第20話 突然また会えた?

 ○月○日


 さっちゃん先輩に会うまいとしていたのに、なぜかばったりと会ってしまった。

 いや、嬉しいよ!? 嬉しいんだけど……

 なんか複雑というか、申し訳なさというか……色々な感情が混ざり合っておかしくなりそう。

 さっちゃん先輩にならおかしくされてもいいな……まあ、どっちかって言うと私が先輩をおかしくしたい。

 ……いや、違う。そういう事じゃない。


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


 沙友理は唐突に一人になりたくて、人気のない場所に来ていた。 

 ここがどこなのか、三年間通ってきた沙友理でもわからなかった。

 星花女子学園の敷地はとても広いため、こういうこともありうるだろう。


 だから、沙友理は探検気分でうろついてみることにした。

 自分だけが知っている秘密の場所みたいな感じがする。

 ちょっとした冒険のようで、沙友理は少し胸が高鳴った。


 それにしても、華緒はどうして姿を見せなくなったのだろうか。

 もしかしたら自分は避けられているのではないかと、沙友理は疑ってしまった。

 沙友理は華緒と仲良しだと思っていたのに。

 嫌われているという自分の考えがもし合っていたら……沙友理はそう思うだけで、胸が張り裂けそうだった。


 そんな事を考えながら、二階の端にある空き教室を見つけ、ドアを開く。

 そこには、予想外の人物がいた。


「い、いっちゃん?」


 まるでここが異次元の中のような異質な感じ。

 沙友理が素っ頓狂な声を出すと、その人物も振り返って沙友理に気づき、驚いたような表情を見せた。


「あ……さっちゃん先輩……」


 しかし、すぐ気まずそうに目を逸らす。

 やはり、避けられているのだろうか。


「め、珍しいのですね。いっちゃんがこんなところまで来るなんて……」

「あー、その……人がいないところが落ち着くので……よく一人で空き教室に来てるんですよ」


 一応会話はしてくれているものの、やはり目を合わせようとしない。


「えっと……そうなのです! わたし、いっちゃんのためにクッキー作ったのです! あまり上手くはないと思うのですが……」

「そうなんですか……それはどうもありがとうございます」

「あ、あったのです。はいこれ、もしよかったらいっちゃんのおばあさんと一緒にどうぞなのです」

「え……うちの祖母にも? わざわざありがとうございます……ここまでしてもらえるなんて……」


 沙友理が渡したクッキーを、華緒が受け取る。

 一瞬、とても嬉しそうに頬が紅潮しているように見えたが、気のせいだろうか。

 それはとりあえず置いておいて、華緒は一向にクッキーに口をつけようとしない。

 ラッピングしてあるため、すぐに食べるものではないと判断されたようだ。


「い、いっちゃん……その、わたしが作ったクッキー、食べてくれないのですか?」

「えっ!? いや、その、なんていうか……食べるのがもったいないというか……ずっと取っておきたいというか……」


 目を少しキラキラさせている華緒の幻影が見えた気がした。

 しかし、沙友理の困惑気味な視線に気づき、すぐに表情を元に戻す。


「す、すみません……今食べた方がいいですか?」


 沙友理の視線をどう解釈したのか、華緒はクッキーを指さして問う。

 確かに食べて欲しいとは思っていたが、強要するのは何か違う気がする。


「あー、いいのですよ。取っておきたいのならそれで……」

「そうですか……」


 そして、またも気まずい空気が流れる。

 だが、それではだめだと、沙友理は首を振って話を切り出す。

 華緒に近づき、自分の想いを伝える。


「わたしは、いっちゃんと親友になりたいと思っているのです……! だから……その……わたしに何か非があれば言って欲しいのです! わたしは――いっちゃんの“特別”になりたいのです!」


 沙友理が勇気を出して言った言葉に、華緒はクッキーを落として固まる。

 その顔は、見たことがないぐらい赤かった。

 熟しすぎて、すぐに腐ってしまうのではないかと心配になるほどだ。

 案の定、その赤みは消えることなく――


「え……あ……え!? と、特別!? もっと仲良くってことですか……!? 親友!? えっ!? さっちゃん先輩と私が!?」


 ――むしろヒートアップしている。

 頭から煙のようなものを噴き出し、鼻からは血が垂れていて、目線があちこちに行ったりと忙しない。

 それがなんだか面白くて、ずっと見ていたいと思った。


「ふふっ」

「な、なに笑ってるんですか!!」


 沙友理の笑い声に、華緒はムキになる。

 華緒の表情がコロコロ変わるところが面白い。

 そして、いつもは見せないようなふくれっ面が面白い。

 要するに、一緒にいて飽きないのだ。


「いっちゃん、可愛くて面白いのです」

「か、かわ……おもしろ……」


 沙友理の畳み掛けに、完全にキャパオーバーになる華緒。

 そんな時、不意にプツンと、華緒の中の何かが切れる音がした。


「さっちゃん先輩……なめないでください!」


 華緒は勢いよく沙友理に近づき、沙友理を壁に追いやる。

 沙友理は、華緒に壁ドンされた事実に思考が追いつかない。

 顔を限界まで赤くさせて精一杯そうな華緒は、ずいっとその赤い顔を沙友理に近づける。


「私だって、やる時はやりますから」


 そう言って、華緒は顔を離す。

 沙友理は困惑と緊張で視界がぼやけながらも、改めて華緒の顔を見る。

 その顔は、先程までの赤みが引いていた。

 代わりに、恍惚としたような嗜虐的な笑みを浮かべている。


「どうしたんですか、さっちゃん先輩。――顔赤いですよ?」

「はぇ……?」


 言われて気づく。

 どうやら、華緒の頬の赤みを移されたらしい。

 心臓が狂ってしまったかのように、おかしなリズムを刻む。

 だが不思議と、嫌な感じはしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る