巫女剣法

@tunetika

第1話

第一回

 大島優子・・・

宇宙から来た剣豪、剣聖 神池伊勢乃守も大島優子のために剣の奥義を会得した。

神池伊勢ノ守のお墨付きを持っているためにどこでも剣をこころざすところでは食客として泊まることが出来る。


                     

 篠田麻里子・・・・・

   ある大名の奥方だったが政略結婚などに翻弄され、そんな政治がらみ非人間的な生活に嫌気がさし、脱藩するも盗賊の一味に加わったとき、危ないところを大島優子に救われて一緒に旅をする。






備前池田藩の当主、池田行永は陽明学派の流れを汲む軍学師の為永影時を横に置き、眼前におこなわれようとする試合を心待ちにしていた。城から離れた菩提寺の松妙寺の本堂の前に試合場はあった。その試合場は急遽しつらえたものであった。松妙寺の前の中庭は美的価値観からか白砂が丁寧にまかれ、禅の公案を具現化している、その庭は静寂を表現する海のようであり、そのまん中に人が外から中に入ってくるとき白砂を乱さないために人が通ることの出来る石畳みがまっすぐに続いている。中庭の白砂の海のそこだけが海の中に浮かぶ島のように砂の中に浮かんでいる。

 この白砂の中庭のまわりは大蛇の腹のような松が四方を巡っている。この本堂の試合を見渡す回廊のちょうど良い場所に池田行永と為永影時、それに城主にごく近い家来だけが侍っている。

 そしてこの中庭の四方に植えられている松の木を巡るように幔幕が張られて、外側からはその中が見られないように工夫されている。それに寺の者も今日はこの本堂には近づかないように厳命され、かつ追い払われていた。

 伴侍の一人が為永影時のそばにいる侍の一人に耳打ちをした。

「なに、あれほど境内には誰も入れるなと言ったではないか」

話しを耳打ちされた侍は立腹したように声を荒げた。それを聞いて影時はその侍の方を向いた。

「どうしたというのだ」

「乞食がひとり境内の中に紛れ込んでいて鐘突堂のそばでこもを広げて寝ようとしているというのでござる」

「かまわん、捨てておけ。あくまでもこの催しはわが藩の武芸練達のための催し。無理に乞食を殺したりすればよけいな疑いをかけられるだけだ。武芸練達という名分があるのだ。なんとしても言い開きはたつ」

「わかりもうした」

その乞食は確かに鐘突堂のそばにいた。しかし、乞食はなにを勘違いしたのか、追い払われないのをいいことにして鐘突堂の上にまでのぼっていき試合場まで見られるところまで上がった。そしてそこでこもを広げて寝始めた。さむらいの立場といえ仏法を守る寺の中での殺生は御法度である。

 しかし為永影時が武芸練達のための催しというなら城内でおこなえばいいはずである。それをわざわざ寺の境内の中に幔幕を張り巡らして秘密めいた試合をおこなうというのはそれなりの理由があった。

 回廊の藩主の池田行永が陣取っているほうの反対の階段から武骨な三十前後の侍が降りて来た。そして白砂の上に進み出ると藩主の行永に礼をした。戦国時代にはこのような侍がいただろうが、太平な世になった今となってはこのような人物、つまりいつも殺気の漂っている侍は珍しい。その侍が木刀を持ってその場に立つとあたりにはめらめらと陽炎のような殺気が立ち上った。

「ふたりがかりで力量をためすのだな」

藩主の池田行永が横にいる為永影時に話しかけた。

「御意」

ふたりがかり、つまり一人の相手に同時にふたりのさむらいが打ちかかっていくのだ。これは考えてみると大変なことである。もし肉体的に二倍の力量を持つものならば一人がふたりを相手にすることは出来る。しかし、この場合は木刀ではあるが武器を持っている。真剣を持つ場合では、素手の人間が武器、つまり真剣を持つことにより、その攻撃力は数十倍になると言われている。つまり長さ一メートルの真剣を持った相手に同等に戦い得るのは素手の人間、何十人が同時に攻撃しなければならない。つまり真剣という武器を持つことにより、剣の力量の差が縮まるということを意味している。お互いが死に対する恐怖感を克服しているものならこれはお互いが共倒れする可能性が高い。結果としてお互いが傷つき、両者が負けるということを意味している。つまり同時に打ちかかってくる真剣を一人の真剣でうち負かすということは大変な力量の差がなければ出来ないことなのだ。

 同じ階段から藩のものだと思われる若い侍がふたり木刀を持って降りてきた。このふたりも同じように藩主のほうを向いて礼をした。本堂のまん中の方からこの試合を取り仕切る侍が降りて行った。白砂のまん中のあたりにその侍が行くとふたりとひとりをまん中に呼び寄せた。

「では、両方とも、わたしが合図をしたら試合を始めて欲しい」

ひとりとふたりはそれぞれの木刀を中段に構えた。ふたりの方には作戦があった。ひとりの相手に対して絶対によけられない攻撃のパターンを考えていた。まず、突き一本にしぼるということである。木刀を払う形では前後の動く範囲が限定されるので最初の一撃で逃れられるおそれがある。突きならば前後で相手を追っていく範囲が長くなる。その上、ふたりで少し違う角度から追って行けば相手は三角形のひとつの頂点にいるように逃れることが出来ない。

「よし」

取り仕切る侍が合図をかけると同時にふたりはひとりに対して猛烈な突きを仕掛けて行った。

 しかし、信じられないことが起こった。その瞬間にふたりの木刀は折られて宙に舞ったのである。

「そこまで」

これは突いてくる木刀に対してその数倍の速さで横から払ったということである。三人はそれぞれ藩主の前からしりぞいた。

 この試合が終わってから松妙寺の書院の中に藩主の池田行永と為永影時は茶坊主の持って来た饅頭を食べながら今日の試合のことを語った。開け放した書院の中庭には山水を擬した庭石と苔の絨毯、そして二つの高さの違っている敷石の上に足を伸ばして、まるで吊り橋のような足を持った石灯籠がふたりの会談を見ているだけだった。

「噂に違わぬ、すごい使い手だな。影時」

「御意」

「しかし、剣の腕がいくらたつと言っても、公儀隠密をあらいざらいを調べあげるということは出来ぬであろう」

「御意。上様。しかし、馬場伝三郎は剣だけではござらん。すでにどこにも仕官せぬ身でありながら、すでに四十余名の弟子を擁しております。これらの人員を今度の役につけたらどうかと存じます」

「それもよい考えじゃな」

 備前藩主池田行永は徳川幕府の放っている隠密の備前領内での行動を完全に把握しようと計っていた。これらの隠密の手によって藩内の落ち度を理由に国替えや取りつぶしを受ける大名も出ていたからである。その隠密の行動を極秘裏に把握することは好ましい。もちろん、それにはその目的を隠した秘密の組織が必要であった。そもそもそんなものをあからさまに作ること自体が公儀に対して謀反のはかりごとありというとがで取りつぶされる可能性もある。その秘密の組織を作る名目は藩内の武芸練達のためということにする。世は泰平となり、武は疎んぜられ、奢侈に流れていた。幕府は経済的な理由から引き締めを計り、武芸を推奨していた。さむらいが遊郭へ行かず木刀を振って日を過ごせば余計な金を使わずにすむ。幕府は経済的に助かる。この幕府の方針を利用するに越したことはない。これらもすべて為永影時の発案であった。

「馬場伝三郎をやとうか」

「それはまだ早急かと存知ます。まだ馬場伝三郎よりも適任のものがいるかも知れません。まだみどものところにはこの話しにのってみたいという武芸者が集まっております」

「では、明日もこの試合をおこなうか」

「御意」

「どんな武芸者があらわれるか楽しみだな」

「御意」

ここで池田行永と為永影時は目の前に置かれた饅頭を切り分けると口に入れ、茶をすすった。そしてふたりは立ち上がると部屋を出て行った。

 部屋からふたりが出て行って誰もいなくなると庭石や石灯籠や、松の木だけで誰もいないはずの庭の中で動くものがある。苔がびっしりと生えて緑色の毬藻にくるまれたじゃがいものようになっている大きな岩がもぞもぞと形を変えるとその中から人が出て来た。驚くことにそれは鐘突き堂で寝ていた乞食と同じ人相をしている。

「明日も試合をやるのか」

その男は黒装束の姿をしていた。薄暗いその景色の中でその男はなまこ壁に刀を立てかけるとその刀のつばに足をかけ、土塀の上の屋根の上に駆け上がった。刀には真田ひもがついていて上からその男はするするとその刀を引き上げると塀の向こうに消えた。

 次の日も松妙寺で試合がおこなわれた。池田行永と為永影時のそばには傍侍のほかに美しい女がひとり控えている。郷で歌舞伎踊りの名手として評判の女を藩主の池田行永が気にいって城内でその評判の踊りを踊らせた。その女が武芸者の試合がおこなわれるというのを聞き、たっての願いでその場に席を設けてもらうことになった。行永はだいぶこの女を気にいったものと見える。もしくはこの女が人畜無害だと思ったのかも知れない。

「影時、今日の候補者はどんな男なのだ」

「拙者はまだ会ったことがありません。津田の推薦でございます。その剣法はどの流派にも属していないと申します。名前は影目邪心」

「本当にどの流派にも属していないというのか」

「本人はそう申しているそうでござる。あえて言えば、割骨流を学んだが、すでに師を越えて学ぶものがなくなったと申しております」

「割骨流か、また珍しいことだな。戦国の世ならともかく、この泰平の世に割骨流を学んでいるものがいたとはな」

「御意」

割骨流、剣の正統からははずれた邪道の剣法である。それは戦国の時代が生んだ夜襲の剣法である。剣の手合わせは決して昼日中にはおこなわない。夜の闇の中で戦うことだけを目的にして編み出された剣だった。しかし、その剣の流れを汲むものが昼の試合に出るということが奇妙である。

「影目邪心か、その男は真剣で立ち会うということを希望しているというが」

「そうでござる。相手は昨日、ふたりががりでも見事な勝利を得た馬場伝三郎を相手にしたいと希望いたしました」

「それで馬場伝三郎はその申し出を受けたのか」

「御意。馬場伝三郎はそのかわり条件を提示いたしました。試合相手の影目邪心を斬り殺したとしても罪とがを負わないように計らって欲しいと申しました」

「それも仕方ないか、一寸さきに生死の境の川を眺めている武芸者であるからにはな」

「まあ、お殿様、ここで命のやりとりがおこなわれるというのですか。恐ろしいこと」

歌舞伎踊りの女はさも恐ろしいことというように口のあたりを押さえた。

 昨日と同じように白砂の上に馬場伝三郎が降り立った。昨日と同じだったが、一つだけ違うことがある。馬場伝三郎は真剣を帯同している。そしてもう一つ違うことがあった。伝三郎には数十人いるという弟子のうちのひとりが付き従っていた。馬場伝三郎は本堂の階段を下りると白砂の上を歩いて行って藩主に礼をした。試合を仕切る侍は影目邪心を探したがその姿はまだ、見当たらなかった。

「影目殿、馬場殿の用意は出来ております。早く用意をしてくだされ」

侍は大きな声を三度張り上げた。

「用意はもう出来ておりまするよ」

その語尾には薄気味悪い忍び声がそえられている。その声が向こうから聞こえた。そして幔幕をまくると向こうからやせた背の高い骸骨のような男が現れた。髪の毛は火事にでもあったかのようにしゅろぼうきのようになっていてそれを後ろで束ねている。まるで南蛮の骸骨の風体をしたピエロのようだった。しかし、着ているものは豪奢で南蛮あたりから来たような繻子の羽織の上には金糸で刺繍がされている。顔の皮を一枚はがせばそのあいだには肉もなく、ただちにしゃれこうべの容貌があらわれるようだった。

影目邪心は藩主に向かって礼をした。影目邪心は六尺五寸ほどの袋に入った棒のようなものを片手に持っている。そしてその袋をするするとほどいて中から得物を取り出した。それはまた奇妙なものだった。六尺五寸、つまり、二メートルぐらいの長刀だったが、普通の刀とは少し様子が違っている。それがどうおかしいかというと、影目邪心がその長刀を構えると切っ先が細かく振動しているのだ。まるで生き物のように動く剣。これがどうしてなのだろうかとその刀を細かく観察してみるとその理由がわかる。刀の切っ先から一尺までの部分は作りは普通の刀と同じように見える。しかし、そのあとの部分は日本刀の構造とは違うようだ。それで切っ先がぶるぶると揺れているのだ。そして両者のあいだに繰り広げられた試合というものもまた奇妙なものだった。試合を仕切る侍が合図をすると両者はいきなり太刀筋を会わせた。しかし、その速さがあまりにも速いために両者のあいだに何がおこなわれていたか、わかる者はいなかった。しかし、その場には太刀筋を見きっていた者が一人だけいたのである。見きったとしてもその刃をかわせるかは別の問題である。その者の目を通した戦いを描写するとこうなるのである。ふたりは走り寄って刀と刀を十字の形で交差した。しかし、影目邪心の刀は先端が曲がるようになっているのでさらに曲がって馬場伝三郎の頭部めがけて伸びて行った。馬場伝三郎は身を横にしてその切っ先をよけ、影目邪心の背中のほうに飛んだ。そして左手で地面を突き、刀を持った右手で影目邪心の背中を斬りつけようとした。そのとき後ろにいる馬場伝三郎に真上から影目邪心の長刀が飛んできたのである。つまり影目邪心が上段から剣を振りかぶるのとは全く逆の動きをしたのである。馬場伝三郎の刀の切っ先が影目邪心の背中に達する前に影目邪心の自由に曲がる切っ先が馬場伝三郎の頭の頂点に突き刺さるほうが早かった。馬場伝三郎の頭のてっぺんから血しぶきが飛び立った。

「あれが割骨流のわざであるか。師匠を超えたという」

それを見ていた備前藩の一陣の中にそうつぶやく者がいたがその声はあまりに小さく本人以外の誰にも聞こえなかった。

 城下町の中にある稲荷の社のわき水で美しい女が化粧を落としていた。歌舞伎踊りの女である。そして布でその顔を拭き終わると、中から男の顔が出て来た。それはあの乞食の顔である。今度は男は新内流しに変装した。

「馬場伝三郎の弟子が師匠の死んだのを見て血相変えて走って行った。これは何か起こるのに違いない」

新内流しはまたつぶやいた。そこへ鼻を垂らした子供が走って来た。

「見たよ。見たよ。枯れたとうもろこしみたいな頭をしたどくろみたいなおじちゃんがそこの当たり屋という居酒屋に確かに入って行ったよ」

「よし、ぼん。これで飴でも買いな」

新内流しは子供の開いている手の中に銭を一枚ぽとんと落とした。

 新内流しは夜の街の中に当たり屋と書かれた居酒屋の障子がほたるのしりのようにぼんやりと光っているのを見つけた。

「ごめんよ」

縄のれんをくぐって店の中に入るとあの枯れたとうもろこしのような頭をした無気味な影目邪心がとっくりから自分の杯に酒をついでいる。

試合をしたことで金ももらっていたようだった。新内流しはこれはなにか起こるという予感を感じた。

「いっぱいつけてくれ。それに熱く煮た蕎麦もたのむよ」

新内流しが湯気をたてている蕎麦をすすりこんでいると障子がいきおいよくあいた。そこに十数人の屈強な侍が立っている。

「貴殿が影目邪心殿か」

その問いには答えず、影目邪心は薄気味悪く狂人のように笑っている。

「答えぬところを見ると影目邪心なのだな」

まだ影目邪心は気味悪く笑っている。

「お主が昼間、馬場伝三郎と名乗る者と試合をしたと思われるが、あれは馬場伝三郎ではない。実は手違いがあってな。馬場伝三郎はあらためて貴殿と試合をしたいと言っている。われわれについて来てくれるか」

昼間の試合は確かに馬場伝三郎だった。その馬場伝三郎が無惨に試合で殺されたために影目邪心を弟子たちは殺さなければならなかった。この試合は公の場でなされたものではない。この試合がなかった、つまり影目邪心などというものがいなかったということになれば面目は立つ。弟子たちは新しい馬場伝三郎を流派の代表に立ててその流儀を存続していくことが出来る。

 しかし、のこのこと影目邪心がついて行くとは思えない、相手は十数人いる。どう考えても勝ち目はない。しかし何も言わずに影目邪心は杯を卓の上にかたりと置くと立ち上がった。侍たちは道をあける。そして邪心は居酒屋の前の往来に出た。そこには十数人の侍がいる。新内流しもその様子を見るために往来に出た。

 影目邪心はあの奇妙な得物を持っている。

「ここでいい」

邪心がそう言った瞬間に邪心の剣は飛んで行き、ふたりの侍の首をはねた。その剣のかえりでうしろの侍の心臓を突き刺す。そこで新内流しは不思議な現象を見た。往来には石で出来た用水があったのだが、ふたりの侍がその影に隠れた。すると邪心の剣の切っ先はその石の用水桶めざして一直線に伸びていった。そのままでは石に剣はぶつかる。剣先が石のぶっかって火花が出るに違いない。しかし不思議なことが起こった。飛んで行った切っ先はその石をよけて曲線となり、石の裏に隠れていたふたりのさむらいを刺し殺したのである。そうやってつぎつぎと侍たちは殺されていき、往来は血の海となった。半紙が一枚燃え尽きるぐらいの時間で十数人の侍はすべて殺されてしまった。これが邪道といわれた割心流をさらに発展させた影目邪心の剣なのであった。邪心の刀は自由にその切っ先が目的の場所に達する。ただ邪心は剣を振り下ろすだけではなく、手首に微妙なひねりを加えて、たこ揚げをしている子供が糸をあやつるようにその剣を操っている。まるで生きている毒蛇が空中を飛んでいるようだった。邪心はなにごともないようにその場を去った。新内流しはその場に落ちていた鉄瓶を見つけた。そしてそれを拾い上げた。鉄瓶の胴には刀の切れ込みが入っている。これは侍のひとりが邪心のすきをつくるために鉄瓶を投げつけたときに邪心がきり落とした痕跡である。

影目邪心への周囲すべてからの攻撃は不可能だった。まるで背中にも目があるように背後の敵の姿を見ることが出来、またその相手を斬り殺すことが出来るのだった。全くの暗闇の中での夜襲から発展した影目邪心の剣としては当然のことなのだった。邪道の剣の面目躍如ということだった。

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