第2話!



「……でも君、まだ学生だよね? メイド見習いって……」

「ナ、ナージャはゲートが近くにない村で育ちました……。だからユティアータのゲートで学校に通っているのですぅ……で、でも、ナージャみたいな小娘は簡単にお部屋を借りられないのですぅ……でもでもぉ……ユスフィアーデ家のお嬢様が住み込みで働きながら、お金を貯めて学校に通ったらいいよって言ってくれてぇ……」

「そんな事あるのか?」

「割とポピュラーです。辺鄙な場所から王都の学校へ進学を希望する子どもで、家からの援助があまり望めない場合は領主預かりとなったりするです。その方が親御さんも心配が減り、働く事で礼儀や社会性も学べ、更にお金も稼げるです」

「……あ、結構利点が多いんだな……」


 へぇ〜〜。

 なんかよく分かんないけど、つまりこの女の子は田舎から出てきて働きながら勉強しているのね……?

 ……な、なんて努力家で健気な子なの……!


「で? ユスフィアーデ家の見習いメイドが何故こんな古代の魔導書を持っていたんです?」

「……そ、それは……ナージャはすごい魔法使いになりたくて……」

「うんうん?」

「……お、お掃除の時にたまたま書庫で見つけて……」

「はぁ……我々ですら読めないこの魔導書を、君が読めるのです?」

「……………….よ、よめないですけどぉ……」

「読めない魔導書を持ち出すなんてバカの底辺の極みです」

「ふぐぅ……!」

「ハ、ハーディバル……」


 よ、容赦なーい……。


「…………つまりこれはユスフィアーデ家の蔵書だと……。……確かに、あの家ならこれくらいの貴重な本を持っていても不思議はないです」

「へえ、なんかそう聞くと興味湧くなー。一度その書庫見せてもらいたい」

「……自分で交渉するです。……で、どのページの魔法を試したのです?」

「……さ、最後のやつですぅ……最後のページのやつならきっとものすごい魔法なのだと思って……」

「時代を疑うほど安易な考えの原始的な典型ですね」

「うぐぅ……!」

「ハ、ハーディバル……」


 こ、こいつ……ハーディバルって奴……こんな小さな女の子にどんだけ容赦ないの……!?

 お前の血は何色だ!?


「……パッと見た限り、この魔法陣は召喚関係みたいです」

「どれどれ? ……ほんとだ。……でも、今のものとかなり違うな。なにが召喚出来るんだろう?」

「まあ、少なくとも異世界人を召喚するものではないと思うです。……あれ、これは……?」

「なに?」

「…………呪縛系の陣に酷似しているです」

「召喚系に呪縛系? 呪縛系の道具を召喚する感じなのかな?」

「……そもそも発動に必要な属性や魔力量や圧縮量もどこに書いてあるかわからないです。よくこんなやばいもの実行しようと思ったですね……ドのつく素人でも身の程を弁えて諦めるレベルの難易度ですけど」

「はうぅっ!」

「ハーディバル……」


 ……これはもはや世に言うパワハラ……モラハラなのでは……?

 う、訴えたら勝てるんじゃないの?


「……さて、お待たせしたです。いい子で待っていたですね」

「!」


 あ、やっと私の番か!

 んもー、待ちくたびれたわこのドS美少年め!


「あの、ここはどこ!? 私、早く帰ってしなきゃいけない事があるんだけど!」

「ここはリーネ・エルドラド……多分貴女の住んでいた世界とは違う時空間にある世界……異世界です」

「………………………………か、帰りたいんですけど……」

「少なくとも今のところ無理です。魔法のエキスパートたるこの僕ですら、魔法陣の意味が分かりかねている……解読して分析して、逆の力を持つ魔法陣を作り出さないと……この本には送還用の魔法陣がないように見えるです」

「……確かに召喚関係の最後のページなら送還用の魔法陣が載っているはず、か……その前のページのは召喚系のとは少し違う」

「……送還用の魔法陣が別ページにあるとしても、それを見つけ出さねばならないです。……これはかなりの重労働……タダではやりたくないです」

「つーかタダじゃ出来ないってこれ。解読するなら文字の専門家に聞かないといけないし、下手したら古代魔法の研究員とか探さないと……」


 ……美少年がぴったりくっついてその古代魔法の魔導書とやらを覗き込む……なんて美しく眼福な光景なのだろう。

 少し前の私ならニマニマした顔で眺めていたに違いない。

 だが、今の私は頭の中に今しがたスパーンと言い渡された言葉がぐるぐると回る。

 い、今の所無理……。

 今の所無理!?

 つまり、帰れない!?

 いいいい異世界って言ったわよね、この鬼畜ドSな美少年!

 は、はああああああ!?

 ちょっと待ってよ、私は確かに異世界に憧れていたわよ?

 でもそれは二次元的なものの話で、三次元で異世界に行くなんて、流石にそんな事信じられるほど子どもでもないわよ!

 高卒だけど、一応就職して六年目のいい大人なんだから!?


「……そ、そんなバカな……ゆ、夢でしょ、これ……ま、まさか用水路に落ちてはまって抜けなくなって気絶して水死した……!?」

「……かなり残念な死因ですね」

「ほんとね!?」

「水死っていうか、それだと溺死じゃない?」

「た、確かに!」


 美少年二人に肯定されてしまった、私の死亡。

 そうか、私は……し、死んで……そ、そんな……!


「まだ予約して買ったばっかりなゲーム起動すらさせてないのにぃぃいいぃ!」

「さて、問題が増えたです。……とりあえずこのガキの保護者であるユスフィアーデ家の方にお越しいただくです」

「!? お、お待ちください、お嬢様には……!」

「これ以上アホの上塗りするなです。お前がアホな事をすれば、身柄を引き受けているユスフィアーデ家の者が責任を負う事になるのは当然です。それが嫌なら二度とアホな事をせず慎ましく生きるんですね」

「……そ、そんなぁ……」

「で、あの人どうする? お城で預かってもらおうか?」

「ユスフィアーデ家の者に一緒に引き取ってもらうしかないです。本人はゲームをやるために帰りたいそうですから、ユスフィアーデ家でこの魔導書の解析を行ってもらうです」

「まさかの丸投げ」

「そんな時間ないですから」

「まぁなー」




 美少年二人……純白の軍服チックな服装で、薄い紫色の髪と銀の瞳を持つ方……ハーディバルはパタンと魔導書を閉じる。

 その隣の白と黒の混色の髪を伸ばし、三つ編みにしてまとめた金の瞳の美少年……ハクラは腕を頭の後ろで組む。

 私を召喚したと思われるツインテールの少女……ナージャは泣きながらしゃがみ込んだ。

 しかし、泣きたいのはこっちなんだよ。

 異世界ってあんた……。

 召喚は〜、突然に〜♪ ……じゃ、ねーよ。

 私は帰ってゲームしたかったのに……。

 ただ普通に生きていただけのに、なぜ私なの……?

 そもそも、こんな事あるぅ!?


「すごい落ち込みっぷり。よっぽどゲームしたかったんだな。こっちの世界にもゲームはあるよ?」

「……ふざけないで。私がやりたかったゲームは四ヶ月も前に予約して、発売延期を経てようやく発売されたやつなのよ……同じものがこの世界にもあるっていうの……!? あんた乙女ゲーに出てきそうな美少年だからって下手な慰めしてくるんじゃないわよ!?」

「……ごめん?」

「なんです、おとめげーって」

「さあ?」

「ギャルゲーの女の子版よ!」

「……ぎゃるげい?」

「……我々ゲームはしないので専門用語はやめろです」

「だったら聞くな!」


 専門用語って言われると悲しくなるし!

 …………………………あれ?

 ちょっと待て、この三つ編み美少年、なんか言ってなかった……?

 毒吐き美少年も……。

 ゲームが…………ある!?


「……ねえ、今ゲームあるって言ってなかった……? それって、ボードゲームじゃなくって……テレビゲームとか持ち運びが出来るポータブルゲーム機とかスマホゲームとかもあるって事……?」

「? 異世界の用語はよく分かんないけど、通信端末が使えればゲームは出来るんじゃないっけ? 俺とハーディバルはそういうのあんまり興味はないんだけど……なんか毎月色々新作発売されるよな?」

「ええ、まあ……仕事が忙しくてそれどころではないです。今日もこのように仕事が増えましたし」

「うう!」


 ギロリと見下ろされるナージャは竦みあがる。

 うん、あの綺麗な顔に睨まれたらああなるわ。

 それでなくとも散々毒を吐かれた後だし……お、恐ろしい子……。

 でも、そんな事よりゲームが……ある!

 じゃあ、もしかして乙女ゲーもあるのかしら……!?

 気を持ち直したので、立ち上がって拳を握る。


「そのゲームはどうすれば出来るの!? 元の世界に帰るのに時間がかかるなら、そのゲームをやってみたいんだけど!」

「どうすればって……通信端末がないと出来ないし、通信端末は国民番号と魔力がないと使えないし…………なあ、ハーディバル?」

「少なくともすぐには無理です。つーか、今、衛騎士とユスフィアーデ家に連絡しているので話しかけるなです」

「!」


 毒吐きドS美少年が手元で操作している電子辞書のようなもの。

 もしかしてあれが通信端末ってやつ?

 あれ、魔法がどうとか言ってたから、魔法で連絡とかしてるのかと思ったらまさかの機械!?

 スマホを大きくしたやつみたいで……でもなんかモニターみたいなのが浮き上がっとる!

 え、なに? 想像していた魔法の世界ではないのかしら?


「あう、あう……ナージャはどうなるのですかぁ……?」

「さぁね。ユスフィアーデ家の人に聞いてみないと」

「ふえぇん……! お嬢様や学校のお友達に会えなくなるのは……いやですぅ……! ごめんなさぁい……もう、もうこんな事しないから、許してほしいのですぅ……おねがいしますぅ……!」


 な、なんて健気な子なの……!

 両手で顔を覆い、肩を震わせて泣くナージャに私は胸が痛んだ。

 だって私もそれなりに……いや、なかなかの田舎人間なんだもの。

 田舎から出てきて働きながら勉学に励んでいるという、幼い女の子のこの姿には同情を禁じ得ないわ……!


「……あ、あの……ナージャちゃん……泣かないで? きっと大丈夫よ……」

「……おばさん……ナージャをゆるしてくれるのですかぁ?」

「おばさんじゃないわよ! わたしこれでも二十四歳よ!? まだ若いわ!」

「ひゃあ!?」

「……二十四……?」

「!?」

「年相応」

「!?」


 こ、この美少年コンビまで!

 ……ん? いや、ドS美少年はそうでもない、か?


「あ、そうか! なんか奴隷みたいなみすぼらしい服着てるせいか!」

「!?!?」


 まるでトドメとばかりに言い放つ三つ編み美少年。

 オブラートは一切ない。

 ……だが自分の格好は上下グレーのジャージとスニーカー。

 髪は切るのも面倒で伸ばしっぱなしの、後ろで一纏め……。

 コンタクト買うくらいならゲームに使いたいからと、眼鏡。

 ん、ンンンンン……。


「……はっ……まさかおば、……お姉さん奴隷? でも、それにしては割とはっきり物申すな? それに女の奴隷にしては結構しっかり着込んでるし……」

「今おばさんって言いかけただろ!?」

「異世界にも奴隷っているんです?」

「奴隷じゃないわよ! 社畜でもないし!」

「しゃち……? え、なに?」

「……教員室の応接室に移動するですよ。衛騎士が間も無く到着するはずです」

「んな! なんなのよあんたちはー! 乙女ゲーの攻略キャラみたいなくせに全然紳士的じゃないし優しくなーい!」

「…………? あの人、召喚の時に頭でも打ったのかな……?」

「もしくは異世界人はほとんどがあんな人種なのかもしれないです」

「聞こえてるわ! 違うわよ!」


 くぬぅ……こいつらー!

 自分の立場分かってるの!?


「ちょっと! あんたたちさっきから失礼すぎるわよ!? そもそも初対面で人をおばさん呼ばわりしたり奴隷扱いしたり服……は確かにダサいけど! いきなり無断で召喚? しておいて名乗りも謝りもせず話を勝手に進めちゃって! その上帰れないですって!? 損害賠償請求されたって文句言えない立場だって分かってるの!?」

「それは全部これの責任ですから」

「ひいい!?」


 ドS美少年はナージャを親指で指す。

 ……まあ、確かに……。

 私を召喚したのも最初におばさん呼ばわりしたのもナージャだわ……。

 泣いてるし可愛いし健気な子だけど諸悪の根源はこの子ね……。

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