ハッピーニューイヤー(再び)

「……なぁ、あたしが言うのも何だけどさ……」

「はいなのです……」

「ねーちゃん――」


「自業自得だぞ……?」

「ううぅ……」


 沙友理は、妹である理沙に諭されている。

 その事実に、さらに肩を落とした。


 ☆ ☆ ☆


「あ、あの……さっちゃん先輩? えっと、おばあちゃんが見てますから……その……」


 沙友理は、華緒のその言葉で我に返った。

 そして沙友理は、バッと素早く飛び退く。


「ご、ごめんなさいなのです……つい……!」


 心なしか、少し頬を染めて嬉しそうにしている華緒に謝った。

 だが、華緒のおばあさんは目をギラつかせている。


「ひっ……!」


 沙友理は恐怖を味わい、新年早々最悪だ……と思っていた。

 怒られる覚悟を胸に秘め、沙友理はぎゅっと目を瞑る。

 すると――


「ねぇ、二人はいつから付き合ってるんだい?」

「…………はい?」


 目を溢れんばかりに輝かせて、何かを期待しているように見える。

 沙友理は驚きのあまり、硬直して呆けていた。


「えっと……? あの、それは……どういう――」

「え? 付き合ってるんじゃないのかい?」


 ――意味でしょうか。と問おうとしたが、途中で遮られた。

 意味がわからない言葉と共に。

 いや、実際付き合ってはいるが、それを言ったらどうなるか明白だった。


「あ、さっちゃん先輩とは友達? みたいなものだから……! 誤解しないでっ!?」


 沙友理が考えすぎて声を出せないでいると、華緒が混乱気味に言う。


 すると、華緒のおばあさんはあからさまにガッカリしている。

 その態度の急変っぷりに、もはや「すごい……」としか思えない。


「あ、あの……もう失礼するのです。さようならなのです……」


 沙友理がげっそりとした顔で出ていこうとすると、華緒が今更のように言った。


「あ、さ、さっちゃん先輩……! その……あけましておめでとうございます!」


 その言葉に――沙友理は口角を上げ、目尻を下ろす。

 その行為にも、多大な労力を使って。


「はい、今年もよろしくなのですよ」


 そう言い捨てて、沙友理たちは華緒の家を後にした。


 ☆ ☆ ☆


 ――で、現在。

 新年早々最悪な元旦を過ごした沙友理は――ハッキリ言って、疲れ切っていた。


「うぅ……こんなんならいっちゃんの家行かなきゃよかったのです……」

「もー、ねーちゃんが華緒さんの家に行きたいなんていうから……」

「ううぅ……ごめんなさいなのです……」


 理沙とのやり取りに嫌気がさしながらも、なんとか繋ぐ。

 そうやってフラフラ歩いていると、一際輝く大きな家が見えた。

 いつの間にか駅の方まで来ていたらしい。


「わぁ……イルミネーションがすごいのです……」

「すごいなこれは……」


 沙友理と理沙の視線の先には、木や家に取り付けたイルミネーションが綺麗な――ドンッと構えている大きな建物がある。


 その建物は……その、なんというか……お金持ちだと言うことを全面に強調しているような感じがする。

 ひょっとして、お嬢様かおぼっちゃまでも住んでいるのだろうか。


「うーん……なんか住む世界が違うって感じなのですね……」


 そう零すも、気になるのでしばらく眺めてみる。

 その時だだっ広い庭が見え、少し落胆してしまったが。


「綺麗だな……」


 理沙はイルミネーションの綺麗さに心を奪われている。

 だが沙友理は、あまりの眩しさに目がチカチカしてしまった。

 そんな沙友理の様子を察したのか、理沙がくるりと向き直って言う。


「んー、もう帰る……?」

「え、いいのですか?」

「まあ、充分堪能したしな」


 そうしてイルミネーションが眩しく輝く大きな家を尻目に、この場を後にした。


 ☆ ☆ ☆


 そうして歩くこと数十分。

 ようやく家にたどり着いた。

 そーっと鍵を開け、なるべく音を立てないように廊下を歩く。


 ――沙友理の視線の先に、お母さんがいた。

 まだ眠れないのか、ベッドの上で横たわっていたが、目をつむっていなかった。


「お母さん……」

「え? あれ、あんたたちまだ起きてたのか!?」


 この様子だと、沙友理たちが出かけていたことを知らないようだ。

 沙友理はそれに安堵し、お母さんの近くへ寄っていく。


「お母さんこそどうしたのですか? こんな時間まで……」


 そう聞くと、お母さんは頭をポリポリ掻きながら言う。


「あー……なんてーか、眠いのに寝つけねーんだよ……」


 「わかる?」と沙友理たちに同意を求めてもいる。

 まあ、気持ちはわからなくもない。沙友理も今日はそんなような気分だから。


 理沙もうんうんと頷いている。

 小学生がわかっていいものかと悩んだが、遺伝も関係しているのだろうか。


「そっか、わかってくれて嬉しいよ」


 顔を紅く染めて、朗らかに微笑むお母さん。

 ――……か、可愛い。


 沙友理は不覚にも、自分の母親のことを“可愛い”と思ってしまった。

 それを、察しのいい理沙が見逃すはずもなく――


「ん? ねーちゃん、顔が柔らかくなってるぞ?」


 ――どっちがだ!

 と言いたくなるような声色で、理沙が言う。

 だから沙友理は――


「なにふゆのぉ!!」


 全力で、理沙の柔らかい頬をつねる。

 むにーという擬音が聞こえそうな感じで、理沙の頬が引っ張られる。


「ふー……これでひと安心♪」

「お前、なかなかやるな……」


 沙友理は用を足した後のスッキリ感があり、思わず声を弾ませる。

 お母さんは、冷や汗を流しながら苦笑いしている。


 そこで沙友理ははたと気付き――元旦に相応しい言葉を贈った。


「お母さん。あけましておめでとうなのです!」

「え? あ、そうだな……あけましておめでと。今年も忙しくてあんま帰って来れないと思うけど、よろしくな」


 お母さんは突然のことに戸惑いながらも、なんとか応えてくれる。

 そうやって、和やかな雰囲気になるも――


「も〜! ねーちゃん酷すぎねーか!?」


 ――……すぐに空気破りがやってきた。

 涙目になっていて、その頬が赤く腫れている。


「……理沙のせいなのですよ……」

「うわぁ……痛々しいなこれ……」


 沙友理は可愛く頬を膨らませ、お母さんは何かに怯えながら言う。

 そして、お母さんが理沙に近づき、濡れたタオルを手渡す。


「ほら、これで冷やしなよ。放っておくとひどくなるかもしれないからな」

「え……あ、ありがと……」


 いきなり優しくされたことに驚いていた理沙だが、ありがたくタオルをもらう。

 その様子を見ていた沙友理が、面白くなさそうに不機嫌になる。


「むー……奪ってやるのですー」


 理沙が握っていたタオルをたやすく奪い、沙友理は部屋の中を走り回る。

 そんな小学生みたいな行動を取る姉に、理沙が珍しくキレた。


「もー! 返せよぉ!」


 と口にした瞬間、違うところから殺気が漂っていた。

 そして沙友理の眼前には、般若がいた。

 禍々しいオーラを発する――その姿の者が放った一言は、


「それ以上うるさくするんなら――容赦しねーぞ?」


 ――脅し、だった。


 ☆ ☆ ☆


「あー……怖かったのです……」

「あ、うん。自業自得だと思うぞ?」


 華緒の家に行ったあと、理沙が沙友理に言った言葉をまたそっくり返す。


 沙友理たちはおぼつかない足取りで、部屋に向かっているところだ。

 もう沙友理のスタミナは完全に切れてしまった。


 ……というか、もう寝たい。

 暖かい布団に入って、夢の世界を楽しみたい。


「あ、そうなのです」


 沙友理は今更、重大な見落としに気付いた。

 一番近くにいるものに、元旦の挨拶をしていないことに。


「ん? どうしたんだ?」


 沙友理は隣にいる大切な妹に目を向け、


「あけましておめでとうなのです!」


 ――と、言った。

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