第23話

第二十三回


松田

栗の木団地前駅のそばにある洋菓子屋でシュークリームを買ってから吉澤ひとみは自宅に向かった。地方都市の駅前にある洋菓子屋ではあったがここの店主の腕はよく、吉澤ひとみも弘明もここの洋菓子はなかなかお気に入りだった。それでそこのシュウクリームを買ってかえってひとみは弘明と一緒に食べようと思った。団地の一階の集合ポストを覗くと吉澤の家のポストの中にラシャ紙の封筒が入っている。ステンレス製のふたをあけて封筒を取り出すと手紙が入っているにしては少し重かった。宛名には村上弘明様宛になっている。ひとみはその封筒をかばんの中に放り込んだ。ひとみがコーヒーカップに紅茶をいれて待っていると村上弘明が帰ってきた。今日もどこかK病院のことを調べに大阪の御堂筋の方に行っていたらしい。弘明の紅茶茶碗の受け皿のはしにひとみは輪切りにしたレモンを置いた。

「兄貴、何か、新しいことがわかった。」

もちろん、松田政男、つまり、K病院に関してのことである。

「K病院の建設資金に関してのことだよ。絶対にやましい金が動いているのに違いないんだ。K病院の件に関しては福原豪が動いているに違いないんだ。それで建設資金の補助がどう市議会の方から出されているのか、それを調べに行ったんだよ。」

「あっ、そうそう、駅前でシュークリームを買ってきたから食べる。」

シュークリームを袋から出すとき、ひとみは下のポストに入っていた郵便のことを思いだした。

「そうだ、それから、下のポストの中に兄貴にあてて、郵便が来ていたわよ。普通の封筒に入っているんだけど、中には手紙は入っていないみたいよ。」

「どれどれ、どんなもの。」

弘明はシュークリームを頬張りながらけげんな顔をしてひとみの方に手を伸ばした。ごく普通の薄茶色の封筒だった。宛名書きには村上弘明様宛になっている。中には手紙が入っていないようだった。それにしては少しだけ重い。五百円玉が一枚くらい入っているのかも知れない。何のときだったか思い出せないが、何か五百円玉を一つ封筒に入れて送られたことがあったのだ。村上弘明はその封筒を破ってみた。すると中からは銀色に輝くクロームメッキされた鍵が出てきた。どこの鍵かはわからなかった。手紙は入っていないと思っていたが中に小さな紙片が入っていてそこには電話番号が書かれている。

「電話番号だよ。」

「どれどれ。」

吉澤ひとみもその紙片をのぞき込んだ。数字の桁数から電話番号だと判断するのが妥当だつた。

「どうするの。」

「とにかく、ここに電話をかけてみるしかないだろう。」

村上弘明はその数字のボタンを押していった。

「あっ。待った、待った。」

村上弘明はひとみに促した。台所にある電話は玄関にある電話の子機で玄関にある電話の方で録音をすることができる。そっちの方で電話の中の会話を録音することに決めたのだ。村上弘明が電話をかけると、電話をかけられた方でも電話がかかってくることを予想していたのか、すぐに村上弘明の方の受話器から声が聞こえてきた。

「もしもし、封筒を送りつけてきたのはあなたですか。」

村上弘明は最初その声の主が誰だかわからなかったが、すぐに思い当たる人物にぶつかつた。

「私です。K病院の事務長の小沼です。」

小沼、村上弘明たちが最初にK病院に調査に行ったとき、自分でこの病院の経理長をやっているといい彼らを案内した人物だ。しかし、実際はその病院の入院患者であり、病院関係者に連れ戻された。しかし、松田政男のことは少し、知っているらしかった。自分が小沼だと信じ込んでいる大沼が松田政男の入院していた部屋を案内してくれたのだ。そしてその後でも自分が不当に入院されていると市役所に訴え出て、その調査に同行して村上弘明は福原豪の屋敷まで行った。もっとも小沼が本当に精神病で入院しているということは福原豪に疑念をいだいている村上弘明の目から見てもあきらかだった。しかし、病院の中に長いこと入院していて、どうして身につけたのか、病院内の鍵を誰にも知られず入手するという特技を持っている小沼が意外な事実を知っている可能性はあった。そうなると。単なる狂人の奇矯な行動だと片づけられないものがあった。とにかく彼の網膜に何らかの事実が焼き付けられているかもしれないのだ。また何か重要なことを聞いているかも知れない。とにかくそれらの事実を引き出すためにも彼に調子を合わせなければならなかった。

「私は小沼です。以前あなたにK病院でおあいしましたよね。」

「小沼さん、あなたですか。この鍵を私の家に送りつけてきたのは。」

吉澤ひとみは親子電話の親機の方で彼らの会話を録音していた。

「どういうつもりですか。そもそもこの鍵はどこの鍵なんですか。」

「その鍵がこの病院のどの部屋の鍵かをいうことはまだいえませんよ。それは恐ろしいことなんですから。あなたは日芸テレビの人なんでしょう。とにかく、私を助けてください。」

「助けるって、どうすればいいんですか。」

「だから、私がこの病院から出られるようにしてくれることですよ。私はこの病院の事務長なのに福原豪の奸計によって、精神病患者に仕立て上げられてこの病院の中に押し込められているんですよ。だから、福原豪の悪事を暴いてください。」

「福原豪の悪事をあばくと言っても、福原豪がいったいどんなことをやったというんですか。具体的に教えてください。」

「だから、私をここの病院長である私を、精神病患者に仕立て上げてここに監禁しているということですよ。私が何故、ここの経理長だとわかるか、それが証明されるのかと言えばその鍵をあなたに送ったことでもあきらかでしょう。経理長ででもなかったら、その鍵はあなたのところになんか送ることができませんよ。」

「何故、この鍵が重要なんですか。」

「ふふふふ。」

電話の向こうで小沼は笑っているようだった。

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