第二十五話 焦燥
「そちらから来るか」
張石はすぐさま十二万の兵を繰り出し、これを迎え撃つ構えを取った。
張石軍の兵は、武陽が目前ということもあって張り切っている。兵の勢いは
実は、軍議の時、張舜は違う意見を持っていた。
「敵は恐らく寄せ集めの軍だ。如何に
だが、張石軍の幕僚たちは、張舜の策に一斉に反対した。
「今、自軍に勢いがある以上、攻めに出るべきである。消極的な策を取っては、自軍の士気が下がってしまう」
元々幕僚たちが張舜のことを子どもと侮らずに首肯してきたのは、幕僚たちとて戦の素人の集まりで、彼の言うことを黙って聞かざるを得なかったからである。だが、その彼らも、戦いを重ねるにつれて自信がつき、戦の勝手というものを肌で理解し始めた。そうなると、子どもの意見に頷き続けることを、自らの矜持が許さなくなってきたのだ。
息子の策を取るか、それとも幕僚たちに追従するか、全ては張石の一存に委ねられた。
「我らは打って出る」
それが、張石の言葉であった。土壇場で、彼は息子よりも幕僚の意見を採ったのである。
自分の意見を蹴られた形の張舜であったが、彼は腐らなかった。彼は、打って出るのであれば、と、重ねて策を献じた。
「騎馬を前列に放って弓射に徹し、敵を釣り出して兵を伏せた場所におびき出そう」
兵を埋伏しておき、谷道から騎兵を繰り出して攻撃を繰り返し、追撃してきた敵を誘い込んで伏兵に始末させる、という戦術を提案したのである。
張石は、その提案を受け入れた。騎兵部隊を前線に向かわせて、寄せては返す波のように断続的に馬上から矢を射かけさせた。
「さあ、餌に食らいつけ」
張石は、今か今かと敵が攻め寄せてくるのを待った。しかし、中々敵は食いつかない。敵は矢弾に対して矢弾で応戦するのみである。敵将は、相当用心深い男であるのだろう。
その内、張石軍の方が
「敵は埋伏に引っかからんではないか。こちらは数で
そういった勇ましい意見が、幕僚たちから上がり始める。それを主導しているのは、幕僚の一人の董籍であった。
張石は、そういった声を必死で抑え込んでいた。張石は、やはり息子を信じている。これまで自分たちが勝ち続けてきたのは、張舜の策があったからだ。成梁攻略も、赤陽で公孫業を破ったのも、王敖の排除に成功したのも、全て張舜の策によるものである。
この時、田管は張舜の弁護に回った。
「この先は険阻な道が続きます。焦って攻めては、隊列が伸びた所を狙われるでしょう。それよりも、敵が焦れるのを待つべきではありますまいか」
そう言って、董籍らに対して反論した。元普将という難しい立場にある田管であったが、この頃になると、彼の働きぶりを知らぬ者はなく、軍の者たちは皆田管のことを認めていた。
だが、董籍は田管に対しても敢然と言い返した。
「聞くところによれば田管殿、
張舜が田管を気に入って、度々二人きりで会っていることは軍中でも周知の事実であったが、あろうことか董籍は、張舜と田管の私的な繋がりを攻撃材料としたのである。
「董籍殿、その言葉、聞き捨てなりません。私が私情で軍略を論じるような男に見えるのであれば、即刻その目を
田管の目に、
「両者とも、少し冷静にならんか」
董籍と田管を見かねた張石は、怒気を含めた声色で言い放った。それを見た田管も董籍も、すごすごと後方に引き下がった。
結局、結論は出ず、張舜の策を継続することとなった。だが、翌日、事件が起こった。
「武陽は目前だ。どうしてこのような所で立ち止まることができようか」
左軍を率いる大将を、
張武雍は、とうとう決心した。馬に跨ると、腹の底から声を張り上げた。
「目指すは敵の本陣ぞ! 者共続け!」
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