転① もう二度と来ないかもしれない平穏

 中央広場まで戻ると、街はすっかり落ちついていた。さっきまで避難勧告の鐘が鳴り、街中が大騒ぎしていたのが嘘かのようだ。


 ……というか、人の姿がない。本当に、やけに静かだな。


「なんだか、誰もいませんね。せっかくブラン隊長が戦いから戻ってきたのに。普段ならもっと……」


「あっ、いるじゃない。ほらあそこ」


 仲間が指をさす。噴水の近くに黒っぽい服を着た人がいる。私は鳥肌が立つ。


 さっき窮地を脱したばかりだというのに……自分の勘を疑う。しかし、疑いようがない。私はこういうのには敏感だ。


 こちらに背を向けているその人物に近づかないよう、腕を広げて仲間を立ち止まらせる。


「……みんな、よく聞いて。まだ街の人の中にケガをしてる人がいるかもしれない。急いで回復と浄化にあたってほしい。それが終わったら……”昼休憩”よ」


 合言葉を伝える。顔色を変えて、騎士団は街の四方八方に散っていく。


 広場に私だけが残った。街の人間を連れて全員逃げるよう指示したのは、これが初めてだ。


 ――バコン、バコン。


 大きな音にびっくりする。何を驚いてるの? 自分の心臓の音じゃないか。


 さっき窮地を脱したばかりだっていうのに。いつもこうなんだから。ろくに休む暇もない、平穏とは遠い日々。なんだって、こんなに遠いのかな。


 本当に遠いんだから……私の平穏。


 もう二度と来ないかもしれないものに、心の中でさよならを言う。息を吸い、意を決する。

 噴水にゆったり腰かけている男性に声をかけた。


「邪魔物ね。……いいえ、格が違うわ。あなた、ひょっとして――」


 男性がふり返る。


「――ああ。散歩中の魔王。オーディンさ」

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