体育館の裏で待っている

 その日の放課後、あたしは体育館の裏にいた。昼休み、お弁当を食べてのんびりしていたら例の変態男子があたしの机の上に無言でメモを置いていったのだ。そこにはこう書かれていた。


『今朝の一件は君にとってもボクにとっても実に不幸な出来事であった。ついては弁解の機会を与えてほしい。できれば人目のない場所で話し合いたい。放課後、体育館の裏で待つ。必ず来られたし。くれぐれも同伴者はなきように』


「果たし状かよ」


 破り捨てたいところではあるが、実はあたし自身も腑に落ちない点があった。

 足が滑って態勢が崩れ、少しまくれたスカートが自動的に硬化した、そこまではわかる。しかしなぜガキンなどという音がしたのだろう。

 変態男子の腕時計がスカートに当たったのかと思ったが、授業中にチラ見したところ時計ははめていなかった。手を金属に当ててもガキンなどという音はしないはずだ。

 とりあえずその理由を聞きたい、それだけのためにあたしは今、校庭の南西隅に立っている。北は体育館、南と西は石塀、そして東は体育倉庫に囲まれたこの場所は、人目を避けて何かするには絶好の場所だ。


「よかった、来てくれたんだね」


 変態男子がやって来た。いつもと変わらぬ愛想の良い顔だ。入学してから三カ月近く、この外見にだまされていたわけか。あたしも見る目がないな。


「弁解をどうぞ」


 すこぶる高慢な態度でそう言うと、彼は真面目な顔で答えた。


「単刀直入に言おう。実はボクの右手は磁石なんだ」

「はあ?」


 呆れた。半日考えた弁解がこの程度とは。小学生だってもう少しましな理由を思い付けるはずだ。口を開けたまま絶句しているあたしを尻目に変態男子は話を続ける。


「信じられないのも無理はない。ボクだってそうだった。この能力を宿したのは小学生の時だ。学習雑誌の付録についてきた磁石セットで遊んでいるうちに、すっかり電磁気学に魅了されてしまったんだよ。この不思議な力が欲しい、自由に電磁気を操りたい。ボクは星空を見上げて毎日祈った。図書室で読んだ本に『流れ星が消える前に願いを三回言えばかなう』と書いてあったから」


 どこかで聞いたような話ね。まあいいわ。黙って続きを聞きましょう。


「そしてその時はやって来た。ある夜出現した流れ星は途轍もなく長く光り続けていた。大気圏に突入した人工衛星の破片じゃないかと思うほどだった。とにかくボクは願いを三回言い、そしてそれはかなえられた。右手が磁石になったんだ」


 話が終わった。さっそくカバンからクリップを取り出して変態男子の右手に近づける。何の力も感じない。やっぱりただの妄想か。


「これのどこが磁石なの。くっ付かないじゃない」

「平常時は普通の右手なんだ。磁石になるには発動条件があるんだよ」

「へえ~、どんな条件なの?」

「それは……」


 言い淀んでいる。もしかしたら必死になって考えているのかな。それくらい前もって準備しておくべきでしょうが。


「発動条件は、その、あの、要するに、女子に対してよこしまな考えを抱くことなんだ。それによってもたらされる精神的身体的興奮がボクの右手を磁石にする」

「あ~、つまりHな気分になると磁石になるのね。ふ~ん」


 さっそくスマホを取り出して数日前にネットでたまたま見つけたHな画像を表示させる。


「はい、どうぞ」


 変態男子の顔にH画像を突き付け、同時にクリップを右手に押し当てる。やはり何の変化もない。


「あんた、ウソばっかりね。下手な弁解はやめて素直に謝ったら。いい加減にしないとあたし怒るわよ」

「君は何もわかっていない。そんな画像で劣情が催されるとでも思っているのかい」


 変態男子の顔がヤバイくらい真剣になってきた。かなり重度の中二病みたいだ。


「どうよ、見てよ、凄いでしょと言わんばかりにダイナマイトボディを晒されても気後れするだけだ。パンツだってそうだ。パンツ丸出しにして遊ぶ幼稚園児に欲情できようはずがない。パンモロなど下品の極み。パンチラとて邪道にすぎぬ。真のエロスは見えそうで見えないチラリズム未満の状態にあるのだ。裾を押さえて恥ずかしがる姿こそエロスの至高。パンツが見えた瞬間、その価値は激減するのだ。このような画像で我が右手が磁化するとでも思ったのか。笑止!」

「あ、ああ、そうなんですか」


 なんだか口調も変わってきた。結構アブナイ人なのかもしれない。これ以上関わりを持たない方がよさそうだ。


「つ、つまり今朝はあたしが転びそうになってスカートがちょっとだけまくれたので、そのために右手が磁石になってスカートにぶつかったってことなのね。うん、わかった。了解。じゃあこれで話は終わりね。さようなら」

「待ってくれ。まだ話は終わってないよ。ボクの磁化の原因は君の言ったとおりだが、どうして右手がスカートに引き寄せられたのか、その理由がわからない。君のスカートはどう考えても布製。磁石がくっ付くはずがない。あの金属音だって変だ。説明してくれないか」

「そ、それは……」


 今度はこちらが考える番になってしまった。どうしよう。正直に全てを話すべきか。適当な理由をでっち上げてごまかそうか。う~ん、迷う~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る