第四十六話 決着!田管対魏遼

 少し前の話である。

「何、我が軍に新たに加わるだと?」

 梁侵攻のための魯軍の編成を終えた総大将呉同の所に、兵が取次に来た。

「はい、騎馬のみで、数は五百です」

「ふむ、騎馬なら欲しいな。通してくれ」

 魯軍は大軍であるが、その兵は歩兵が中心であり、騎馬の戦力には若干の不足がある。梁の騎兵は強力であるとの評判を考えると、そのことに不安が残る。

 呉同の所へと通された兵士たち。その隊長と思しき少年は、黒い仮面を身につけていた。仮面の孔から覗く瞳は、碧く澄み渡っている。その髪は銀色で、太い三つ編みを後頭部から垂らしていた。

「おっ、お前は……!」

 忘れもしない。かつて呉子明軍が王敖軍と戦っていた際に、呉子明軍を大いに苦しめた仮面の騎馬隊長、魏遼が、今ここにいるのだ。

 呉同は逡巡しゅんじゅんした。新兵ならともかく、王敖軍と戦った経験のある者の中には、彼を恨む者がそれなりにいる。呉同自身も、彼には大いに苦しめられたし、危うく命を落としかけたこともあった。だが、その実力は本物であり、味方にできるのであればこれ以上頼もしいものはないであろう。彼と戦った身であるからこそ、それは痛い程に理解していた。

「ま、まずその前に仮面を外せ。将帥の前で無礼であろうが」

「断る」

 魏遼は礼もしないままに一言、言い放った。不遜な姿勢を、彼は全く崩さない。

「我々はそちらの軍に加わるつもりであるが、貴殿の指揮下に入るつもりはない。あくまでも独立遊軍、という形にさせてもらおう」

「何を勝手なことを言うか」

 独立遊軍、つまり呉同の指揮に従わず、自らの判断で独自に行動するというのである。これには、流石に呉同も怒りを表さずには済まなかった。

「その代わり、敵将の首は必ず挙げる。それだけは確約しよう。と言ったら」

 魏遼の碧眼が、獰猛な光を放った。それを見た呉同は、怖気づいて身震いしてしまった。まだ少年であろうに、ここまで人を震えさせるとは……

「わ、分かった。魯軍に加わることを認めよう。ただし、足だけは引っ張るなよ」

「無論」

 呉同は、早く視界から、この魏遼を取り除きたかった。このような者を扱いこなしていた王敖という将軍は、改めて、我々の手に負えない相手であったということを、呉同は再確認したのであった。


 田管率いる五百は、すぐさま敵騎兵の姿を捕捉した。敵の五百は、すでに自軍の深くにまで食い込んでいた。彼らの通った後には、彼らが射倒したと思われる兵の死体が転がっている。

「会いたかったぞ、田管」

「私もだ、魏遼」

 銀髪碧眼の騎射の名人。麗しい美貌を持ちながら、一矢必滅の弓を引く。その両者が、再び戦場で向かい合った。

「車騎将軍田管、これより敵将魏遼へ一騎討ちを申し込む」

「この魏遼、その勝負、受けて立とう」

 兵の数が同数であれば、後はその統率者の技量で全てが決まる。そうであるなら、最初から一対一で戦えばよい。田管はそう考えて、一騎討ちを申し込んだ。

 二人とも、互いに相手の首を取るために、今ここに立っている。二人に、これ以上の言葉は必要なかった。双方の兵が引き下がって見守る中、二人は、馬の腹を両脚で締めながら、弓を構え合った。魏遼はここまで来る間に矢を消費していたが、一騎討ちの前に部下より矢を譲り受けたので、互いの矢数は同じである。

 そうして、騎射による戦いが始まった。最初に矢を放ったのは、田管であった。だがこれは、魏遼に当たることなく空を切った。お返しとばかりに魏遼も矢を射かけたが、やはりこれも田管に命中することなく、地面に突き刺さった。

 二人の騎射の応酬は、相も変わらず、そうそう決定打は生まれなかった。だが、魏遼の矢が、田管の跨る馬の首に命中した。

「うわっ!」

 田管は、馬から地面に転げ落ちてしまった。その隙を、田管が見逃すはずもない。すかさず魏遼は矢を向けた。仮面の孔の奥の瞳が、冷たい光を放つ。絶体絶命の危機であった。

「負けてなるものか!」

 田管は、咄嗟に体をよじった。すんでの所で、魏遼の放った矢は躱され、鏃は地面に刺さった。次の矢を魏遼が射る前に、田管は魏遼の馬に向けて矢を放った。魏遼もまた、痛みに暴れる馬に耐え切れず、とうとう落馬した。

 そこからは、歩射による戦いとなった。だが、互いに相手の矢筋は完全に読み切れてしまうため、そこでも決定打は生まれない。元々残り少なかった互いの矢筒の矢は、とうとう切らしてしまった。

「最後はこれか……!」

 田管は、腰に佩いている剣を抜いた。残された最後の武器である。彼の得意とするのは騎射であり、剣を振るう機会は決して多くない。

「いざ決着をつけようではないか」

 魏遼も、それに合わせて静かに抜剣した。二人は剣を構えると、その足を踏み出し、地面を蹴った。

「魏遼!」

「田管!」

 雄叫びを上げながら、二人は剣をぶつけ合った。二人とも実戦で剣を振るうことはあまりなく、そのため騎射での戦いと比べると何処か粗削りである。だが、それ故に、二人の交わす剣撃は荒々しく、激しかった。

 剣での戦いは、大男でこそないものの背丈に勝る田管が、小柄な魏遼を上から圧迫するような形を取って有利に進めていた。決め手になる一撃こそ防がれているが、魏遼の剣筋は明らかに苦し紛れといった風である。

 だが、ここで、魏遼が起死回生の一手を打った。足元の乾いた砂を、思い切り蹴り上げたのだ。

「何っ!」

 舞い上がった砂粒が目に入り、田管は怯んだ。以前、田管は魏遼との戦いの最中、吹き寄せた突風によって舞い上げられた砂煙に目をやられ、危機に陥ったことがあった。それを、魏遼は覚えていたのである。

「これで終わりだ!」

 魏遼の剣が、その首に向かって横ぎに振るわれた、まさにその時であった。

「何だと!?」

 驚愕したのは、魏遼であった。田管は、咄嗟に左腕でその剣を受けたのだ。剣は甲袖こうしゅうを引き裂き、刃は肉を切った。噴き出した赤い血潮が、白刃を濡らしくれないに染めてゆく。

「もらった!」

 田管は、魏遼のがら空きの腹に向かって突きを食らわせた。勢いの乗った一撃に腹の甲板は耐えきれず突き破られ、剣の切っ先が腹の臓物を貫き通した。文字通り、肉を切らせて骨を断つような、捨て身の一撃であった。

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