スーパーカー探偵少女

@tunetika

第1話

(小見出し)湾岸刑事

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 軽く近所を流して夕ご飯のちょっと前に愛車ともども松浦田あややは自分の祖父がやっている自動車修理工場の前庭に戻ってきた。

庭には松だとか山茶花だとかが植えられている。生け垣は柊の厚い葉が茂っている。植木はよく手入れされている。

 前庭はちょっとした広さがあって、そこにあるのは庭木だけではない。石膏ボードを張って作った自動車修理工場がある。石膏ボードは油で汚れている。そして緑色のおおきなドラム缶がおいてあったり、車からはずしたエンジンが置いてあったりする。

そして完成品が何台も置かれていた。

 それもただの車ではない。

この自動車修理工場の前庭には過去のさまざまな名車がリストアされて駐車している。

この修理工場の所有者、松浦田あやの祖父は過去の名車を再生させることにかけては日本に右に出る者がいないほどの名人だった。

そしてそれらの名車には実際、何十年か前のそれらの名車をそのままに復刻させるという以上のことがなされていたのだった。それはおもに性能に関してである。

 車の低いエンジン音がうなって松浦田あやが車ともども戻って来たことに気付いて祖父の松浦田善右衛門が修理工場の奥から出て来た。

「あや、M520の調子はどうだ」

「最高だよ。おじいちゃん」

可愛い顔をした女の子が車のドアから顔を見せた。そして最高だよって言うときにアイドル歌手のようにポーズをとった。

「そうだろう。そうだろう。むふふふ」

善右衛門は自分の白くなったあごひげを触りながら満足そうに笑った。

 この修理工場の車庫である前庭にこの車が入って来たときその車が三十年以上前の車でありながらスーパーカー並の地面を揺さぶるようなエンジン音を立てているのにはわけがある。

 松浦田あやが今乗って来た車は外見はデトマソ スピードスター、M530、外見はコルベットスティングレーをミニミニにした感じである。資料によればフランスの新進の航空機会社が一九六七年に開発した2プラス2、運転席と助手席の2シーターの車の後部に補助席のような二つの座席がついている。だいたいの諸性能を調べるとエンジンは水冷、四サイクル、V型、四気筒、排気量1699、最高出力、79PS,4800rpm、ミッドシップ縦置きエンジン、MR、という数字が出て来る。原型はフォードのエンジンを流用している。ほぼ同じ時期に出た車としてはロータス・ヨーロッパなどがあるがこの車は足回りが柔らかく高速巡航を得意としていた。高速では風に乗るように走った。

 三十年以上前の車であるからその当時としてはすごい諸性能を有していたが今ではちょっと高級なフアミリーカーにも負けるかも知れない。

 しかしこの修理工場の前庭に置かれているデトマソ スピードスターM530は特殊チタン合金製の5000CCのエンジンを積み、ニトロ燃料を爆発させて走り、100メートルでの加速性能は1000CCの二輪車を超え、直線距離ではフオーミュラーカーを抜きさることが出来た。なぜかと言えば、それは現代の工業技術のすべてを集結して作られた車だったからだ。その制作費は最新の航空ジェット戦闘機一台分にほぼ匹敵する。松浦田田あやはまだ運転席に乗り込み、そのシートの感触とハンドルの握り具合を味わっていた。祖父の松浦田田善右衛門は外から車内のインストールパネルのセンターコンソールに埋め込まれたラジオを指し示した。

「あや、このラジオのチューニングスイッチの横に付いているボタンじゃが」

「おじいちゃん、押してもいいの」

松浦田あやは目をぱちくりさせながらそれを見た。

「押して見ろ」

「おっ、インディケーターが点灯したわよ」

松浦田田あやが言ったようにラジオのパネルが青く発光した。そして室内には音楽が流れ出した。

「そうしたら、このスイッチを二秒間、押し続けるのだ」

松浦田善右衛門はあややがそのスイッチを押す前に自分でそのエンジニア特有の節くれ立って油で黒く汚れた指でそのシルバー色のスイッチを押した。すると車内には韓国語の洪水が流れ出した。

「それからこのJPという設定に合わせるのじゃ」

善右衛門がスイッチを押すとパネルにJapanという文字が表れて車内に流れていた韓国語は突然日本語に変わった。

  ***36号車、36号車、金浦空港から逃走した犯人は国道を使って仁川の方面の方へ逃走中、ただちに追跡せよ。*****松浦田あややはスイッチを消した。

「じいちゃん、これ韓国の警察無線じゃない。韓国の警察無線なんか聞けたって意味ないわよ」

あやは怒った表情を彼女のくりくりした目で表現した。

「わしに聞いたって、そんなことわかるか。装備してくれって頼まれて、わしゃあ、

電源コードをつないだだけじゃからな。しかし韓国だけじゃないぞ。中国だって、ハワイのだって入るわ。電波状態がよければアラスカだって入るわ」

また善右衛門がスイッチを押そうとしたので松浦田あややはあわてて止める。

「わー、すごい、」

道路の方から喜んだ声が聞こえて、坊主頭のひ弱そうな中学生がやって来て車の中をのぞきこんだ。

松浦田あややはこの中学生に水泳の個人教授を、この夏、したことを思い出した。胸元がひどく切れ込んでいて胸の谷間が見える水着だった。別にこの中学生を誘惑するつもりではなかったが、きっと自分のショッキングな水着姿を彼の目に焼き付けたに違いないと思った。

「あややさんこれが話していたデトマソ スピードスターM530ですか」

「そうよ」

松浦田あややが得意そうに言うと祖父の善右衛門がここぞとばかりに得意そうに顔を伸ばした。

「わしが作ったんじゃ。ぐふふふ」

「かずきくん、落語研究会は今終わったの」

「そうなんです。今度、うちの中学の文化祭で目黒のさんまをやりますから聞きに来てくださいよ。

それにしてもすごい車だな。最高で何キロぐらい出るんですか」

「直線で坂じゃなければ400キロ」

松浦田あややがまた得意そうに言った。

「ええ、すごい400キロ、」

また坊主頭の中学生は驚きの声をあげた。

「この車にも驚きましたが、こんなすごい車の運転のできるあやさんにも驚いてしまいますよ。僕、尊敬しちゃうな」

この中学生、えなり田かずきがそう言うと松浦田あややはまた得意そうに鼻の穴を広げた。

「あやや、何、得意がっているんじゃ、この車を作ったのは誰だと思っているんじゃ。

もう、この未熟者めが。ほらほら緊急連絡信号が入っておるぞ。スイッチを入れんかい」

「じいちゃん、緊急連絡信号のスイッチってどれなのよ」

その様子をこの坊主頭の中学生はにたにたとして見ている。

たとえこの中学生に何かの悪意のある部分があってもこの純朴なキャラクターのため誰でも騙されてしまうかも知れない。

本当はえなり田かずきはあややのでっかいおっぱいに興味津々なのである。

「そんな面倒な場合もあるからだ。お前がこの車の捜査を忘れたり、お前が車から離れて緊急連絡信号を受け取れない場合のことじゃ。こんなものを渡されたのじゃ」

じいさんは孫に銀色の携帯電話を差し出した。

「じいちゃん、ただの携帯電話じゃないか」

えなり田かずきもその携帯電話をのぞき込んだ。二つ折りのどこででも見ることのできる携帯電話だ。

「緊急連絡信号を受信するのはもちろんだが、たとえお前がこの車から離れた場所にいたとしてもその携帯電話の信号を受けてデトマソ スピードスターM530は自動操縦でお前のところに行くだろう。あの人がそう言っていたわ」

ちょうどそのとき、その銀色の携帯電話のアンテナが赤く点滅している。

「あやや、何をしているんじゃ、早く電話に出んか」

「普通の携帯と同じ使い方でいいの」あ

やは携帯電話をのぞき込んでいる。

「そうだろう」

「なんだ、じいちゃん、知らないの」

「うるさい」

じいさんの雷が落ちないうちに松浦田あややは二つ折りになった携帯を広げると耳につけた。

「もしもし」

「あややくんか。藤井田隆だが、緊急事態が発生した。すぐに軽井沢に向かってくれ」

何かせっぱつまった調子の声が聞こえてくる。その声はエキセントリックでもある。あやは藤井田隆の斜め宙を睨んだインドの悪役レスラーのような常軌を逸した動作を思い出した。

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 五分後にはデトマソ スピードスターM530の車内にはでっかいおっぱいの松浦田あややと助手席にはえなり田かずきの二人が前の席に座っている。ふたりの車は軽井沢を目指して高速に乗っていた。もちろん高速に乗っていてもこの車の性能を発揮出来ないのはもちろんである。

何しろフォミュラーカーよりも速いのだから。

藤井田隆という人物からの緊急連絡は軽井沢の高級別荘のいっかくで李宗行という人物が

殺されたので調査に行けという連絡だった。松浦田あややは警察ではなかったから捜査ではなく、調査である。

なにしろ、坊主頭の落語クラブに入っている中学生を助手としてつれて行くのだから、いくらなんでも捜査は出来ないだろう。そして藤井田隆の話によると殺された李宗行の死体発見現場は少し変わっているようだという話である。それは現場に行ってから自分の目で確かめてみろという話だった。彼がこの事件に乗り込むにはそれなりの理由がなければならない。

それはこの被害者の李宗行という人物にあった。彼はミサイルの軌道計算の専門家で軍事関係者にとっては非常に有用な人物であるということだった。彼の開発したミサイルの軌道の予測装置はこれまでのそれに比べて格段の進歩を与えるものだそうだ。そしてそれが藤井田隆が松浦田あややに調査を依頼した主な理由だった。

「どうすればあややさんのように、テストドライバーになれるんですか」

渋滞している高速の中でえなり田かずきは松浦田あややに話しかけた。えなり田かずきは松浦田あややにあこがれていた。

いや、表面的にはそういう態度をとっていた。何度も言っているがえなり田かずきは松浦田あややのでっかいおっぱいに興味があるのである。しかし、そのことはおくびにも出さなかった。

でもいつか風呂場であややの入浴姿を盗み見たことがあった。

ちょうどあややが洗い場に出て石鹸の泡をたくさんたてて泡を自分のドレスのように身にまとっていたときだった。

しかし、あややはえなり田かずきに自分の裸を見られたことは全然知らない。

「このデトマソ スピードスターM530は作るのにいくらぐらいかかったんですか」

「知ってどうするの、えなり田くん」

松浦田あややは窓の外を見ながら西部劇に出て来るヒーローのように苦々しく笑った。しかしその口元には喜びがあふれている。あややは不純な動機を持ちながらえなり田かずきがあやのそばを離れたがらないことを知らない。

「五十億ぐらいかしら」

「ごっ、ごっ、五十億」

目を丸くして驚いてシートの背もたれに逆海老ぞりになっているえなり田かずきを見て静かに松浦田あややは話し始めた。

「うちのじいさんの実家は福島の貧しい農家だったのよ。それがどういうわけか畑の中から石油が出て来た。

日本にはないような話だわよね。その石油はほとんど無尽蔵みたいで毎年百億の収入があるのよ。

その頃うちのじいさんはすでに東京に出て来ていてあの自動車修理工場をやっていた。

うちのじいさんの腕はぴかいちだわよ。旧車を再生させることにかけては右に出るものはいないのよね。

えなり田くんもうちの庭に置いてある外車を見たでしょう。

あのブガッティもマセラッティも廃車同然だったのをうちのじいさんが直したんだわよ。

しかし年収百億で日本一の腕を持つ自動車修理工場の親父、このことを誰も知らなかったのよ。

税金の申告のとき一ヶ月、遅れて申告していたからよ。しかし、ある人がそのことを知ってうちに尋ねて来たんだわ。

日本工業技術院特殊技術育成課、課長、藤井田隆、わたしの上司だわよ。別名、産業スパイ防止課、そのじつ、外国へ行って他の国の産業技術のスパイをするのも仕事にしているけどね。

ある日、あいつが君の家に行ってもいいかと言ったのよ。あややはふたつ返事で答えたけどね。

それでうちのじいさんのやっている修理工場に上がり込んで話したわけよね。

今いろんな先進国は自分の国の産業技術を守るためにいろいろな法律を作り、行政でそれを行っている。

しかるに我が国ではその機関がないのだ。そこで秘密捜査員を作ることにしました。それはあなたの孫娘さんです。

 そしてそれ相応の乗り物が必要である。つきましては国から二十五億出しましょう。

おじいさんの方から二十五億出してください。そうしておじいさんの旧車のリストア技術と産業界の全技術を集結してあなたのお孫さんの乗る車を作りましょう。って言ったのよ。

そうして出来たのがこのデトマソ スピードスターM530というわけよね。

でっかいおっぱいのわたしにはぴったりな車だわよ。

そしてそのドライバーがこのわたし、ボインちゃんなわけよ。加速を効かせてみたら、おっぱいがぶるんぶるんと震えて身体が感じてしまうのよ。ちょっとセクシーな車だわよ」

ここで松浦田あややはまた得意そうな顔してニヒルに笑った。それを見ているのはこの横に座っている

坊主頭の中学生しかいなかったが。

「すごい車なんですね。この車」

「当たり前でしょう」

そんな冷静な会話をえなり田かずきはしていたが、内心ではあややの体臭を感じて興奮していた。そしてエンジンの出力を上げるたびに確かにあややのでっかいおっぱいは小刻みに震えるのが見える。

うれしい、えなり田かずきは内心喜んでいたがそのことは口にださなかった。

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そして彼はかえって関係ないことを言った。

「でも、そんなすごい車で高速を五十キロで走っているなんてもったいないですね。

でもこの古典落語を聞きながら走るのにはちょうど良いですけど。この古今亭しん生の猫め皿を聞くにはちょうど良いですけど」

「・・・・・・・」

「あややさん、しん生は嫌いですか。僕もこの高速の中で聞くには少しあわないような気もするんですよね。

そうだ金馬の居酒屋にした方がいいかもしれませんね。この前の落語クラブの発表会で僕は居酒屋をやったんですよ。

居酒屋の小僧とよっぱらいの客の掛け合いなんですが居酒屋の小僧の描写が秀逸だって顧問の先生からほめられたんですよ」

「・・・・・・・」

「そうだ。あややさんは格好いいから落語家も格好いい人がいいかも知れない。円生はどうです。

円生はひととおり歌や踊りもやっていますからね」

「彼、・・・・・」

「知らなかったんですか。彼はうちの中学の卒業生なんです。七十年も前のことですけどね」

「・・・・・・・」

 松浦田あややは自分の隣に座っているのがこんなポロシャツを着ている中学生ではなくて野生的なカウボーイみたいな男で自分を荒々しく抱きしめてくれればいいのにと思った。

いやになっちゃうわ。こんな可愛いあややがいるのに。となりに座っているのは中学生なんだもん。

車の動きはますます渋滞していた。高速道路の上についている表示板を見ると

一キロさきで事故があり交通規制をやっているという表示が出ている。

「そうだ。今日はラブ・リボルーションのやる時間だったわよね。えなり田かずきくん」

「そうですが、あやさんはあの番組を見ているんですか」

「そう、木村だくろうのファンなの。あれが始まるのは何時からだっけ」

「いつもは夜の八時からなんですが今日は特別番組があるから夜の六時からですよ」

「ええっ」

松浦田あややは焦った。この高速の混雑状況では一時間ぐらい調査をするとしても帰って来られるのは八時を過ぎてしまう。

なんとしても早く帰らなければならない。ラブ・リボルーションを見るためには。しかし彼女はわからなかった。

テレビさえあればたとえば軽井沢の喫茶店の中でもホテルの中でもそこのテレビを使って東京と同じテレビを見ればいいということを。東京でも軽井沢でもやっているテレビは同じなのだから。

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「えなり田かずきくん、この車がすごいと君は言っていたね。ただ四百キロのスピードが出るということがこの車の素晴らしさではないんだわよ」

えなり田かずきには松浦田あややの言っている意味がわからなかった。

「このスイッチを押すと前方何メートルさきが車が入れる余裕があるか赤外線探査装置でわかるのよ」

そう言ってあややがスイッチを入れるとモニターの中に何台もの車が赤外線写真のように映し出された。

「これだけじゃないのよ」

松浦田あややはそう言うとハンドルの中に付いているレバーを操作した。するとどういうことだろう。

えなり田かずきは身体全体にものすごい逆重力の力を感じた。デトマソ スピードスターM530の窓の両側を見ると何もない。

今度は彼は無重力を感じた。そして軽い衝撃を感じて前後を見るとさっきいた車とは違う。

そうだ。この車は高速道路の上をジャンプして走りながら五,六台の車の上を飛び越えて

また高速道路の上に着地したのだ。なんと言うことだろう。交通協会がこんなことを許すのだろうか。そしてそれはこの車の中に入っている圧搾ガスの噴出装置によってなされていたのだ。

「えなり田かずきくん、よくつかまっているのよ」

えなり田かずきはまたダッシュボードの出っ張りを強く握った。すると松浦田あややはまた例のレバーを握った。

デトマソ スピードスターM530はまた空中をとび上がった。それを五、六回やると前後の車の間隔はあき、松浦田あややの愛車は高速道路本来のスピードで走り出すことが出来た。そして車がジャンプするたびにあやのおっぱいはぶるんぶるんと震えた。えなり田かずきはいいものを見たと思った。それと同時に、えなり田かずきは何故パトカーが追って来ないのか不思議だった。*********************************************************

軽井沢の高級別荘のいっかく、その事件の現場に着くとそこにはパトカーが二台停まっていて赤いサイレンが夜目にも明るく見えた。

その別荘はまるで古い教会のような感じの白い建物だった。

屋根の一つは赤い円錐の丸屋根がついていて、避雷針の代わりに十字架がついていればほとんど教会だった。

その教会みたいな別荘から二百メートルぐらい離れた場所は周囲数十キロキロぐらいの湖になっていて、その湖にはボート乗り場も付いており、ボートも十台ぐらいつながれている。文字通り湖畔の別荘である。

白い別荘の周りは警察が現場保存のために張り巡らしたロープの様子が生々しかった。

松浦田あややはデトマソ スピードスターM530をパトカーのそばに停めて、車から降りた。

えなり田かずきも車から降りた。二人はつかつかと別荘の玄関から中に入って行こうとすると鑑識の警官が二人を止めた。

「一般人はここに入ることは出来ないよ」

すると中からここの捜査を取り仕切っているらしい人物が出て来た。

「おい、いい。その二人を入れてやれ」

鑑識の警官ははなはだ不満そうだったが二人を玄関の中から入れた。

「角田田さん、どうも、どうも」

「最初にことわっておくけどここは殺人事件の現場なんだからね。あまり俺達の迷惑をかけるようなことはしないでくれよ」

「もちろん、うちの機関も殺人事件の解明が目的ではないですからね。あくまでもうちの目的は知的財産の保護ですもの」

 この責任者の角田田と呼ばれている警部補は四角い下駄みたいな顔を少しゆがめて複雑そうな顔をした。身体は全くのマッチョマンである。

そこへ部下らしい人間がやって来た。松浦田あややはデトマソ スピードスターM530に積んであった自分でも使い方のわからない装置を取り出してそこら辺を調査していた。

「あややさん、これで何がわかるというんですか」

「硫黄の量だわよ。拳銃を使われているなら硝煙反応があるはずだわよ。当然、この家の中にも硫黄が検出されるはずだわよ」

松浦田あややは自分でもよくわからない理屈を並べてえなり田かずきを煙に巻くと彼もまたわかったような表情をした。

「ちょっと変わった話を近所の住人から聞いたんですが」

角田田信朗に報告に来た刑事は声を潜めた。

「えなり田かずきくん、これを使うのよ」

松浦田あややは補聴器のような機械をデトマソ スピードスターM530に積んであったかばんの中から取りだした。

二人がその補聴器のようなものを耳にはめると五メートルぐらい離れている警視庁の角田田信朗と部下の刑事のささやき声がよく聞こえる。東京の警察がこの軽井沢にやって来るということは何か特別なことがあるんだろう。

「角田田警部、ここの住人の話でおもしろいことを聞いたんです」

「どんなことだ」

「ここの住人の何人かは自分専用の船をもっていてよく湖の真ん中に停泊して五,六人で船上パーティをやるらしいんですが、そのとき必ず冷蔵庫の中のものがなくなったりするらしいんです」

「そのパーティに参加している人間の誰かが冷蔵庫の中のものを見つからないように食べちゃうんだろ」

「いや、そうじゃないらしいんですよ」

「そうだな、湖の中にいる魚が腹をへらしていると思って食い物を船上から恵んでやっているんだろ」

「そうでしょうか」

「そうに決まっているさ」

「それからこの近所の住民の中ではもっと変な噂が流れているんですよ。

ちょっとこの別荘人種の中で聞き込みをやって聞いてきたんですがね」

「変な噂。きっとここの高級別荘族人種のピントはずれの常識というやつだろう」

角田田の日に焼けた横顔に警察の照明がぼんやりと当たった。

警視庁警部の角田田信朗はあからさまなここの住人に対する敵意を見せながら言った。

部下の刑事はそんな角田田信朗の個人的感情も折り込み済みという感じで言葉を続けた。

「ときどきゾンビが出るなんてことを言っているようなんです」

「ゾンビ」

「ええ、あのホラー映画に出て来るやつですよ。この別荘街のはずれに有名な映画プロデューサーで最近死んだやつがいるでしょう。名前、なんて言いましたっけ」

「川浜浩三だろう」

「そうだ。川浜浩三だ。黄色い太陽の下に雪が降るなんていう前衛的な映画を撮っていましたよね」

「その川浜浩三がどうしたというんだ」

「いえ、彼自身の話ではなくて彼が死して残した大邸宅の話なんですが、そこにゾンビが出たという話なんですよ」

「くだらない」

角田田信朗はただちに否定した。

「それからもう一カ所でそのゾンビを見たという住人が何人かいるんです。目の前に見える湖のちょうど向こう側なんですが、あそこにR共和国の大使館の別館がありますよね」

R共和国は南米にある地図で見ればそこだと確認できるのだが、あらためてそこがどこにあるかと聞かれたら正確には答えられない国の部類に入る。角田田信朗は部下からその国の位置を聞かれ答えられず、

はじをかくのではないかと思ったが部下は角田田信朗がそんなことは知らないことはあきらかだと思ったからだろうか、そのことは聞いてこなかった。

「あの別館のあたりで夜中にゾンビを見たという住人が何人かいるんです」

「そのゾンビがここの住人を襲ったというなら話は別だが」

ここでまた角田田信朗は一呼吸をおくと言った。

「ほっとおけ。ここの別荘人種のひまつぶしのうわさ話だ」

「それからもう一つ疑問があるんですが、靴のあとが複数個、発見されているのですが、どうも小さな靴のあとが発見されているのです。子供の靴のあとだと思われます」

「靴のサイズなんてことよりも底についている泥の分析を行え、ここの人種以外の人間が

ここにやって来たかどうかという方が重要だ」

この会話を聞きながら松浦田あややは新しい発見をした。この別荘の前にある湖の向こう側にそんな大使館の別館があるということは初耳だった。

「えなり田かずきくん、聞いた。ゾンビが出るんですってゾンビが。

でも、わたし、女の子だからちょっぴりこわい」

えなり田かずきはどきりとした。

松浦田あややは胸の前で手を合わせて少し可愛い顔をしてえなり田かずきを見つめたからだ。

「本当ですかね」

えなり田かずきは坊主頭をふりふり、にやにやとした。えなり田かずきの意識の方向は、あやの胸の谷間への興味から、この機械が離れている二人の刑事の会話を盗み聞き出来る不思議さに、そして今更ながら日本の産業界の全技術を集結して作られたデトマソ スピードスターM530の有用性に思いが至るのだった。

「とにかく、そんなゾンビが出たとしてもだ。たとえ大使館員たちの避暑用に建てられた別館だとしても、大使館の中では日本の警察の効力も及ばないのである。そんなことより現場の検証だ。がいしゃが殺されたのは二階の寝室だったな。二階に上がるぞ」

「あややさん、警部たちは二階に上がるそうですよ」

「うん」

二人はあわてて角田田信朗警部のところに行った。

「警部、あややたちにもその現場を見せてもらえますよね。これは藤井田隆の許可を得ていることですが」

えなり田かずきは松浦田あややの横で揉み手をしている。角田田信朗は一瞬苦々しい表情をしたが言った。

「よかろう」

外側は白い教会のようなこの別荘だったが二階の寝室は北欧のサウナのようだった。

磨き上げた無着色の桜の木が部屋全体を囲んでいる。そこに置かれた椅子もベッドも桜の木で統一されている。

窓は普通よりも頑丈に作られているようだ。窓ガラスも厚いものが使われている。

そのベッドの上で被害者の李宗行は殺されていた。

彼の死体はうつぶせになって背中に今は血糊も黒く乾いた傷跡を残して、まるで肉屋につるされている肉のかたまりのようだった。

「あややさん、あややさん」

えなり田かずきは松浦田あややの横で身を隠しながらその死体をじっと見つめた。

「あややさん、なんで裸なんですか」

一瞬あややは自分の秘密のヌード写真集をえなり田かずきが持っているのではないかと思った。

しかし自分のことを言っているようではなかった。

えなり田かずきが疑問に感じるのも、もっともだった。その死体は裸だったからだ。

そして凶器はその部屋の中にはない。それにもう一つおかしいところがある。

そこは寝室なのにふとんが一枚もない。松浦田あややが目で角田田信朗に合図を送ると角田田信朗もそのことを了解しているようだった。角田田信朗は偉そうにふんぞり返った。

「素人の君が疑問に感ずるのももっともである。このがいしゃの服がなく、凶器もなく、ここにふとんもないのは何故なのか」

角田田信朗警部は窓の外に目をやると夜の闇を指し示した。

「今は夜だから見えないがあの向こうの湖のほとりに最近偶然に出た温泉があるのだ。

そこを竹で囲って露天風呂のようにした人物がいる。そしてその風呂を利用するとその人物に料金をはらわなければならない。それでその人物は結構稼いでいるようだが、これを無許可でやっている」

ここでまた角田田信朗警部は一呼吸置いた。

「その露天風呂のそばで大きな血塗られた

登山ナイフが発見された。その刃の形もこの傷口と一致する。これで結論は得られたも同然である」

えなり田かずきはこわいものでも見ているようにあややの陰に隠れると大きく目を見開いて角田田信朗の方を見た。

「つまりだ。勝手に市の許可も取らずに無許可営業していたその人物がそこを離れていると李宗行が勝手にその露天風呂に入って羽を伸ばしていた。その人物は頭に来て李宗行を刺し殺してしまった。何と言ったと思う。

ただで風呂に入るんじゃないと叫びながらだな。しかしそこで死体が発見されては困る。

その人物が死体をこの別荘のこのベッドの上まで運んだのだ」

「その人物って誰ですか」

えなり田かずきはそう言うとまたこわいものでも見たように松浦田あややの陰に隠れた。

「だからそういう人物だ。君、調査したものを持って来い」

そう言うと部下の刑事が何かメモを持って来た。

「三ヶ月前からここにやって来た流れ者だそうだ。名前は荻野雄一、通称はな。ただちに手配して探している」

すると階下からあわてて二階に上がってくる刑事が角田田信朗の前へ行った。

それを持って来た刑事も慎重にそれを扱っているところから見てそれが重要な物件だと認識しているのだろうか。

角田田信朗も白い手袋をはめるとそのノートを受け取った。中身が破り取られている。

角田田信朗はそのノートをひっくり返して眺め透かした。ノートの表には大きな字で「光速零号」と題名が描かれている。松浦田あややにも、えなり田かずきにもぴんとひらめくものがあった。

 つつと角田田信朗のそばに行くとそのノートを見つめた。

「このノートの写真を撮らしてもらっていいですか。これこそが、きっと私がこの調査に乗り込んでいる目的だと思うんです」

松浦田あややがこの事件の調査に関与しているのはほかでもない、しかし李宗行が殺されたということも重要だがそれは警察の仕事である。彼は工業技術院の密命を帯びて知的財産が守られているか調べるのが仕事なのである。

そのことを角田田信朗も知っているようだった。

「さっさとしてくれよ。すぐに鑑識に回さなければならないからな」

角田田信朗は憮然とした表情で言った。二階の現場、角田田信朗はそれが露天温泉で行われたと思っているようだが、

そこで鑑識の連中が女性が白粉を顔に付ける道具のようなブラシを使って指紋を採集したりして、忙しく働いている。

松浦田あややとえなり田かずきの二人はそこでは居場所がないようだったし、彼らにとって重要な物件の写真も撮影したことだし、

もう東京に戻ることにした。この別荘の前庭に戻ると愛車デトマソ スピードスターM530が静かにその場所に待っていた。

楡の林の前に停まっているその車の横に子供の姿が見える。さかんにその車の運転席の中などをのぞき込んでいる。

松浦田あややとえなり田かずきの二人がデトマソ スピードスターM530のそばに行くとその小学校三年生ぐらいの子どもは顔をあげた。

「この車、おねえさんたちが乗って来たの。こんな車、はじめて見たよ。何て言う車」

「デトマソ スピードスターM530、特別仕様車、制作費五十億、うちのじいさんが油田を持っていてね。

そんなことがなければ作れなかったのよ。うっふーん」

子どもにはその言葉がぴんと来ないようだった。

「お姉さんたち、あの別荘で起こった殺人事件を調べているんでしょう」

「そうだけど」

「あの刑事さんとは関係がないの。四角い顔をして筋肉マンみたいで、いつもどなっている刑事さん」

この子どもの言っているのは角田田信朗警部のことらしい。

「僕が隣りの家のことを話そうとしたら子どもは邪魔だからあっちへ行けなんて言うんだよ。悔しいからおっぱいの大きいアイドル顔のおねえさんに隣りの家のことを教えてあげる」

松浦田あややは聞き耳をたてた。この子どもは隣りの別荘の住人らしい。近所なら何か知っているかも知れない。

「何、君は隣りの別荘に住んでいるのかい」

「そう、あの家」

少年が指し示したその家は建て売りらしい、ここらへんの高級別荘に比べると少し見劣りがする。

「ここに住んでいたおじさんの事だけど。李宗行さん、ここの家にときどき女の人が来ていたよ。

こっそりとこの家の裏木戸から出入りするのを見たことがあるんだ」

「どんな人」

「二十五才くらいの人だと思う」

「僕の部屋からここの家の裏木戸がよく見えるんだ。そこからその女の人が出入りするのを見たことがあるんだ。

二十五才ぐらいの女の人って一人だけじゃないよ。二人ぐらいここを出入りしていた女の人を見たよ。

どちらも二十五才ぐらいの人」

「その人の顔を覚えているかな」

「思い出せないけど、見れば、ああ、あの人だってわかるくらい。それから自転車で湖の向こうにあるコンビニに行って夕方くらいに戻って来たことがあったんだけど、湖のそばに露天風呂があるのを知っている。

あそこで遠くからだったけどその女の人を見たことがあるんだ。それでこわくなっちゃってすぐ自転車を飛ばして家に帰って来ちゃった」

「何で、君、こわくなったの」

坊主頭のえなり田かずきが上目遣いに大きな頭を斜め前方に向けながら聞いた。年がこの中で一番近いから話しやすいのかも知れない。

「このあたりにゾンビが出るという話を知っている。その女の人がゾンビと一緒に立っていたんだ」

「どうして君はその女が隣りの家に出入りしている女の人だと思ったのかい」

「裏木戸から出入りしている女の人ですごく印象に残っている服を着ていたんだよ。

下は普通のデニムのズボンなんだけど、上に着ているTシャツが前後に大きなコウモリの写真がプリントされていたんだ」

松浦田あややとえなり田かずきの二人はデトマソ スピードスターM530に乗り込んだ。

帰りの高速の中でまたステアリングホイールのレバーを操作して渋滞している車を飛び越えながら二人は東京に戻った。松浦田あややはラブ・リボルーションを見ることが出来た。

パトカーが追って来ないのも交通安全協会からの捜査の手が伸びて来ないことも不思議だった。

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研究開発中の電気自動車のテスト走行が終わり、工業技術院の特殊技術育成課の廊下を松浦田あややが歩いていると向こうの方から女子職員が三.四人おしゃべりをしながら歩いて来る。

また、わたしのうわさ話をしているのよね、油田王の孫であり、秘密調査官、日本の技術を結集して作った車、デトマソ スピードスターM530のドライバーであるわたしことを、そしてわたしのおっぱいが大きいからあの女たちは私のことをねたんでいるに違いないと思った。

行き過ぎた女子職員たちは松浦田あややの後ろ姿を一瞥した。

「見た。あれが松浦田あややよ。あの噂黒い下着のボインちゃんよ」

「いつも誰かれを捕まえてはわたしのおじいさん、油田王なんだと言っている女でしょう」

「そうそう、馬鹿みたいに税金を無駄遣いして作った車に乗っている女でしょう」

「ねぇ、ねぇ、私の車に乗ってお台場までデートをしてそのあとレインボーブリッジを

見ながら食事をしたのはキムタクや東山くんや数え上げたらきりがないのよ、なんて言っていなかった」

「言ってた。言ってた」

「私も聞いた」

「私も」

「あははは、ちょっと可愛くてオッパイが大きいからって調子にのってるわよ、あの女」

工業技術院特殊技術育成課のドアを開けると怒りまくっている声が聞こえる。

「何よ。この机の上のちりは。どうするか覚えてらっしゃい。ここにいられなくしてやるからね。私に逆らったらどうなるか思い起こさせてやるわ。早く、掃除に来るのよ。一分一秒でも早くよ。きー」

口調は女のようだが話しているのは男性で、ただおかま言葉を使っているにほかならない。

「きー。私の机の上にちりが落ちていたのよ」

これが松浦田あややの上司、藤井田隆だった。七三にわけた髪はこってりとポマードをぬりたくっていて、銀縁の四角いめがねをかけている。

「あややちゃん、ひどいのよ。掃除のおばさんがちゃんと掃除をしていかなかったの。机の上にちりが落ちていたんだから」

少し興奮し過ぎたのか、めがねがずれていた。藤井田隆は銀色のめがねをかけ直して大きな机の前に座った。そして今さっきの興奮が嘘のように冷静なというより怜悧な表情に変わっていた。

「李宗行の事件の報告は届いていますでしょうか」

「ばっちグーよ」

「光速零号のノートがみつかったんですが、その写真も届いていますでしょうか」

「お手柄よ。あややちゃん。キッスしてあげてもいいわよ」

藤井田隆はどこか遠くを見ているような表情をした。

「わが課の調査では李宗行は何かをやろうとしていた。これがどこかの空き地でロケット花火をあげることぐらいだったら許せるけど。彼の行為は国益を損なうものだった疑いがあるのよ。あややちゃん。でも、彼が光速零号に関わっているとは驚きね。あの光速零号に」

藤井田隆はまた遠くを望むような表情をした。

「光速零号って何ですか」

すると藤井田隆はすぐさまとまどいの表情を見せた。

「国際刑事機構からも問い合わせが来ている重要な案件よ。世界中の国がそれを狙っている。

それを手に入れると軍事的に優位な立場に立つと言われているからよ。だから李宗行はただのネズミじゃなかったというわけなの。わかる、あややちゃん。もしかしたら私も国際刑事機構から表彰されるかも知れない」

どうやら藤井田隆もその光速零号について具体的なことは少しも知らないのではないかと松浦田あややは思った。

しかしそのことを指摘するのはやめよう。彼はヒステリーを起こして机をひっくり返すかも知れない。

「李宗行の経歴を調べてみた。調べれば調べるほど彼は優秀に技術者だったみたい。しかし」

「何か、李宗行に変わった部分があるんですか」

「彼には犯罪歴があるわ。それを調べるには角田田信朗警部のところへ行った方がいいかも知れないわ」

またあの角田田信朗のところに行かなければならないかと思うと松浦田あややは辟易した。

「李宗行は蒸気機関高能率研究所というところに勤めていた。そのとき、犯罪を犯したらしいのよね。

若気の過ちというやつね。

今はそこはリニアモーターカー試験場となっているらしいわよ。そこで昔のことを知っている

長岡文子という事務員が働いているらしいからそこへ行ってみれば」

デトマソ スピードスターM530に乗り込んだ松浦田あややはナビゲーションシステムの電源を入れると

蒸気機関高能率研究所と入力してみた。するとただちにリニアモーターカー走行試験場に変更されています。という表示が表れた。その場所なら松浦田あややも知っていた。

二十キロに渡る海沿いの道路が舗装されていてそこは立ち入り禁止になっており、その道路の上に高架式のレールが作られていてそこでリニアモーターカーの試験運行がなされている。

松浦田あややが自動運転のスイッチを入れるとデトマソ スピードスターM530はゆるゆると発車した。

そしてエンジンの振動とともにあややのおっぱいもぶるんぶるんと揺れた。

これが松浦田あややがデトマソ スピードスターM530の運転を可能にしている秘密であり、

彼女のお粗末な運転技術でも公道を三百キロ以上のスピードで走り抜けられる秘密だった。

デトマソ スピードスターM530の中には百次元以上のマトリックス計算を一秒間に百億回以上可能にするコンピューターが積まれドライバーの運転を補完していた。湘南の町を抜け、入り江をぐるりと回ると岬が目の前に見えその岬の付け根に掘られているトンネルを越えると二十キロ以上に渡る海岸線が見えてそこはずっと金網で囲まれていた。真っ直ぐに続く舗装された道路の上に高架式のレールが作られている。

そのレールの手前の端のところに小さなマンションのような建物が建っていてそこが旧蒸気機関高能率研究所なのかも知れない。レールの上ではリニアモーターカーが試験運転をしている。

デトマソ スピードスターM530のコンピューターに音声入力でそのリニアカーの速度を聞くと、五百キロという返事が返ってきた。デトマソ スピードスターM530でも追いつけるかどうかあやしい。

松浦田あややが旧蒸気機関高能率研究所ではないかと思った建物はそのとおり彼女の予想は当たっていた。

建物の入り口に置いてあるリニアモーターカー研究所という看板は横に旧蒸気機関高能率研究所とただし書きされている。

玄関にデトマソ スピードスターM530を停めてその建物に向かうと一人の女事務員が男に手を振っていた。

「西川さん、今度、いつ、来るの」

男の方は表情を固くして何も言わなかったがそのまま行こうとしてからまた振り返った。

「じゃあ、今度の約束、覚えていてくれるね」

そのまま男は自分の車が停めてある方へ向かった。その女はまだその男の姿を目で追っていた。

松浦田あややはその玄関のところまで行き、

長岡文子という女性に会いに来たというとその女性が自分は長岡文子だと答えた。

長岡文子という名前の響きの地味な感じのとおり、彼女の容貌は美人だったが、大人のそれも生活を積み重ねてきた重さがあった。

「長岡文子さんですか」

「そうです」

「以前、ここが蒸気機関高能率研究所と呼ばれていた頃、李宗行さんという人がここで働いていましたよね」

「はい」

「その人のことを教えてもらいたいんですが」

「李宗行さんがどうしたんですか」

松浦田あややは李宗行が殺されたことはふせていた方がいいのではないかと何となく勘が働いた。

もしそれを言った方がいいと判断出来る状況になったら告白すればいい。

この建物の一階に簡単な喫茶店があるからそこで話をしようと長岡文子は言った。

「李宗行さんが窃盗の犯罪歴があるということを調べているんですが」

「それはぬれぎぬなんです」

「ぬれぎぬというと」

あややはりすのような目をじっと長岡文子に向けた。

「ある家で泥棒が入ったという事件が起こりました。この建物に関係した人間だったんですけど、最初、李宗行さんが自分がその家に入ったと自首したんです。それの取り調べが二ヶ月くらい経って李宗行さんが自分は犯人ではないと主張してそのまま犯人が誰だかわからないとう迷宮入りの事件になったんです」

「最近、李さんに会ったことはありますか」

「はい、今度、結婚するかも知れないという女性をつれて歩いているのに出会いました」

「その人の名前はわかりますか」

「野見広子という人でした。今度結婚式をやることになったら呼ぶとか言って彼女の連絡先も教えてもらったんですよ」

「李宗行さんが光速零号とか言っているのを聞いたことがありますか」

少し長岡文子は考えていたようだが思いだしたことがあるようだった。

「ずっと前の話ですが、光速零号って知っているかと聞かれたことがあります。

私はわからなかったからただ笑ってすませていただけなんですけど」

松浦田あややはそこの喫茶店で瓶入りのコーヒー牛乳を一本飲んでまたデトマソ スピードスターM530に乗り込んだ。

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 野見広子は広尾で輸入代理店を営んでいた。全くの日本人の名前だったが会って見ると彼女は外国人の血が流れている混血だということがわかった。彼女の事務所はマンションの一室を利用していたがそこで話をするのはなんなので近所のイタリヤ料理店に入ることにした。

野見広子が知っている店に行こうということになり、松浦田あややは彼女をデトマソ スピードスターM530の助手席に乗せた。イタリヤ料理店の前にその車を停め、店の中に入ると外に面した席に案内されたのでテーブルに座っても自分の愛車、コルベットスティングレーをミニミニにしたようなその車の姿が見えたので松浦田あややはその車に見守られているような気持ちがした。

「今度、李宗行と結婚することになりましたの。

でも昨日から彼に連絡をとろうと思っているんですが連絡がとれないんですよ」

野見広子はやはり李宗行が殺されたことを知らないようだった。今度も松浦田あややはそのことを彼女に知らせない方がいいのではないかと思い、そのとおりにした。野見広子も長岡文子もどちらも美人だということは共通していたが長岡文子が家庭的な感じがあるのに反して野見広子のほうは派手な美人で、行動的なキャリアガールという印象を受けた。

彼女のやっている輸入代理店はかなりの収入があるらしい。たのみもしないのにそこでの食事の支払いを彼女はしてくれたのだ。

「光速零号といのを知っていらっしゃいませんか。李宗行さんが知っているようなんですが」

「あの人がそんな言葉を言っていたのを聞いたことがあります。あの人は昔、蒸気機関の研究をしていたのを知っていますか。

それからリニアモーターにも興味を持っているらしくて新しく開発された協力な電磁石装置の名称だと思いますよ。

そうだ、今度、彼に会ったらそのことを聞いておきます」

野見広子も光速零号のことについてははっきりしたことは知らないようだった。

そしてその上、李宗行が殺されたことも知らないようだった。

松浦田あややはじいさんのやっている修理工場に戻る前にいつもの喫茶店、オレンジに立ち寄ることにした。

オレンジは外見がスイスの小さな丸太小屋のような喫茶店で、そこには松浦田あややのお気に入り、賀集くんがいる。

ドアをあけると賀集くんがコーヒーをいれているところだった。

あややは初めての経験を賀集くんに上げようと心に決めている。

間違ってもえなり田かずきにはあげないつもりである。店の中に入ると賀集くんがほほえんだ。

「あややさん」

「何だ、来ていたの」

坊主頭の中学生、えなり田かずきもそこにいた。えなり田かずきは賀集くんのいとこにあたっているのだが、何でこんないい男のいとこがえなり田かずきなのか、松浦田あややにもよくわからなかった。

「あややさん、光速零号って、何のことかわかりました」

落語好きの中学生が松浦田あややに聞いてきた。近所でも松浦田あややはボインの淫乱豚と陰で呼ばれみんなが少し距離を置いているのに、何故、この中学生に好かれているのか、それは単純な理由である。

えなり田かずきは性欲に固まっている中学生だからだ。あやのボインと豊満な肉体は中学生にとったてはよだれものである。

「光速零号」

いい男の代表のような賀集くんが聞き返した。

「今度の調査でね。殺された李という人間がそう書かれたノートを持っていたのよ。賀集くん」

「その中身のことはまったくわからない。

でもうちの課長の話によるとその光速零号というのを各国のスパイが追っているという話しなのよ。

それを見つけたらインターポールから表彰されると言っていたのよ」

賀集くんの前で松浦田あややは聞かれもしないことをべらべらとしゃべった。

するとカウンターの向こうにある台所で玉葱を刻んでいたこの喫茶店のマスター、ダンディ坂野田がにゅうとカウンターの中から顔を出した。

「黒い下着のボインちゃんじゃなかった。あややくん、君を訪ねてきた人がいるんだよ。

いつもここにいるって聞いたんで来ました、と言っていたよ。名前はなんだっけ。そうだ。朝永正夫と言っていたっけ」

「あっ、そうだ。俺、言うのを忘れていた。あややちゃん、朝永正夫という人が尋ねて来てあややちゃんがいないから私に話して言ったことがあるの」

「どんなこと賀集くん」

松浦田あややは濡れた唇と瞳で賀集くんの方に顔を向けた。

「野見広子のことについて知っているって言っていたわ。野見広子のそばで働いているんだって。

それで李宗行と野見広子が食事をしていたのを見たことがあるんだけど、

何か、恋人同士でけんかをしていたみたいなんだって。野見広子がさかんにたのみごとをしているみたいなんだけど

李宗行が首を縦に振らないでそのうち野見広子が腹を立てて店を出て行ったんだって、自分の見学談を話していたよ」

朝永正夫という人物、どこで松浦田あややが野見広子のところに話を聞きに行ったことを知っていたのだろうか。あのイタリヤ料理店でふたりが話しているのを見ていたのかも知れない。そしてあややが私立探偵か何かだと思ったのかも知れない。朝永正夫が見たという痴話喧嘩、それはなんだろうか。

二人は結婚の問題でもめていたのだろうか。そのことがもつれて李宗行が野見広子に

殺されたということはあり得ないだろうか。でも朝永正夫はなぜわざわざ自分のいる場所をしらべてまで訪ねてきたのだろうか。そのとき喫茶オレンジの電話がけたたましくなり始めた。

松浦田あややはあわてて電話を取った。

「もしもし、喫茶、オレンジですか。今日、松浦田あややさんを尋ねた者なんですが、助けてください。殺されます」

電話の主の声は切迫していた。

「朝永正夫さんですか。私が松浦田あややです」

「早く、助けに来てください。うわー」

「携帯電話なんでしょう。電話の電源を切らないように」

松浦田あややはあわてて外に飛び出した。

「あやさん、待ってください。僕も行きます」

えなり田かずきも松浦田あややのあとを追って外に飛び出した。外にはデトマソ スピードスターM530が停まっている。

二人がその車のところに駆けつけるとドアは自動的に開いた。

松浦田あややはシートに身体を滑り込ませるとこの車に搭載されているコンピューターに向かって話しかけた。

助手席にはえなり田かずきも座っている。

「喫茶オレンジにかかっている電話の発信地へ向かうのよ」

メータークラスターについている表示板に自動操縦の赤いインディケーターが点灯した。

後輪がきしむ音を立て、デトマソ スピードスターM530は発進する。1000CCの単車の加速性能も越える車である。

あっと言う間に時速三百キロの壁を越えた。自動操縦に切り替えたこの車はどんなラリーの優勝者の運転技術よりも正確にその携帯電話の発信源に向かって行った。

「どこへ行くんですか」

「車に聞いてちょうだいよ」

「なんか、晴海埠頭に行くような気がするんですが」

「そうかも知れないわ」

デトマソ スピードスターM530は晴海埠頭に入るやいなや、急カーブを切り、ジヤンプをした。

そしてそのジャンプの先にあるものは。高さが五メートルを越えるゴリラのようなもの、

いや、ゴリラなら全身が毛に覆われているに違いない。それは全身が暗く青光りしている怪物だった。

キングコングを金属で作ったらこんなものになるだろう。デトマソ スピードスターM530は三十メートルもジャンプしてその怪物に体当たりをする。その怪物のそばに男性の姿がある。

あれが朝永正夫だろうか。恐怖で表情が固まったまま腰を抜かしているようだった。

デトマソ スピードスターM530はその怪物を倒すとうまく着地をした。

そしてまた怪物は立ち上がろうとする。デトマソ スピードスターM530はまた着地した位置から急カーブを切ると立ち上がろうとしている怪物に向かってジャンプをした。

すると金属性の怪物はデトマソ スピードスターM530にはじき飛ばされた。

「ちょっと待って、あの男性を救うのがさきだわよ」

デトマソ スピードスターM530の自動操縦を解除して松浦田あややがドアを開けその男性を助けに向かおうとすると、怪物はまたむっくりと起きあがった。

「あややさん、怪物がまた起きあがっちゃいましたよ」

「仕方ないわ」

あややはあせった。

松浦田あややはあわてて再びデトマソ スピードスターM530の自動操縦のスイッチを入れた。

怪物は起きあがってこちらに向かって歩いて来ようとしている。

今度はデトマソ スピードスターM530はジャンプをしなかった。またものすごい加速をくわえ、その怪物に向かって行った。今度はその車を怪物は受け止めた。デトマソ スピードスターM530に内蔵されているコンピューターの判断を予測すればこの怪物が立ち上がったものの、海のそばにいるのでこのまま海の中に押し出そうという判断らしかった。デトマソ スピードスターM530はその怪物にぶっかって行った。

二千三百馬力のエンジンがきしんだ。それを持ちこたえているということはこの怪物もそれだけの動力性能を持っているということか。そのとき空中から空気を切り裂くプロペラ音が聞こえる。

怪物と四つに組んでいるこの車の運転席から松浦田あややが頭上を見上げると軍用の戦車を運ぶことのできる巨大ヘリコプターが下りて来る。ヘリコプターから光りの破線が走った。

ヘリコプターは機銃掃射を空中から行ってきた。

デトマソ スピードスターM530の上に突然の雹が落ちて来たようだった。

しかしデトマソ スピードスターM530のフロントガラスもそのボディも対戦車ヘリコプター、アパッチの十倍以上の強度を誇っている。機銃掃射ぐらいではびくともしない。

「ふん、あややちゃんの車はそんなものではびくともしないわよ」

松浦田あややがたかをくくっていると後ろの方で機銃の掃射音と同時に人の叫び声が聞こえる。ドアミラーを見ると人が倒れている。

今の機銃掃射で松浦田あややを尋ねて来た朝永正夫が撃たれたのだ。松浦田あややはデトマソ スピードスターM530の自動操縦を解除してバックした、倒れている死体のそばに行くが全く動こうとしない。

そのすきに巨大ヘリコプターからクレーンが降ろされ、怪物はするすると空中に上がって行った。

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松浦田あややが藤井田隆の部屋に入って行くと彼は意外にも機嫌がよかった。

まだ李宗行の殺害の犯人も見つかってもいないし、光速零号が何を意味しているかもわからないのにである。

「松浦田あややちゃん、光速零号ってどんなものかわかる」

藤井田隆は神経質そうな目を異常に細めて松浦田あややに聞いた。こういう表情をするときの特殊技術育成課課長、藤井田隆の心構えは二通りある。まず第一に本当に機嫌がいいとき、そしてもう一つは意地悪をしてやろうというウォーミングアップみたいなもので相手を油断させることと、もう一つは勢いよく

ゴルフクラブを振るためのティクバックのようなものである。今の場合、どちらかとは松浦田あややにも計りかねた。

「いい知らせよ」

そう言っていつものように神経質そうにめがねのつるを持ち上げる仕草に変な緊張した雰囲気はない。

「今さっき、国際刑事機構から連絡があったの。彼らが闇の世界に放っている情報屋たちが拾って来た情報なんだけど光速零号が日本で使われたらしいの」

「どこでですか。それにいつなのよ」

松浦田あややは自分なりに光速零号がどんなものなのか、考えたことがある。それは李宗行の周辺で起こった事件にヒントがあるのではないか。軽井沢でのいろいろな噂、それを松浦田あややは思いだした。

湖の真ん中で自分たちの客船を浮かべてパーティをするという軽井沢の別荘人種、

そのとき冷蔵庫の中の食べ物がなくなっているという事実、犯人は誰かわからないと言う。

それに軽井沢に出没するゾンビの噂、李宗行の隣りの家の子どもは二人の女性が李の別荘に出入りしているのを見たと言う。またそのうちの一人がゾンビらしい怪物と一緒に歩いているのも見たと言った。

そのゾンビが一体何を意味しているのか。李宗行が自分の別荘の寝室で裸で殺されていたのも疑問である。

それと光速零号とはどんな関係があるというのだろうか。

「情報屋たちの話によるとこれはかなり確実な話だけど光速零号があの事件で使われたらしいのよ」

藤井田隆は眼鏡の中の細い目をきらりと光らせた。

「あの事件」

藤井田隆は自分の大きな机の上に、銀行の頭取でさえ、こんな大きな机は用意しないだろうが、

ある日の新聞の切り抜きを広げた。それは今からやく一ヶ月前の事件だった。

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 *****パラワン・プロジェクトに怪盗、参上*****

日本が提唱したパラワン・プロジェクトが怪盗による被害を受け、その遂行に支障をきたしている。

火山国日本は地下の地核調査の目的でパラワン・プロジェクトを立ち上げた。

パラワン・プロジェクトのパラワンというのはフィリピンのパラワン島のことでパラワン島を本拠に地核とマントルの薄い層を見付けそこに特殊な装置を使い、外殻の調査をし、地震国、日本の地震予知をはじめとして数百の地球物理学の研究をおこなおうという計画である。

その場所としてパラワン島が選ばれた理由はパラワン島の十キロさきの海底の地殻が異常に薄いことが調査でわかったからである。その装置の開発にあたり、旧日本軍の地下司令本部あとを使用して地球の内部である外殻調査装置の開発と実験にあたっていた。その装置は大量の金を使い、三メートル四方の金庫のような密閉した部屋に入れられ、関係者しかあけられないはずだったが、その装置ごと怪盗にすっかり盗まれ、大損害を与えられた。その装置の制作には金五百キロを使用したと

開発責任者の阿部幹夫、山梨科学技術大学助教授は語っている。********

松浦田あややはこの新聞記事を読みながらその五百キロの金塊の値段を概算してみた。一グラムが千五百円として一キロで百五十万、百キロで一億五千万、五百キロで七億五千万、

何だ、自分の乗っている車より安いや。油田成金の孫、黒い下着のボインちゃんにはどうという金額ではなかった。

何しろ毎年百億の収入があるのだから。しかしそこで怪盗は光速零号を使ったという。

五百キロというと人間が直接には動かせない重さである。光速零号とは五百キロの重さのものを軽々と扱うことのできる何かなのだろうか。

「その装置を盗むというのはそんなに困難なことなのでしょうか」

「それなのよね。問題は。何しろ五百キロの重さのものでしょう」

「旧日本軍の地下の司令本部に作られていたという話ですよね。ボス」

「そうなのよ。まず入り口が一つしかないのよね。それで地下二十メートルまで降りるでしょう。

厚さ一メートルのコンクリートの壁で囲まれている部屋が有ってその中に金庫のようなマグネシュウム合金の箱があってその中にその装置が入っているという話なのよね。阿部幹夫という責任者がそう言っていたわ」

「じゃあ、絶対に盗むことは不可能ですね。きっと犯人は内部の人間の犯行ですよ」

「そんなことはどうでもいいんです。あなたの使命は光速零号の秘密を解明することなんです」

藤井田隆はまるで女子校の寄宿舎の女寮長のような口調で言った。藤井田隆の頭の中にはインターポールから表彰されている自分の姿が目に浮かんでいるのかも知れない。藤井田隆の瞳の中には喜びの光が宿っている。

「あややちゃん、今度の事件を解決したら食事をおごってあげるからね。それから、そのあとはふたりでホテルに行くのよ」

あややはそれは勘弁して欲しいと思った。賀集くんならいいけど。そうしたら女の子の一番大事なものをあげちゃうのに。

松浦田あややはデトマソ スピードスターM530のステアリングホイールを叩きながら李宗行のことを考えてみた。

李宗行は昔、自分の経歴に犯罪歴が付きそうになったことがあると長岡文子が言っていた。

さいわいにそれは無実だったが。そして彼はミサイルの軌道計算で産業界から評価されていたと言う。

ミサイルの軌道計算と五百キロの金塊がどうやって結びつくというのだろう。

松浦田あややはデトマソ スピードスターM530のハンドルを握りながら近所の公園の横まで来ると知り合いを見付けた。

公園の正門の植木の横に人影が立っている。すぐに彼は車を止めた。

「これからどこへ行くんだい。あややちゃん。きみって可愛いね」

「そう、ありがとう」

あややの顔が花束がいっぱいあるように輝いた。

喫茶オレンジの賀集くんは公園の角で立っていた。松浦田あややのお気に入り、いい男の代表のような彼だったがいつもより地味な背広を着ている。

「でも、あややさんも行かなければだめだよ。あの人のお葬式なんだから」

「あの人って、誰。賀集くん、賀集くんとだったら、どこでもあややは行きます」

デトマソ スピードスターM530の窓から首を伸ばして賀集くんに愛嬌をふりまいていると公園の入り口の人の背の高さぐらいのお酒のとっくりのような形をした門柱の陰から顔中を愛嬌にしたようなお地蔵さんが顔を出した。

「朝永正夫さんのお葬式です」

えなり田かずきがにたにた笑いながら自分のいとこのそばにすり寄った。

ーーー余計なところに顔を出しやがって。賀集くんといいところだったのに、ーー

賀集くんは助手席に、えなり田かずきはかなりせまくなっている後部座席に座って晴海埠頭で青い鋼鉄の怪物に襲われて死んだ朝永正夫の葬式に向かった。松浦田あややは自分の見ている前でみすみす殺されてしまった朝永正夫のことはつねに気になっていた。

ジェット戦闘機を地上に降ろしたようなこの車をもってしても彼を救えなかったのである。

道義的な責任は彼女にないにしてもデトマソ スピードスターM530のドライバーとしての責任は彼女にはある。

海難事故でおぼれている遭難者の頭上を気付かずに飛び過ぎて行った遭難救助用の大型ヘリコプターぐらいの責任はあるような気がした。

木製ではなくコンクリートで本堂が造られているお寺で朝永正夫の葬式はおこなわれていた。

その本堂の形も妙に現代的なものではなく、昔からあるお寺の形をコンクリートで作っているのでアンバランスな感じがする。

「あなたが、一緒にいたんだから説明できるとでしょうが。なんで、こんなことになったとですか。

今の日本でこんなことがありえますでしょっか。正夫はあなたのところに行ったすぐあとで殺されたちゅうではありませんか」

葬儀場に着いた途端に朝永正夫の親戚に松浦田あややは詰め寄られた。

えなり田かずきも賀集くんもとまどいながらその様子を見ている。しかしその真相を語ることはできないのだ。

松浦田あややはあの青い鋼鉄製の怪物が誰の差し金で送られて来たのか、わからない。そして自分が秘密調査官であることも、

松浦田あややの横に停まっているこの車が日本の工業技術を結集して作られた車など誰が言えよう。

「いいじゃないか。権助どん、この人が正夫をどうしたと言うわけでもないだろうが。そうだろう」

「そうは言ってもだがな。残された良子がだな」

もう一人の親戚が松浦田あややに詰め寄った朝永正夫の親戚を止めに入った。すると、つつと、えなり田かずきが揉み手をしながらその人たちのそばにすり寄って行った。

「朝永正夫さんには子どもさんがいたんですか」

「子どもじゃないがな。正夫は結婚していなかった。正夫には妹がいてな。二人きりの兄弟だったんじゃ。

早くに両親をなくしてな。ふたりは本当に仲の良い兄弟じゃった」

そう言いながら葬式の輪の仲から少し離れてぽつんと一人立っている女の方に目をやった。

細身の女らしい感じの人で雨の降る日にあじさいの横に立たせると素敵に映るかも知れない。野見広子や長岡文子よりもかなり若そうだった。どことなく保護欲をそそられるような感じの普通の女事務員という感じだった。

すらりとした女が喪服を着て木陰にたたずんでいる。松浦田あややはその女のそばに近寄って行った。

えなり田かずきもまるで物珍しい動物を見るように上目遣いに彼女を見ながら彼女のそばに近づいて行った。

「このたびは」

「・・・・・・」

女は無言だった。

「亡くなられた朝永正夫さんの妹さんの良子さんですか。私は正夫さんが殺されたとき、

そばに居たものです。そしてこのえなり田かずきくんも一緒にいましたわ」

えなり田かずきも頭を上下に振りながらさかんに自分をアピールしている。

「正夫さんが殺されたときの状況をお話しましょうか」

そのとき女の目に涙が浮かんだ。何かを必死になってこらえているようだった。

「結構です」

女はそう一言だけ言うとその場を離れて行った。松浦田あややはそれをただ見送ることしかできなかった。

朝永良子の姿には深い悲しみしか表れていなかった。喫茶オレンジに戻るとマスターのダンディ坂野田がピザトーストを焼いて松浦田あややの座っているテーブルに持って来た。

*******************************************************************

「大変だったね」

彼はいつものゲッツというギャグをやらなかった。

「マスター、あの人には妹がいたんですよ。朝永良子という人。兄の正夫さんと仲が良かったらしいですね」

えなり田かずきがピザトーストをほおばりながらマスターの方を見る。まだ熱く溶けたまま、のりのようになったチーズが糸を引いている。

「でも、うちに来てそのあとすぐに殺されるなんてなぜだろう」

アイスコーヒーを持って来た賀集くんがアイスコーヒーをテーブルの上に置くとえなり田かずきの横に座った。そしてじっとあややの顔を見つめた。あややは身体全体がとろけるような気持がした。

喫茶オレンジの窓の外にはデトマソ スピードスターM530の赤いボディが見える。

「賀集くん、朝永正夫がここに来たとき話していたことって、野見広子のことだけだったの」

「そうだよ。李宗行と野見広子が食事をしていて野見広子が何か頼み事をしていたんだけど、

李宗行の方が首を縦に振らないんで野見広子が怒って出て行ったと言っていたよ。それに自分は野見広子の近いところで働いているって言っていたよ」

「でもね。朝永正夫が野見広子のそばで働いているという事実はないんだわよね。

調べた範囲ではそういう結論になっているのよ」

「野見広子と李宗行が仲が悪いようなことを僕らに言ってどんな利益があるというんだろう」

「朝永正夫と朝永良子は仲がいいの」

「親が早くに死んで二人きりの兄弟だったらしいのよ。お互いにいたわり合いながら大きくなっていたみたいなのよね」

松浦田あややもピザをちぎって口の中に入れた。

「野見広子が何かを頼んでいたというのは何を頼んでいたのかしら」

「結婚のことかな、それとも結婚式場のこと」

それから、えなり田かずきがアイスコーヒーをストローで吸いながらぽつりと言った。

「でも野見広子って濃い顔をしていますよね」

「そうだろう。混血らしいよ」

******************************************************************************

「野見広子の自宅を調べよ。わが愛車」

デトマソ スピードスターM530の運転席に座った松浦田あややは内蔵されたコンピューターに話しかけるとセンターコンソールのディスプレーには彼女の自宅の住所が出て来た。調布市・・・。

そのあとに現在の場所から野見広子の自宅までの広域の俯瞰図が出て来た。

いつものように坊主頭の中学生が助手席に乗っている。

「GO」

松浦田あややがつぶやくと静かにデトマソ スピードスターM530は発進した。

自動操縦なので松浦田あややが運転をする必要はない。しかし加速度のために松浦田あややの大きなオッパイはぶるんぶるんとふるえた。

そして身体全体に心地よい振動が加わってあややは男の人に抱かれているような気持になる。賀集くんに。あややはもうすでに賀集くんに心は捧げているのである。

「あん、いい気持」

松浦田あややがうっとりしてつぶやくとえなり田かずきは赤面した。

松浦田あややは冷静になってえなり田かずきの方を向いた。

「えなり田かずきくん、君が見ても野見広子って濃い顔をしていると思う」

「思いますよ。混血なんですか」

「わたしの調べた範囲ではそうらしい。でもどこの国の人間との混血なのかしら」

野見広子は見た感じは二十代の後半ぐらいだったが外人の混血だということで実年齢はもう少し若いのかも知れない。

日本人はかなり若く見られる傾向があるから、すると軽井沢の別荘で隣りの家の子どもが見たという

李宗行の別荘の裏木戸から出入りしていた女性の一人というのは野見広子だったのだろうか。

それにあの子どもの興味深い話がある。露天風呂のそばでゾンビと一緒に立っていたという女性の話だ。

李宗行の別荘に出入りしていた女が二人いてその一人をその子どもは見たと言った。

そのうちの一人が大きなこうもりの写真のプリントされているTシャツを着ていたということからその子どもはゾンビと一緒に立っていたのが李宗行の別荘の裏木戸から出入りしていた女性だと判断している。

青梅街道を抜けてデトマソ スピードスターM530は野見広子の自宅前まで自動操縦で二人を到着させた。

デトマソ スピードスターM530の自動操縦の精度は個別の家の玄関先まで搭乗者を運ぶことが可能だった。

目の前にある家はかなり異様だった。家の規模は大きくはなかったが、塀は中国風で塀の中には植木が密集している。

その中にこじんまりとした東欧を連想させる家が収まっている。塀の上のへりが直線で波打っていることや、植木に囲まれている住居の神秘的な感じを抱かせることからまるでガウディの公園や教会を小型にしたような家である。

それよりも驚いたことは塀の門柱に付けられている野見広子の表札には占星術師、HIROKO NOMIと書かれていることだ。

二人が門の中を通り、玄関に行くと玄関にはステンドグラスのような赤や青のガラスがはめこまれていた。

そして玄関のチャイムを鳴らすと何やら裾を引きずったような服を着て野見広子が玄関に出て来た。

野見広子は応接室に二人を招いた。玄関のところに何やら妖しげな置物があってこちらを見ている。

えなり田かずきはその五十センチぐらいの置物が気味が悪くて両手で頭のところを持つと少し顔の向きを変えた。

きっと何かの魔除けの置物に違いない。こういうグロテスクな魔物に限ってかえって人間の味方だったりする。

「驚かれたでしょう」

応接間で向かい合った野見広子は松浦田あややの顔を見ながら言った。

「母親が占星術をやって人の運勢を占っていたりしましたの」

野見広子の濃い顔立ちならそんな仕事も神秘的な感じがして板に合っている。何となくジプシーのような感じもする。

「この前、お聞きになりましたよね。光速零号がどんなものなのか、残念ですけど、あなたのご質問には答えることができませんの」

部屋の中は少し薄暗く変わったにおいがする。きっと黒い下着のボインちゃんが知らないような変わった香が焚かれているのかも知れない。

「婚約者の李宗行さんは死んでしまったんです」

そう言った野見広子の目は潤んでいた。

「五日前に警察から連絡がありまして李宗行は軽井沢の別荘で変死したという連絡を受けました」

野見広子は何かをこらえているようだった。

えなり田かずきは両手を膝の上で組みながらじっと野見広子の顔を見つめた。かと言ってえなり田かずきが何かを考えているのかどうかは確かではない。誰もえなり田かずきの頭の中は計り知れなかった。

「ずいぶん悲しい知らせでしたね」

と松浦田あややが言うと野見広子は顔を上げた。

「私のまわりの男性はつぎつぎに死んでいくんです」

野見広子は松浦田あややの目をじっと見つめている。

「私の家の家系はラメキマン教の継承者なんです」

松浦田あややもその宗教のことは聞いたことがある。異教と呼ばれ世界各国で禁止されている宗教だ。

その教義に常識的な世界と反する何かがあるのか、松浦田あややも詳しいことは知らない。

ある国では国民の五分の一がその宗教を信奉していたことがあるとも言われている。

「いろいろな継承者がいたんですけど、その血が途絶え、今ではそれを継承できるのは私しかいないんです。

ラメキマン教は代々その子孫が教祖となると決められているからです」

この香を焚いているのもその関係があるからだろうか、と松浦田あややは思った。

「ある国では隠れラメキマン教の信者が五分の一いる国もあります。その国にとっては私の結婚、つまり子どもが出来て後継者が出来ることを何よりも懼れています。つまり私に近寄って来る男性は皆、ラメキマン教を懼れる指導者のいる国の刺客によって殺されてしまうのです」

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デトマソ スピードスターM530の車内では寄席太鼓の音が甲高く響いた。えなり田かずきはその響きにうっとりとして陶酔していた。

あややの方は車の振動を身体に感じて快感を感じている。

「あやさん、これから林家正蔵の牡丹灯籠が始まるんですよ。わくわくしちゃうな」

これが中学生の会話だろうか。えなり田かずきは松浦田あややの愛車の中に自分のお気に入りの落語のカセットを何本も持って来ていた。松浦田あややが許せないのはこんなにオッパイの大きな女がとなりに座っているというのに平気で落語を聞いているという無神経さである。

あややは今日は黒い絹のスキャンティを履いているのに、それを試すことが出来ないので内心不満だった。

しかし、今日は高速も空いてスムーズに走る。

松浦田あややは手動モードにしてステアリングホイールを握った。

「あの野見広子の話は信じられると思う。えなり田くん」

「さぁ、」

坊主頭を左右に振る。

「でも、何で彼女自身をその刺客というのが殺さないですか。その方がことは簡単だと思うけど」

「きっと殺さないわけがあるのよ」

えなり田かずきの話はもっともだ。しかし、えなり田かずきは松浦田あややの話を真剣に聞いているのだろうか。

しきりに高速道路の上の表示板を目で追っている。えなり田かずきにも黒い下着のボインちゃんの話を聞いていないもっともなわけがあった。彼女が全自動操縦が可能なこの車をわざわざ手動に切り替えて分岐点を間違うかも知れない可能性を残しながら高速の上を走っているからである。周りの景色が後方に流れて行く。

「あそこ、あそこ、そこのインターチェンジを降りて行くんですよ」

「よし、わかったわよ。ほら、わたしの胸に見とれていない」

「あややさん、僕はマイッチングまち子先生のクラスの生徒ですか」

松浦田あややはステアリングコラムから出ている方向指示器を操作するとテールランプが曲がる方向に点滅した。

一般道に出ると山道に入って行き、畑のあいだを抜けて洞窟のたくさんある小高い山がいくつも連なっている場所に出た。

周囲は金網で囲まれている。炭坑の入り口のような場所だった。その入り口に田舎の小学校のような建物が建っている。その建物の背景には山並みしかなかった。

ここがパラワン・プロジェクトの日本における実験場、山梨科学技術大学地球物理分科施設だった。

この炭坑の入り口のようなところが中に入っていくと旧日本軍の地下司令本部のある場所でその奥にパラワン・プロジェクトの成否を握る測定装置の試作品の実験と制作がおこなわれている。

田舎の小学校と馬鹿にしていたがその建物の内部に入ると銀色に塗られたいろいろな管が走り、計測装置やら、調節装置などが置かれている。このそばに大きな水力発電所があってそこから直接、電力線を引いているという話だ。測定装置が盗まれたときのインタビューに答えている、

阿部幹夫、山梨科学技術大学助教授というのが現れた。

「じゃあ、過去三ヶ月間のこのデーターからグラフを作っておいてください」

阿部幹夫はそこに居た研究員に書類を渡した。その研究員を松浦田あややはどこかで見たことがあるような気がする。

横で、えなり田かずきがにたにたしながら黒い下着のボインちゃんの脇腹を突っついた。

「あややさん、ほら、あの人、長岡文子のいる蒸気機関高能率研究所へ行ったとき、いた人ですよ。

名前は西山とか言っていましたよ。長岡文子と話していたじゃありませんか」

それで黒い下着のボインちゃんも思いだした。長岡文子は西山に今度いつ来るのとか、聞いていた。

長岡文子の恋人かも知れない。

「本当にあの装置が盗まれるなんて不可能に近いですよ。どういう方法を採ったのか。

警察は内部のものの犯行ではないかと疑うし。それで事情聴取をどれくらい受けたことか」

所長の阿部幹夫はさかんにぼやいている。

「装置に使われている金は五百キロ、金額にして八億ちかい額だそうですね」

「そうですよ。管理体制がどうだったんだとか、学長にはさんざん締め上げられるし」

「そもそも、どんな装置なんですか」

「地球の外殻まで自力で潜って行ってそのデーターをとる装置なんです。

試作品でいろいろな試験をやっている段階だったんです」

「何で、その装置を盗むのが不可能だと言いきれるのですか」

その装置のある場所がどうなっているのか、松浦田あややはまるっきりわからなかった。「見てもらえれば一目瞭然なんですが、もうすでにプログラムされていて試験装置の置かれている場所には行くことができません。ここに来る途中に大きなトンネルの入り口があったでしょう。

あそこが旧日本軍の地下の司令本部でして、あのトンネルから下へ降りて行くことができるようになっています。

そこへ降りて行くと五メートル四方のコンクリートの部屋になっていて入り口は水ももれないよう完全密閉できるようになっています。入り口のところにはセンサーが付いています。

 何故そこが完全密閉されるようになっているかと言うとその部屋には五百度の水蒸気を

送り込めるような構造になっています。それも実験のためです。そしてその部屋の真ん中に一トンの重さのマグネシゥム合金の箱が置かれています。そこにもセンサーがついていてその箱をあけるとこのプロジェクトで使われる試作品ではありますが測定装置が入っているんです」

その話を聞いていたえなり田かずきがお地蔵さんのような表情をしてここの責任者に尋ねた。

「僕、映画で見たことがあるんですが、内部の人間を使ってセンサーの電源を切ったり、

センサーを使えなくしたりするということを聞いたことがあります。何とか泥棒という映画なんですけど」

「それは不可能です。そういった過去の手口はすべて研究していますから、ここを全部、

爆破でもしないかぎりセンサーを無力化することはできません」

阿部幹夫は断言した。それより五百キロのその装置をどうやって外に運ぶのだろう、

そのことの方が松浦田あややにとっては疑問だった。もしかしたら阿部幹夫が光速零号のことを知っているかも知れないと思い、そのことを聞いてみたが彼はまったく、それについてはその名前も聞いたことがないと言った。

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 喫茶オレンジに戻って来た黒い下着のボインちゃん松浦田あややとえなり田かずきは聞かれもしないのに今日の調査の結果を賀集くんにとうとうとしゃべった。店はもう閉められていてマスターダンディ坂野田がまかないのチキンライスを作っていたので黒い下着のボインちゃんとお地蔵さんの二人はそれをごちそうしてもらった。

「そう、完全にそこからその五百キロの金で作った装置を運びだすのは不可能なのかい、不思議だね」

賀集くんは二人が食事をしているテーブルの横に座って二人の調査の報告を聞いていた。

ちょび髭をはやしたマスターのダンディ坂野田は部屋の隅にあるジュークボックスのスイッチを入れた。

1960年頃の音楽が流れてくる。

「あんまりむずかしいことは考えるだけむだだよ。あややちゃん。それより新しいレコードが入ったんだ。

このジュークボックスにもセットしてあるからね。聞くかい」

そこへデトマソ スピードスターM530の無線操縦装置も兼ねている黒い下着のボインちゃんの銀色の携帯電話が鳴った。

最初、ボインの黒い下着女はそれに気付かなかったのだがお地蔵さんがそれが鳴っていることに気付いた。

「あややさん、携帯が鳴っていますよ」

電話に出るとそれは松浦田あややの上司、お姉系の藤井田隆だった。

「何してるのよ。早く電話に出なさいよ」

「あれ、急に電話でなんですか」

「朝永良子が襲われたのよ」

朝永良子と言われても松浦田あややは誰のことか一瞬分からなかった。

「朝永正夫の妹よ。朝永正夫があんな殺されかたをしたから朝永良子が襲われるなんて夢にも思わなかったけど」

「それで状況はどうなんですか」

「朝永良子が自分の家に帰って来るとドアを開けた途端に族が玄関から出て来てぶっかったそうよ。

それで部屋の中を物色されていたそうよ」

「今から朝永良子の家へ行きます」

携帯を切ると目の前に座っているえなり田かずきはすっかり寝ていた。チキンライスを食べているときからえなり田かずきは半分目を閉じていたから今の電話の会話もほとんど聞いていないかも知れない。

明日は中学の学校生活があるのだろう。今日は部活でもあって大部疲れているのかも知れない。松浦田あややはまだ子供なんだ、可愛いわねと思ったが、実はこの中学生はあややの肉体を狙っているのである。えなり田かずきは夢の中であややとふたりで温泉に入っていた。

「じゃあ、賀集くん、かずきくんをたのみます」

「僕がかずきくんを家につれて行くよ」

「じゃあね、ダーリン」

ボインちゃんは軍隊の敬礼みたいなことをすると格好をつけて喫茶オレンジのドアを開けた。

店の前には赤いデトマソ スピードスターM530が待っていた。月の光を受けて赤いボディのボンネットの上が光っている。ボインちゃんは自分の愛車が自分が運転席から離れている間、月と会話をしていたのかも知れないと思った。

そう思うと月に軽い焼き餅を焼いてしまう。しかしそのあいだ、自分は賀集くんと話していたのだ。

座席に座ると内蔵されているコンピューターに告げた。朝永良子の家へと。

朝永良子の家の前に着くと覆面パトカーがすでに停まっている。隣りの家は薬局になっている。

薬局というものも店を閉じる時間はかなり遅いものだが、そこもすっかりと店が閉められていた。

玄関の内側に制服の警官がはりついている。近所ではこの騒ぎはまったく知られていないらしい。

「軽井沢以来だな」

玄関に入ると角田田信朗が立っている。

「賊がこの家の中を物色しているときにこの家の住人、朝永良子が戻って来た。

そこであわてた賊は朝永良子を押し倒して逃げて行ったのだな」

角田田信朗はしたり顔で松浦田あややにそう言った。彼は軽井沢で李宗行の事件を調べていたはずである。

何故、東京のこの朝永良子の家を調べているのだろうか。奥の方で朝永良子本人が刑事たちから何か事情聴取をされている。

「角田田警部、軽井沢にいたのではないんですか。それも李宗行の捜査をして。ここの住人と李宗行の間に何らかの接点を発見したの」

あややはわざと甘えるように可愛く聞いてみた。

角田田信朗警部補は下唇をつきだして鼻のあたりを中心にして頭を右回り、左回りにしている。

「ノーコメント」

朝永良子の兄、朝永正夫が晴海埠頭で青い鋼鉄製の怪物に襲われて命を落としたということは松浦田あややの周辺の人間しか知らないはずだ。と言うことは独自のルートで李宗行の殺人事件とこの兄弟の何らかの関連をつかんでいるのかも知れない。しかし松浦田あややの知っているこの事件の関係者というのは李宗行の婚約者か恋人か、

わからないがとにかくそれに近い関係の野見広子がいる。そして野見広子の近い場所で働いていると自分で言っていた

朝永正夫、朝永正夫は野見広子と李宗行の間にトラブルがあったことまで松浦田あややに話そうとした。

ということぐらいしか松浦田あややは知らない。しかし角田田信朗はもっと重要なことをつかんだのかも知れない。

それが何なのか、黒い下着のボインちゃんにはまったくわからなかった。奥の方で椅子に腰掛けて刑事たちの事情聴取を受けていた朝永良子のところに刑事たちがいなくなったので黒い下着のボインちゃんは近づいて行った。

朝永良子はかなり疲れているようだったが、黒い下着のボインちゃんが自分の兄の葬式にやって来た人間で彼女が自分の兄の最後を最後に見とった人間だということはわかっているようだった。だるそうに彼女は松浦田あややの顔を見上げた。

「この前、お会いしたときは不愉快な印象を与えてしまったかも知れません。別にあなたのせいで兄が死んだということではありませんものね」

それを言われるのはスーパーカー、デトマソ スピードスターM530のドライバーとしてはつらい。

「あなたのお兄さんを助けられなくて申し訳ありませんでした。自分がもう少しあの車の使い方になれていれば」

「身長が五メートルの鋼鉄で出来たゴリラに兄は襲われたんでってね」

「それについて何か心当たりはありませんか」

黒い下着のボインちゃんとしては彼が野見広子のことを喫茶オレンジに話しに来たから彼が殺されたのだと思っている。

しかし、まだ野見広子の名前を出すわけにはいかない。

「兄と私は親がいないんです。二人きりで生きてきました。兄の望んでいたことは私の幸せな結婚でした。

それが最近、知り合いに聞いたのですが、大変、兄が憤っていて、私の幸せな結婚を邪魔するものがいるんだ。妹が玉の輿に乗ろうとしているのに、横からモーションをかけてくる女がいるんだ。その女に直談判してやると

言っていきり立っているといつも言っていたそうです」

「その玉の輿の恋人にモーシヨンをかけている女性の名前を聞いたことがありますか」

「ええ。野見広子という人だそうです。そして野見広子という女の人が女性の私立探偵に調査されているのを見たから、その探偵に洗いざらい、あの女のことを話してやると言っていました」

黒い下着のボインちゃんには大きな驚きだった。黒い下着のボインちゃんは次の事実を知りたかった。

「あなたの恋人というのは」

「李宗行という人です」

そう言った朝永良子の顔には少し恥じらいが浮かんだ。そしてあややは驚いた。そうだったのか。李宗行の恋人というのは朝永良子だったんだ。野見広子ではなかったんだ。そして松浦田あややは朝永良子は自分と同じように恋をしているんだわ、

この女の子は、そう思うと親しみがわいてきた。そして野見広子という名前が出ていたときからその名前が出て来ることは少しは予想していた。二人の肩を寄せ合って生きている兄弟、そこで妹が幸せな結婚をしようとしている。

そこに妹の結婚を妨害する女が現れる。そして兄はその女を探偵する。そんなとき、その女の身元調査をしている女探偵がいるのを知る、きっとあの女は後ろ暗いことをしているに違いない。兄はその女を告発するために喫茶オレンジに来たのかも知れない。

その女探偵というのはもちろん自分のことである。

イタリヤ料理屋で黒い下着のボインちゃんが野見広子を調べているのを見ていて松浦田あややが警察の捜査官か、何かだと判断したのかも知れなかった。そして哀れなことにまだ朝永良子は李宗行が死んだことを知らないようだった。

ここで黒い下着のボインちゃんはもしかしたら「光速零号」のことを朝永良子は知っているかも知れないと思った。

「光速零号というのを知っていますか」

「知っています」

朝永良子はあっさりと言った。

「今、ここにも持っていますわ」

彼女はハンドバッグの中から小冊子を取りだした。

「これです」

小冊子の表紙には絵が描いてある。それは宇宙から来た少年ロボットの絵で四十年ぐらい前に流行った空想冒険漫画、

「宇宙銀星王子、光速零号、の巻き」と書かれている。しかしそれは表紙だけで中身はアルバムになっている。

その中には李宗行と朝永良子がいろいろなところに行ったときのラブラブな写真がはってある。

ただ黒い下着のボインちゃんの注意をひいたのはその片隅に光速零号、六十パーセント完成と書き込まれていたことだった。

***********************************************************

**********

「わかった。わかった」

えなり田かずきが喜びながら喫茶オレンジに入って来たので賀集くんは自分のいとこに何事が起こったのだろうかと思った。

「まさ夫くん、何がわかったのかい」

「賀集さん、わかったんです」

「また、かずきくんのことだから、落語のことじゃないの」

「違うんだよ」

そこに地をうならせるような重低音のエンジンの音が響いて、オレンジの窓からデトマソ スピードスターM530の

赤い姿が見える。ドアが開いて松浦田あややが入って来た。

「あややさん、分かったんです」

「分かったって、何が、」

「野見広子の家へ行ったとき玄関に気味の悪い魔除けの置物があったんです。

それがどこの国の民芸品かなとずっと気になっていたんですよ」

「えなり田くん、そんなこと気にしないでよ」

「いいじゃありませんか」

えなり田かずきは少しふくれた。

「僕はえなり田くんの味方だよ」

「いや、地理や風俗の勉強をすることはいいことよね」

あややは好きな男の前では弱くなってしまう。

「あややさんも見たでしょう。あの気味の悪い置物、あれはR共和国に昔から伝わる魔除けの置物なんですよ」

「じゃあ、野見広子はR共和国の混血ということね」

「そう言うことになりますね」

ここで黒い下着のボインちゃんはR共和国と聞いて思い出すものがあった。そうだ、

あの別荘地にR共和国の別館があることを、そうすると李宗行の別荘に出入りしていたのは野見広子という可能性が高くなる。

軽井沢以外の場所でも李宗行に近づいているところを多くの人間が見ているし、長岡文子は野見広子が李宗行の恋人だと信じているぐらいだったし、

そうなると李宗行の別荘を訪れていたもう一人というのは誰なのだろうか。

松浦田あややは国産ロケツトの打ち上げ計画の調査で、ある原材料メーカーへ寄った帰り、

ファーストフードのテーブルに座っていると見かけた顔がちらりと目をかすめたのであわてて持っていた新聞で顔を隠した。しかし相撲のがぶり寄りのような勢いで人が近づいて来て

「なんだ、こんなところにいたのか。君のところの上司が怒っていたぞ、俺のところに来なかったって」

ここで言う俺は、黒い下着のボインちゃんのおかまの上司、藤井田隆ではなくて、ここにいる角田田信朗のことである。

軽井沢で会ったときの邪険にした態度と違ってこの喜びに満ちている表情はどうだろう。

「じゃあ、ここで君に会ったことを君の上司に報告しておくからな」

黒い下着のボインちゃんは辟易した。黒い下着のボインちゃんの態度にはおかまいなしに角田田信朗はエネルギッシュにまくしたてた。

「君の上司が俺のところにお話をうかがいに行って来いって言ったんじゃなかったのかな。

えっ、石油成金のボインのまいっちんぐまち子先生よ」

警部と言ってもほとんど与太者と変わりがなかった。話によると空手のチャンピオンだと聞いたことがある。それにしてもまったくいまいましいが何故、藤井田隆が黒い下着のボインちゃんが角田田信朗のところにあの件で聞きに行くように言っていたことを知っているのだろうか。きっと、あのおかまがこの犯罪者と同じ精神構造をしている警部のところに自分の部下が行ったのか電話をかけたのだろう。おかまにしろ、このレイプ魔にしろ、

いまいましい限りだ。

「李宗行が犯罪を疑われ、あやうく履歴書に泥が付きそうだつた事件について聞いて来いって言われたんじゃなかったのかい。へへへへ。教えてあげてもいいんだよ。耳の穴をかっぽじってよく聞くんだな。それとも俺とデートしてくれるかい。

その事件を担当した刑事が、まだ警視庁にいて詳しいことを教えてくれたのさ、李宗行のこともよく覚えていたよ。そいつの話によると自分からその盗みの犯人だと自首して来て、あとでそれをひるがえしたのは誰かをかばうつもりだったんじゃないかという、

その刑事の話だよ。こんなことも五十億の車に乗っているくせに気付かなかったのか。へへへへへ。

だから税金の無駄使いだと言うんだよ。そのおっぱいを利用してストリッパーにでもなった方がいいんじゃないの」

セクハラである。それに半分しか税金は使っていない。黒い下着のボインちゃんは心の中でもぐもぐと言った。

「そいつの話によると誰をかばっていたのか、同僚の長岡文子ではないかと、疑っていたんだが、その事件にかかりきりではなくなったので、それきりになったと言っていたよ。へへへへ」

いまいましいがなかなか重要な情報である、あやは自分の水着姿でも見せてあげたい気がした。

そのとき銀色の携帯が鳴ってお地蔵さまが電話に出て来た。

「あややさん、朝永良子が家を出ました」

「朝永良子の靴を発信器が埋まっているものに交換していたのね」

「やっておきました」

朝永良子の靴とそっくり同じものを作ってそちらの方にはデトマソ スピードスターM530のコンピューターでなければ解読できない発信器が埋めこんである。朝永正夫が殺されてから、朝永良子の自宅が荒らされたという事件が起こった。それから彼女を保護する方針を立てたのである。

まだ何かを話したがっている角田田信朗をあとに残して、松浦田あややはデトマソ スピードスターM530に乗り込んだ。

「自動操縦ON、朝永良子の尾行をせよ」

デトマソ スピードスターM530はするすると発車した。黒い下着のボインちゃんはステアリングホイールに手をかけているが力を入れているわけではない。この車が自動的に朝永良子のあとを追いかけているだけだ。

しかしいつもの身体をふるわせるような快感はない。早く目的の場所に着きたいと思った。

しかしデトマソ スピードスターM530が走っている道は以前にも走ったことがあるような気がする。

気がつくと旧蒸気機関高能率研究所に来ていた。今日はリニアモータカーの運行実験もなく、職員もいないようだった。デトマソ スピードスターM530のフロントガラスは望遠鏡の機能もついている、

自由に視野角を変えることができるのだ。五百メートルぐらいさきにあるリニヤモーターカーのスタート台に二人の女の姿があった。黒い下着のボインちゃんは軽井沢の現場でも使った盗聴用の器機を持ってそのスタート台に向かった。

すると歩きながら姿の見えないところで話している人間の声が聞こえた。

遠いところの声もすぐそばで話しているように聞こえる。

「あなたが朝永良子さんね。この通帳をもらってちょうだい」

「これは何。あっ、八億も預金がしてあるわ」

「これはみんなあなたのものよ。ここにはんこうもあるし、名義もあなたの名前になっている」

「あなたは」

「長岡文子」

「でも、どうして」

「これはみんな殺された李宗行さんがあなたに残してくれたものなの。この説明をするためには李宗行さんのことから話さなければならないわね」

「・・・・・・・・」

「李宗行さんはかつては私の同僚としてここで働いていた。それからR共和国に雇われて宇宙軍事兵器の研究をしていた。

あの野見広子がその窓口だったの。軽井沢でゾンビのさわぎがあったのもそれは宇宙軍事兵器、ロボゾンビを着た李宗行さんだったのよ。ロボゾンビは宇宙での戦闘服で二千度からマイナス百度のあいだで行動でき、水の中を潜るのも自由自在だった。そしてそこに装着されているロボゾンビナイフは何でも切ることができる。

湖に現れたゾンビはロボゾンビを着た李宗行さんだつたの。彼はいたずらをして浮かんでいる船の冷蔵庫から生ハムを盗んだりしたわ、しかし野見広子、つまりR共和国が李宗行さんを雇った本当の目的は「光速零号」にあった」

「私も光速零号のアルバムを持っているけど」

「あなたの考えている光速零号とはまた違ったものよ。光速零号というのは昔あった漫画にちなんで付けた名前でそれが完成したら、人類は滅びるわ。

実際には完成していたんだけど。それは単なる計算法なの。その計算方法を使うとあらゆる計算が一兆倍のスピードで行うことが出来るの。野見広子は「光速零号」を渡すように要求した。しかし、彼は渡さなかった。その頃完全密室で金、五百キロの金塊が実験に使われていることを彼は知った。その金を盗んで、その金で愛するあなたと高飛びをすることを考えていた。それはロボゾンビを使って熱供給管からその実験室に忍び込み、

「光速零号」を使ってセンサーを動かしている機械のつまりホストスーパコンピューターの裏をかく必要があった。しかし、「光速零号」をどうやってアクセスさせるか、そこに勤務している知り合いが私にはいた。私に一方的に惚れている西山利明という人なんだけど、私は一夜のベッドをともにして西山にその作業をやらせた。私が何故、そんなことをしたのか、私は李を愛していたの。

私は昔、つまらないことから重大な事件を引き起こして警察につかまりそうになったの。その身代わりを勤めてくれたのが李だった」

「じゃあ。李さんを殺したのは誰なんですか」

「私にはだいたい分かっているけど」

「ふふふ」

低くくぐもった声が聞こえて来る。

「俺だよ」

そこには拳銃を持った西山利明が立っていた。

「本当に好きだったのに。騙された男の恨みを晴らしてやる」

西山は拳銃を二人の女の方に向けた。

「俺はお前に騙されていたことを知った、お前の心を奪った李宗行のところに行った。するとあいつはゾンビのような服を着て二階でうつぶせになって休んでいた。俺はあいつが背中にさしていたナイフをとるとあいつの背中を刺した。

何か空気が漏れるような音が聞こえた。それから下の部屋へ行くと「光速零号」と書かれたノートがあった。

ノートの地のところには宇宙銀星王子の絵が描かれている。

そして最初の二,三ページを見ると俺の名前が書いてあるではないか、そこを破ってポケットに入れると俺は隠れた。

するとばた臭い顔をした女が入って来て最初、驚き、それからそのゾンビの服と何でも切れるナイフを持って出て行ったのだ。

俺もそこを出た」

盗聴、かつ遠隔視をしていた松浦田あややはあせった。

まずい、このままでは二人が射殺されてしまう。黒い下着のボインちゃんはデトマソ スピードスターM530に標準装備されている最終段階器具というのを使うことにする。銀色の携帯で音声入力をする。最終段階平気使用。目盛りを三に会わせろ、デトマソ。これなら西山は気絶するくらいだろう。

「発射」

発射した、エネルギー塊が発射された。しかしどうして計算を間違えたのか、遙か向こうにいる場所で火花が四方に広がって西山の頭は爆発して脳髄が三百六十度四方に広がった。

その様子がデトマソのモニター画面に映っている。同じ画面があややの携帯にも映っている。

「しまった」

あややはようやく現場まで行くと、ふたりの女があまりのことに呆然と立ち尽くしている。

事態を説明したかったがデトマソの兵器のことを説明するのはむずかしかった。

そして三人の女たちのうしろから誰かが忍び寄って来た。

そして後ろから誰かが銃口を突きつけている。黒い下着のボインちゃんは手をあげた。

「ご苦労さま、ボインの探偵ちゃん。わたしの思ったとおりね。

じゃあ、やっぱり「光速零号」はこの中の誰かが隠し持っているのね。出してもらいましょうか」

黒幕の野見広子が声をかけた。

「持っていません」

「しらばっくれてもだめよ。じゃあ、このリニアカーの先頭に乗りなさい」

三人はそこに載せられ鍵をかけられた。

「このレールの行き先を見てご覧なさい」

そのレールのはるかさきにはあの身長が五メートルもある鋼鉄の怪物が待ちかまえている。

「これから何をするとおもう。ふふふふ。このリニヤカーを時速五百キロで走らせるの、

そしてそのさきにはあの鋼鉄のロボットがいる。ボインちゃんはあの鋼鉄のキングコングに会ったことがあるわね。

リニヤカーの五百キロのスピードとあのロボットの数万トンの衝撃力のパンチをあなた達は受けるのよ。スタートしてから五分でそういう結果になるわね。じゃあ、発車させるわよ。

考える時間は五分、教える気になったら運転席からいいなさい。無線であなた達の声は聞こえるから。ストップしてあげる。じゃあね。GO」

どうしたらいいのだ。リニヤカーは出発した。しかもそのスピードは五百キロ、デトマソ スピードスターM530でも追いつくことはできない。しかし、デトマソ スピードスターM530に搭載されているコンピューターにかけてみよう。

「デトマソ スピードスターM530、発進せよ。われわれを助けるのよ」

すると敷地内にいたデトマソ スピードスターM530は急発進をした。デトマソ スピードスターM530はタイヤをきしませて発進した。リニヤカーは一分で時速五百キロに到達している。

デトマソ スピードスターM530もすぐに時速四百キロに到達しているのが分かった。単純な計算では追いつくことは出来ない。

しかし、奇跡が起こった、と言うよりもデトマソのコンピューターがその判断を独立にしたのだが、そしてそのときデトマソ スピードスターM530は空中を浮遊した。この車はジャンブをした、ブレーキング、操縦安定性のために数百トンの圧搾空気を数分以内前後左右上下に出すことが可能だった。

空中を飛んだデトマソ スピードスターM530は自分のスピードとその圧搾空気の力により時速七百キロ以上のスピードをだし、

リニヤカーの先頭にぴったりとついた。デトマソの大型客船並のエンジン出力がリニヤカーの電動磁石と勝負をした。リニヤカーがきしむ音を立てた。また圧搾空気を発射したのであろう。リニヤカーは停止し、デトマソ スピードスターM530の前方についているミサイルによって鋼鉄の怪物が破壊されているのを黒い下着のボインちゃん松浦田あややは見た。

事件の現場の近くの湖のほとりであの隣りに住んでいる小学生が湖に破られたノートの束を流そうとしていた。

李宗行の別荘に事件直後に入ったとき、見たことのない「宇宙銀星王子」の絵の描いてあるノートを見付けてうれしくて、そのノートを破って宝物にしていたのだ。しかも、その絵の上には宇宙人の宇宙語がたくさん書かれている。

しかし一週間経ってもその言葉は読めないし、宇宙人も尋ねて来なかった。水の中に入れるとその紙は溶けていった。

「何だ。スパイの暗号だったのか」

小学生はつぶやいた。

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スーパーカー探偵少女 @tunetika

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