第21話 意識し出した?
○月○日
さっちゃん先輩のあの反応って……期待、してもいいのかな。
あれって絶対そういうことだもんね。
もっともっと意識してもらわなきゃ……!
そのためにも、あの子の存在は少し邪魔かな。
……ねぇ、理沙ちゃん?
――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。
☆ ☆ ☆
「おい、顔赤いぞねーちゃん。何かあったのか?」
「――へぁ?」
沙友理は気づいた時、家にいた。
華緒に顔が赤くなっているのをからかわれてからの記憶がない。
あの後どんなやり取りをしたのか、どういう風に帰ってきたのか、何もわからない。
わかっていることと言えば、今もなお顔が赤くなっているということ。
それほどまで、あの出来事が沙友理にとって強烈だったということだ。
「おーい? ねーちゃーん?」
「――はっ! な、なんでもないのですよ?」
「いや、なんでもないわけねーだろ……」
沙友理はあからさまに嘘をついた。
察しのいい理沙でなくとも、沙友理の頬の赤みは明らかにおかしいと気づくであろう。
「……もしかして、ねーちゃん……」
何か言いたそうな理沙の声に、沙友理は唾を飲み込んだ。
なぜ唾を飲み込んだのか、自分でもわからない。
だが、無意識に次に続く言葉に驚かぬよう身構える。
沙友理の視界の真ん中に映る理沙は、どことなく真剣な顔をしていた。
わずかながらその表情に圧され、理沙の方を注視する。
「……また、風邪引いたんじゃ……」
「――はい?」
「そうか。それならぼーっとしてるのも顔が赤いのも頷けるな」
「え? え??」
……もしかしてだが。
本当にもしかしてだが、理沙は勘が鈍いのだろうか。
沙友理の実の妹であるはずなのだが……よくわからない。
「だったらねーちゃん! 急いで病院に――」
「ち、違うのです! あっ、力が強い……!」
理沙の勘違いにより、腕をぐいぐい引っ張られる沙友理。
病人をこんな粗末に扱っていいのだろうか。
今の沙友理は病人ではないけれど。
ずっと引っ張られているのもあれなので、急いで誤解を解くことにした。
「ご、ごめん……つい……」
しゅん、と理沙が捨てられた子犬のような哀愁を漂わせる。
ついつい許してあげたくなってしまうが、ここは我慢しなければならない。
そうしないと、また強い力で腕を引っ張られるかもしれないからだ。
「なんであんな強引に引っ張ったのですか……」
沙友理は呆れ気味に問うた。
本気で心配してくれてたのならありがたいが、理沙の力で強引に引っ張られると、腕が引きちぎれてしまう。
実際引きちぎられたことはないが、それぐらいの痛みが襲ってくる。
現に沙友理は、本気で病院に行こうか悩んでいる。
「だって……ねーちゃん……“恋してる顔”してたんだもん……」
そう言われ、沙友理は固まってしまう。
沙友理には恋している自覚も、ましてやそういう顔をしているという自覚も全くなかったからだ。
とりあえず、弁明しておいた方がいいだろう。
「ち、違うのですよ? というか、恋……なのですか? わたしが?」
恋というと、あの中学時代を思い出す。
沙友理が無神経だったせいで、同級生を悲しませてしまった出来事。
未だに胸を痛めながらも、沙友理はまだ恋愛感情を理解出来ていない。
そんな自分が恋をしているなんて、矛盾している。
「わたしは、恋なんて知らないのですよ?」
「知らなくても落ちる時は落ちるんだよ。考えるな、感じろ! ってやつ」
なぜか説得力はあった。
しかし、気になる点が一つだけ。
「理沙は、恋をしたことあるのですか?」
そうでなければ、沙友理に助言したりしないだろう。
ただの一般論なのかもしれないが、理沙の言葉には重みがあった。
真剣な眼差しと真剣な声に、沙友理はこの人から答えを聞きたいと思った。
「……まあ、人並みにはな」
少し迷ったような素振りを見せながらも、沙友理の期待に応える。
素っ気ない態度ながらも、わずかに熱を帯びている。
「あたしさ、華緒さんのこと少し苦手だったんだよね」
「へぇ、そうなん……え!?」
「華緒さんと何かあったんだろ?」
なぜ、理沙がそれを知っているのだろう。
もしかしたら、初めから気づいていたのかもしれない。
やはり理沙は侮れない。
「そ、それは……」
沙友理が言い淀んでいると、理沙は優しく微笑んだ。
「最初はねーちゃんに近寄る変な虫が現れたと思ってた。ねーちゃんに何かしたら許さないって」
「そ、そんな不審者みたいな……」
理沙の言い方にトゲのようなものを感じ、沙友理はツッコまざるを得なかった。
そのツッコミに、理沙は冷たく返す。
「似たようなもんだろ」
理沙は本当に華緒のことが苦手みたいだ。
沙友理は二人とも好きだから、二人が仲良しだったらと思っていたが……どうやらそれは難しいようだ。
だが理沙は、次の瞬間には朗らかで温和な笑みを浮かべる。
「でも、ねーちゃんが華緒さんのことを好きならあたしが文句を言う筋合いはねーよ」
「理沙……」
「だからさ、自分の気持ちに素直になればいいんじゃねーかな。自分がしたいようにしろよ。あたしは応援するぞ?」
「理沙……っ!」
理沙は拳を握りしめ、かっこよく立ち去ろうとする。
その時、暖かくて柔らかな感触を感じた。
それはとても優しくて、理沙は思わず泣きそうになった。
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