転① もう二度と来ないかもしれない平穏
中央広場まで戻ると、街はすっかり落ちついていた。さっきまで避難勧告の鐘が鳴り、街中が大騒ぎしていたのが嘘かのようだ。
……というか、人の姿がない。本当に、やけに静かだな。
「なんだか、誰もいませんね。せっかくブラン隊長が戦いから戻ってきたのに。普段ならもっと……」
「あっ、いるじゃない。ほらあそこ」
仲間が指をさす。噴水の近くに黒っぽい服を着た人がいる。私は鳥肌が立つ。
さっき窮地を脱したばかりだというのに……自分の勘を疑う。しかし、疑いようがない。私はこういうのには敏感だ。
こちらに背を向けているその人物に近づかないよう、腕を広げて仲間を立ち止まらせる。
「……みんな、よく聞いて。まだ街の人の中にケガをしてる人がいるかもしれない。急いで回復と浄化にあたってほしい。それが終わったら……”昼休憩”よ」
合言葉を伝える。顔色を変えて、騎士団は街の四方八方に散っていく。
広場に私だけが残った。街の人間を連れて全員逃げるよう指示したのは、これが初めてだ。
――バコン、バコン。
大きな音にびっくりする。何を驚いてるの? 自分の心臓の音じゃないか。
さっき窮地を脱したばかりだっていうのに。いつもこうなんだから。ろくに休む暇もない、平穏とは遠い日々。なんだって、こんなに遠いのかな。
本当に遠いんだから……私の平穏。
もう二度と来ないかもしれないものに、心の中でさよならを言う。息を吸い、意を決する。
噴水にゆったり腰かけている男性に声をかけた。
「邪魔物ね。……いいえ、格が違うわ。あなた、ひょっとして――」
男性がふり返る。
「――ああ。散歩中の魔王。オーディンさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます