り、頷いた。


「わかりました。確かに、何も知らない人がこの頃合いで桜空が急に現れたことに、疑いの目を向けるかもしれません。

 では、サクラが村に現れた不審な人間を追い払ったこと、そうしてくれた理由を書きましょう」


 朝日は私の提案を受け入れてくれた。

 そのことにほっとしながら、サクラが助けてくれた理由を新たに考えなくてはならないことに気付くが、私と朝日の馴れ初め、つまり朝日が助けてくれたことを改変して書けばいいかもしれないと思った。

 実際、私はうれしかったので、神が人間を助ける理由になると考えた。

 そのことを朝日に伝えると、朝日も了承してくれる。

 このように、二人でサクラという神が村を救ったという物語を作り、神社の神主という立場を利用して、村に残すことになった。




 その際、「サクラ」を表記するために、私の字である、「桜空」を用いることになった。

 当時、書物に残す字は、漢字だったからで、識字率も低い以上、私がサクラだと疑われて、村人たちを警戒させる可能性も低いと思ったからだ。

 私はそれを了承した。

 こうして、「桜空さくら伝」を書きあげた。

 私と朝日の出会いの一部も記されているので、私と朝日は、二人でいるときにこの話になると、「桜空さら伝」と呼んだ。



 ※



 サクラが村を救った。

 このように村人たちは思いこみ、村人たちの不安は一蹴され、神であるサクラが救ってくれたことに、感謝していた。

 その時によそ者である私が、急に朝日の嫁になったことには、驚かれはしたものの、サクラが村を守るだけではなく、幸福にしようとしてくださっていると村人は考え、私は歓迎された。

 こうして、村人たちに私は受け入れられ、朝日に村での生活を教わりながら、二人で仕事をしたり、食事をしたりして、ずっと一緒に過ごしていた。

 一か月経つ頃には、私一人でこの地の道具を使って家事をできるほど慣れた。

 その頃から、私が食事の準備の担当になり、朝日が私のご飯を食べて笑顔になるのを見て、私も笑顔になり、幸福に包まれるというのが日課になっていた。



 ※



 出逢ってから、数か月経った頃だ。

 私は、悪寒がして、体がだるく、眠気があるなど、魔法を使っていないのにもかかわらず、魔力消費性疲労症を引き起こしたように具合が悪くなっていた。

 始めは夏風邪かと思い、気にせず日々の仕事を朝日と一緒にしていたが、体がついていかず、その日のうちに朝日に伝えて、その日は休んだ。

 そのまま、しばらく休めば治ると思っていたが、一週間たっても治らず、魔法で治療しようにも、全く効果はなかった。。

 頭痛もし始め、朝日が心配して、お義父様たちに連絡して、菊が手伝いをしに来てくれることになった。

 朝日が外で作業をしていて、私が食事をとる時だった。

 普段は一日二食だが、私が体調を崩してから、三食とるようになっていた。


「すみません、菊。食事まで準備していただいて」


 菊は休んでいる私に代わって日々の仕事をしてくれただけでなく、食事も準備してくれていた。


「ううん、気にしないで。桜空だって家族なんだから、これくらい、お安い御用よ。

 きっと、こっちに来てからの疲れが、今になってドーンときたのよ。

 だから、今は休んで、早く元気になってね」


 家族。

 一度は失ってしまった大切なもの。

 でも、今は朝日が夫になってくれて、菊たちも私を家族の一員として大切にしてくれている。

 夫婦二人だけでなく、家族みんなで互いのことを思い合っている。

 リベルの時には考えられなかった幸福を、この人たちはくれた。

 それが、ありがたい。


「……ありがとう、菊」


 だから、感謝の言葉を言わずにはいられない。


「……もう、どうしたの? 水臭いよ。それよりも、ご飯できたから、早く食べて、早く休んで、早く元気になってね」


 照れくさそうに、顔を赤らめながら菊は言った。


「はい、ありがとうございます。では、いただきます」


 そう言ってご飯を食べた時だった。

 何かの違和感を感じる。

 喉の奥が、熱い感覚。

 そして、急に喉を駆け上がっていく感覚。


「桜空?」


 菊が驚いて声を上げるが、そんなのは気にならない。

 それを感じた瞬間、耐えがたいほどの吐き気を感じ、急いで庭に出て、草叢くさむらに走る。

 そのまま、地面に手をついて下を向くと、次々と戻してしまった。


「桜空? 大丈夫?」


 菊が背中をさすってくれる。

 やがて収まるが、まだ不快感が残り、気持ち悪い。


「……菊、ありがとうございます、もう、大丈夫です」


 しかし、今までの体調不良の症状も重なり、正直しんどい。

 いったい、どんな病気なのだろうか――。

 そう、疑問が頭の中に浮かんでいた時だった。


「……ねえ、桜空」


 菊が私の顔を見て言う。

 いいことがあったかのように、笑顔を浮かべている。


「もしかして、……赤ちゃんがいるんじゃない?」


 ……。


「赤ちゃん、ですか?」


 思考の百八十度反対側からの言葉に、咄嗟に反応できず、同じ言葉で聞き返すことしかできない。


「うん、そう。桜空と、お兄様の赤ちゃん。多分、桜空が調子悪いのは、つわりよ」


 嬉しそうな菊とは対照的に、私は現実感がなく、茫然と聞くばかり。

 そこで、はっと思いつく。

 白魔法の、「アナライズ」で調べられるのではないか。

 そう思うと、行動は早かった。


「アナライズ」


 自分に魔法をかけると。


「……あ」


 ……私のおなかに、私の者とは違う、小さな魔力があった。

 すごく、すごく小さいけど、確かにそこにいた。


「どうしたの、桜空?」


 私の様子を見て心配したのか、菊が私の顔をのぞき込む。


「……菊」


 一拍おいて言った。


「……菊の言うとおり、赤ちゃんが、いるみたいです」


 私のお腹の中に、小さな命が宿っていることを噛み締めながら。

 次の瞬間、胸の奥から、温かいものが広がる。

 それは、歓喜。

 愛しい人との、愛の結晶。

 幸せの芽。

 新たな幸せが、私たちに舞い込んだのだ。

 それを実感し、喜びが抑えられない。


「菊! 子供です! 朝日との子供ができました!」


 思わず菊の手を取ってしまう。

 私の気持ちも伝わったのか、菊も喜びを爆発させる。


「うん! おめでとう! 桜空!」


 この喜びを、すぐにでも朝日に伝えたい。

 驚く顔が見たくて、朝日の帰宅を待つことにしたが、未来の幸せを次々と想像してしまって、頬が緩む。

 まだお腹は少しも膨らんでおらず、小さな命が宿っているようには見えない。

 でも、やがて大きくなり、朝日と二人で、生まれてくる日を心待ちにしている。

 そして、産声を上げて、私たちに新しい家族として加わり、私たちはますます幸せに彩られていく。

 そんな未来。


「お兄様と桜空、どっちに似るのかしらね」


 朝日と一緒にその幸せに浸ることを、私と菊は心待ちにしていた。



 ※



「ただいま戻りました」


 朝日の声。

 それを聞いた瞬間、ようやく夫に伝えられることに喜びを感じる。


「お帰りなさい、朝日」

「桜空、体は大丈夫でした?」


 真っ先に私の体を心配してくれる。

 うれしいが、はやる気持ちを抑えられず、言った。


「……赤ちゃんができたみたいです」

「……え」


 朝日は、状況を飲み込めていないのか、私と同じように茫然としている。

 私は、実感を持ってもらうためにも、少し俯き、顔を赤らめ、お腹を撫でながら言った。


「……私たちの、赤ちゃんができたんです」


 そして、次の瞬間。

 朝日は、私と同じように、歓喜の声を上げ、抱きしめてくれる。

 至福の思いが私たちに広がる。

 菊もその場に加わり、私たちは、しばらくの間、幸せに浸っていた。

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