羅漢拳

@tunetika

第1話

第一回

吉澤ひとみ・・・・謎の美少女


村上弘明・・・吉澤ひとみの兄


松村邦洋・・・吉澤ひとみのクラスメート


滝沢秀明・・・吉澤ひとみのクラスメート


第一章    

 古来より人間はもとよりこの世に生をうけた生き物は皆、この大自然に包まれて自然のなにものかを感じながら生きてきた。

太陽が頭上に上れば万物を照らしあたりを明るい昼の世界とし、天は人間にその慈悲深い恩恵をしろ示す。日が沈めば夜空に星が輝き月が青く地上を照らす。

一幅の絵画を人に見せようとしてか。春が来れば草木は芽をだし、生まれたばかりの小動物の子供たちが草木を駆けめぐり、そして夏が来て秋が来て冬が来てまた春がやって来る。その間に一世代が死んでもその子供はまた子供を生むだろう。

生と死が断絶しているように見えて連綿として続いていく、昼と夜のように。古代の人々はこの営みを動かしている何かを身体全体で感じていた。それを体系化しようとさらにあとの人たちは考えた。インドでは壮健法としてヨガとなり中国では陰陽二つの気がこの世界を支配していると考えられ独特の哲学が展開された。古代の哲学者たちはみなこの自然を支配するなにものかを感じとっていたし、それをうまく飼い慣らすすべさえ心得ていた。さらにはそれらの方法を自家薬籠中のものにした人物もいた。その方法を手に入れれば生命は永遠となり、無限にも近い物理的力を手に入れることもできた。何百年もの生命を持つことも可能になり、手も触れずに何トンもの岩石を投げ飛ばすことさえ可能にした。そういった陰陽の二気や宇宙のエネルギーを自由自在に操ることのできる人間や集団は途切れることなく歴史の表や裏に現れてきた。それらの中に拳法をよりどころとして活躍することになる集団が出現した。彼らはのちにある呼び名で呼ばれるようになった。


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人食い虎

  第二章

 ヒマラヤ山脈の麓に小国があり、その小国には一人の年若い王子がいた。この小国はまわりを強大な隣国たちにかこまれ、その将来には暗雲がたちこめていた。王子自身にも人生上の悩みがあった。ある日王子は突然として係累をたち、王国を捨て、解脱の道を会得する修行の旅にでた。やがて人喰い虎が徘徊するような人里離れた場所にたどり着いた。

そこには一本の菩提樹が宇宙のはて一千年光年を見据えているようにヒマラヤ山脈を背にして立っていた。王子は何かを感じここで修行することに決めた。それはまさしくこの宇宙に漂っているこの世界の運行を決めている何かを感じ取り、予定調和の筋書きに従ったからかもしれなかった。その一本の菩提樹のまわりにはひとけもなく、遠くでは野生動物の雄叫びが聞こえた。ここから一番近い人家のある村はずれで王子が先へ行く道を尋ねたとき村人は心配げに王子の姿を眺めた。王子がさらにさきに進むつもりで日が暮れればそこで野宿をするつもりだと言うと村人たちは彼を止めた。あそこは人喰い虎が出る、あそこに一人で行こうと言うのもましてやそこで野宿をしようと言うなんてもってのほかの命知らずの馬鹿者が言うことで命がいくつあってもたりゃしない、いくら高邁な理想を掲げた修行者といっても最後に会ったこのわしらに弔いの手間をかけさせるなんて面倒を押しつけないでくだらっしゃい。そう言ってとめたのだが王子はもしわたしが禽獣の餌になるなら禽獣の命を助けることになる、またもしそれに子供がいるならその子供も救うことになる、そう言ってさらに森の奥まで進んで行った。そして菩提樹の木陰まで辿り着いた。王子はその菩提樹のしたで瞑想をした。日が暮れる前まだ外は明るいというのに日陰になっている竹藪や森の奥のほうでは不気味に瞳を光らせた人喰い虎たちが徘徊していた。それでも二日目の夜までは何事もなかった。三日目の晩、いつものとおり野獣たちの恐ろしげな咆哮が続いたが闇のなかの光る眼がいつもよりらんらんと大きく輝いていた。それが右に行ったり左に行ったりまるで闇夜に浮かぶ蛍の光のようだった。彼は獲物を狙う野獣の殺気を感じた。彼にも虎が彼を食べに来たということは分かった。それが運命なのか、彼は半ば諦めの境地になった。

しかしなにも悟りを開かないうちに死んでしまうのは何とも悔しかった。そんな王子の心中にはおかまいなしにやはり虎はあたりの気配を伺いながら獲物にとびかかる機会を狙ってているらしかった。しかし王子の頭のなかは悔しさと同時に変な感情が同居していた。それは感情というには語弊がある身体的状況と言ったほうが良いかも知れない。彼は意外と冷静だった。正常な判断力を欠いていたのかも知れない。それというのもその時をさかのぼる六日の間食事らしい食事をとっていなかったので幻影を見始めていたからだ。すると頭の後ろの方で何かを語りかけるような声が聞こえた。

 「年若い旅の者、腹をすかせたこの地の先客がお前を食べようとしているぞ。」

王子が振り返ると山羊のひげよりも白い白髪の老婆が杖をついて立っていた。その老婆の姿ははなはだ変わっていた。その杖もここいらでは見たこともないような妙に曲がりくねった杖で服もやはりここいらの住人の服装とはすっかり違っている。そのうえ人里離れた森のなかにいるのにその服はまっさらでまるで空気をかためて布地にしたてたようだった。夜の闇のなかでその白い服だけが浮かび上がって見えた。そして首には翡翠の首飾りをしている。そのうえ腰には金の鎖をつなげてへそのあたりには大きな太陽と月をかたどった金の飾りをつけていた。老婆は再び王子に話しかけてきた。

「お若いの、お前の命もここでおしまいじゃな。そんなにしてまで何故こんなところまで来たのじゃな。」

「人は何故生まれ、死んでいくのか、答えを見つけにここに来ました。」

わははは・・・・、すると老婆は高らかに笑った。

「生まれ、死んでいくじゃと。そもそもお前は生まれるということがどういうことか、死ぬということがどういうことか知っておるのか。生まれ死んでいく理を知りたいじゃとそうではあるまい。お前は生に執着して永遠の命を欲しておるのじゃろう。そんな欲深のお前には聞こえまい、今ここにも語りかけてくるものがおる。」

そのとき闇のなかに潜んでいた人喰い虎が突如葉音をたてて竹藪の中から飛びかかってきた。すると老婆は人差し指をたてて右手をさしだした。するとどうしたことだろう。空中を飛び上がった虎はまるで大きな岸壁にでもぶつかったように額のところがぱっくりと割れて悶絶死した。

「お主の悟りというのも・・・

老婆は王子に話しかけた。そして振り返ると白い巨大な鹿の姿となって森の中に消えて行った。

この王子の名はゴータマ・シッダルーダと言い釈迦として知られている。釈迦はこの老婆から何を伝えられたのか。それは誰も知らない。ゴータマは仏と呼ばれ仏教を開いた。仏教は四方の国に広がっていった。しかし釈迦の始めた仏教は釈迦の入滅後多くの後継者を生み、さまざまな教義が派生した。まず二つに分かれた。極楽浄土への道は自分自身の力によって得られるという小乗とすべての人は同じいかだに乗り合わせているのだからすべての人々が同時に救われるという大乗の法である。しかしそれらの教えは表の教義である。太古から連綿として続く教え、自然エネルギーを自由自在に扱う方法、仏陀はそれの体現者なのであった。彼らは仏陀の教えにより自分自身の肉体、精神を超人と化し、ひとたび国の危機が生じると立ち上がった。彼らの組織は世界中に広がっている。しかし普段は人の目に触れない山奥で暮らしていた。仏陀が現れてからの彼らの集団は羅漢拳と呼ばれていた。現代においても、紀伊、つまり現在の和歌山の山奥でも彼らは人知れず居を構えていた。彼らは長老と呼ばれる老人に統率されていて、なかには五メートルをゆうに超える巨人もいた。

彼らの流派は羅漢拳と呼ばれ肉体を超人と化し過去八百年以上にわたり日本の歴史上ことあるごとに正義と弱者の側に立って行動してきた。

そして近年においては遠くアメリカ大陸にまで彼らの仲間は渡った。しかし彼らは歴史の表舞台に現れることはなかった。彼らは一瞬のつむじ風のようにあるいは不意に出現する

目に見えないかまいたちのように人々に思われるだけだった。人々は彼らの実体を全く知らなかった。しかし現代においても日本のみならずアメリカにおいても彼らは行動しているのだ。彼らはアリゾナでまたロッキー山脈の山中深くそして日本では熊野の深山幽谷の秘境の中に住む。人の通らないような森林で囲まれた人跡未踏の山腹を

削り白い大理石を並べ彼らは石造りの家に住む。山の斜面を削った階段状の大谷石を敷き詰めた道場で南からの陽光を浴びながら座禅している。それは自然との完全な同化を実現していた。頭をすっかりとそり上げ、青々とした髪のそりあとをあらわにして座禅している男たちは十数人くらいいるだろうか。そして異常な巨大な身体をした女がいる。身の丈は四、五メートルはあるかもしれない。しかしそれが不自然さを感じさせないくらい身体の均整がとれている。

大谷石で組み上げられたまるでそこがギリシャか地中海の島であるかのような家の中にはその半球状の天蓋の下に自分の精神を解脱への境地に持っていった肉体と精神を完全に超人と化した女神のような女性が一人つくねんと座っていた。


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