第44話 心に咲いた華

「すいません! 空けて貰えます?」

「え?」

「ちっ、邪魔だな」


こう思われるのも仕方ない、みんなゆっくりと歩いている中を、走って抜けようとしているんだ。

長い階段を登っていく。


「すいません! すいません!」


道行く人に睨まれる。

視線がすごく痛い、暴言も吐かれる。


「それでもあいつが1人になるよりはマシだ」


今、小倉は1人だ。

1人はどんな状況であれ、寂しいものなんだ。


「待ってろよ、絶対に一緒に花火を見るんだ」


ひとりぼっちはいつから怖くなくなったのだろうか。

それは小倉風夏が、幼かった頃の話だ。

両親は仕事に勤しんでおり、帰りはいつも夜遅くだった。

その為に、1人で待つことが多かった。


「怖いよ·····」


一人でいる時の、孤独感が怖かった。

普段は騒がしい食卓が、まるで元から誰も居なかったようで気味が悪くなった。

もう二度と誰も帰ってこない、そう思ってしまう。


「·····お父さんは?」


その内、父親は帰らぬ人となった。

自分の心にぽっかりと穴が空いたようだった。

父の最後は誰も知らない。

誰も見ていないうちに、急病で死んだらしい。


「その人は?」


母親が新しい父親を連れてきた。

お姉ちゃんが出来た。

もう一人じゃなくなった。

それでも埋まらない心の隙間は、何を埋めれば良いのか分からない。


「はぁはぁ」


だからずっと待ち続けてしまう。

心を埋めてくれる人を。


「一人は寂しいよ·····」

「分かってるよ、そんな事は」

「·····え?」

「だからもう1人にはしねぇよ」


汗だくで笑う御影ユウキが居た。

服が土で汚れてたので、必死に探してくれていたのがわかった。


「怖かった·····」

「俺も怖かったぜ、急に居なくなったからさ」

「ごめんなさい」


どうして克服したはずの一人が、急に怖くなったのだろう。

それは多分、優しさにずっと触れていたからだ。


「ほら花火が始まるぞ」

「あ」


空には綺麗な花が咲いた。

すぐに消えてしまうが、心にずっと残っていた。


「ユウキ、ありがとう」

「お、お、おう」


ユウキはもう花火など見ていなかった。

嬉しそうに花火を見上げる、彼女の横顔に見惚れていた。


(やばい、俺の心が·····)


奪われる。

急いで花火に視線を移した。

ずっと見つめていると、本当に──。


「私のことを見てたでしょ? 変態」

「へ?」

「·····別に良いよ」

「何て?」

「に、二度は言わないから」


彼女の笑顔が花火に照らされ、美しく咲いた。

























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