梁国復興記——美貌の男子たちが亡き国を復興するまで
武州人也
第一話 美貌将の憂鬱
馬上の男、
「出来ればこのような戦などしたくはなかった、が……」
幕僚の耳に拾われない程の小声で、田管はそっと呟いた。
今、目の前に迫っている大軍は、この
郡守が恐れをなしたのも無理はない。向かってくる反乱軍の数は今や五十万にも届こう程になっており、それに対して今田管の統率下にある軍はたったの四万という数なのだから。五十万という数からすれば、四万の軍など吹けば飛ぶようなものである。しかも、普の帝室に対する憎悪に燃えている反乱軍に対して、田管がまとめた軍はその勢いに気圧されて腰が引けている。唯一、田管の軍が勝っている点と言えば、あちらが農民兵主体の素人の軍であるのに対して、こちらの主体は戦闘訓練の施された強兵であるということだ。
混血が進むにつれて、その先祖たる銀髪碧眼の血もまた薄まり、他の
傍流であるが故に、田管の父はただの
田管は、全軍に待機を命じていた。弓兵と
蟻の群れのように見えた反乱軍の兵たちは、接近するにつれてよりはっきりとした人の型を取り始めた。もう、彼らは矢の届きそうな位置まで、田管軍に接近してきていた。
その、兵士たちの脚が、
「今だ! 攻撃開始!」
田管の号令と共に、太鼓が打ち鳴らされる。それが、攻撃の合図となった。弓弩の斉射が始まり、足の鈍った反乱軍の頭上に、放たれた矢弾の
一見、
田管軍は、ひたすらに矢を浴びせ続けた。飛蝗の大群のように空を覆ったそれは、情け容赦なく反乱軍の兵たちに襲い掛かった。それでも、数の差故に、その効力は最前線の兵を削るに留まっている。
だが、これでよい。田管はそう考えていた。敵は戦の素人の集まりではあるが、何分勢いがある。戦においてはその勢いこそが恐ろしい。であるから、敵の攻撃を受ける前に敵の出鼻を
「いい頃合いだ。総員退却!」
銅鑼が打ち鳴らされ、田管軍の兵士が後方へ退いていく。号令を下した田管自身も、馬首を翻して後退し始めていた。反乱軍はその背を追いかけようとしたが、泥濘がそれを阻んだ。もたついている間に、田管軍の姿は、反乱軍の視界の向こう側に消えてしまったのであった。
敵の戦力を削りながら逃げ、そして次にはまた守りに向く土地で待ち構え、敵を削る。そうして遅滞戦術を行いながら、中央からの援軍を待つ。田管の頭の中にあるのは、そのような戦いであった。
だが、と、田管は思考を旋回させる。そも、援軍など来るのだろうか、と訝らざるを得ないのが現状である。籠城戦も考えたが、その選択肢はすぐに頭から消した。中央からの軍隊がやってくる気配が、一向にないからだ。都に使者を飛ばしてはいるのだが、未だ何の音沙汰もないのが実に苛立たしい。これだけの大反乱だ。首都の方とて、この事態を把握していないとはとても思えない。けれども、送り出した使者が帰ってくることはなかった。故に、大軍を相手に野戦を仕掛けるよりは他にない。地の利を活かして軍を分散し埋伏させ、遊撃戦を行うという手も考えたが、これも頭の中から消し去った。ただでさえ数で大きく劣る自軍をさらに小分けにしてしまえば、各個撃破の危険がある。それに、自軍の腰が引けている以上、自分の近くから軍を引き離したくもない。将帥たる自分が軍を引き締めていなければ、統率が失われて脱走されかねないからだ。
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