第13話 小学五年生 野生のヒートに遭遇した。刺した 上

 




 やぁ諸君おはよう、私だ、利根田とねだ 理子りこだ。そろそろこの名乗りっていらないのだろうか。いや、私は様式美というものを大切にするオメガバース愛の美少女戦士だからな。


 何?美少女戦士を気に入ってよく使っているんじゃないかって?


 正直に言おう。うむ、気に入っているぞ。


 さて、というわけで小学五年生、十歳になったぞ。最近ふと気付いたんだ…。三十路の精神に十歳足してしまったら四十路なんじゃないかって……


 い、いや、落ち着こう、この世には割り算なるかくも素晴らしきものが存在している。


 つまり、つまりだ。三十路+十歳÷二人分で二十歳


 二十歳はたち…、二十歳か……。いい響きである。前世、山田 莉子にもきゃっきゃうふふした若い時期が……、な、なかったような気もしなくもないが響きはいいからな!!


 よし、今度から自称精神年齢二十歳のオメガバース愛の美少女戦士、利根田 理子と名乗ろう!!


 あまりに痛々しくてもう墓を掘るしかないな。落ち着いたよ。うん。


 死んだ魚の目で現実に戻る。


 はぁ、ただ、正直感情の波のふり幅とか勢いでやっちゃうこととか、勿論他に理由はあるけど身体の年齢に引っ張られているなぁというのも感じているので、二十歳程度の精神年齢というのもあながち外れているわけでもなさそうではあるが。


 さて、小学五年生の前に一応ざっくりと小学四年生の説明だけでも入れておこうかね。


 まぁあの命名大神持ち帰り事件の後だが、別段その後大神とよくつるむようになったかと言うとそうでもない。


 というかあれである。クラスメイトの犬猿の仲の二人がある日突然仲良くなっていたら気持ち悪いであろう? 怖いであろう? 私なら寄性獣か宇宙人の洗脳を疑うぞ? 私も大神もそんなタイプでもないし、周囲もびっくり仰天である。


 ちなみにあの時渡すようにとゴリ男先生に頼まれていたプリントは、どさくさに紛れてぐっしゃぐしゃになり過ぎてたので、結局翌日大神が自分で先生の元へと取りに行っていた。内申アップにならなかった。あんなに頑張ったのにチビルチョコ一粒だけ進呈とかりこちゃんびっくり仰天である。


 というわけで別段教室でべったり会話したり、お花ちゃんや聖也くんと一緒に居るようになった……とかではないが、偶に帰り路で一緒になった時は雑談しながら帰るようになった。


 あいつふらふらしてるから、家が近所なのに何故か登下校時間が全然被らないのである。むしろ避けられてるのかと邪推するレベルであるが、その割にはゼロパーセントが十日に一回くらいに上がったので、むしろ避けてたのが少し減った程度なんじゃないかと睨んでいる。


 大神も普段どこをほっつき歩いてるんだか。その割に遅刻もしなくなったのは驚いたけど。朝寝坊して遅刻ギリギリに登校した時に、後ろから大神が涼しい顔で現れた時には、あの身体能力で朝超ダッシュしてるんじゃないかと訝しんだが。


 そういや、もう一つ驚いたのが教室でよく窓から外を見てた大神が何を思ったか最近机の上で参考書を広げ出したのである。


 これには本当に驚いた。


 何故かって? ついこの間まで中二の勉強してると言ったら驚いていた大神が、机上に小六の問題集を広げて勉強し始めていたからである。


 うひぃ、絶対あいつ負けず嫌いだから対抗意識燃やしてるに違いないって。私も負けじと家に帰ってから密かに中二の勉強を更に本腰入れてしている。


 うう、学校じゃ見栄もあるし、単純に遊んだり他にも色々でそんな余裕ないし。モテモテってつらいね!! はいすんません調子乗りました。


 うう、小学生に負けたくないい。でもポンコツスポンジ三十路女の地頭じゃあ本気モードの世界レベル博士頭脳予備軍に微塵も敵う気がしないい。


 せめて小学生の間は勝っておきたいとは思っている次第である。遠い目。


 大神と一緒でもう一つびっくりしたことがあった。健太が少年野球団というちびっ子野球チームというかソフトボールチームに入ったのである。


 あー、というか、あんまりにも遊ぼうぜ遊ぼうぜとうるさいし、体力が有り余ってるようだったし運動神経が同年代と比べてもずば抜けてめっちゃいいので、今の内に野球でもやってみたらどうだと勧めてみたのだ。


 結構ガチめなチームらしく、土日に練習がない代わりに放課後毎日やってるという練習方法らしい。何でも日頃の練習が大事で休む時はちゃんと休めな教育方針だそうな。ほほう、中々やるではないか。


 というわけで遊ぶ時間が減ると最初は難色を示していたのだが、我が家で我が秘伝の青春野球漫画『ワンタッチ』を見せたら俄然ハマってやる気になったのである。


 ふはは、健太程分かりやすく操りやすい奴もおるまい!!


 …単純思考過ぎて将来大丈夫か…?と若干心配にもなるがげふんげふん。


 ま、まあこれも我が力よ!はいすんません黙りますという様式美で……嘘です調子乗りましたすんません。


 げふん。はい、ということで最初はボール拾いやら基礎特訓から頑張ってるせいで疲れてるのかよく机の上で爆睡してはゴリ男に丸めたプリントで頭を叩かれていた次第である。


 ちなみにここで一つ問題があった。


 静かになってハッピーとはいえ、まぁ私にも唆した責任はあるしなぁと、健太の宿題をよく学校で一緒に見てやっていた。運動神経に脳みそが吸われがちな健太であるが、教えたら素直に覚えるのでその点はまだ教えやすくはあるのである。


 そうしたらゴリ男がほら言った通りだろと言いたげにその他の勉強出来ない系の問題児も押し付けてきたのだ…!


 ええい! よく見ているというか適材適所ぶりに関しては相変わらず上手いなゴリ男めぇ…! お前が見んかーい! これには流石の大人~なりこちゃんもキレるかと思った。カミソリりこちゃんとは私のことよ…!!


 まぁ結局一人教えるのも二人も三人も四人も変わらないと偶の放課後に見たんだがな…


 これが時間が無かった理由である。


 我が癒しのお花ちゃんは何処だ!!


 そして多いわ!!! 何故九歳の時点で問題簡単とはいえ残業などせねばならぬのか…! ゴリ男先生のお顔怖い? ゴリ男先生より教えるの上手? ふ、ふむ、そう言われてしまったら頑張らぬわけにはいかぬが…


 ええい、とはいえゴリ男めぇ…! 二重丸の個数を前学期よりも一個しかプラスしてくれなかったとは…! 覚えておけよ…! このりこちゃんを怒らせると我が教え子たちのこのゴリ男の胸を抉る評価と一緒に学級崩壊など余裕のよっちゃんでやってやれるからな…!!


 おっと、思い出して熱が入ってしまった。という感じの小四であった。実は今年の担任もゴリ男である。ゴリ男めぇ、二重丸の個数減っていたら覚えておけよ…


 ちなみに小四の時の聖也くんとお花ちゃんも仲良さは相変わらずなので、そのままによによと見守らせて頂いた。


 いやぁ、あれが我が癒しのオメガサプリよ…。ありがとう、ありがとう…、貴い…。


「お前、また変なの考えてるだろ」

「失敬な。これほど高尚で純粋な思想もないというのに」

「意味分かんね」


 ポケットに手を突っ込みながら呆れた風にこちらを見る大神に、つい唇が尖る。

 むう、二次元の第一人者が何を言うか


 という訳で、今回は偶々大神を帰り路で発見したので一緒に帰っている次第である。


 小学五年生になって、実は聖也くんとお花ちゃんとも別れてしまって、同じクラスには腐れ縁の健太と大神としか一緒になれなかったのである。


 やっぱり寂しいから偶にお花ちゃんに会いに行ってるが、やはり他クラスにまでべったりしてはお花ちゃんの為にもならないしダメだと私も心を鬼にしてお花ちゃんに会いに行く回数は減らしている。


 ええい、いつ行っても私と同じくお花ちゃんとクラス別れた癖に聖也くん居るし…! 聖也くんもほんの少しくらいは遠慮しろよ…! でも尊いよ…! ありがとう複雑!!


 そんな訳で、小学四年生と比べると大神との遭遇率も少し上がった。というか、教室から一緒に偶に帰るようになった。まぁ前が十日に一回なら五日に一回レベルな気がするが。


 とはいえそれでさえ初めて一緒に帰った日には教室に激震が走っていた程度には、今もあんまり人を寄せ付けていない。まぁ健太とかが絡みに行ったら前よりは面倒臭がりつつも相手してるのでマシになってる気もする。


 健太も少し体力がついて来たのか、最近は爆睡もなくなり、最近レギュラーになったんだぜーとよく自慢してくるようになった。とりあえずおだてとけば調子乗って元気になるのでドッチと同じ方式でおだてている。


 うむ。プロ野球選手になったらサインいっぱい貰って売り捌くという我が野望の為にも頑張るのだぞ健太よ。


「あ、やば、健太に借りてた鉛筆返し忘れてた」

「また明日渡せばいいだろ」

「そだね」

「ふん。お前あいつと仲良いな」

「仲良いというより最早腐れ縁…。忘れもしないあれは私が幼気いたいけで純粋可憐な保育園児の頃――」

「長くなるか?」

「纏めるとクソガキだな」

「あいつも哀れだな」


 何故そこで健太に同情的になるのか…。大神も健太のあの猪突猛進のしつこさの被害者仲間であろうに…! 男の友情だとでもいうのか…! 男女差別はんたーい!


 むむぅと健太との腐れ縁クソガキエピソードからどれをセレクトしてやろうかと脳内で選んでいると、ふとカラフルな屋台が目につく。


 おお…! こんな蒸し暑い夕方にぴったりのアイスクリーム屋さんではないか…!


 ふふふ、りこちゃんはちゃんとランドセルの中にへそくりならぬお小遣いを貯めた小銭をちゃんと持参しているからな。えへん。バレたら取り上げあられるので内緒である。まぁゴリ男なら今までの貢献ポイントで大目に見てくれそうな気はするが。


 大神は甘いの苦手そうだよなぁ、なんか見るからに男らしいって感じだから肉とかばっか食ってそう。というか今思うと焔色の髪と目が夕焼けで更に真っ赤だから見てて蒸し暑いな。本人暑くないんだろうかとか邪推してたら横に居る勘の鋭い大神にバレそうだから黙っとこうっと。


 こいつ、身体能力に付随してか野生動物レベルで勘も鋭いのである。ええい、二物も三物も与えられおってからに。まぁ生い立ちはその分しんどそうなので神様も残酷な帳尻合わせをするなと呆れるが。


「何だよ」

「別にぃ。大神アイス買う?」

「いらねぇ」

「あっそ。じゃあ買ってこーよおっと。あ、チクらないでね」


 しぃっと口元に手を当てながらそういうと、呆れた風に鼻を鳴らしながらも、道路沿いの壁にもたれた。何だかんだと待ってくれるようである。素直じゃない奴め。


 賄賂代わりに大神にも買ってやるかとワン太郎のがま口を開く。


 うえ、何でがま口をがま口って決めたんだろうね。猫口でも犬口でもいいではないか…! そっちのが絶対可愛かろう…! カエル憎けりゃがま口まで憎しとはこのことである。


 というわけでワン太郎からお金を吐き出させてとんがりコーンアイスを二つ買う。


 ふう、やっぱ放課後の夕暮れとはいえ、夏は暑いのだ。地球温暖化なり、ヒートアイランド現象なりは、同姓同名の別世界でも変わらぬようである。


 ふんふんと片方を後ろに隠してバニラ味を舐めながら大神の元へと帰る。

 じゃーんと大神に見せてやれば、ふんと無表情でまた鼻で笑いながら手を伸ばした。


「…おい、くれるんじゃねーのかよ」

「あげるつもりですー。が、はい、一言足りません。何でしょうか」

「それ言わせるもんか?」

「これも社会勉強の一環です。というか最初に言うもんでしょーが」


 暑さで既に溶けそうになってるアイスを大神の前で振りながら態とらしく呆れた様に肩を上げれば、眉間に皺を寄せて苦々しく舌打ちしながらぼそっと礼を言う大神。


 素直じゃないやさぐれ大神め。何か躾の気分である。とはいえ地頭は私より断然良いので、一度言ったことも覚えてる癖にやらないというひねくれ野郎だが。


 よくできましたとにまにま見詰めれば、これまた更に眉間に皺を寄せながらアイスを食べている。


 バニラにしたが大丈夫だったらしい。野性的とか強面よりな顔なので、アイスという可愛らしいアイテム自体が似合わないっちゃあ似合わないが。本人は美味しいのか不味いのか分からんが、アイスをバリガリと親の敵の様な乱暴さで食べている。


「あ、大神今日は食べに来なよ。お母さんがハンバーグにするって言ってたし」

「ハンバーグか」

「しかもコロッケも買ってくるって」

「…行く」


 絶対肉に釣られただろうと分かる大神に、思わず笑ってしまった。


 ふは、何だ、やっぱ健太と同じで小学生男子など分かりやすいものだな。というか見掛け通りやっぱ肉好きかよ。


 それは馬鹿にするものでもなく、単純に楽しいから零れた笑みで、それを見た大神は不機嫌そうなフリしてぶっきらぼうな態度ですたすたと歩を進めた。


 まぁ後ろから見れば先祖返りでか少し先が尖った耳先が、夕焼けでも焔色でもない色で少し赤いのもバレバレなんだがな。


 ちなみに二日ごとと言いつつ、月によっては31日とズレたりするので分かりやすいようにいつの間にか偶数月が偶に大神の来る日になった。一応暦も地球と同じであるぞ。びっくりだがまぁ楽だな。


 と言っても、遠慮してか月に二回くらいしか大神来ないけど。オメガさん達のごはん食べてるのか分からないが可能性は低そうだし、でも約束破ってなさそうなので、こいつの自炊の腕が上がってるんじゃないかと睨んでるんだがどうであろうか。


 あんまり聞けないんだよなぁ。聞いたら答えれると判断した範囲は教えてくれそうだけどさ。


 でも大神もご両親やオメガさん達との距離の取り方とかが少し変わったらしいとは、何となく雰囲気で思う。私自身はあまり大神のご両親とはあれ以来接触らしい接触は数えられる程度しかしていないから微妙だが、我が最高なる父母は結構仲良くなっておるしな。


 ふうーー!! 我が両親最高ーー!! あと翔馬天使ーー!! ふうーー!!


 いや、すまん、一度は叫んでおかないとな。様式美なんて無くてもこれに関していつでもどこでもどこでもドアレベルで叫ぶぞ私は。


 まぁ、月二回大神が来ると言ったが、それもこうやって偶に肉とかで釣って連れて来てる次第である。


 もう我がお母上が間が空き過ぎると「理子、大牙くん元気してる? ちゃんと食べてるか心配だからまた連れてきなさいね」だの、翔馬が「大神にいちゃんとまたジャスティスマンごっこしたい」だのお父上がぬんぬんぬーんと私に対して指令、もとい圧力を掛けてくるのである。


 ええい!私よりも皆大神に対して断然甘い対応しおってからに!!

 りこちゃん寂しいぞ!!


 まぁ流石に泊まりはせずにご飯だけ食べて帰るのだがな。いつの間にか大神のご両親から高級な食べ物が回って来たりするようになったので、最近舌が少しグルメになってきたというか、家族全員ちょっと太った気はするが誰もまだ触れてはいないことである。闇が深いぜ……


「置いてくぞ」

「ゴール地点一緒なのに?」


 夕焼けの中、数歩先で舌打ちしながらこちらを振り向く大神。その背を追い抜かして調子が狂ってる様子の大神を揶揄って遊びつつ、てっこてこと歩いていると、てっきり着いてくると思っていた大神が付いてくる気配がなかった。


 ん?


 アイスを食べきった手を払いながら不思議に思い振り向けば、十歩くらい後ろの路地裏に続く脇道の前で、脂汗を浮かべながら片膝を付いている。真っ青なその姿は今にも倒れそうだ。


 え、え、どうした!? 病気か!?


 慌てて鈍い思考と足で大神へと一歩踏み出そうとした瞬間、その薄暗い路地裏からまるで幽鬼の様に生白く細い腕が伸び、大神の腕を掴んで一瞬にして闇へと引き摺り込んだ。


 目の当たりにした事件に現実が信じられず、思わず思考が停止する。


 しかし、三呼吸吸った瞬間急いで大神が引き摺り込まれた路地裏へと何も考えずに飛び込んだ。


 嘘っ、大神が動けないなんて何か薬使ったの!? 女の腕みたいに見えたけどお化け!? 身代金目当ての誘拐!? それとも無差別!? 大神もまさか普段一人で帰ってるのってこんなのばっかだからとか…!


 思考がぐちゃぐちゃのまま、ランドセルの横にぶら下げている防犯ブザーへと右手を滑らせながら路地裏の奥へと走って目を開けば、暗闇に馴染むのが遅い視界には一瞬では状況が理解出来ないような光景が広がっていた。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る