第四十八話 終戦とそれから

 五十万の軍を失った魯は、脆かった。

 勝ちに乗じた梁軍は、そのまま魯の領内になだれ込み、破竹の勢いで次々と都市を降伏させ、とうとう国都の斉臨を包囲した。国都の城壁は堅牢であったが、それを守る軍は堕落しきっていた。呉子明は側近によって殺され、城門は開かれた。魯は全面的に梁に降伏し、その属国となったのである。


 一方、西部戦線はどうなっていたか。

 公孫業は二十万の軍を率いて、昼夜の別を問わず行軍した。そして、西普軍と合流する前の南普軍の目の前に、突如姿を現したのだ。公孫業は合流される前に各個撃破を目指したのである。

 南普軍は、あっさりと潰走した。公孫業はその勢いで軍を西に向け、西普軍を攻撃した。それも、ただぶつかっただけではない。用意周到に策を練り、必勝を期して挑んだのであった。

 まず、公孫業は、間者を放って西普軍に向かわせ、「北普軍は敗走し、南普軍は勝ちに乗じて追撃している」という偽の情報を軍中に触れ回らせた。その上で公孫業は陽動部隊を用いて敵前にちらつかせ、これを敵に追わせて山間の窪地に誘い込んだ。黄歓は反乱軍の英非率いる大軍を防ぎ続けた、まさに名将とも言うべき武将であったが、この時は南普軍に追いつこうと焦っていた。それが、黄歓の判断を狂わせたのである。

 窪地に誘い込まれた西普軍はすぐに自分たちが罠にかかったことに気づいた。自分たちの周りの山上に、北普軍の旗が立ち並んだのだ。

「おのれ公孫業……一杯食わされたわ」

 黄歓は敵ながら、公孫業の手際に感嘆せざるを得なかった。兵法では、高地を押さえた軍は強く、低い場所にいる軍はこれに打ち勝つことができない、とされている。重力の関係上、低地から高地を攻撃するのは難しいが、その逆は容易な上に、勢いが乗ってより強力なものとなる。包囲された上に高地を取られた西普軍の敗北は、もう決まっていた。

 こうして、公孫業は南普軍、西普軍を相次いで下した。公孫業の用兵は、鮮やかなものであった。梁は軍を出して公孫業と協同し、南普、西普を続けて攻撃した。彼らに抵抗する力は残っておらず、董籍は捕らえられて一族共々処刑され、黄歓は梁軍に包囲される中で自刃し果てたのであった。


 天下の騒乱は、ひとまずここに収束を見た。だが、長引く戦乱は、民の首を締め上げていた。若い男が兵に取られたことで農村における男手の不足は大きな問題となり、食糧の生産が滞って飢えを民が襲った。民の様子は、さながら少水の魚、つまり水が少ないが故にもがき苦しむ魚の如くである。また、梁の北部地域は司馬偃による焦土作戦で荒廃しきっており、そこから逃げた住民は戻ることも叶わず、流民化するより他はなかった。

 それを憂えた張石は、税を減免し、可能な限り蔵を開いて穀物を配り、民の救済を図った。また、成梁の宮殿の建造を中止し、自らは仮設の小さな宮殿で寝食と政務を行うようになった。また、その維持が負担となる軍馬を減らして民間に払い下げるようなこともした。とにかく、民を養いつつ、減った税収を補うために切り詰めるべき所は切り詰める。そうするより他はない。


 魏遼を討ち、呉同に対しての復讐も果たした田管は、成梁に華々しく凱旋した。

「田将軍! 田将軍万歳!」

 成梁の民衆は、皆が皆、田管に対して拍手喝采を送った。彼はまさに、救国の英雄であった。張石もその功を認め、田管の封土を加増し、大将軍に任命した。彼に付き従った馮恭や蘇斉などの将たちも侯となり、封土を賜ることとなったのである。

 さて、田管にはまだ、未解決の問題があった。それは、縁談である。

 田管は、張香の私邸で彼女と会っていた。張香の方から、田管を呼んだのである。

「全く、皆あたしのことを公主さま、公主さまって、息苦しいったらありゃしないわ」

 公主、というのは、皇帝の娘の呼び名である。彼女にとって、貴人扱いされてかしずかれるのは、どうも好かないらしい。

「それは心中お察しします」

「まあ、あんたの顔見てると、そういうのも吹き飛んじゃうわ。やっぱいい顔の男って罪なものよね」

「は、ははぁ」

 どうも田管は、張香と話すと、彼女の勢いに呑まれがちになる。嫌い、ということではないのだが、どうも自分が女慣れしていなことを突きつけられているような気分になる。

「で、婚姻の話、悩んでるんでしょ?」

「その通りでございます……本人の前で申し訳ないことなのですが……」

「で、その悩みの種っていうのがうちの弟なのよね?」

「えっ……」

 まさかそこまで読まれているとは、田管は思いもしなかった。

「あそこまで仲良くちゃあね……あいつ、結構嫉妬深い所あるし。でも物分かりは悪くないから大丈夫よ。あたしは別に、自分の夫が弟と仲良くやってても気にしないけどもね」

「そういうものでございましょうか」

「当たり前よ。世の中のお偉い男の人たちには妾の二人三人いるのが普通なんだし、そんなことで妬いてたら大将軍の妻なんて務まらないってものさ」

 中原において、地位や財のある男は、正妻の他に愛妾を持つのが通常である。戦いで男が死ぬことによって生み出される寡婦の生活を、余裕のある男たちが保証するという意味合いもそこには含まれている。戦乱の多い社会が捻り出した知恵とも言うべき習わしであった。

 結局、田管は未だに答えが出せなかった。

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