第6話 小学三年生 アルファ(多分)の転校生がきた。やさぐれ過ぎだろこいつ 下
「はい、じゃあみんなに紹介するよー」
と朗らかに告げる担任の女性教師。先生、あなたの一番前、真正面の席で死にそうな子供が居るのですが。
視線は机の上の何か渦を巻いている木目を一転凝視である。木目を見ているのではない、動かせないだけだ
「
先生が声を掛け、きゅ…という靴底のゴム音がして誰かが入ってきた瞬間、まるで息をすることさえ恐れる様に教室が一瞬しん…と静まった…気がした。
いや、もうマジそれどころじゃないんで
しかし、流石に私も転校生の顔に興味くらいある。顔面蒼白のまま出入口を向いた瞬間分かった。
あ、絶対アルファ(確信)だわ
まるで焔みたいな目を引いてやまない髪色と瞳に、まだ頬の丸みはあるものの鋭い眦や眼光など、小学三年生にして野性的な既に完成に近い美貌。美しいというよりは優美な野生の肉食動物を間近で目にした様な圧倒的な威圧感や存在感、感動を覚える。
身のこなしも足音を立てず、これがアルファでない訳が無い。
というかもしベータなら私が泣く。
これが格差社会か…!
まるで王者が闊歩するかの様に教壇横にまで滑る様に来た彼は、無言で周囲を睥睨するだけだった。
そうして不機嫌そうな仏頂面のままポケットに手を突っ込んで鼻に皺を寄せる。
…、おい、早く自己紹介するならしてくれ…。いま、セカンドウェーブが来て我がヒットポイントががりがりがりがりと高速で削れているんだ…
一瞬私も見惚れるも、そんなことより命と未来の危機である。
目の前の肉食獣よりもトイレ行きたいという生理的欲求のが上である。
既に友好的でなさそうな雰囲気を醸し出しているが、先生も手馴れたもので黙る少年へと再度挨拶を促した。というか、めっちゃ態度悪いなこいつ
顔は良くても聖也くんの真逆過ぎる。外面を見習えよと思わなくもない。その前に早くトイレ行きたい
真っ青な顔で脂汗を耐える私に、同じく一番前の席でお隣に座るお花ちゃんは心配げだ。天使か…
「――大神だ」
不機嫌なまま傲岸不遜に言い放つ様子にそれだけかーいと普段なら内心で突っ込む所だが、今はよくやった褒めて遣わすという気持ちしかない。
よし…、これで後は一時間目が始まるまでの間にお手洗いへ……
「大神くんは東京から引っ越して来たばかりなのよー。みんなも仲良くしてあげてねー」
仲良くのなの字も見せない態度であるのに、最強メンタルの先生である。
「なー、大神の髪って染めてんのー?」
瞬間、嫌に聞き覚えのある声が耳に響いた。聞き間違いだと思いたい。
まだ声変わりなど先であろうに、高めの声でドスが効いている謎な威圧感のある大神くんへと、空気を読まず質問したその勇気は心底図太過ぎる心臓だと感心しよう。
だが、だがだ。だがな健太……おま……
このままスムーズに、流れる川の如くナチュラルにお手洗いまで流れて行ける流れかと思ったのに、何故か、というか絶対嫌がらせに違いないタイミングで健太が手を挙げた。
健太ーーー!!! おいいいい!!!
そうして、一人堰を切ってしまえば、流れ落ちるが如く質問が主に女子からわんさかどんどん湧いて出てくる。流れる流れる言い過ぎてもう色々と内臓さえ出そう。ねえ、今私の目から涙流れてない? 脂汗と冷や汗だけ?
ちょ、マジで健太本気で許さ……
お腹痛い絶望からの五分リミットある希望からの先生登場の絶望という既にジェットコースターであればもういい加減ゴールしてくれよ…!というレベルでアップダウンさせられているのである。我がメンタルが強靭で無ければ既に絶対意識を飛ばしている。
やばい、三途の川の近くにお花畑見える。お花摘みにいきたい。リアルの方で
わーわーと盛り上がる教室に先生は困り気味だったが、ふと無言であった大神くんが一つ呼吸を吸った。
半分生死の境をさ迷い意識を飛ばしていた私だったが、席の都合上真正面に立つ何だか不穏な様子の大神くんに思わず訝し気な視線を投げる。
大神くんはまるで集る子蠅を見る様に煩わしそうに片眉をピクリと上げたあと―――
「黙れ」
瞬間、教壇を目に見えぬ速さで蹴った。
ガアーーーンという金属が悲鳴を上げる大音響が間近で聞こえる。
一瞬にして静まり返る教室。
悪びれもない大神くん。
俯いて震える私。
「大神くん机は蹴っちゃダメよー。じゃあ大神くんはそこの一番後ろの席に―――」
安定安心メンタル最強の頼もしき進行っぷりで先生が気を取り直すように後ろの方を指差す。
まだ、まだここまでなら我慢出来た。
やさぐれ過ぎだろこいつとか多分に思ったが、まだ行動に移る方が気力がいった。
しかし、しかしだ。大神くんが、いや、大神の野郎は乙女に絶対言ってはならいワードを悪びれもなく言いやがったのである。
いつも賑やかでうるさいくらいの皆がまるで怒りを買うのを恐れる様に大神くんの一挙手一投足を見ながら息を潜める中、お花ちゃんと私の席の間の通路を通ろうとした大神の野郎が吐き捨てるように言いやがったのである。
「臭ぇ」
「もう我慢ならない、ぶっ飛ばす」
「あ?」
鼻に皺を寄せ、地顔かもしれないがガンを飛ばして睨み付けてくる大神へと、私も席からけたたましい音を立てて立ち上がり眼光鋭く睨み返した。
乙女にはなぁ…、言っていいことと悪いことがあるんだよ!!!
腹に据えかねる!! お腹の我慢も限界を超えエクストラモードに入ってる!!
「あ?じゃないわ! 臭いとは何だ臭いとは!」
「は? 別にてめぇとは言ってねーだろ」
むしろこの状況で私以外あるかー!! 朝の清々しい朝礼の中で臭そうな奴など他にいるかー!!
言ってて涙出そう。もうキムチと牛乳やめる。片方だけにする。
睨み付けてくる眼光は正直野生の熊の前でコサックダンス踊ってるみたいな、生物の格としての威圧感があるが―――何度も言う。トイレの方が最上位である。
というかなぁ……
「謝れ! そっちが教壇蹴った衝撃が凄まじかったんだぞ謝れ!」
「当たってねーだろ」
「音と衝撃波は波となって空気を振動させ大ダメージを与えるんだよ!!」
「何言ってんだお前」
不可解そうに見るな。分かるだろ。結論、まだ漏らしてないけどマジ死亡一歩手前。
「理子ちゃん、調子悪いの~?」
段々我が顔色は冷え、大神の視線の温度が下がるという冷戦状態となる中、お隣ではらはらと見守っていたお花ちゃんが心配そうに身動ぎした。
瞬間、またも鼻に皺を寄せた大神はあろうことか我が目の前で堂々と腕で鼻を覆い、眉を顰めて吐き捨てる様に言い放ちやがったのである。
「近付くんじゃねぇ」
「マジ許さん」
もー怒ったドン
フルコンボでフルボッコだドン
連打ぁー!
社会を生き抜いてきた三十路女が今お前に現実を思い知らせてやるよ…!
お前の常識は世間の非常識だとな…!!
大人げない? 大人の対応出来るのは余裕がある奴だけである。
私? この顔色見ろよ。もうトイレまで間に合わない気しかしねぇよ
「まず何だその最初から俺お前等と関わる気ありませんという態度は…! 新人で大事なのはまず笑顔と挨拶、愛嬌だけで乗り切るもんだぞ!」
「は?」
「それから何でもかんでも、は?だの、あ?だの言うんじゃない! 態度が悪く見え過ぎるからせめてもう一語、すみませんよく聞き取れませんでしたとメモ帳片手に下手に出るのが一般的だぞ!」
「何の話だ」
お前の態度全般の話だよ!
憤慨する私の前で、不可解そうに見ていた大神だったが、途中から面倒になったのか視線を外して変なのに絡まれたといいたげな態度である。
小学三年生の可愛げが微塵もない。粉塵爆発して宇宙空間へと死滅したに違いない。
「それと臭い臭い女の子に向かって言うんじゃない! 当たり前だろ!」
「本当のこと言って何が悪い」
「それならお前の方が臭いわ!」
デリカシーの欠片さえも死滅した発言に、お前のかーちゃんでべそと言われた時と同じ様にお前のかーちゃんの方がでべそだやーい!の要領で売り言葉に買い言葉を放った瞬間だった。先程まで面倒そうに歪められていた目が一瞬大きく見開いて、次いで何故か手負いの獣みたいに荒々しく攻撃的な視線になったのである。
だが、そんなもの、既に悟りの境地にまで達した私の下では意味を成さないこと。
「臭くねぇ」
「臭い」
「臭くねぇ!」
「臭いって言った方が臭いんですー!」
「じゃあお前も臭いな」
「最初に言った方が先に臭いんですー」
今思うと私も大人げなかった。爪の先の欠片の粉くらいは反省しよう。
その後、子どものストリートファイトに発展し、小学三年生ながら既にアルファ(確信)の身体能力とか性別差とか主に我が内なる反乱のせいでぼろ負けしそうになった所を、最強メンタル女先生が「はーい、じゃあ授業始めるわよー」の一言でドロー試合へと持ち込んでくれた。
小学三年生にして明らかに格上そうなアルファ(確信)の因縁の敵が出来た瞬間である。
だがまずは――――
待ってくれ!! まだトイレ行ってない!!!
結論、逃げる様にトイレへと駆け込んだお陰で漏らしはしなかった。
それだけが救いであろう。
後書き
こいつら一応この物語のヒロインとヒーローである(目を逸らし
ここの伏線四年生で回収したりとかあるから、よければ読んであげてね……っ。(アクセス見てここだけ読む人が多くて我、心ガン泣きっ←ぇ)違うんです、下世話なトイレネタはここだけなんですっ←必死
まぁ主人公もヒーローも何故か戦闘でゲロりんちょしていくスパルタ方式だから汚いか汚くないかでいったら汚いもんね!あ、だめだなこれ(諦めた)
次話『幕間1 小学三年生 ドッチッチ あいつやりやがったな』
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