第七話 成梁攻略戦 その一

 涼東に駐屯している張石の所へ、訪ね人があると、部下が取り次ぎにやってきた。その訪ね人というのは、投降した普の将とその部下十五名であるという。

「普の将であった男か、興味深い。通してくれ」

 張石が部下にそう言うと、本営として使っている役人の庁舎に、十数名の男が入ってきた。その先頭にいる人物の容貌を見て、張石は目を丸くした。呉子明軍を大いに苦しめた普の武将、田管。その噂は張石とて聞き及んでいた。銀髪碧眼が特徴の、容貌麗しい若者であるということも知っていたのであるが、実際に目の当たりにした彼の美貌は、想像を遥かに越えていた。張石には一男一女がおり、その二人も見目麗しい少年少女として評判であるが、それに勝るとも劣らない。

「張将軍、我々は将軍のことを聞き及んでおります。私も同じ梁人りょうひとです。どうかこの軍に加えていただけないでしょうか」

 田管は恭しく頭を下げた。容姿のせいもあろうが、その物腰は柔らかく見え、とても呉子明の大軍相手に奮戦した勇将のものとは思えないでいたが、顔を上げた田管の目元には峻烈さを感じさせるものがあり、やはりこの男も武将なのだ、と張石は納得した。

「ほう、まさしく俺もだ。同じ梁人同士、共に手を取り合いたい」

 張石は歓迎の意を、言葉のみならず表情でも示している。その様子に、田管は安堵した。今はもう、普に忠誠を誓ってなどいない田管であるが、反乱軍の者たちが自分をどう見るかということについては、また別の問題である。圧政者たる普の走狗として同胞を殺し続けた自分に対して、憎悪を向ける者もあろう。少なくとも、田管自身はそれを覚悟していたが、この張石からはそのような悪感情を感じられない。

「何しろ、我々は素人の寄り集まりの軍隊だ。そちらのような歴戦の士が加わってくれるなら有難い」

「いえいえ、歴戦の士など……まだまだ若輩ですし、実戦の経験も……」

「でも呉子明軍を大いに苦しめ足を鈍らせたその将才は本物だろう」

 発言者の張石にそのような意図はないのであろうけれども、これを聞いた田管は何となく咎められたような気になり、その心はあざみの棘に刺されたかのように痛んだ。張石の軍と直接戦闘した訳ではないにせよ、呉子明軍も張石軍も普の国に弓引く反乱軍という点では同じであり、ついこの間まで彼我は敵同士であったのだ。

「何、普の将であったことを気にしているのか」

「えっ……」

「顔にそう書いてある」

 自身の憂苦ゆうくを見透かされて、田管はどきりとした。驚愕のあまり、まるで部下たちに助けを求めるかのように視線を左右に泳がせてしまった。まさに、心臓を直接掴まれるかのような思いである。

「はは、あまり気にするなよ。まぁ中には良い顔しない者もいるかも知れんが、少なくとも俺は歓迎するぞ。それに、優秀な戦士は一人でも多く欲しい」

「それなら、お力になれましょう。騎射には自信があります」

「おお、それは頼もしいな。我が軍にも馬はあるが、騎乗できる者は多くないしな。それに、梁は平地が多い。野戦で騎馬の力が必要になることも増えるだろう」

 張石の、田管を見つめる眼差しには、期待が込められている。


 呉子明軍が動きを止めてしまったのとは裏腹に、張石軍は再び動き出し、瞬く間に二城を開城させた。さながら電光のような進撃である。もう、成梁までに張石軍を遮るものはなくなった。

 成梁には、楊龍ようりゅうという地方軍の将が、およそ三万の兵を集めて立て籠もった。流石に往時の国都だけあって、その城は堅牢そのものである。張石は二十万の軍で包囲したが、すぐには落とせそうになかった。

「もたついていると、公孫業の軍が来る」

 張石はそれを危惧している。公孫業なる将軍が、呉子明軍を打ち破って夷門関まで後退させたとの報は、すでに張石軍にも伝わっている。もし、北方の王敖軍が南下して呉子明軍への対処に当たった場合、今は呉子明軍と睨み合っている公孫業が、馬首を翻してこちらへ向かってこないとも限らない。

 それに加えて、城攻めを長引かせたくないもう一つの理由があった。それは、未来を見越してのことである。成梁は梁の国都であり、ある種象徴的な都市である。張石自身、梁を復興した暁には、再びこの地に都を定めるつもりだ。であるから、城壁も、その内側も、なるべく無傷で掌中に収めたい。

 張石は弓兵に命じて、矢にふみを結びつけて投射するという方法で、盛んに降伏を促した。けれども、楊龍率いる軍はあくまで徹底抗戦の構えを崩さない。

そうして、二十日が過ぎようとしていた。

 城壁の上から張石軍を見下ろしていた楊龍軍の城兵は、城をぐるりを包囲している張石軍が消えてしまっていることに気づいた。

「どういうことだ……?」

 城兵が訝しんでいると、南方の城壁を守っている城兵が、あるものを見つけた。

 すぐに、楊龍の元へ伝令が走った。

「張石軍、我が城への包囲を解き、城外の南の道を西へ向かっています!」

「何だと……? 奴らはこの成梁が欲しいのではなかったか……? もしや諦めたのか」

 張石軍が攻めあぐねている間、実は楊龍の方も焦っていた。成梁に入城して城門を閉めたはいいが、城内の庶民の心を掌握しきれているとは言い難かった。そも、普の厳しい統治に潜在的な不満を持っている民は多いのであり、それが反乱という形で表出しているのだ。城内の民が張石軍に応じて、普の官軍たる楊龍軍に反旗を翻す可能性を考えると、成梁への籠城は楊龍にとって危険な一手でもある。

 成梁を西へ進むと、安城あんじょうという都市がある。張石軍は先にそちらを落とし、そのまま北に回って攻略を進め、成梁と本国の連絡を断とうとしているのかも知れない。楊龍は張石軍の行動をそう解釈した。

「よし、ならば出撃だ。敵の背後を突く」

 報告によれば、張石軍は街道に沿って隊列を作り行進していることも分かった。兵数こそ楊龍軍は大きく劣っているが、細長い隊列を攻撃し分断できれば、数的有利を活用させずに敵を打ち破ることができよう。楊龍はすぐさま兵に用意を整えさせた。

「よし、全軍、出撃!」

 楊龍の号令と共に、南の門を開けて楊龍軍三万が城外へ繰り出した。

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