恋愛脳オタクの初異世界生活と闇翼の黒竜

古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中

乙女ゲームのヒロインは、必ず私が幸せにしてみせる!

第1話!



「おあっっはぁぉぁーーー!」


 と、女子としては如何なものかと言われそうな奇声を上げながら私、水守みすずはいい歳こいて立ち漕ぎの全力疾走で自転車を飛ばした。

 早く、早く家に帰ってゲットした乙女ゲーやりたいのだ!

 ああ、この日をどれほど待ち望んだだろう!

 雑誌の紹介でキャラ全員……つまり絵柄に一目惚れして、声優さん陣に身悶えて、予約開始日に予約して一度の発売延期を経て……そして今! 今日! 遂に!

 発売日当日余裕のゲットこれぞ田舎!

 ありがとう田舎!

 サイッコーよ田舎!

 いや、別に普通に予約してたけど。

 ともかくこうして私、水守みすずは新作乙女ゲーム『覚醒楽園エルドラ』をゲットしたのだ!

 ちゃっちゃらー!

 みすずはレベルが上がった! なーんてね!

 ともかくハイテンション。

 田舎ながらも山が少なくただただ田んぼが広がる田んぼ道。

 そのど真ん中で唯一舗装された道路を一直線に走り続ける。

 まだ少し陽の高いこの時間、車は一台も通っていなくい。

 まさに私のためだけに存在するかのような道である。

 だが、私は些かはしゃぎ過ぎたのだ。

 自転車だって走れば車両。

 それを忘れてはいけない。

 飛び出してきた鷺……そう、田舎の田んぼ道には鷺がいるのよ鷺が。

 これが意外とでかい。

 ので、びっくりしてブレーキをかけるが……前輪は大きくブレて用水路へと真っ逆さま!

 やばい! せっかく手に入れた乙女ゲーと財布とケータイが泥まみれになる!?

 我が身の事など後回し……それがオタク。

 だが…………………………。


「?」


 用水路に落ちたにしてはあまり痛くない。

 それに、全然冷たくない。

 変な匂いはするけど、泥の匂いではない。

 あ、それより乙女ゲーと財布とケータイは無事か?

 頭を抑えながら手を地面につける。

 おかしいな、草の感触を思い浮かべていたのにまるで床じゃない。

 コンクリートでもないし……。


「はわわ……!?」


 はわわ?

 上半身を起こしながら、声のした方を見上げる。

 やばいな、チャリで転んで用水路に落ちたところでも見られてしまったのかしら?

 かなり恥ずかしい。

 それにしても安定感のある用水路ね?


「……ん?」


 起き上がった私の目の前にはミニスカートで緑色のフード付きポンチョみたいな服を着たツインテールの女の子。

 十二か、十三歳くらいの、可愛い子。

 杖を持ち、大層動揺しまくった顔をしておられる。

 どうしたどうした?


「……………………」


 いや、待て。

 それよりも彼女の背後だ。

 教室のような場所。

 白い椅子と机、壁には掲示板。

 左には扉、右には窓。

 それに、この子なに、杖なんて持って……?

 え? あら? おかしいよ?

 私は自宅方面へ田んぼ道を全力疾走していたのだから……?


「ねえ、すごい音がしたけどどうしたの? まさか、魔獣?」

「? なんで鍵が閉まっているです? この教室は、夜間の子達が使うはずです。他の教室ならいざ知らず、ここは鍵などかけないです」

「そうなのか? ……おーい、誰かいるー?」


 男の声……二人。

 そしてオロオロと戸惑う少女。

 状況が掴めない。

 ただ、閉まっている室内の後ろの扉がガタガタ動かされている。

 教室……やはりここは教室らしい。


「……ど、どうしよう……そ、そんなあの声は……よ、よりにもよって、なんで……!」

「あ、あの〜」

「……こ、こんなはずじゃあ……! ど、どうしたら……はうう……」


 私と扉を交互に見やり、ただただオロオロとする少女。

 なにやら彼女の身は相当ヤバそうだが、特に追われている緊張感などはない。

 扉の外にいる人物たちは中の人……つまり私と少女の身を案じているような声を何度となくかけているのだから。

 ……どちらかというと――……この少女がやらかした感がある、ような……?

 とにかくスルーされ続けるのも癪だし、状況が掴めないので私はガバリと立ち上がる。

 驚く少女。

 顔は青ざめていて可哀想だけど、私は忙しいの!

 この後、家に帰って買ったばかりのゲームに興じなければならないのよ!

 明日は土曜日で明後日は日曜! そして、月曜日は祝日!

 この三連休、徹夜してでもゲームを進めて必ず一人目を落としてみせる!

 一人目はもう決めているの!

 黒髪黒目のイケメン腹黒王子に!

 だから、こんなところであなたのおどおどに付き合っている時間は、ない!

 私が一歩近づくと、少女は遂に涙を浮かべる。

 だが私の頭の中はゲーム一色、もう止まらない。


「とりあえず私のゲームと財布とケータイどこ? あと、ここどこ?」

「へう?」


「……応答もないし、誰もいないのかな? 魔獣が暴れている感じもしないし……」

「そうですね……邪悪な魔力は特に感じませんです。……けれど、ここ数日この学園内に奇妙な魔法痕が残っていたのは間違いないです。僕の調査に付き合うと言い出したのはお前なのだから、最後まで付き合うです」

「分かってるよ。学校ってワクワクするから見回りだけでもテンション上がる〜」

「しょうもないアホ発言は控えろです」


 ……かつかつかつ……。

 遠ざかる声と足音。

 なに? 今の会話……魔獣とか魔力とか魔法とか……。

 狼狽える少女は私の質問に目を思い切り逸らした。

 ……何にも知らないようには……見えないのよねぇ〜〜?


「……ナ、ナージャは……ナージャはなにも、悪くないですよー!?」

「はあ!? え!? ちょっとぉ!?」


 ナージャ、という名前らしい少女は鍵のかかっていた教室の後ろではなく、教卓の横にある前の扉へとダッシュして……普通に開けて出て行った。

 え、まさかの?

 前は開いてた?

 後ろの扉がたがた動かしてたさっきの二人はなにやっ――。


「ぴぎゃん!」


 ……女の子の声だ。


「………………あー……これは面倒な感じに仕上がってるですね〜……なるほど、ここ数日残されていた魔法痕は召喚術でしたか〜」

「邪悪な魔力とは別件って事?」

「そう考えていいかもしれないですけど、その辺りはこのガキにしっかり説明してもらうです」

「……女の子なんだから優しくしてやれよ?」

「……それはこいつの出方次第です」

「あわわわわわわ……」


 ……見事にとっ捕まっていた。


「……あ、あの」

「少し待つです。こちらも状況がいまいち把握できていないです。お前は後です」

「んなっ!? おい!」

「ごめんごめん、言い方きついけど順序立てて整理した方がいいから少し待っててくれないかな?」

「っ……いや、でも、私……!」


 首根っこをとっ捕まえられた少女は、大層な美少年二人に挟まれて本格的に泣き出した。

 ごめんなさい、わざとじゃないんですぅ、と舌ったらずに泣いて謝る女の子を、だんだん可哀想に思えてくるけれど……。

 彼女をとっ捕まえている美少年二人はまるでけろりとしている。

 女の涙に一ミリも動かされないなんて……この美少年たち何者?

 いや、それよりここは?

 私、田んぼの用水路に落ちたと思ったんだけど。


「……お前泣いて許しを乞えば許されると思ってるんです? 泣いて謝るくらいなら、誠意を見せて説明するです」

「ハーディバル、容赦なさすぎ。少し緩めよう?」

「断固拒否るです。こういうガキは嫌いです」


 鬼かこいつ!?

 美少年だからってやっていい事と悪い事があると思うよ!?


「? ……魔導書ですね」

「!? あ、そ、それは!」


 その鬼のような美少年が教卓に乗っかっていた一冊の本を手に取る。

 それに涙が引っ込む女の子。

 ……え、まさか嘘泣き……?


「……かなり古い……ハクラ、お前考古学を齧っていましたね? 分かるです?」

「どれ? ……うわ、ほんとに古いな……? ……これは……四千年前のアルモンド文字……だと思う。いや、もしかしたらもう少し古い、その原型とか、元になったやつかも? でも紙の本になってるって事は……古代文字の一つを解読したか、あるいは理解していた人間が書いたものかな?」

「…………つまり?」

「え、だから多分アルモンド文字……」

「なにが書かれているのか聞いているです」

「いやいやアルモンド文字は流石にわかんないって。シンバルバ文字なら少しは読めるけど。多分アルモンド文字はフレディも分かんないんじゃないかな……専門で調査してる人じゃないと……」

「か、かえしてくださぁい……! そ、それ、ナージャのじゃないんですぅ……!」

「説明する気になったんです?」


 冷たい眼差しで本を取り戻そうと手を伸ばす少女を見下ろす美少年。

 薄い紫色でサラサラの髪と、氷のような透き通った銀色の瞳。

 白く、装飾品のついた軍服のような服装と足元まであるマント。

 なんか偉そうだし、怖いなこの子……乙女ゲームで言うところのドS王子タイプだわ。

 ゴクリ……息を飲む私と少女。


「君のじゃないなら誰のなの? もしかして『図書館』の? ……でも『図書館』の本だとしてもここまで古いものは貴重だ。……どう見ても貸し出ししてるやつじゃない」

「……ギク! ……あ、あう、あう……そ、それはぁ〜……」

「貴重蔵書の持ち出しは許可されていないです。違反したら罰則がある事くらい常識です。そもそもどうやって持ち出せるです? 貴重な蔵書の部屋は入るのにも許可と資格が必要になるはずです」

「うんうん、許可はともかく資格は取るの結構大変だしね」

「…………………………」


 ついに俯いて黙り込むナージャという女の子。

 こ、これはかなりの劣勢だ〜……。

 白と黒の混色の長い髪、金の瞳の美少年……赤いジャケットと黒いズボン、黒いブーツの彼もなかなかにエグい追い詰め方をなさる。

 ……うーん……それにしても……全然事態が掴めないわ……。

 なんとなく、印象としてはこの二人は偉い感じだけど……服装はなんだか対照的。

 同僚……には到底見えない……でも学生ではないわよね?

 歳は私より下みたいだけど……。

 ああんもう、私はゲームしたいだけなのにぃ〜!

 いつまで待たせるのよ〜!

 声をかけようか、口を開きかけた。


「……お、お仕えしてるお家の蔵書ですぅ……か、勝手に持ってきてしまったので、どうかかえしてほしいですよぅ」

「どこの家?」

「……そ、それは許してほしいのですぅ……! ナ、ナージャはただ、すごい魔法が使えるようになればお嬢様に喜んでいただけると思ってぇ〜〜」

「……うーん、ナージャ? ……あのさ、俺とハーディバルは一応この学園の学園長さんに頼まれて、この学園で起きている事を調べているんだ。まあ、ぶっちゃけ俺もハーディバルも暇じゃない中、時間を割いてやってる。特にハーディバルは騎士隊長の一人だしね。……君が正直に話てくれれば情状酌量もなきにしもあらずなんだけど……嘘や誤魔化しを交えて話されると時間は食うし君は信用を無くすし誰も得しないんだよね。……こっちのいかにも異世界の人っぽい人も……やきもきしてるしさ」

「?」


 異世界?

 ……いや、まあ……さっきから魔法とか魔力とか……遂には騎士とか混ざってきたし……確かに異世界っぽいわね?

 え? いやいや? 異世界?


「うう……そ、それはぁ……で、でもぉ……ご、ご迷惑をかけたくないですしぃ」

「………………。ハクラ、もういいです。しょっぴいて調べるです」

「鬼かお前!? 切り捨て早すぎだから!?」

「ひいぃ!? お許しくださいなのですよぉ〜〜!」

「腹の底がどす黒くて……嫌な臭いがするです。……この場を乗り切ろうという、薄汚くて穢らわしい気配……」

「そ! そんな事ないですぅ! 話します! なんでも話しますからぁぁ〜〜!」


 ひ、酷すぎる……!

 こんな女の子に面と向かってあんな暴言をつらつらと……!?

 顔は綺麗なのに中身は無情な鬼だわ!


「…………ううう……。……わ、わたしはナージャ・タルルス……ユスフィアーデ家に雇われている、メイド見習いですぅ」

「ユスフィアーデ家?」

「トルンネケ地方で一番大きな領主の家です。かつては王家にも仕えていた由緒正しい名士の一つです。トルンネケ地方最大都市ユティアータは、ユスフィアーデ家が治めている、二十八ある『ゲート』の一つでもあるです」

「……うわ、結構な名士じゃないか……」

「それはそうです。ユティアータは王都とも比較的近いですし、海にも山岳地にも、大陸最大の湖マーテルにも近い……かなり立地のいい都市。元を辿ればユスフィアーデ家もかつて王族を名乗っていた事もあったというです。……確か……お嬢さんがお二人いらっしゃったような……?」


 ……さっぱり分かんないんですけど……。

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