第49話 たこの銀次登場

「お前·····、一体どこでこんな技を手に入れたんだ?」


それ程までに、美月の作ったたこ焼きは美味しかった。

何故か酷い頭痛がするが。


「私たちが何故か入院してた病院あるじゃん?」

「おん」

「そこでの話なんだけど·····」


それは美月がまだ残って入院してた時だ。


「君の作ったたこ焼きが不味すぎて、君たち二人は入院してたんだよ」

「·····え?」


例のごとく記憶が無い。

人間はよっぽど辛い記憶だと、強制的に消去してしまうらしい。


「だから、私がたこ焼きの極意を教えてやろう」

「は?」


そう言うと、白衣を脱ぎ捨てTシャツとハチマキをつけた姿になった。

手にはピックを持っている。


「私はたこの銀次だ、よろしく!」

「よ、よろしく」


50歳ぐらいだった銀次が、一気に若くなった。

うずうずとピックを振っている。


「外はサクッと、中はフワッとが合言葉だ、セイっ!」

「·····?」

「セイっ!」

「外はサクッと、中はフワッと」

「声が小さい、やり直し」


おいおい、ここは病院だぞ。

他に患者がいるんじゃないのか? そう思ったが堪えた。

美味しいたこ焼きを作るための必要な犠牲だ。


「次は歴史について触れていこう」

「し、死ぬぅ」

「大丈夫だ、ここは病院、いくらでも医者は居る」

「あなたも医者でしょ!?」


完全に銀次のペースに飲まれている。

夜も更け、朝日が昇った。

それでも語り口は止まらない。


「そうなんだよ! ここで動き出したんだよ」

「·····」

「おい! まだまだ序章に過ぎないぞ」

「もう時間が無いの!」


もうおじさんのくだらない話には付き合っていられない。

早く退院して学校にも行きたい。


「良いから、もう退院する」

「それは出来ないぞ」

「どうして?」

「私がここの病院で一番偉いから」

「誰か助けてよぉ」


このやぶ医者が病院長など、世も末である。

ただのたこ焼き狂なのにね。


「分かった、君に最高のレシピを教えよう」

「ほんと?」

「ついて来るんだ、私の仕事場に」

「仕事場って·····」


もう医者なのかすら分からない。

言われるがまま着いていくと、本格的な店が使うくらいのたこ焼き機が設置されていた。


「早速だが、作ってみるんだ」

「·····はい」


誰かに見られながらは緊張する。

もう不味いなんて言わせない。


「これは素晴らしい」

「へへっ、どんなもんですか」

「岩だね」

「え?」


数秒前のドヤ顔を返して欲しい。

確かにちょっと失敗したかもしれない、でも岩って。


「叩けばコンコンと音がし、地面に叩きつけると粉々に割れる」

「何が言いたいの?」

「完璧な、──岩だね」


私の第一のたこ焼きは岩から始まった。



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