邪魔もの殺してスローライフ。

2番スクリーン

プロローグ 最強になるはずだった少年

「そこの少年。あなたに最強のスキルを授けます」


 かつて、女神エーディンから最強のスキルを与えられた少年がいた。ボロボロの服を着て、豪華な神殿には不似合いな痩せた少年にエーディンは声をかける。


「そのスキルの名は、ブラック――」


「ブラックチョコレート? ありがとう、女神様。このブラックチョコレートを使って、俺は――」


「違います。ブラックチョコレートじゃありません。このスキルの名は――」


「スキムミルク? ありがとう、女神様。このスキムミルクを使って、俺は――」


「違います。スキムミルクじゃありません、スキルです。なんでそう甘いものに勘違いをするのですか」


 一息置いて、エーディンは続けた。


「いいですか、少年。これはすごいスキルなのですよ。なんと、ふれただけでどんな相手にでも勝つことができてしまう最強のスキルなのです」


 それを聞いた途端、神殿が歓声でいっぱいになる。生誕祭の日、女神エーディンに特別な力を授けてもらおうとやってきた人間たちが、幸福な少年をいっせいに称賛した。


「すごいじゃないか、ふれただけで勝てる最強のスキルだって!」


「なんて幸運なんだ!」


 褒め称える人々を押しのけて、女性の騎士が少年に飛びつく。


「私はフラン、王国騎士団モンブランの騎士団長です。最強のスキルを持ったなら、ぜひうちの騎士団へご入団を!」


 それを見て、他の集団も少年に飛びついた。


「あなたがいれば、魔王を倒すのも夢じゃありません!」


「ぜひ、うちのギルドへ!」


「いやいや、ぜひ冒険者組み合いに!」


 魔物や魔人といった、危険なものを倒すことを職業にしている人たちが我先にと少年を勧誘する。

 そんな周りの喧騒を気にもせず、少年はエーディンの方にふり返った。


「ありがとう、女神様。この最強のスキルを使って、俺は――」


 おおっ、と神殿中の人間が目を輝かせる。


「――誰にも見つからない場所で、心底穏やかに暮らすことにする!!」


 少年は走りだした。引き止めようとする女神の声も虚しく、おそろしい速度で神殿を出ていってしまう。うかつにさわれないので、皆少年を止められない。


 その後、最強になるはずだった少年の姿を見たものはいなかった。

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