第四十一話 巫山雲雨

 成梁の城内で一目見た時から、張舜はその姿に心を奪われていた。長い銀の髪、まるで宝石のように輝く碧い瞳、まるで美姫のように優美でありながら、武将らしき峻烈さも感じさせる顔貌。元は普の武将で、反乱軍に投降した後に張石の元へと逃げてきたらしいこの男子に興味を持った張舜は、彼と度々語らうようになった。四万程度の少数の部隊で呉子明の大軍を大いに苦しめた、という彼の智慧を借りたいという思いも半分はあったが、残り半分は張舜の、彼自身への個人的な興味によるものであった。

 直阜の戦いで、張舜は本陣を急襲した敵の騎兵――銀の三つ編みを揺らし、黒い仮面をつけたその騎兵は、姓名を魏遼といった――によって殺されそうになった。戦場に立って初めて、命の危険を感じた瞬間であった。その時、自身のことを助けてくれたのは、田管その人だったのだ。その時は戦い続きで、何とか必死に恐怖を押し殺して戦場に立ち続けたのであるが、戦いがひと段落した時、内に秘めて蓋をしていた恐怖心が、一気に爆発した。甚だ恐怖したこの美少年軍師は、田管に縋りつきたくなったのである。

 怯える張舜を、田管は優しく包容してくれた。夜に、田管と共に寝台に入るその時間だけは、恐怖を忘れることができた。それに加えて、幕僚たちが張舜を侮り始めて信用しなくなっても、田管は一貫して張舜の側に立って弁護してくれた。張舜が怖じ気づくことなく最後まで戦場に立つことができたのは、ひとえに田管のお陰だったのである。


 張舜は、目に溜めた涙を拭うことなく、田管の胸に抱きついた。

「僕の勝手を許しておくれよ……田管」

 これまで余所余所しく「さま」をつけて田管を呼んでいた張舜は、この時初めて、彼を呼び捨てにした。

 田管とて、年頃の男子おのこであり、そろそろ婚姻の話なども舞い込もう。田管は真面目な男だから、きっと夫としての務めを律儀にこなすであろうことは容易に想像がつく。けれども、張舜は、田管が誰か他の者に自らの愛を注ぐということが、我慢ならなかったのである。

 ――これ程までに、自分は田管を愛していたのか。

 田管が、愛おしい。他の誰のものにも、なってほしくはない。張舜自身は、主従の関係を越えることを望んでいる。だが、当の田管の方はどうであろうか。

「田管」

「はい」

 張舜が田管を見上げるその  双眸そうぼうは、何か、生暖かいような熱を帯びている。その瞳の奥に、田管は揺らめく情欲の炎を見たのであった。

「姉さんを娶る前にさ、僕に抱かれてよ」

 二人が繋がり合える証のようなものを、張舜は欲していた。彼の言うことが何を意味しているか、田管はしかと理解している。田管には、張舜を拒む気などなかった。

 服を脱がされ、寝台に押し倒された田管。その唇に向かって、張舜は自らの唇を落とした。そうして、二人は舌を絡ませ合う。

 太陽は、もう西天に没しようとしていた。細長い光線が窓から差し込み、田管に圧し掛かる張舜の白い肌を照らしている。部屋には、重ね合わせられた二人の口から発せられる水音だけが響いていた。

 張舜が口を離すと、二人の間には、唾液が糸を引いて、透明な橋を架けていた。それを人差し指で断ち切った張舜は、田管の胸に手を置いた。服の上からは細身に見える田管であるが、露わになった胸板は、筋張って引き締まっている。

 今度は、胸の上に乗っている薄紅の突起を、張舜は啄んだ。

「あうっ……」

 情けない声を上げる田管からは、あの戦場での勇壮さなど、微塵も感じられない。突起に吸いつかれ、ねぶられる。その度に、田管は得も知れぬ感覚に襲われて身をよじった。

「ねぇ、田管、まで……してもいいよね」

 言いながら、張舜は身につけているものを全て脱ぎ去り、生まれたままの姿となった。その股の物は未熟で可愛らしくもあるが、目いっぱいに張り詰めているのがよく分かる。

「はい……来て……ください」

 田管には、かつて呉同なる悪漢にその身を辱められた、思い出すのも忌々しい記憶がある。けれども、今、田管は張舜との行いに臆することはなかった。

 田管の後庭に、油が塗りつけられる。丁寧に、丹念に、美少年の白い指が、後庭を慣らしてゆく。

「じゃあ、行くね……」

 赤いやじりが、田管の後庭を侵犯する。田管は、張舜の顔を見上げてみた。初めての感覚に溺れかけているのか、張舜の頬は真っ赤になり、口角からは涎が垂れていた。

 若さ故か、張舜は全く持続しなかった。張舜は戦の時と同じ程度に慎重に動いたが、事が始まってそう経たない内に、田管の体の中に熱い物が迸ったのである。呆けた顔をした張舜は、疲労に襲われてか、そのまま田管の胸に倒れ込んできたのであった。

「田管、僕は君のことを愛している」

 張舜は、じっと田管のことを見つめている。

「私も、愛しております」

 返事をしながら、田管は張舜の背中に手を回した。彼の肌は、絹のような手触りであった。

 

 日は、すでに暮れていた。空を覆う夜闇の中には三日月が懸かり、夜鳥の鳴く声が、寂しげに響いている。

 

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