第8話!


 つまり今までの場合だとビジネスライク以外のなんでもありません、みたいな感じだったのかな。

 それは悪い事したかも……。

 ……ああ、この世界は外国みたいに名前が先に来るから、エルファリーフも水守を名前だと思ったのね。


「ではミスズ様と呼ばせていただきますね」

「ええ、宜しくねマーファリー」


 と、朝から一悶着あったけど、マーファリーに手伝ってもらいながら着替えたりなどの支度をする事に。

 朝食では遂にエルファリーフのお姉さんと対面する事になる。

 エルファリーフのお姉さんって事は、きっとすごい美人なんだろうな〜。


「出来ました」

「ん?」


 化粧台の前に座っていた私はマーファリーの声に今更ながら鏡に向き直る。

 面倒がって伸ばしっぱなしのとかしもしないで一纏めにしていた黒髪は左右から編み込まれて後ろにまとめられていた。

 右側にピンクの花飾りをさされ、ダサい眼鏡をかけても私ではないようなシンプルたけどちゃんとした化粧も施されていて……。


「ここまでやってくれなくても!?」

「お気に召しませんでしたか?」

「いっ……! ……………………いいえ……ありがとう……」


 別人みたいに、可愛い私が鏡の中で俯いた。

 エルファリーフのような遺伝子レベルの美少女ではないけれど、下手したら人生で今が一番可愛くしてもらったかも……。

 マーファリーってこんな事も出来るんだ……、すごいなぁ。


「……それともエルファリーフのお姉さんに会うからきちんとしないといけないのかしら……」


 何しろ相手はこんな豪邸の持ち主だし……。

 エルファリーフのお姉さんだし……。

 確か、領主って言われてたもん……偉い人なのよね、かなり。


「それももちろんですけれど」

「!?」


 あれ、私口に出てた!?

 マーファリーから返事が来た!?


「お化粧って、素敵じゃないですか。それまで当たり前だと思っていた自分の顔が、想像もつかないほど変わってしまう。醜いと信じて疑わなかった自分が、別人に生まれ変わったような気持ちになる。生まれて初めてお化粧してもらった時の感動は、わたし、一生忘れられません」

「……………………」


 マーファリー……。

 なんてキラキラと輝く瞳。


「わたしの生まれた国は、アバロン大陸北海のグリーブトという所で……一年中雪が降り積もるとても寒い場所でした。今でこそ改革が進み、奴隷制度も廃止されていますがわたしがいた頃は奴隷がどの町にも村にも当たり前にいたんです」

「奴隷……!?」

「はい。……わたしは両親が事故で亡くなってからすぐに奴隷の烙印を押され、奴隷商人に売られた……元奴隷なんですが……毎日が絶望しかない日々でした。今まで友人だと思っていた人たちは別人のようになり、わたしを罵り殴ったり……」

「……そんな……」

「けれど、そんな日々からこの国の王子様が救ってくださったんです。アバロンとバルニアンは国交を断絶していたのに、本当にたまたま、立ち寄られた王子様たちがわたしたち奴隷をこの国に導いてくださった。感謝してもしたりません。あんな見すぼらしく醜いわたしを……この国は根本から変えてくれました……。奴隷のわたしはお化粧をしてもらった時に……人間に戻れたんです。人間の、普通の女の子が……鏡の前に座っていたんです。本当に、嬉しかった……」


 マ、マーファリー……!

 なんて、なんて…………………………なんて、なんていい子なのおおおぉ〜!?

 そんな、奴隷だったなんて!

 アバロンからの亡命者って……っ! そりゃ、亡命者にもなるわ!

 うああああ、まさか、まさかそんな境遇だったなんてぇぇ!


「ちなみに、そのお化粧を教えてくれた方がユスフィーナ様なんです」

「!」


 乙女ゲームのヒロインっぽおおおぉぉぉーーーい!?!?

 マーファリー! あなた、なんて乙女ゲームのヒロインっぽいのぉ!

 元奴隷……辛い日々を過ごしていた少女は通りかかった異国の王子に救われる!

 そしてその国で美しく優しい身元引き受け人に出会い、働きながら健気で愛らしい女性へと成長した。

 ある日彼女は偶然にも、自分を助けてくれた王子様と再会し燃えるような禁断の恋をーーー!

 きゃあああああーー! い、良いーーー!


「マーファリーさぁん、いつまで準備に時間をかけてるんでかぁ。お食事が運ばれて来てますよぅ」

「え、あ、ごめんなさいナージャ。今行きます」

「大体、あんな不細工なダサダサ〜なおばさんにいくら時間をかけたって大して変わりませんよぅ。時間の無駄ですよぅ、無駄無駄〜」

「なんですってえ!?」


 この猫かぶり小娘ぇ!

 絶対私に聞こえるように言ってるだろう!?

 今日という今日は堪忍できん! 殴る!


「ふっふーん、それはどうかしら? わたしの仕上げたミスズお嬢様を見てもそう言える?」

「え」


 マーファリーと扉の陰にいたナージャへ、振り返ったマーファリーが胸を張った。

 なにこの子、超可愛いんですけど。

 まあ、マーファリーがエルファリーフ級のヒロインレベルなのは確定として……要は今の私の事だ。

 立ち上がっていた私は昨日、エルファリーフが選んでくれた朱色と真紅のワンピースと、足が痛くなるのでヒールのほとんどないピンクのパンプスを履いている。

 黒い髪に赤系は映えるとの事で、エルファリーフが興奮気味に勧めてくれたもの。

 そんな私を頭の先からつま先まで上から下へ顔ごとスクロールしたナージャはポカンとして……それから怪訝な顔をする。

 ちょ、なんなのその顔。


「……………………………………。ま、まあ、さすがマーファリーさん、って感じですねぇーー。……お嬢様たちには遠く及びませんけどぉ……昨日ほど見るに耐えない訳じゃないですよ〜……」

「もう、素直に褒めればいいのに」

「ふ、ふーん……だ」

「…………………………」


 褒めたの? それ。

 ……っんとにクソ生意気な猫かぶり小娘ねーっ!

 けれどこれで身支度は終了。

 二階の通路をマーファリー、ナージャに付いて進む。

 突き当たりの大きな扉を二人が開くと大きなテーブル。

 真ん中の席に、エルファリーフがすでに座っていた。

 うーん、朝から可愛い!


「ミモ、ではなく、ミスズ様! おはようございます!」

「おはよう、エルファリーフ」

「昨日は色々と失礼いたしました。ゆっくりお休み頂けましたか?」

「ええ、ぐっすり眠れたわ」


 そう微笑むと頬を染めてエルファリーフが微笑む。

 なにあの子、本当に天の御使なんじゃないの。

 マジ乙女ゲームヒロインなんだけど。

 ……私が幸せにしてあげないと……!


「……えっと」


 そして、私と真正面の席にはエルファリーフと同じように薄いオレンジの髪と碧眼の美人が座っている。

 私と目が合うとピンク色の唇が柔らかく、尚且つ上品な微笑みを向けてくれた。

 あ………………な、なに……あの絶世の美女は……?

 背後に薔薇が咲き誇っている……!?

 あまりの美しさに見惚れて固まる私は、彼女が席を立ちゆっくり近づいて来ても動けない。

 彼女は私の側まで来ると、深々と腰を折る。


「初めまして、ミスズ様。私はユスフィーナ・ユスフィアーデ。このユティアータ領の領主を務めております」

「ハッ! は、初めまして! 水守みすずと申します!」

「妹からお話は伺っております。この度はナージャが大変なご迷惑をおかけいたしました。本当はもっと早くお詫びに伺うべきでしたが……」

「い、いえいえいえいえ!」


 悪いのはあそこで口笛を吹くが如く唇を尖らせて思いっきり顔を背けている猫かぶりのクソガキです!

 ……それより……な、なんという美人姉妹なの……!?

 神さま不公平過ぎない!?


「ミスズ様が元の世界へお帰りいただける日が来るまで、私どもが全力でお手伝いさせていただきます。なにかありましたら、お気軽にお申し付けください」

「は、はぁ……。あ、いやいや! もう十分過ぎるぐらいお世話になっていますから、そんな!」


 住む場所やら着る服やら……その上、ご飯まで出してもらうなんて至れり尽くせりよ!

 ……強いて言うなら乙女ゲームしたいけど……ある意味リアル乙女ゲームが始まりそうな予感がするし!

 お姉さんも乙女ゲームのヒロインとして申し分ないし!

 ……なにかしら、ユスフィーナさん……すごい美人だけど、エルファリーフとはまた違った雰囲気の美人…………。

 ハッ! これは……どこか影のようなものを感じるわ!

 そう、私の恋愛脳が告げている……!


「……ユスフィーナさん……失礼ですけど……」

「? はい?」

「今何か、悩みがおありなのではありませんか!? 恋愛方面で!!」

「え!?」


 ザワッ……!


 思った通り……控えていた使用人やメイドたちが表情を変えた。

 ユスフィーナさんも大層驚いた様子で、口元を両手で覆うと一歩、私から後退る。

 やっぱり……!


「……ど、どうして…………エ、エルフィから……なにか……?」

「わ、わたくしはなにも……! ミスズ様、何故お分かりになりましたの……!? あの事はお話ししておりませんのに……!?」

「ふ、ふふ……やっぱり……! 分かるんですよ、私には……」


 恋に関して悩む乙女の微細な変化が!

 恋愛脳なので!


「…………………………。……エルフィ?」

「あ、わ、わたくしの愛称ですわ……」


 エルファリーフだからエルフィなのね。

 な、なんかめちゃくちゃ可愛い……!


「……も、もし宜しければミスズ様もわたくしの事はエルフィとお呼び下さい……」

「え、いいの!? そ、それじゃあそう呼んじゃおうかな……」

「はい、是非」


 うふふ、うふふふふ。

 私とエルフィの間に流れるお花畑の空気。

 ああ、エルフィ……なんて可愛いのかしら〜。

 ……ハッ! それどころじゃなかった!

 ユスフィーナさんのフラグの方が先よ!


「コホン。……それで、ユスフィーナさん……物は試しです、私にその悩み、お話してみませんか? こう見えて私、恋愛相談に乗るのは得意なんです!」


 ゲームでものすごく鍛えてありますから。


「…………………………。……そ、それは……、……い、いえ、ご迷惑をお掛けしたのはこちらです。御心配くださりありがとうございます。お気持ちだけで十分ですわ」

「そ、そうですか? え、遠慮とかしなくても……」

「……ミスズ様、姉の事までお気遣いいただき恐縮ですわ。ですが、先にお食事にいたしましょう? せっかくのお料理が冷めてしまいますわ」

「…………………………」


 あ……これは……私とユスフィーナさんの好感度が低いから相談してもらえなかったのね。

 ま、まあ、それもそうか、初対面なわけだし。

 まずはユスフィーナさんの好感度を上げない事には、フラグすら見えない。

 うーん、これはなかなか、面白い事になって来たわ……!

 お姉さんの好感度を上げる方法を考えないと。

 それと、エルフィやマーファリーの恋愛イベントに向けたフラグも調べたいし!

 それには攻略キャラの調査ね。

 人間関係を整理して、それから、周りにどんな男の人がいるのかを調べて〜……あ、でもこれから出会う可能性もあるのし〜……。


「うっふ……」

「「?」」


 ふふふふふふふふ……。

 忙しくなるわ……!



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